第41話 蹴撃の紅き狼
(相手が誰であろうと、負けるわけにはいかないネ・・・)
李宗民は一歩前に出る。
家族と言う仲間を傷付けられて、黙っている程甘くはない。
俺の家族や仲間を傷付けた奴は、誰であろうとぶちのめす。
今までだってそうしてきたではないか。
李宗民は軽く目を瞑る。
自分の仲間や家族を守る為に、昔から喧嘩に明け暮れ、敵を蹴散らしてきたのだ。気が付いたら、自分の周りにはたくさんの仲間や家族が出来ていた。
俺達を裏切った奴らには、静粛を。
敵対組織には、報復を。
それが、中国裏社会組織「赤龍」を代々継いでいる李家の家訓であった。
初代の祖父が組織を立ち上げた時は、総勢三十人にも満たなかったのだが、二代目の父が後を継いだ時には総勢百人を超えていた。
二代目の父は温厚で人情に厚かった。中華街の問題を出来るだけ話し合いで解決することを優先した。そして、その人望に人が集まり、一時は組織の総数が四百人を超えた。
だが、その優しさゆえに、敵対組織に暗殺されてしまったのである。
李宗民は、その時のことを今でも覚えている。
敵対組織が待つ場所に、話し合いで解決しに行くと、家を出て行った父親の背中を、今でも鮮明に思い出すことが出来るのだ。
二代目の父親が亡くなった時、李宗民は十八歳であった。
「赤龍」は、二代目を失った影響で、メンバーを大きく失うことになる。一時は、総数四百人程いたのが百人程になるのだ。
原因は二つあった。
一つ目は、三代目の李宗民がまだ若かったことだ。
メンバーの大半は、二代目の人望に引かれて付いてきている人間が多かったからだ。だから、李宗民に対して迷いがあったのと、自分より若いリーダーに付くことに抵抗があったのである。
二つ目は、同じ日本に在住している中国裏組織達の勢力拡大である。
「赤龍」が二代目を失ったことにより、他の組織が中華街の利権を巡って暗躍し始めたのである。
李宗民が、「赤龍」の三代目になったのが十八歳。
そこからの李宗民は、鬼の様な快進撃を見せる。
まず、自分が一緒に暴れていた若い仲間達を組織に誘い、強固な絆を作り上げたのである。そして、組織内で自分より年上の先輩には、父親の様に敬い、兄の様に慕った。抗争や問題があれば、先頭に立って闘い、仲間や家族の為に命を差し出したのである。
李宗民が二十五歳になった時。
「赤龍」は、この中華街で一番の中国裏社会組織に成長していたのである。
メンバー総数、約八百人。
そして、何時からだろうか?
俺は、「中華の至宝」・「蹴撃の紅き狼」と呼ばれる様になっていた。
強い奴と闘いたいわけではない。
俺は、家族や仲間を守りたいだけなのだ。
だから。
今回も、そうなのだ。
相手が誰であろうと、徹底的に痛め付けて、俺達の怖さを思い知らせてやるだけだ。
お前達に!
そして。
李宗民は、細い両眼を大きく見開く。
二人の重苦しい空間に歪みが生じる。
戸倉はじりじりと両足を前に進める。
左右の大きな拳は軽く握られているが、その射圧力は尋常ではない。
李宗民は体を半身にして、左足を前に出して腰を落とす。
摺り足で前に進み、いつ飛び出しても良い状況にあるようだ。
磁石のプラス極とマイナス極が引かれ合う様に、二人の猛者は近付いて行く。
じりじり。
戸倉一心の体が動く。
じりじり。
李宗民の体も動く。
(二人とも~勝負に出たな~)
香川浩介は、二人の空間をすばやく読んだ。
絶対的な暴力を司る男・戸倉一心。
尋常ではない大きな拳と人間離れした豪力。
それに対抗するは。
唯一無二な瞬速と破壊力を兼ね揃えた男・李宗民。
存在してはいけない空間移動と身体能力。
まさしく、怪物対怪物である。
じりじり。
二人の距離が徐々に縮まる。
じりじり。
二人の距離が、三メートルを切った時。
お互いが同時に動いていた。
「チエリヤアァーーー!」
李宗民の叫び声が木霊する。
右足で地面を蹴って、摺り足で体を前に進める。
「ふぬんっ!」
戸倉一心は腹の底から声を出すと、左拳を横から放つ。
バチイィーーーン!
