第12話

とうとう江戸で正月を迎えてしまった。

暮れには長屋から引っ越してきた文太を迎え、少々手狭になったまつりだが、何とか無事正月を迎えることが出来た。

晦日まで店を開け、いつもより早仕舞いをしようと思ったが、掛取りに走り回るお店の奉公人や、暮れに少しだけ懐が暖かくなり、土産を持ち帰ろうとした職人らが夕方から増え、思いのほか忙しい思いをし、それでも合間に正月の準備を進め、八時頃には皆揃ってこれまでの苦労を労い夕食兼、ささやかな宴を開いた。

辰五郎は元旦は屋敷の方に戻ると言っていたため、除夜の鐘を待って皆で近くの神社に初詣に行くことにした。


「おふきちゃん、何をお祈りしたの、熱心に祈っていたみたいだけどさ」と茉莉花が冷やかしたように聞くと、

「内緒です。言ったらご利益がなくなっちゃいますから」と頬を赤らめて茉莉花の問いをかわしていた。

「ふーん。大体想像つくけどね。まぁ、上手く行くことを私も祈っているよ」とにやにやしながら言う茉莉花に、

「えぇ、何の事ですか、違いますよ、おっかさんが幸せになりますようにってお祈りしただけです」と慌てた。

「あれ、言ったらご利益なくなるんでしょ」と茉莉花の冷やかしは止まらない。

「もう、茉莉花さんたら。それより茉莉花さんこそ何をお祈りしたんですか」

「そりゃぁさ決まってるよ。来年こそは」と言い掛けて、文太が傍にいるのに気がつき、

「やっぱり私も内緒」とはぐらかした。


おふきは茉莉花の願いは元の時代に戻ることだと判っているが、これまた文太の手前、

「案外若様の事だったりして」と茶化した。

「はぁ、何でそこで若様が出てくんの」

「茉莉花さんは若様のお気に入りだからですよ」

「あ、そんな事言ったらおふきちゃんだって大蔵さんのお気に入りじゃない」

「そんな事ないです」

二人の会話を聞いて

「え、茉莉花さんって若様に輿入れするのかい、おふきちゃんは大蔵さんと所帯もつのかい」と驚いた文太は二人に

「そんな事あるわけないよ。まったく」と叱られた。


「おつたさん、七回忌はいつ執り行う予定ですか」と由佳は年明けの予定を聞いてみた。

「へえ、命日が六月ですのでその前にはと思っています」

「そうですか、それじゃぁその時は皆で行きましょうか。名栗は青梅を抜けても行けるでしょ、五月頃なら気候もいいし物見遊山がてらって言うのはどうかな」

「皆さんに来てもらえるなんてありがたいです。でもお店の方はいいんですか」

「まぁ何日って訳でもないだろうし、たまにはいいかなと思ってさ。また近くなったら相談しようね」と由佳は言いながら、それまでに再滑りすることが無ければと心の中で思ったが、口には出さなかった。


店は他の店と同じように三日から開けた。

町は新春らしいさわやかな天気が続き、初詣や、初売り出しの帰りの客で賑わった。

まつりも新しく焼きうどんを売り出し、上々の出だしだった。

辰五郎は、山本の件で五日から川越に行くことが決まっているため、その前にと文太に色々仕込んでいた。

「いいか、青菜はいつもぼて振りの新太から買っているが足りない時は八百八までひとっ走り買いにいくんだぞ」

「イカは魚河岸から届けて貰っているが、うちは目方で買っているから、届いたら必ず計るんだぜ」

など仕入れについても教えている。

文太は辰五郎について一生懸命覚えようとしていた。

年末に父親を亡くし、まつりで暮らす様になってからさらに大人びたようだ。

正月休みの間も茉莉花を捕まえては字を習ったり、由佳からはそろばんを習ったり熱心だった。

元々頭の良い子だと聞いていたが、いつも間にか黄表紙位はほとんど一人で読めるようになっていった。

辰五郎も一緒に三畳間で寝起きしているせいか、自分の子どもの様に叱ったり褒めたりしていた。傍から見ると親子の様だと由佳は思った。


その日は今年一番の底冷えのする朝だった。

昨日降った雪は止んでいたが、深い針葉樹の間にも雪が降り積もり、笹が頭を垂れていた。

前日に川越入りしていた辰五郎は、兼ねてより手配していた人足と木材を従えて日和田山の女岩の麓にすでに到着していた。

「旦那、昨日までの雪で足場が滑りやすくなっておりやすが、本当に今日ここに仕掛けを作るんですかい」

日和田山で樵をしている吉太が手に息をかけ、手もみをしながら聞いて来た。

「おうよ、こちとらも上の命令で動いているんだ、今日中に仕掛けを作っちまおう。皆たのんだぜ」

「へい」と吉太以下応じ、「気をつけてやるんだぜ、なにしろ滑るからよ」と吉太も声を掛け作業が始まった。


まずは、女岩の両端に梯子を立て、周りの木を使い固定していく。

その後、岩の表面に向かって立つ杉を縫うように縄を通していく。

それが済んだ後岩の根元から木々に向かって受けるように網を掛けていく。

網は投網を二重にし丈夫にしてあるものを使う。


ちょうど白魚漁のすくい網の大型版の様な形だ。一辺を岩の根元に打ち込んだ杭に縛りつけ、一辺を木々に通し縄を使って固定していく。

女岩の高さは高いところで、十一間、幅は広いところで四十四間もある

(高さ約十から二十メートル、幅七十から八十メートル)

