第31話 謎の訪問者
郷田梅雲とマイケル・フォー。
二人の戦いにも、ついに決着の時が訪れていた。
郷田梅雲のプロレス技「ジャーマン・スープレックス」を二発浴びたマイケル・フォーは、後頭部を強打した為に軽い脳震盪を起こしていた。
すぐに立ち上がり、ファイトスタイルを取るが体全体がフラフラと揺れている。
両腕を赤く腫らした郷田梅雲は、マイケル・フォーに向かってじりじりと近寄る。
(お前達は、痛みから逃がれる権利があるが、プロレスラーはそうはいかんのじゃー。全力で相手の攻撃を受けなければいけないという暗黙のルールがあるからのー)
そして。
左拳を大きく振りかぶった。
(相手の攻撃を受けてこそ、観客は喜び歓喜する!その格闘スタイルこそが・・・ワシの原点である!)
ぶうおおぉぉん!
豪風が鳴り響いたと思うと、マイケル・フォーの頭部が後方に弾けた。
どごおおおぉぉぉーーーん!
マイケル・フォーの口と鼻から大量の赤い血が噴き出る。
両足は千鳥足の如く大きくふら付き、全身を震わせて耐え凌いでいる。
「ほうー。さすがは元チャンプ、これを耐えるかいのー」
郷田はニコリと笑った。
「キル・・・ユー・・・」
マイケル・フォーは焦点の合わない両眼で、郷田を睨みつける。
両手を胸元に持ち上げているが、ブルブルと震えている。
「何している!行け!お前にどれだけのマネーがかかっていると思っているのだ!マイケル・フォー!」
清水五郎は、椅子から立ち上がり大声で叫ぶ。
(くそっ!くそっ!元世界チャンプのボクサーでも勝てないのか?!そんなことが有りえるのか?!)
清水五郎は下唇を噛んだ。
(このままだと、俺は一生・・・稲葉剛に勝つことができないではないか!くそっ!くそっ!)
清水五郎は稲葉剛を睨んだ。
「いいぞ~。さすがは、梅雲じゃ!ワシが惚れ込んだ男だけはあるわい」
稲葉剛は満面の笑みで二人の闘いを見ている。
郷田は深く踏み込むと、今度は右拳を振り上げた。
大きな黒い影が上空からマイケル・フォーを襲う。
ぶうおおぉぉーーーん!
豪音が倉庫内を駆け巡る。
マイケル・フォーの頭部が後方に弾ける。
どごおおおぉぉーーーん!
頭部の衝撃に耐えられなくなったマイケル・フォーの体が、五メートル程飛び上がり、地面に崩れ落ちた。
「あ・・・がぁ・・・」
マイケル・フォーは上半身を動かすが、体が言うことを聞かない。
「さて、降参するか?」
郷田はゆっくりと歩を進める。
じゃり。
じゃりっ。
「ジャッ・・・プ・・・」
マイケル・フォーの表情は、まだ負けを認めていない。
地面に倒れたままなのにだ。
「おいおい、俺にこれ以上のことをさせるなよなぁー。早く降参しろってよー」
郷田はしゃがんでマイケル・フォーを見る。
「どうだ?降参か?」
郷田は大きな声で言う。
「ファッ・・・ク・・・ユー!」
口と鼻から大量の血を流しながらも、マイケル・フォーは敗北を認めない。
「そうかぁ。仕方ないのー」
郷田はそう言うと。
マイケル・フォーの体に跨り、左腕を両手で掴んだ。
「・・・・・?!」
マイケル・フォーは驚いた表情をした。
「今から、お前の腕をへし折ってやるからのー」
郷田は両腕に力を込めると、マイケル・フォーの左腕を肘辺りで逆方向に捻り出した。
めきめきめきっ。
骨と神経と筋肉の悲鳴が聞こえる。
「オーー!マイーーー!ゴッド!」
マイケル・フォーは叫んだ。
郷田はさらに力を入れて捻る。
みちみちみちっ。
ぶちぶちぶちっ。
筋肉の繊維が裂け、神経が千切れる音が鳴る。
「ギイヤアァーーーーーーーー!」
マイケル・フォーは、体全体で暴れて右拳を郷田の顔面に何発も浴びせる。
郷田はそれでも怯まない。
全体重をかけて捻る。
ぼきぼきぼきっ。
骨が砕ける異音が響く。
「グギイヤアァーーー!」
マイケル・フォーは両足をバタ付かせて大声を上げる。
「ふん!」
郷田が最後の力を振り絞って大声を上げた。
ぼきぼきみちみちっーーー!