最初に打撃を当てたのは、李宗民である。
左拳を垂直に飛ばし、戸倉の腹部にぶちかます。
戸倉の動きが一瞬止まったが、コンマ何秒の出来事である。
李宗民が、当てた左拳を引き戻そうとした時には、自分の視界に戸倉の左拳が迫っていた。
地面を蹴り、後方に飛び跳ねる。
鼻先を戸倉の左拳が轟音を上げて通過する。
李宗民はその左拳を紙一重で避けた後、再度前進する。
すばやく腰を落として。
右拳を垂直に放つ。
バチチイイィィーーーン!
戸倉一心の左顎に右拳が当たる。
あまりの破壊力と衝撃音に、戸倉一心の体がブルッと震える。
左拳を振り回した直後の戸倉は、大きくバランスを崩したのか、体全体をグラリと揺らす。
李宗民は、俊足で一歩後退すると、上段の蹴りを走らせた。
ガキキイィーーーッ!
李宗民の上段蹴りが、またしても戸倉一心の左顎に決まる。
戸倉の体が地面から三センチ程浮き上がる。
「・・・・・」
戸倉の頭部が斜めに傾き、体全体が地面にズルリと崩れそうになる。
(決まったネ!)
破壊力抜群の二撃。
通常の人間が喰らえば、顎は砕け散り、その痛みの為に意識を失ってもおかしくない程である。
だが。
李宗民は、蹴り足を戻すと。
その場で腰を落として、左拳を垂直に戸倉の腹部に飛ばした。
李宗民は、もう一撃を念の為に放ったのだ。
(これで本当に終わりだネ!)
左拳が唸りを上げて、戸倉の腹部に近付いて行く。
その時。
(・・・・・?!)
李宗民は、背筋に冷たい悪寒を感じた。
地面に崩れ様とする戸倉一心。
だが。
先程から、数センチも動いていないのだ。
崩れそうになりながらも、崩れない。
(ま、まさか・・・?)
李宗民は戸倉一心の顔を見た。
戸倉一心の両眼はギラリと光輝いている。
(わざと喰らったのカ?!俺の攻撃ヲ?!)
李宗民がそう気付いた時には、すでに遅かった。
戸倉一心は、地面に崩れそうな体勢から一変。
全身のバネを使う様に、体を大きく捻ると。
大きな右拳を地面に擦れる様に走らせてから、上空に一気に発射した。
ボオツッ!
ミサイルが打ち放たれる様な爆音が響く。
ゴキゴキゴキゴキイツーーーッ!
「ガハアッ・・・!」
李宗民は自分の顎に激痛が走るのを感じた。
戸倉の大きな右拳が李宗民の顎に減り込む。
(馬鹿ナ・・・?!見えなかったゾ?!)
李宗民の体が空中に浮く。
口内に大量の鉄の味を感じた。
「・・・・・?!」
(クッ!顎の骨を砕かれたカ?!)
李宗民は空中に浮きながら、戸倉を見る。
戸倉一心は同じ様に空中に飛ぶと、李宗民の腹部に左拳を放っている。
(グッ・・・!)
李宗民は両手を動かすと、自分の腹部に移動させた。
両腕でその攻撃を防御する。
ガキキキツッーーーッ!
戸倉の左拳が、李宗民の両腕にぶち当たる。
ミシミシッ。
(チッ!なんという破壊力ネ・・・)
李宗民は、左腕の骨にヒビが入ったことを感じ取った。
だが、その様な素振りは一切見せない。
後方に飛ばされ、地面に両足を着ける。
戸倉一心も無傷ではない。
李宗民の攻撃を受けた左顎は赤く腫れ、口の端からは血が流れている。
(もっとだ、李宗民。その程度では・・・俺の心に巣食う悪魔は解放できないぞ・・・)
ギチッ。
戸倉一心の心を縛っている鎖が鳴る。
ギチッ。
そして、心に巣食う悪魔が今か今かと待ち構えているのだ。
早く解き放てと!