網は何枚かを重ね合わせながら張り巡らされ、女岩の中腹からの落下を受け止められるようにすこし余裕をもって設置された。


滑る足場に気を使いながらも吉左以下五名の樵の手伝いで何とか昼八つまでに作業があらかた終わった。

後は試しに岩から飛び降りてみて、強度を確かめるだけだが、辰五郎には試しをする自信が無かった。

実は辰五郎の家は代々越前松平家に仕えるお庭番だ。

技量により、中間の役を承ったりするが、実は本来身分は武士だ。

辰五郎の家も元を正せば甲賀忍者の末裔で、厳しい修行の上、お庭番に抜擢されるのだが、

如何せん徳川も百余年を過ぎ、武士の腰の物も飾りの様になっている時代で、昔の様な気概がある者は少なく、辰五郎もしきたりに則り、そこそこの修行はしたが、素手で岩によじ登り、そこから落ちるなどの芸当は出来そうに無いと思っていた。

「俺りゃあやっぱし半端もんだな」そう自嘲しながらどうしたものかと思っていたら、丸山と山本がやってきた。

「おぉ出来ましたね。思っていたより大掛かりですな」と丸山が感心したように言った。

「これはご苦労様です。皆の手伝いもあって思ったより早くに出来ました。後は試しをするだけでございます」と辰五郎は丸山に報告した。

「そうであろうと思って山本さんをお連れしたのだ。さて、山本さん如何なものであろうか」

網の強度や張り方は調べていた山本は丸山に尋ねられ、

「大丈夫そうです。思ったより丈夫に出来ていますので」と答え、背中の荷物を降ろし、なにやら道具を取り出して腰に袋をつけていた。


手伝いの男達も何が始まるのか興味津々で山本の動きを見ていた。

山本は岩の下で体をほぐす様に動いた後、素手で岩に飛びついた。

そうかと思うとするすると両手で岩を登って行く。途中、岩の隙間に鉄の楔をはめ込み、それを足がかりにして又体を持ち上げてあっという間に岩の中腹までたどり着いた。

山本は振り返り「この辺りから行きます」と合図をし、ぱっと手を離し網に向かって落ちてきた。


網は杉の木を大きくしならせ。一旦は地面擦れ擦れまで延びたが、ぶつかることも無く、又反動で放り出すことも無く山本を受け止めた。

手伝いの男達に手を借りながら山本は網から起き上がった。

「おめえさん一体何者なんだい、忍びかい」「おったまげたな」と男達は口々に言い、無事を確かめていた。

山本は笑って答えながら「丸山さん上々ですよ」と手を振った。


もう一度縄の状態を確かめて貰ってから辰五郎は男達に仕事の終了を告げた。

丸山は懐から財布を出し、それぞれに手間賃を渡した。礼を言いながら受け取った男達は早々に山を降りて行った。


岩を見上げていた山本がふと振り返り、

「辰五郎さんお願いがあるんですが」と懐から油紙に包まれた物を取り出した。

「これを楠田さんに渡して欲しいのです」

「へぇお安い御用です。手紙ですか」

「はい、私の住所が書いてあります。もし楠田さんが戻ることがあったら是非尋ねて欲しいと伝えてください。その時もし私が居なかったら家の物に渡して貰う手紙も一緒に入れてあります」