骨と筋が混ざり合った様な異質な音が鳴り響く。
「アアアァァァーーーーー!」
マイケル・フォーは口から白い泡を吹き出して叫ぶ。
郷田はマイケル・フォーの左腕から両手を離した。
その左腕は曲がってはいけない方向に折れ曲がり、ぶるぶると痙攣している。
「アアア・・・アアア・・・」
マイケル・フォーは両眼から涙を流して、自分の左腕をぼーっと眺めている。
倉庫内にいる誰もが、その様子を見て固唾を飲んだ。
ボクシングの元世界ヘビー級王者が、左腕を折られて泣いているのである。これ程の屈辱があるのであろうか。
「次は、右腕にいくかのー」
郷田がすばやくマイケル・フォーの右腕を両手で掴んだ。
「アアアァァァーーーーー!」
マイケル・フォーは頭部を左右に振って叫ぶ。
「降参するのか?」
郷田梅雲は問いかける。
「ストップ!ストップ!オーケー!オーケー!」
マイケル・フォーは涙を流しながら、郷田梅雲の勝利を認めた。
完全なる敗北である。
郷田梅雲はマイケル・フォーの体から離れると、ゆっくりと立ち上がり、口と鼻から出ている赤い血を右手で拭った。
「おー!よくやったぞ!梅雲!さすがじゃ!さすがじゃ!」
稲葉剛は両手を叩いて喜んだ。
戸倉一心も安堵の笑みを浮かべる。
周りにいた裏社会の「暴武」部門のルーキー達も、全員が笑顔である。
「総裁、やりました。ただ、もう年齢的にこんなキツイ仕事は二度とゴメンですわ。がははは!」
郷田は大声でそう言うと、ボサボサの黒髪を左手で掻き毟った。
そして。
その反対に、清水五郎は叫んでいた。
「おい!どういうことだ!コラーーー!」
清水五郎は、マイケル・フォーの通訳をしていた背の低い太った
黒人を蹴り飛ばす。
「なぜだ?!なぜ、勝てぬ!なぜなのだ!」
大声で叫びながら、その黒人の腹部を数十発蹴り上げる。
「ギブアップだと?!お前達にその様な権利はないのだ!死ぬまで戦え!死ぬまでだ!」
清水五郎は逆上していた。
周りにいる清水組の組員達は、その様子を青ざめた表情で眺めている。清水五郎の怒りが、いつ自分達に降りかかるのか、不安で不安で仕方がない様子である。
(いつまで我慢すればいい?俺はいつまで我慢すればいいのだ!)
今まで散々、稲葉剛には苦い思いをさせられてきた。
どのようなことをやってきても、稲葉剛の真似事だと陰口を叩かれ、それでもずっと我慢してきたのだ。
そして、とうとう今日、その思いを晴らすことができると楽しみにしていた結果がこれである。
怒り、憎しみ、失望感、妬み。
全てのモノが、清水五郎の精神を侵食していく。
(もう、我慢できぬ!限界だ!)
清水五郎は、呻き声を上げて地面に転がっている通訳の黒人を見下ろした。
(殺してやる・・・。今、お前をここで殺してやる!稲葉剛!)
