第29話  十六歳の戦士

風間丈一郎、十六歳。

ミスター・サイガ、三十六歳。

その頃になると、ミスター・サイガは単独で戦場に乗り込んだり、自分のチームのメンバー達と共に、数々の戦場に参加していた。

丈一郎もまた、別行動で戦場に行って戦う機会が多くなり、着々と傭兵としての成果を上げていた。

二人が根城にしていた場所は、中部アフリカのコンゴ民主共和国の首都キンシャサであった。

人口約九百万人を抱えるアフリカ有数の大都市である。

街の治安は、かなり悪い。

第二次コンゴ内戦後、市内のスラムにはギャングが割拠するようになり、殺人や強盗・強姦などの犯罪が蔓延し、キンシャサの殺人率は人口十万人当たり約百五十人以上にまで上昇した程である。戦乱や貧困によって孤児となったものも多く、彼らはストリートチルドレンの集団となって、治安悪化の要因となっている。

その首都キンシャサのカラム区に、寝泊りをしている木造のアパートがあった。四階建てのそのアパートは、回りを他の建物に囲まれた、狭苦しい造りになっていた。

だが、それが好都合であった。

傭兵にとって、寝込みを襲われることは致命的である。

逃げ場や避難場所がより多くある混み合った場所が最適であり、そのアパートはもっとも適していたのだ。

借りている部屋は三階の一番奥である。

風間丈一郎が、その部屋に戻ってきたのは三週間ぶりであった。

依頼されていた戦場での成果を上げ、無事に戻ってくることができたからだ。

ミスター・サイガとは別行動をとっていたので、持っている部屋の鍵で入り口のドアを開ける。

部屋の中には、木で造られた二段ベッドとボロボロの冷蔵庫、テーブルと椅子が殺風景に置かれていた。空気は異常な暑さで乾き切っている。

丈一郎は、リュックをテーブルの上に投げた。そして、腰に巻いていたベルトに手をかけると、刃渡り二十センチのサバイバルナイフを二本手に取り、ベッドの上に投げる。

上下の着衣もその場で脱ぎ捨て、下着一枚の姿でボロボロの冷蔵庫に向かう。

その肉体は、十六歳の男性のモノではない。

身長は百七十五センチになり、体重は七十三キロになっていた。

鍛え抜かれた肉体は、柔軟な筋肉で包まれており、脂肪と言う異物は一切存在しない驚異の肉体美である。肌は浅黒く、体中に数十カ所の傷跡が見てとれる。それは、銃痕であったり、切り傷であったりと、まちまちだ。

丈一郎は、ボロボロの冷蔵庫から水の入った新品のボトルを取り出すと、蓋を開けてゴクゴクと喉に流し込んだ。

(今日はゆっくり眠るとしようか)

丈一郎は、二本のサバイバルナイフを枕の下に隠すと、そのままベッドに倒れ込む様に横になった。

(ミスター・サイガは、まだ戻ってきていないのか・・・。俺より三日前には、違う戦場から撤収している噂を聞いたのだが・・・)

丈一郎は、ミスター・サイガが戻ってきていないことに、少し不思議な気持ちを感じたが、気にしなかった。

そして、深い眠りに吸い込まれそうになったが、精神力でそれだけは抑え込んだ。いつ何時、自分の命を狙おうとしている奴らが襲ってくるかわからないからだ。

しかし、三週間と言う長い戦場生活での疲れが響いたのか、いつの間にか意識を失っていた。

時間にして一時間。

いや、二時間ぐらいだろうか。

そして。

瞬間的に両眼をバチンと開けた。

視界には、人間の顔が迫っていた。

丈一郎は、枕の下に隠していた二本のサバイバルナイフを両手で掴むと、ベッドの上で全身を捻って、部屋の床に飛び降りた。

丈一郎を覗き込んでいた男は、その動きに合わせる様に体をひらりと浮かせて、後方に飛び跳ねる。

時間にして夜中の二時頃である。

部屋は電気が消えていて暗く、相手の顔がよく見えない。

丈一郎は、両手に持っているサバイバルナイフの刃を交差させて、その男に突進する。

その男は、両手をすばやく腰にやると、丈一郎に向かって同じ様に突進した。

ギャリリイィーーーン。

刃物と刃物が擦れ合う音が響く。

小さな火花が散り、部屋の中を一瞬明るくする。

「あ!」

丈一郎は小さく声を上げた。

(どこかで見たことがある!)