「確かにお預かりいたしました」そう言って辰五郎は受け取った包みを懐に仕舞った。


「さて、後はその時が来るのを待つばかりですな。今日は冷えているので帰って暖かいものでも腹に入れましょう」

そう丸山に促され、飽きずに岩を見上げていた山本も帰り支度をし、三人は山を降りて行った。


川越の手ごろな店に入り熱燗で体を温めた三人は今後の段取りを軽く話し、お開きにした。

山本は始終人懐っこい笑顔で話しをし、ねぐらへと帰って行った。

これで会えるのが最後かも知れないと思い、山本の後姿を辰五郎はいつまでも見送った。


次の日、川越の屋敷の長屋を出た辰五郎は名栗に来ていた。

おつたの亭主と息子の墓に詣でる為だ。

二人の墓は墓地のはずれにひっそりとあった。墓石には名前が彫ってあったが、うっかりすると見過ごしそうな位小さな墓だった。

辰五郎は丁寧に掃除をし、線香を手向けて頭を垂れた。

心の中でおつたと所帯を持つことの許しを願い、おつたとおふきを幸せにすると誓った。

ふと人の気配がして辰五郎は振り返った。見るとここの住職と思える人物が見つめていた。


辰五郎は立ち上がり会釈をした。住職は会釈を返しながら、

「見慣れぬ人がいらしたので様子を見ておりました。そこはおつたの亭主の墓ですが、知り合いであろうか」と聞いてきた。

「これは失礼をしました。私は川越藩の中間で辰五郎と申します。このたびおつたさんと所帯を持つことになり、御用のついでに元の亭主に許しを得に詣でました」と告げた。

「おお、そうでしたか、それはめでたい事です。それでおつたとおふきは元気でしょうな」

「へぇ、楠田様親子も元気でお過ごしです。こちらへ寄った折には、ご住職様へくれぐれもよろしくと言いつかってきております」

「それは何より、是非江戸での様子を聞かせて貰いたいのですが、如何かな」と庫裏に案内してくれた。

小僧が運んで来てくれたお茶を飲みながら、江戸でのまつりの繁盛振りと皆の様子を当たり障りのない範囲で話して聞かせた。


名栗は時滑りについては藩主の命のもと、村が一丸となって保護している場所で、大方の事情は知っているだろうが、辰五郎からは詳しいことは話せない。それで当たり障りの無い範囲になってしまうのは致し方ない。


一刻ほど話をし、辰五郎が「それでは私はこれで」と辞去しようとした時、不意に思い出したように、

「この後はお屋敷に戻られるのであろうか」と住職に聞かれた。

「いえ、このまま江戸に戻ろうかと思っております」と伝えると、

「暫しお待ちを」と言って部屋を出て行った。


暫くして、「実は蔵を片付けておったら古い文献が出ての、これを若様にお見せしたいと思っておって、遠回りになるが、お屋敷に届けて貰えるであろうか」と古ぼけた書物を渡された。


「何代か前の住職が書いた物らしく、ところどころ読みづらいところもあるが、時滑りについて書いてあるようじゃ。時滑りの方々が元の場所に戻るための参考にでもなればと思うての」