清水五郎は、ゆっくりと息を整えるとスーツの内ポケットに右手を入れた。
冷たくて重い感覚のモノを握る。
ダブルアクション式の拳銃である。
(稲葉会と戦争になろうが構わない!俺の怒りは頂点を超えた!もう、我慢ならないのだ!)
清水五郎は、ゆっくりと拳銃をスーツの内ポケットから引き抜く。
その時。
「それはダメネ」
清水五郎の後方から、一人の男がぼそりと言った。
そして。
清水五郎の右手を掴んだ。
凄い力で掴まれている為に、拳銃をスーツから出すことができないのだ。
「・・・・・?!」
清水五郎はすばやく後方を振り返る。
そこには、まったく知らない男が立っていた。
目は細く、鼻筋は綺麗に整っている。
髪は、左右を短く刈り上げてはいるが、中央部分は長く後方へと流れ、後頭部の襟髪は三つ編みに編まれていた。
服装は、黒いスーツを綺麗に着こなし、黒いシャツに赤色の細いネクタイをしている。
身長は、百八十六センチ程だろうか。
「・・・・・?!」
清水五郎はポカンとした表情をしたままだ。
それはそうであろう。
まったく知らない人間が自分の後ろにいて、自分の右手を掴んでいるのだ。
清水五郎の周りにいた組員達も、呆然としていた。
こんな奴、清水組関係にいたのか?と。
そこにいる誰もが、その人間を知らないのだ。
いつの間に?
清水組の組員達は、その男を見た。
マイケル・フォーと郷田梅雲が闘い始めた時には、その男はその場所にいなかったはずである。
清水五郎と組員達が、その闘いに夢中になっている時に、その男はどこからか現れて、清水五郎の後ろに陣取ったのである。
「だ、誰だ・・・?お前は・・・?」
清水五郎は、表情を歪めて尋ねた。
「私ですカ?」
その男は、清水五郎の右手を離すと静かに言った。
そして、その男の存在に早くも気が付いた男が二人いた。
戸倉一心と郷田梅雲である。
稲場剛は勝利の余韻に浸っているのか大喜びをしていたが、戸倉一心と郷田梅雲が険しい顔をして、清水組陣営の方向を見ていたので、はしゃぐのを止めた。
「どうしたのじゃ?」
稲葉剛は戸倉一心を見た。
「なるほど・・・」
戸倉一心はポツリと呟いた。
「そういうことかいのー。一心、あれが化け物の正体ってことか?」
郷田梅雲はボサボサの髪を掻いた。
「そうですね。この倉庫に入る前から感じていた化け物の様な気は、あの男が出していたモノですね。間違いありません」
戸倉は組んでいた腕を崩す。
「がはは!マイケル・フォーではなかったのか!あの気は!とんだ勘違いじゃったのー!」
郷田は大声で笑った。
そうなのである。
この倉庫に入る前に、二人が感じていた化け物の様な気は、その男が発していたモノだったのだ。
裏社会「暴武」部門のルーキー達も、一斉にその男を見た。
「私の名前ですカ?」
その男はもう一度言った。
「お、お前は、誰なのだ?」
清水五郎はゴクリと唾を飲み込んだ。
「私は、
その男はそう言うと、ズボンのポケットに両手を入れて前に歩き出した。
「・・・?!」
倉庫内が一気にざわ付いた。
いや、ざわ付いたのは、日本裏社会「暴武」部門のメンバー達である。
「李宗民だと・・・?!」
戸倉一心は両眼を見開いた。
「がはは!」
郷田梅雲も唸り声を上げる。
「まさか・・・?」
「蹴撃の紅き狼・・・!」
「あの李宗民だと・・・?」
裏社会「暴武」部門のルーキー達も、それぞれが顔を見合わせて声を上げる。
日本裏社会の暴力の分野で最も有名なのは、戸倉一心と郷田梅雲であるが、日本に在住する中国裏社会の暴力の分野で一番有名なのは、何を隠そう、この李宗民なのである。
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