丈一郎は、過去の記憶をフル回転で詮索した。

その男はニヤリと笑う。

「あなたは・・・たしか・・・」

(思い出したぞ!)

丈一郎はサバイバルナイフを両手に持ったまま後方に下がった。

「久しぶりだな、坊主」

その男はそう言うと、両手に持っていたファイティングナイフを両腰のベルトに収めた。

身長は高く、筋肉で絞られた肉体は衣服を着ていても一瞬で想像できた。顔の輪郭は細長く、目はギラリとした光を放っている。肌は褐色で、髪が長い。その長い髪を真ん中で分けている。

(そうだ!あの人だ!)

丈一郎は、その男を思い出した。

そうである。

丈一郎が一番最初に人間を殺した、いや、一番最初に参加した戦場で、ミスター・サイガのチームにいた髪の長い韓国人であった。

丈一郎はミスター・サイガのチームメンバー達とは、あれ以来ほとんど会っていない。全世界の戦場で働いている傭兵など、星の数ほどいるのだ。その中で、再度巡り合うことなど奇跡に等しいからだ。

だが、ミスター・サイガとチームのメンバー達は、噂によると年に数回は戦場で共に戦っているらしかった。

「おっと、まずはそのナイフをしまえ。話はそれからだ」

髪の長い韓国人はそう言うと、部屋の入り口にある電源スイッチを押す。

暗闇だった部屋に、明かりが灯る。

丈一郎は、サバイバルナイフをテーブルの上に置くと、床に置いてあった衣服を着た。

「本当に久しぶりだな。お前のことは、ミスター・サイガから噂で聞いていたが、よく今まで生き残っていたものだ」

髪の長い韓国人は微笑んだ。

「はい。全部・・・ミスター・サイガが俺の面倒を見てくれたお蔭です」

丈一郎は答える。

「ところで・・・なぜ、あなたがここに・・・?」

丈一郎は静かに問いかける。

髪の長い韓国人は、テーブルの横にある椅子に腰掛けると、丈一郎にも椅子に座る様に促した。

「ミスター・サイガはまだ戻っていないのか?」

髪の長い韓国人は丈一郎の目を見て言う。

「はい。本当なら俺より先に戻ってきてもおかしくないのですが・・・」

「そうか。やはり、俺の情報は正しかったか・・・」

髪の長い韓国人は、チッと舌打ちをした。

「どうしたのですか?」

「緊急事態だ。俺がここに来たのも、ミスター・サイガがもしかして戻ってきているのではないかと思っていたからだ。だが、戻ってきていないとなると・・・俺の仕入れた情報はほぼ間違いない」

髪の長い韓国人は、すくっと立ち上がった。

「一体、何が・・・?」

丈一郎は背筋に嫌な悪寒を感じた。

「よく聞け、坊主。ミスター・サイガは今捕まえられているはずだ」

「え・・・?!」

丈一郎は両眼を見開いた。

捕まっている?

あの百戦錬磨の戦場の鬼が?

そんなことがあるわけがない!