そう嘆息した住職に辰五郎は頷くだけにとどめて、「確かに若様にお届けします」と受け取った。


山本の一件も辰五郎の口からは話せない。心配する住職の顔を見て少しばかり心が痛んだが、そんなそぶりも見せず書物を懐に入れ、寺を後にした。


 日和田山の女岩に仕掛けを作ってから一週間ほどがたったある日。

その日は前日から冷たい雨が降り、時に霙になったりして、睦月の天候にしては不安定な日だった。

前日からの雨で、今日は休みを言い渡されていた山本は朝から空を見上げていた。

日和田山の方では厚い雲の中に時折稲妻が見えていた。雪が降る前は稲妻がなったりするが、今日のそれは嵐の前のような様子だった。


「よし、行ってみるか」とひとりごちた山本は、長屋の掃除を済ませ、上がりがまちに丸山宛の手紙を置き、小さな荷物だけを持って家をでた。

目的地は勿論女岩だ。

時折強くなる雨の中、すげ傘をかぶり黙々と山を目指した。

一刻は過ぎただろうか、山本は横手村の諏訪大明神に着いた。

先日下見をしたとき神社があるのを目に留めていた山本は、この神社の由来も知らずにいたが、今回の試みの成功を祈ってお参りしようと考えていたのだ。


お参りを済ませた山本は荷物を降ろし、暫し休むことにした。

雨風は川越を出たときより強くなり、雷の音もゴロゴロと山のほうから聞こえて来るようになった。

神社の軒を借りて、持ってきた握り飯で腹ごしらえをしていた山本の前に駆け込んで来た者が居た。


「もしかしたら今日あたり来ているのではと思ってな」と塗れた傘を取り、にこりともせず言ったのは渋谷だった。

「これは渋谷様、わざわざありがとうございます」山本は立って頭を下げた。

うむ、と頷き帰した渋谷は拝殿に向かいお参りをした。

渋谷には何度かあった事があったが、いつも寡黙に控えているだけで、特に言葉を交わした事は無かった。

それでもわざわざ来てくれた事に山本は嬉しくなった。

「あの、お屋敷から真っ直ぐ来られたのですか」

「いや、そなたの長屋に寄って、丸山宛の手紙を見つけたので、それを持ってこちらに参った」

「昼飯は食べられましたか、握り飯ならありますがいかがですか」

「うむ、もらおう」

それっきり話すことも無く二人は暫く並んで腰掛け、握り飯を食べた。


二人が女岩に着いたのは八つ頃だった。山の中では雨も木々が遮ってくれるが、足場は悪く女岩にたどり着くのに難儀した。

雷は一層音を轟かせ、近くなっている事を教えていた。

山本は仕掛けを点検し、岩に登る準備を始めた。

渋谷は薄暗くなった空を見上げ、黒く重い雲が迫って来ているのを見ていた。

雲は雷をつれてきた様だ。突然稲光がし、辺りを照らした。

「そろそろ真上にきそうだ」と山本がつぶやき、渋谷に一礼した。

頷き返した渋谷に背を向け、山本は岩に飛びついた。雨で滑るであろう岩肌をものともせず山本はするすると岩を登っていく。

渋谷は感嘆の表情でそれを見上げていた。「まるで猿(ましら)だな」とつぶやいた。


岩のてっぺんに近く、ちょうど岩が迫り出している辺りに楔を打ち込み、足を架け体制を整えると山本は空を見上げた。

大粒の雨が顔を打つ。

「さぁ来い」と空に向かって吼えた。

それに応える様に突如、稲妻が光った。

それと同時に山本は今まで体を預けていた岩から空に飛び出した。

渋谷は山本が何か叫んだのを聞いたが、突然の稲妻に一瞬目が眩んだ。

そしてすぐさまどーんと聞こえた音に思わず身を庇いしゃがみこんだ。

しばらくして顔を上げ、ぐわんぐわんと耳鳴りがしたが渋谷は岩に駆け寄った。

「山本どの、山本どの」と岩や仕掛けや岩の足元を見たが山本の姿は無かった。

雷は岩の向こう側に落ちたのか見上げれば微かに煙が上がっているいるのが見えたが、山本の姿はどこにも無かった。

山本が居た辺りには足を架けていたはずの楔が残されていたが、暗くなった今はそれを確認する事が出来ない。

もう一度岩の回りや仕掛けの辺りを丹念に確認した渋谷は一礼してその場を後にし、

「無事もとの場所へ戻れたのだろうか」とつぶやいたが、心配しても詮無いことと思いながら川越に向かって走り出した。


翌日は雨が上がり、渋谷の案内の元、数名の中間と樵達を連れて山本の探索が行われた。

樵達には山本の事は知らされず、岩の周りの整備とだけ伝えて、草を刈りながら捜索を行った。

岩のてっぺんにも登らせ女岩の上も捜索が行われたが何も見つからなかった。



今月も「時の会」の集まりの日になった。一ヶ月が早いなと思いながらも由佳は仕込みの準備に忙しかった。

一月の「時の会」は安田の店で開催されるため、例のごとく、その日のまつりは休みにし、

前日から仕込みを始め由佳は差し入れの料理を拵えた。

今回の料理のメインは、前日から生姜醤油に漬けたシャモの肉に、

山椒と七味をかけ、安田の店で鉄串に刺し炭火で炙って香草焼きにするつもりだ。

それと、もち米の霰をまぶして油で揚げた白身魚のフライ風と定番のシュウマイや肉まんだ。

時間のあるときにこの時代の調味料で作れそうなレシピを綴って来た由佳はほとんどの料理をそのレシピ通りにおつたに作ってもらった。


「女将さん、自信ねぇけんど、これでいいんだろか」とおつたは不安そうにしていたが

そこは長年台所を支えてきただけあって、手際も良く、一度味を覚えたら直ぐに再現できる。

最近は自ら提案し、一味加えたり工夫するようになっていた。これで何時でも私たちが居なくなっても大丈夫だ。そう思いながら由佳はおふきとおつた母娘を見た。


辰五郎から所帯を持とうと言われてからのおつたは心なしか綺麗になって色っぽくなったと思う。

