第30話 覚醒
木製の椅子には、一人の人間が座っていた。
そして、両手と両足を革ベルトで縛られてぐったりとしている。
上半身は裸なのだが、全身に切り傷があり、ほとんど血塗れ状態である。床も赤い血で覆われていて、血の池の様である。
どこかで見覚えのある体格に容姿。
そう。
ミスター・サイガである。
「ミスター・サイガ・・・?!」
丈一郎は、すばやくミスター・サイガの下に駆け寄った。
息はしているが呼吸がかなり浅い。唇は青紫色に変色しており、両眼は焦点を失っている。
原因は出血多量であろう。
「ミスター・サイガ!」
丈一郎は、ミスター・サイガの両肩を掴んで揺さぶる。
だが、ほとんど反応がない。
「大丈夫か?誰にやられたのだ?」
丈一郎は、持っているサバイバルナイフで手足を拘束している革のベルトを引き裂いた。
そして、ミスター・サイガの体を部屋の床に静かに寝かせる。
丈一郎は、ミスター・サイガの左胸に耳を当てる。
(まだ、心臓は動いている・・・。だが、脈が浅い)
丈一郎の怒りが心の奥底から芽生えてくる。
(誰だ?!この様なことをしたのは誰だ?!)
丈一郎はゆっくりと立ち上がる。
ミスター・サイガを発見したら、まずは、髪の長い韓国人に連絡しなければならなかったのだが、怒りの為にそれすら忘れている。
「殺してやる・・・。ぶち殺してやる・・・」
丈一郎の形相は般若の様になっている。
黒い髪は逆立ち、体中からは熱気と怒りの為か、湯気の様なモノが立ち昇っていた。
両手にサバイバルナイフを握ると。
大声を上げた。
「ぶち殺してやるーーーーー!」
その声は、屋敷中に響き渡った。
そして。
勢いよく飛び上がると、部屋の扉を蹴り飛ばす。
部屋の扉は、薄いベニヤ板の様に簡単にぶっ飛び、長い廊下を滑る。
丈一郎は、廊下を滑っているその扉に飛び乗る。
「殺してやる!皆殺しだーーー!」
丈一郎の動きは人間の領域を遥かに超えていた。
廊下を滑っている扉を反動に、そこからさらに加速を加えて廊下を走る。
一番最初に侵入した部屋の前を通り過ぎ、廊下の端に向かって突き進む。
屋敷の中でも、ざわめきが起こっていた。
それはそうであろう。
夜中に、あれだけの大声を出されたら、どれだけ屋敷が大きくても、ほとんどの人間が気付く筈である。
廊下の端まで行くと、今度は一階に向かう螺旋の階段があった。
丈一郎は、そこで二人の人間を発見する。
ライフルを持ち、丈一郎を見て驚いているようだ。
「だ、だ、誰なのだ?こいつは?」
一人の男がそう言った瞬間。
丈一郎は、螺旋の階段の手すり部分に飛び乗った。手すり部分の横幅は十五センチ程である。
そこに両足を乗せて走る。
いや、駆け降りると言う表現の方が正しいだろう。
そのまま、二人の男の横をすばやく通り過ぎると、階段の下に飛び降りた。
階段にいた二人の男は振り返り、丈一郎を見るが。
すでに首をナイフで深く切られている為に、声すらでない。
赤い血を噴水の様に撒き散らして、階段をゴロゴロと駆け落ちていく。
丈一郎は、目の前にある部屋の扉を蹴り飛ばす。
扉は面白い様に吹き飛び、部屋の中に滑り込む。
すばやく中を覗いて、人影らしき者が無いかを確認する。
「どこだぁーーー!どこにいやがるーーー!」
丈一郎は、その部屋から飛び出ると、一階の廊下を野生の猛獣の如く駆ける。
すると。
廊下の真ん中辺りの部屋から、四人の人間達がライフルを構えて出てきた。
「お前らかあぁーーーー!」
その声は大きく、腹に響く声量を誇っている。
丈一郎は、廊下を蹴ると。
なんと。
横の壁に飛び跳ねた。
そして。
そのまま、数秒間走ったのである。
「・・・・・?!」
「え?!」
敵の男達も驚愕の表情をした。
有りえない。
そう、現実には有りえないからだ。
人間が、横の壁を走るなど、有ってはいけないことだからだ。
だが。
数秒のことであろうと、それは現実に起きている。
起きているのだ!
「ぶち殺してやるーーー!」
丈一郎は、両手を伸ばして廊下を走る。
敵の男達もライフルを構えて発砲しようとしたが、丈一郎が壁を走ったことに驚いて、一瞬動作が遅れた。
しゆばばばばあぁぁぁーーー!
丈一郎のナイフが空中を縦横無尽に走り抜ける。
二人の男は、ナイフで首の頸動脈を深く切られて、血飛沫をあげて廊下に倒れた。持っていたライフルに指をかけていたのか、廊下の天井に向かって発砲する。
ぱぱぱっ!
ばばばばばっ!