「そんなことが・・・あるわけがないでしょう?」

丈一郎は、自分自身が大きく狼狽しているのを感じた。

「いや、たぶん本当だ。俺の情報網に間違いはない。ただ、俺もここに来るまでは信じられなかった。だが、戻っていないとなると・・・現実だろう」

髪の長い韓国人は、部屋の上空を少し眺めた。

「どこで・・・?誰が・・・?」

丈一郎の声が上ずっている。

「場所はある程度わかる。だが、誰が何の為にミスター・サイガを捕まえたのかがわからない。そして・・・まだ生きているのか、すでに殺されているのか・・・」

「殺されているだと・・・?!」

丈一郎は椅子から立ち上がり、髪の長い韓国人の衣服を掴んだ。

「落ち着け、坊主。今はそんなことをしている場合ではない」

髪の長い韓国人は、丈一郎の腕を掴んで力で押しのけた。

その腕力は尋常ではなく、この髪の長い韓国人もまた、化け物の様な強さを誇っている人間であることがわかる。

そして、これまでの経緯を語り始めた。

ミスター・サイガが捕まったと言う情報を二日前に入手したこと。

ソマリア連邦共和国、通称ソマリアの戦場に参加していたが、契約を解除してここに来たこと。

ミスター・サイガのチームメンバーに緊急で連絡をとったが、自分以外の全員がアフリカ以外の戦場に参戦しているらしく、すぐにはここには来れないと言うこと。

ミスター・サイガ程の男が、なぜ捕まったのか?と言うこと。

今、この時点で生きているのか?殺されているのか?わからないと言うこと。

「俺の知っていることはこれだけだ。お前はどうする?」

髪の長い韓国人は丈一郎を見た。

「もちろん、助けに行く。俺が今生きているのも、あの人に救われたからだ。今度は、俺があの人を救う番だ」

丈一郎はそう言うと、テーブルの上に置いてあったリュックを背負った。

「俺と同じ意見だな。よし、すぐにでも行動しよう」

髪の長い韓国人は、丈一郎と一緒に部屋を出た。


ジンバブエ共和国。

通称ジンバブエは、南部アフリカの共和制国家である。

アフリカ大陸の内陸部に位置し、モザンビーク、ザンビア、ボツワナ、南アフリカ共和国に隣接している。首都はハラレと言い、この国最大の都市である。

ミスター・サイガが捕まっている場所が、ジンバブエの首都ハラレから西に四百キロ離れた場所であることはわかっていた。

そこには、ジンバブエの第二の都市ブラワヨがある。

髪の長い韓国人と丈一郎は、まず首都ハラレに入国した後、車を調達し、夜通し走って都市ブラワヨに入った。

すぐに宿を借りて、まずは情報収集に走る。

髪の長い韓国人は傭兵達との顔がかなり広いのか、電話で続々とミスター・サイガの情報収集を図っていく。さらに、裏社会の情報網を全て駆使して、捜索していく。

その結果。

都市ブラワヨから南に百キロ程離れた建物に、ミスター・サイガが捕らわれている可能性が濃厚であることがわかった。

二人が行動を起こしてから、期間にして丸二日。

これだけのスピードで情報収集をして、ミスター・サイガが捕えられている場所まで特定できたことは奇跡であった。

ただ、ミスター・サイガを捕えている敵の正体が一切わからないことが不気味だった。

髪の長い韓国人の全情報網を使ってでも、そこの部分だけは霧がかかった様にわからないのである。


そして。

時刻は、夜中の十二時を少し回っている。

「さて、丈一郎。決行は出来るだけ早い方がいい。ミスター・サイガの身が心配だからだ」

髪の長い韓国人は、体中に武器を仕込み、アサルトライフルM16A2を背中に担いだ。

「はい」

丈一郎も同じ様な恰好をして、戦闘態勢に入る。

「作戦をもう一度確認するぞ。建物の入り口までは一緒だが、途中で二手に分かれる。左右に分かれて建物に侵入。出来るだけ銃は使用しないこと。音で敵が目を覚ますからだ。ミスター・サイガを見付けたら、まずは生命の確保だ。今回の目標は、あくまでミスター・サイガの奪還だ。わかったな?」