おふきも町の娘らしくなり、この頃はおふき目当ての若い男の客が増えすっかり看板娘だ。

文太も出会った頃に比べれば背も少し伸び、力仕事もお使いもすっかり任せられるようになった。

手習いも店の合間を縫いながらではあるが、茉莉花に習い、コツコツとしかし確実に習得している。何もかもが順調に思えた。

辰五郎は偶にお屋敷の仕事で留守にすることがあるが、すっかり煮売り屋の親父の体だ。

藩は、いずれこの店を細作の拠点にするつもりのようだが、どんな風になるのか由佳には想像がつかない。心配事と言えばそのことだ。

おふきやおつたに災難が降りかからないように辰五郎にお願いしているが、まだ決まっていない事が多くてあっしにもわかりません、と頼りない。

今日丸山に会ったらその辺の事も聞いてみようと由佳は思った。


「おつたさん、手伝いありがとう。ここはもういいからおふきさんと出掛けていいよ」と声を掛けた。

「へぇ、ありがとうございます。では後はおねげぇします」と前掛けを外した。

「おふきちゃん、今日は何処に行くの」と茉莉花が聞いている。

「今日は神田明神まで行こうと思っているんですよ」とおふきが答えた。

「えー遠いじゃない、大丈夫」

「一刻もあれば着きますよ。向こうでお昼にして、ゆっくり歩きますから大丈夫ですよ」ね、おっ母さんと笑顔を向けた。

「おふきちゃん、無理しないで帰りは籠にして。暗くなったら心配だし」

「はい、遅くなったらそうします。でも暮れ六つには戻るつもりですから、女将さん心配しないでください」

「気をつけてね」と茉莉花の声に見送られ、母娘は出掛けて行った。


「文太は今日は辰っつあんと釣りだっけ」と茉莉花が聞いた。

「そうだよ、いいのが釣れたら安田さんの所に届けるって言って張り切って出て行ったけど、どうかな」

最近文太は時間があると釣りに凝っていて、時々晩御飯のおかずになるような魚を釣ってくる。

今日は辰五郎の知り合いの船に乗せて貰って少し沖で釣りをするらく、朝早くにおつたに握り飯を拵えて貰って、二人で張り切って出て行った。

「ふーん、なんか、辰っつあんと文太って益々親子みたいになって来たね」とつぶやいた。

「そうだね、辰さんはおつたさんと所帯を持ったら文太を正式に養子にするつもりみたいよ」

「え、そうなのそれじゃ安心だね。へーそうなんだぁ」と茉莉花は喜んだ。

「まだ文太には言っていないから内緒ね」

「わかった。あーでもその話は私たちが居なくなってからかも知れないんだよね」

「そうだね」

「つまんないなぁ、文太の喜ぶ顔が見たかったのにな。あ、でもそしたら私たちがこのまま帰れなかったらどうなるのその話も無くなっちゃうの」と今度は心配している。

「うーんそれはちょっとわからないなぁ、今日丸山さんに会ったら色々今後の事も聞いてみるよ」

「そうね、山本さんの事も聞かないとだしね」と茉莉花に言われ、由佳はそうだと思い立った。

今日は丸山に聞きたいことが沢山ある。

「山本さんどうしたかなぁ」と茉莉花は頬杖をつきながらつぶやいた。

荷物を詰め終わった由佳はお茶を入れながら、二人だけの店は何だか寂しいと思った。


「ごめん」と表の戸が開き、大蔵が入って来た。

「あ、大蔵さんいらっしゃい。今日は早いですね」と茉莉花が出迎えた。

「そうであろうか」と大蔵は何気なく店を見回した。

目ざとく茉莉花が見付け、「今日はもうおふきちゃんは出掛けて居ないよ」と先回りして答えた。顔がニヤついている。

「そうか、いや何、店が広く感じるなと思っただけだ」

「ふーん」とニヤついた顔のままの茉莉花があいまいな返事をする。

「みんな出掛けていて私たち二人なんですよ。私もさっき、そう思ったばっかりですよ」と由佳はお茶を差し出しながら答えた。


茉莉花はお茶を飲む大蔵の顔を見ながら何か聞きたそうにしている。

「拙者の顔に何かついているのであろうか」と大蔵は怪訝そうに聞いた。

茉莉花は少し迷ったのち、意を決したような真剣な顔で、大蔵に向き合い言い放った。

「ねぇ、大蔵さんはおふきちゃんと所帯を持つ気、あるの」

お茶を飲んでいた大蔵は突然の茉莉花の問いかけに、思わずお茶を噴出しそうになったが、そこは武士だ、直ぐに気を鎮めて

「何を唐突に、何の話であろうか」と聞き返した。が、かなり動揺しているのか、いつもの大蔵の落ち着いた話し方ではなく、あわてた物言いだった。

「だからさ、大蔵さんはおふきちゃんと所帯を持つ気がありますか、と聞いています」

と茉莉花はいたって真剣な顔で聞きなおした。

大蔵は居住まいを正して茉莉花に向き直った。

「何の冗談かは知らんが、我等、時滑りがこの時代で所帯を持ったり子を成す事は藩との約定により禁止されていることを茉莉花どのも知っておろう」と何時もの大蔵に戻って諭すように答えた。

「それはさ、いずれこの時代から元の時代に戻ってしまう時いろいろ厄介だからと作られた約定で、戻れない人の場合、特例が認められるかも知れないって言ったら」と茉莉花は謎めいた言い方をした。

「え、それどういう事」と由佳は思わず口を挟んだ。

「うん、先月の時の会の時、若様と話をしたじゃん、その時の事なんだけど」と茉莉花はその時の話をした。

もし帰れない人の場合はこの時代で生きていくしかないので、特例もありえるとの話だ。

「じゃぁ確実に帰れる見込みの無い人は所帯を持ってもいいんだ」と由佳が茉莉花に念を押した。

「そう、たとえば横山さんや大蔵さんはそれに該当すると思う。先月の話では同じ現象が起きれば戻れる可能性があるけど、裏を返せば同じ現象が起きない人は二度と戻れない訳で、