戸倉一心は両腕を上空に上げた。
(この化物め・・・)
李宗民は、自分の顎を左手で触った。
完全に破壊されているらしく、激痛が走る。
下顎骨粉砕骨折。
左腕にも痛みが走ったが、それは骨にヒビが入ったからであろう。
橈骨負傷。
人間の橈骨は左右の前腕に1本ずつ存在しており、尺骨とともに前腕構造を支持している。親指に近いほうの骨が橈骨で、小指に近いほうの骨が尺骨である。
李宗民は、口内から溢れ出る大量の赤い血を、地面に吐き出す。
「殺してヤルネ・・・お前を!」
(次で決めるネ!そうしないと・・・こちらがあぶない・・・)
李宗民は半身になって腰を落として構える。
「それでこそ、俺が求めていた男や・・・」
戸倉一心は上空に上げた両腕を顔の横に持って来る。
そして。
お互いが同時に前に進んだ。
李宗民は、体をグルンと回転させると、右の裏拳を飛ばす。
戸倉一心は、その裏拳に合わせる様に、左拳を大きく振った。
ガチイィツッーーーン!
拳と拳が衝突する。
その瞬間。
信じられないことに、火花が飛び散ったのだ。
それ程の衝撃。
それ程の破壊力。
そして。
空中に赤い血が、花火に様に舞い上がる。
李宗民の右拳からは、大量の血が噴きだしている。
皮はめくれ、拳の骨は飛び出ている。
そうれはそうであろう。
戸倉一心の大きな拳と正面からぶつかり合ったのである。
だが。
戸倉一心の左拳もまた、無事ではなかった。
同じ様に皮はめくれ、拳の骨にヒビが入っていることは明らかである。
「ぐっ!こいつ・・・!」
戸倉一心は李宗民を見る。
李宗民はニヤリと笑う。
肉を切らせて骨を断つ。
そのことわざ通り、自分が痛手を受ける代わりに、相手にそれ以上の打撃を与えたのである。
しかし。
李宗民の狙いは、それではなかった。
(俺の本当の狙いは・・・次の攻撃!)
この後に放つ一撃必殺が、本当の狙いなのだ。
李宗民は、血に塗れた右拳を引き戻すと。
下半身に力を込めた。
そして。
素足の左足で地面をガチッと掴む。
下半身の筋力と跳躍力を、ギリギリまで蓄えた後の。
全力放出!
「アチヤアァァーーーッ!」
李宗民は、細い両眼を大きく見開いて大声を上げた。
足の拳による右前蹴りである。
足の指で拳を作ることにより、その破壊力と強度は手で攻撃する時の数倍。
さらに、一直線上に走るその破壊力は、ボウガンの放った矢にも匹敵する。
李宗民の前蹴りが、戸倉一心の腹部に吸い込まれる様に捩り込む。
それも、みぞおちにである。
みぞおちとは、人間の腹の上方中央にある窪んだ部位のことで、鳩尾(きゅうび)、水月(すいげつ)、心窩(しんか)とも呼ばれている。
みぞおちは人体の急所の一つであり、殴るなどして衝撃を与えると強い痛みを感じる。これは、みぞおち奥の腹腔神経叢には多数の交感神経が走っているからだ。さらに衝撃で横隔膜の動きが瞬間的に止まることがあり、この場合呼吸困難に陥らすこともできる。
「が・・・かはっ!」
戸倉は自分のみぞおちに、李宗民の前蹴りがズッポリと突き刺さっているのを見た。
体が九の字に曲がり、背中が大きく歪む。
(ヨシッ!決まったゾ!)
李宗民はゆっくりと右足の前蹴りを戻す。
「あ・・・がっ・・・!」
戸倉は後方に四メートル程吹き飛ぶ。
(おどれ・・・!これが狙いだったのか?!)
戸倉一心はみぞおちに強烈な衝撃を受けた為か、息が吸えなくなるのを感じた。
「チッ・・・!」
(呼吸困難か・・・?!)
戸倉は息を大きく吸い込もうとするができない。
そして。
黒い影が、体を九の字に曲げた戸倉を包み込む。
顔を上げると、そこには李宗民がいた。
「終わりだネ・・・」
李宗民はそう言うと。
左右の蹴りを散弾銃の弾の如く飛ばす。
ババババツッーーー!
戸倉一心の体に、次々と打ち込まれる蹴りは全て強烈で、花火が打ち上げられた時の様に衝撃音を響かせる。
「・・・・・」
戸倉一心は、息が吸えない状態で李宗民の蹴りを両腕で防ぐ。
しかし、手や足に当てられた打撃は、赤く腫れ上がり打撲へと変貌する。
(勝ったネ!俺は・・・この男に勝ったのダ!)
李宗民は左右の蹴りをひたすら打ち込んでいく。
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