髪の長い韓国人は静かに言った。

「わかった」

丈一郎は、両手の拳をぎゅっと握った。

二人の男は、ゆっくりと宿の窓から飛び出ると、借りている車に乗り込んだ。そこから猛スピードで走り抜け、約三時間で目的の建物付近まで辿り着いた。

車のエンジンを切り、ゆっくりと降りる。

敵のいる建物からは、かなり離れた位置で車を止めているので、二人の存在は暗闇の中に隠れた野生動物の様だ。

暗闇の中を、二匹の猛獣が姿勢を低くして走る。

敵がいる建物は大きな洋風の屋敷である。

屋敷はかなり古く、外観は昔の貴族が住んでいたのか、いかつい雰囲気を十二分に醸し出している。屋敷の回りには広大な芝生の庭園があり、その庭園を囲む様にいろいろな木々が無造作に生えている。

ササッ。

サササッ。

二匹の猛獣は、足音をほとんど立てずに、木々や草を踏み分けて進んでいく。

「ほう・・・」

(この若さでこの動き・・・。とんだ化け物を育てたものだ。いや、天性の素質か・・・)

髪の長い韓国人は、丈一郎の動きに目を見張った。

「ストップだ、丈一郎」

髪の長い韓国人は、初めて丈一郎を名前で呼んだ。

「・・・?」

丈一郎は動きを止める。

そして、髪の長い韓国人を見た。

どことなくミスター・サイガと同じ空気を出しているこの男に、丈一郎は好感を持っていることがわかった。

「あそこの茂みに数人の人間がいるな。ここからは二手にわかれるか?」

髪の長い韓国人は、目を細めて言う。

「了解」

丈一郎はそう言うと、両手にサバイバルナイフを握って、茂みの左方向に走った。蛇の様に滑らかに曲線を描いて、木々の中を進んでいく。

大きな木の下に、一人の男を発見した。大きなライフルを持っているが、睡魔に襲われているのか、頭を揺らして眠りかけている。

丈一郎は軽く跳躍すると、その男の首下にナイフの刃を突き刺して裂いた。その男が大きな声を出さないように、口を掌で押さえることは忘れない。

その男は赤い血を撒き散らして地面に倒れる。

目は焦点を失い、全身をガクガクと震わせていたが、いきなり硬直して動かなくなった。

死亡である。

丈一郎に、躊躇などと言う文字は存在しない。

戦場は、格闘技のリングではないのだ。

怪我やダウンをすればレフリーが止めてくれるわけではなく、殺すか殺されるかなのである。

右方向の木々の中からも、人間の倒れる音が数回聞こえた。

髪の長い韓国人が、敵の人間を倒している音であろう。

丈一郎は、深い木々の中を雷の様な動きで進むと、芝生の庭園に出た。

そこから屋敷までは、五十メートル程はあるだろうか。

丈一郎は、体勢を低く保ち、その芝生の上を走る。

右方向からも、猛獣も様な人間が屋敷に向かって走っているのがわかった。

髪の長い韓国人である。

そのスピードは、人間の領域を遥かに超えていた。

二人は、屋敷の入り口付近に到達すると、壁に背中をピタリと付けて顔を見合わせた。

「敵は何人いた?」

「一人。そっちは?」

「こっちは三人だ。さて、今からが勝負だ」

髪の長い韓国人は、背中に背負っていたアサルトライフルM16A2を地面に下ろすと、上着を脱いだ。

黒いタンクトップ姿だが、その体格は良質な筋肉で包まれている。

必要のない道具は、全部地面の上に捨てた。

「まずは、ミスター・サイガの救出が優先だ。屋敷のどこにいるかはわからないが、この屋敷内にいるのは間違いないだろう」

「わかった」

丈一郎も、アサルトライフルM16A2を地面に捨てた。

上半身は裸で、迷彩柄のズボンに軍隊用のブーツを履き、両手にはサバイバルナイフを握っている。

「連絡はこの無線電話で行う。先にミスター・サイガを発見した方が連絡すること。わかったな?」

そう言うと、小さな無線電話を放り投げた。

丈一郎はその無線電話を受け取ると、ズボンの後ろポケットに入れた。

「では、検討を祈る」

髪の長い韓国人は、体を翻すと屋敷の右壁際を擦る様に走って行った。

丈一郎も、屋敷の左側へ走り、その屋敷自体を広い視野で再度見た。

入り口から入ることは危険が伴うので出来ない。

では、裏口か?