そういった意味では、残念だけど大蔵さんは二度と元の時代に戻れないって事になるでしょ」

「確かに横山さんは爆弾が落ちてきたって言っていたから今の時代では再現出来ないよね。大蔵さんは鉄砲に撃たれたんだっけ」そういいながら由佳は大蔵の顔を見た。

大蔵は目を閉じて話を聞いていたが、由佳の問いかけにゆっくりと目を開け、

「拙者の場合は、今でも再現出来るのでは無いかと思う」と答えた。

それを聞いた茉莉花は、

「そうかな、今確かに鉄砲は手に入るかも知れないけど、性能も腕も数十年後よりは落ちると思うし、うまいこと顔を掠めて撃つなんて出来ないと思う。それこそ生きるか死ぬかだし、藩が許可しないよ。この先幕末まで戦争は無い訳だから同じ現象を再現するのは不可能に近いと思う」といつに無く雄弁に語った。

それを聞いてしばらく考えた大蔵は「確かにそうかも知れん」とつぶやいた。

「でしょ、そしたらさ、大蔵さんはおふきちゃんと所帯が持てるって事だよ。で、どう」といつもの様に茉莉花が畳み掛けた。

「どうかと言われても、それとこれとは別であって、ましてや相手がおる事であって」と大蔵は狼狽している。

「あーもうじれったいなぁ。大蔵さんはおふきちゃんが好きなんでしょ」と茉莉花にストレートに聞かれ困った大蔵は、

「そういった事は武士は口にせんものだ」とぶっきらぼうに言って横を向いたが、心なしか顔が赤くなっているようだ。

「もう、この時代の人のこういった所が面倒くさいんだよね、特に武士」と茉莉花がちょっと喧嘩腰になったので、

「まぁまぁ、仕方ないよ、特に武家は感情を表に出さないように育つんだから、それにそんなに畳み掛けたら大蔵さんが気の毒だよ。二人の事は二人に任せておくしかないよ」と由佳が見かねて助け舟を出したが、

「だって、そしたら何時までたっても大蔵さんは何も言わないと思うよ。こういう時は男から言わなきゃ。いつもでもほっといたら他の人に攫われちゃうよ。最近のおふきちゃんは人気が高いんだから。先日も大店の若旦那みたいなのが来てさ、愛想を振りまいて帰ったけど、あれは絶対におふきちゃんに気があるね」と大蔵の顔をちらちら見ながら挑発するように話したが、

「大店の若旦那なら申し分ないではないか、そのほうがおふきさんも幸せになろう」と大蔵は我関せずの顔で言いのけた。

「もう、大蔵さんは女心が全くわかって無いんだから、おふきちゃんは絶対大蔵さんが好きなの」と茉莉花はぷりぷりしながらお茶を飲んだ。

「そんな事分からんであろう、それに金持ちに嫁いだほうが良いに決まっておるでは無いか、

拙者の様な貧乏浪人に嫁いだとて苦労するのが目に見えておる」大蔵もいつもより声が大きくなっている。

「はいはい、その位にしてそろそろ出掛けようよ、安田さんが待ってると思うよ」と由佳は二人の掛け合いを止めて荷物を差し出した。

「全く大蔵さんは頑固なんだから」と荷物をひったくるように受け取り茉莉花はさっさと出て行った。

由佳はため息をつきながら、

「大蔵さんごめんなさいね。茉莉花なりに自分たちが居なくなった後の事を考えての事で、悪気は無いんですよ」と大蔵に謝った。

「わかっております。拙者もついむきになってしまって、申し訳ござらん」と頭を下げた。

「茉莉花の後押しをするわけじゃないけど、若様が特例を認めてくれるのであれば、これから先の事を考えるのにいい機会だと思うから、大蔵さんも考えてみてくださいね。お節介だけど、未来の私たちから見たら、武士だけが生きる道では無いと思うから」

「はい。それは拙者もそう思います。でも拙者は武士を捨てる事が出来るかわかりません」と大蔵は本音を吐いた。

「そうねぇ、そうかも知れないね。そう考えたら明治維新後の武士たちは大変だっただろうなぁ」

由佳は戸締りをしながらつぶやいた。

それを聞いた大蔵は「そういえば幕末の後の武士たちはどうしたのであろうか、由佳どのはご存知ですか、ご存知なら詳しく聞かせてくれぬであろうか」と頼んできた。

「あら、横山さんや他の方に聞いていたかと思ったんですが」と大蔵の意外な申し出に驚いたが、

「彼らはそこまでは詳しくは知らぬようで」と言われ、私もそんなに詳しくないけどと言いながら知っている限りの明治新時代の武士たちのその後を話して聞かせた。


当時江戸の家臣達は駿府に逃れ、又は水戸に幽閉された慶喜公を慕って水戸に移住した者もいたらしい。

しかし、引越しが出来る財力の無い御家人や旗本たちはそのまま江戸に残り、同心たちはそのまま新政府が新設し募集した邏卒という警察の前身の職についたり、算盤や帳簿付けに明るいものたちは新政府の職員になったり、学校の講師になったりしたことを話した。