丈一郎は、持っていたサバイバルナイフを残りの二人の男の左胸に突き刺すと、そのまま同時に押し倒して、喉部分を両手で掴んだ。
人間の喉は、急所の一つである。
喉は左右からの圧迫にかなり弱く、三十五キロ程度の握力で押し潰すだけで簡単に壊れてしまう。鍛えることのできない人間の部位でもある。
丈一郎は二人の男の喉を全握力で握り潰す。
「うげえええっーーー!」
「おぐえおつっーーー!」
二人の男は、断末魔の様な声を上げると、その場で上半身を痙攣させて動かなくなった。
首を切られて血を吹き出しながら、廊下でもんどり打っている二人の男の頭部を踏みつける。
ごきっ。
めきっ。
嫌な音が響き渡り、二人の男は絶命した。
丈一郎は、敵の胸に刺さっているサバイバルナイフを二本引き抜くと、それを握って敵の男達が出てきた部屋の中に入る。
扉は開いたままである。
部屋の中はかなり広く、机や椅子が五組程置いてある。
しかし、人間の姿はどこにもなく、部屋の明かりだけが煌々と照らし出していた。
(先程の四人だけか・・・)
丈一郎は部屋の中央で立ち尽くしている。
部屋の扉がゆっくりと動く。
音もなく動く。
そして。
その扉が半分ほど閉じた時。
その扉に隠れる様に、一人の人間が立っていた。
敵の男である。
ライフルを構えている。
そう。
この部屋には五人の男がいたのである。
その男が丈一郎の後姿を見てニヤリと笑う。
それは、勝ち誇った表情だ。
ライフルにかけているこの指を少し動かすだけで、目の前の男は死ぬのである。
そして。
人差し指を動かそうとした瞬間。
その男の脳天と喉には、サバイバルナイフが深々と突き刺さっていた。
「・・・・?」
その男は、一瞬にして絶命した。
手に持っていたライフルを床に落とすと、仰向けに倒れ込み動かない。
「俺が殺気に気付かないわけがなかろうが」
丈一郎はこの部屋の中に入った瞬間に、その男の気配に気が付いていたのだ。
そして、後ろ向きのままナイフを投げたのである。
丈一郎は、すばやくサバイバルナイフをその男から引き抜くと、その部屋を出た。
すると。
廊下の一番奥の部屋から、ライフルを持った二人の男が出てきた。
丈一郎は、廊下で死んでいる男の死体を二体、両手で掴んだ。
首部分を掴んで持ち上げる。
右手の一体。
左手に一体。
そして。
そのままの状態で、全速力で走る。
六十キロから七十キロはある人間を、両腕で二体も持ち上げて走っているのだ。
もう、人間ではない。
怪物である。
奥の部屋か出て来た二人の男は、ライフルに手をかけると容赦なく発砲してきた。
ぱぱぱぱぱっ!
ばばばばばっ!
丈一郎はひるまない。
両手で持ち上げている二体の死体で壁を作り、全速力で走る。
二体の死体は、ライフルの銃撃を受けて、大量の赤い血をほとばしらせる。
二人の男達との距離は二十メートルを切った。
「お前らーーー!殺してやるーーー!」
さらに加速して駆ける。
二人の男も、突進してくる丈一郎に向かって銃撃するが、二体の死体が邪魔で丈一郎の姿がほとんど見えない。
大量の血が廊下中に飛び散る。
丈一郎と二人の男の距離が十メートルを切る。
「許さんぞおぉーーーー!」
丈一郎は大声で叫ぶと、両手に持っていた二体の死体を前方に投げ付けた。血塗れで人間の原型を留めていない二体の死体は、もの凄い勢いで空中を飛ぶ。
二人の男は恐怖を感じていた。
だが、ライフルの銃撃は止めない。
ばばばばばっ!
ぱぱぱぱぱっ!
赤い血と筋肉や繊維が空中で爆ぜる。
その瞬間には、丈一郎は空中に飛び上がっていた。
そして。
一人の男の首に飛び蹴りを放つ。
その男の首はぐんやりと折れ曲がり、第一頸椎から第七頸椎までを簡単に破壊した。
もう一人の男は、隣にいた男が倒れたのを見て、慌ててライフルを丈一郎に向けて発砲する。
だが、その場所にはもう丈一郎の姿はない。
次の瞬間。
その男は、暗闇の中にいた。
両眼に激痛が走り、目の前が見えなくなったのだ。
真っ暗な暗闇。
丈一郎のナイフが、その男の両眼を一直線に切り裂いたのである。
「あがああぁぁーーーー!」
その男は大声を上げて、ライフルを所狭しと撃ちまくる。
ばばばばばっ!
丈一郎の太い両腕が、その男の背後からにゅるりと首に纏わり付いた。
ゴキッ!
首の骨が折れる音が廊下中に鳴り響く。
丈一郎は両手を横に広げた。
その男は、糸の切れた操り人形の様に廊下に崩れ落ちる。
が。
それすら許さない丈一郎。
崩れ落ちるその男の体を、奥の部屋の扉ごと蹴り飛ばす。
どごおおぉぉん!
その男の体と扉が、奥の部屋の中に吸い込まれる様に吹き飛んだ。
部屋の中はかなり明るく、今まで見てきた部屋とは大きさも豪華さも断然に違う。照明は立派なアンティーク調のシャンデリアで、部屋の中にあるテーブルや椅子もイギリス製のアンティーク製である。
丈一郎は、腰のベルトに挟んでいた二本のサバイバルナイフを両手に握ると、その部屋の中に入った。
部屋の中央には、蹴り飛ばされた男の死体と、ぶち壊された部屋の扉が転がっている。
部屋の一番奥には、大きなソファがあり、一人の男が座っていた。
その左右には、交互に一人ずつライフルを持った男が立っている。
「お前ら、全員皆殺しだ・・・」
丈一郎が静かに言葉を吐く。
そして。
大きなソファに座っている男を見る。
「・・・・・?!」
丈一郎の両眼が見開いた。
「お、お、お前は・・・?!」
丈一郎は驚愕した。
どこかで見たことのある顔。
記憶の中にある体格。
「あ、あ、あなたは・・・まさか・・・」
丈一郎は首を横に振った。
「馬鹿な・・・」
どこかで見覚えのある男が、そのソファに座ってニヤリと笑っていたのである。
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