とはいえそれも一部の者達で、多くの武士は町人同様に人足をしたり、世を儚んで自害した者も居たらしい事を話した。


大蔵は暫し考えていたが、「戦国より続いた武士の世も跡形も無く消えてしまったのであろうか」と聞いて来た。

由佳は少し申し訳ない様な気がしたが、「はい」とうなずいた。

「そうですか」と言った大蔵は由佳に向き直り、心なしかさっぱりしたような顔で、

「教えていただきかたじけない。時滑りの面々の様子を見て判ってはいたつもりでしたが、心の何処かで未来の世でも武士が国を支え、守っていると信じておりました。しかし由佳どのの話を聞いて迷いはなくなりました」と言った。

由佳は茉莉花の話を鵜呑みにしたわけではないが、大蔵の今後の気持ちを聞きたいと思ったが、

それは余計なお世話だと思い直し、「それは良かったです」とだけ返事をした。


 「時の会」はいつものように各自の近況報告から始まった。

特に皆変わったことも無く報告はすぐに終わった。

そのまま新年会に移行するかとおもいきや、丸山が最後に報告があると居住まいを正した。

皆の顔を見回しながら丸山はいつに無く真剣な顔で、

「山本殿が再滑りなさったようです」と静かに報告した。

「え、本当に」

「それはいつですか」と口々に言いかけた皆を制して、懐から手紙を取り出し、読みながら説明した。

「渋谷の報告によりますと、十二日午後、日和田山、女岩にて渋谷が見守る前で岩に登り、落雷と同時に再滑りしたようです。日和田山の女岩とは今年の初め、辰五郎と一緒に万が一の為の仕掛けを作った場所で、渋谷によると翌日も数人で岩の上から隈なく探したが山本殿は見つからず、その報告を受け、若様は再滑りしたものと判断されました」

暫く皆無言だった。

「無事元の場所に戻れたのかな」と安田がポツリとつぶやいた。

丸山は「そればかりはわかりかねますので祈るしかありません」といつかの若様と同様の言葉を誰にとなく漏らした。

「きっと大丈夫だよ、きっと元の場所に戻っているよ。そう願って皆で乾杯しようよ」茉莉花が安田を励ました。

「そうだね。きっと山本さんなら大丈夫だね」安田は笑顔で答え、支度をしに立ち上がった。


それからは新年会を兼ねた飲み会となった。

由佳は丸山に今後の事を相談したいと思い徳利を持って丸山の隣に座った。

「色々ご苦労様でした」と言いつつ徳利を差し出し酌をしながら切り出した。

「今回の山本さんの件で、益々私たちが再滑りする可能性が高まりました。それで、ご相談なのですけど、お店の今後は辰五郎さんとおつたさんに任せるとして、文太の事です」

由佳は辰五郎がいずれ養子にして細作の仕込みをするかも知れないということを丸山が知っているかどうかわからずその先は言えずにいたが、丸山の方から

「辰五郎が養子にするという話ですね」と振られ首肯した。

丸山は少し声を潜めると、文太の事は辰五郎の思い通りに進めて良いとお許しが出ているので今後の成長を見守りつつ判断すると教えてくれた。

そんな話をしていると、

「あれ、丸山さん、ちゃんと飲んでますか」と安田がやって来た。

「何の話をしてたんですか」と聞かれた由佳は咄嗟に

「そろそろ梅の季節なのでどこか良い梅の名所は無いか聞いていたんですよ」とうそをついた。

辰五郎の事は特別秘密という訳では無かったが、何となく黙っていたほうが良いような気がしたのだ。

丸山も「この辺りでは湯島天神が有名ですが、ちょっと遠いので、目黒不動尊辺りでも梅見が出来るのではとお教えしていたんですよ」と合わせた。

「梅見かー、それいいね、目黒不動なら近いし縁日も盛んだし茶屋も沢山あるから楽しいよきっと。それでいつにする」とすぐに乗って来た。

「私も梅見は行った事が無いので詳しくないのですが、梅の見ごろは結構長く、これから一月くらいでしょうか」と丸山が答えた。

「じゃあ来月の時の会じゃ遅いかな、でも縁日の日だと人も多いだろうし、横山さんがきっと詳しいだろうから聞いてくる」とすっかり乗り気で戻っていった。

「なんだか気ぜわしいお人ですね」と丸山は肩をすくめて笑った。

安田はすぐに戻ってきて、

「ねぇ、横山さんに聞いたらさ二十八日が毎月縁日だって、でもすごい人出だからその日以外が良いかも知れないってよ」と教えてくれた。

「私はせっかくなので店の皆と行きたいと思っていますので、ちょっと考えさせてください」と由佳は勇み足の安田に罪悪感を感じながら答えた。

「了解です、決めたら教えてくださいね、俺も行きたいですから、大蔵さんも誘ってね。おいてけぼりにしないでくださいよ」そういうと又大蔵たちの席に戻っていった。

「本当に行くことになりそうですね」と由佳はため息をついた。

「まぁいいじゃないですか、たまにはのんびりする日があっても。きっと良い思い出になりますよ」と丸山に言われ

「それもそうか」と由佳は笑顔を返し、戻ったら辰五郎に相談してみようと思った。


時の会が終わり店に戻ると、皆はすでに夕飯を済ませ、店でお茶を飲んでいた。

今日は文太も店で夕飯を取った様で、四人で卓を囲んでいる姿は、まるで本当の親子のようだった。

「おや、お早いお帰りですね」と辰五郎が席を空けてくれ、おつたがお茶を入れてくれた。

由佳は熱いお茶を一口すすると、「辰さん、山本さんの件は聞いた」と聞いた。

辰五郎は軽くうなずくと「その件は改めてお話します」とだけ答えた。

由佳もうなずきを返すと、

「そうそう、今日話に出たんだけど、ちょうど梅の季節だし、梅見にでも行かないかってなってね、辰さんどこか良い場所知らないかな」と話を変えた。

「梅見ですかい、それならやっぱり湯島天神がこの辺りでは一番でしょうね」

「江戸では梅見をするんですか、在所辺りでは梅なんて実を採るのに沢山植わっていてわざわざ見に行かないですよ」とおつたが驚いて言った。

「そうさね、江戸じゃぁ梅見に桜、菖蒲に紅葉や月見と季節ごとにあちこちに押しかけるのが最近の流行ですからね」と辰五郎が苦笑しながら、

「まぁ大抵は花を見るより飲んで浮かれている輩の方が多いんだが」と付け加えた。

「梅見なんてしゃれているけど、おいらもわざわざ行った事がないや、白金辺りじゃどの寺にも神社にも梅は咲いているし、湯島までいかなくてもそれでいいじゃねぇの」と興味なさそうだ。

「文太、湯島の梅はちょいとちがうんだぜ」とそんな文太に辰五郎が講釈を始めた。

湯島天神は雄略天皇二年、雄略天皇の勅命により天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)を祀る神社として創建されたと伝えられている。

南北朝時代の正平十年(1355年)、住民の請願により菅原道真を勧請して合祀した。

徳川家康が江戸城に入ってから徳川家の崇敬を受け多くの学者・文人が訪れた事から学問に霊験あらたかと信仰され、菅原道真に由来し梅の木が多く植えられた。

「だからよ、文太も読み書きが上達するように、道真公にしっかりお参りするがいいぜ」とすでに父親の顔をして言った。

「へー本当にご利益があるのかい、茉莉花さんはどう思う」と聞かれて茉莉花は、

「私はねちゃんと福岡の大宰府天満宮にお参りしたんだよ」とちょっと自慢げに言った。

「そりゃすげぇや、大宰府が本宮ですからね、だからお嬢さんはたいそう読み書きが出来るんですね」

「へーやっぱりご利益あるんだな。おれも茉莉花さんみたいに難しい字も読めるようになりたいや」と二人におだてられ、

「まぁね」と茉莉花は苦笑した。

「梅見の季節は茶屋や出店も沢山出て賑やかでしょうね」とおふきはちょっと目を輝かせた。

「そういや、湯島天神じゃぁうそかえって慣わしがあって、催しがあるときは鷽の笛が大層売れるって話ですぜ」と辰五郎が付け足した。

「うそかえって何」と茉莉花が聞いた。

「へぇ、何でも買った鷽って鳥の人形を交換すると前の年にあった厄が嘘になるって事で、本当なら初天神の日に神社から授与して貰う人形が正式なんですがね、最近じゃ子ども向けに笛にしたのを出店で売ってまして、これが人気だそうで」

「鳥を取り替えって、だじゃれだね」と茉莉花は笑った。

そういえばここに来て気がついたが、江戸の人はだじゃれや言葉遊びが好きなようだ。

神事までしゃれなのかと由佳は改めて驚いた。

「でも折角だから神社の人形の方がいいよね。じゃぁやっぱり湯島天神まで行く」と説明を聞いた茉莉花は由佳に問うた。

「そうね、折角だから湯島天神にしましょうか。でもそうするとお店はお休みにしないとだね」

「たまには良いじゃん、お店休んで皆で出かけようよ」と懇願され由佳は「そうね」と笑って承諾した。

「じゃ、家が六人で大蔵さんと安田さんで八人だね。丸山さんも行くかな、辰さん聞いてみて。で、いつにする」

「確か湯島は初天神の時にしか人形を売らないんで、二十五日ですね。でも朝早くに行かないと人形が買えませんよ、湯島までは一刻はかかりますからねここを出るのは六つですかね」

「ひゃー」と茉莉花はおどけて目を回したが行かない訳ではなさそうだ。

結局、嘘から出て真になった梅見は鷽替えまで話が行き、なんだか符丁が合うなと由佳は思った。


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