まずは、屋敷の裏口に向かって走る。

だが、屋敷自体がかなり大きいので、時間がかかりそうである。

丈一郎は屋敷の上空を見た。

大きな窓が二階部分に数十個ある。

そして。

サバイバルナイフをズボンのベルトに差し込むと、屋敷の壁に飛び付いた。両手の十本の指を壁の隙間にがっりと固定して、屋敷の壁をゆっくり登っていく。

まさしく、ロッククライミングである。

全体重を両腕・十本の指・両足で支えるのだか、かなりの力と技術力が必要なのだが、丈一郎は簡単にやってのける。

ガガッと十メートル程登っていくと、最初の大きな窓に辿り着いた。押してみるが、びくともしない。

そこから、横にじりじりと移動する。

次の窓は、押すとゆっくりと開いた。

丈一郎は、ふわりと部屋に滑り込む。

部屋の中は真っ暗で誰もいない。ほとんど使われていないのか、いろいろな荷物が無造作に置かれている。物置部屋のようだ。

その時。

部屋の外で音が鳴った。

誰かが歩いている足音である。

キュッ。

キュッ。

靴と廊下の床が擦れている音である。

丈一郎は、ズボンのベルトに差し込んである二本のサバイバルナイフを両手に持った。

部屋の扉に向かって進むと構える。

足音はゆっくりと部屋の前を通り過ぎる。

丈一郎は、扉のノブに手をかけるとゆっくり回した。少しの隙間を開けて、廊下全体を見た。廊下はかなり長く、部屋も無数にありそうだ。

武装した人間も数人いて、各々が煙草を吸ってなにやら雑談をしている。

(さて、どうしたものか・・・)

丈一郎は、少し考え込んだ

この大きな屋敷の中を全部調べることなど、いくら時間があってもキリがない。

ミスター・サイガが捕らわれている場所を探すには、敵の人間を捕まえて吐かすしか方法はなさそうだ。

丈一郎は部屋の中を見渡して、手頃な木材を拾った。

そして、部屋の扉を少し開けると、その木材を廊下に投げた。

カランカラン。

屋敷の二階の廊下に、木材が転がる音が響く。

「・・・・・!」

武装した男達が一瞬にして動きを止めた。

手に持っていた煙草を廊下に落とすと、手に持っていたライフルをすばやく構える。

広くて長い廊下は静まりかえっている。

武装した男達はお互いの顔を見合わせると、じりじりと木材の落ちている前の部屋に辿り着いた。

全員で三人だ。

「・・・・・」

二人の男がライフルを構え、一人の男がその部屋の扉をゆっくりと開ける。

部屋の中は真っ暗である。

廊下からのわずかな光が部屋の入り口付近を照らす。

一人の男がライフルをしっかりと構えて、部屋の扉を最後まで開けた。もう一人の男は、扉の裏側を確認する。

誰もいない。

三人目の男が部屋の中に入り、部屋の窓が大きく開いているのを発見した。

「・・・・・?!」

三人の男達が、部屋の中に全員入って、大きな窓に走り寄る。

この窓から、誰かが逃げたと思ったのだろう。

丈一郎は部屋の天井の角隅にいた。

両足と両手を使って、天井の角隅にピタリとへばり付いていたのだ

その瞬間。

部屋の扉が閉まった。

三人の男達は慌てて振り向く。

しかし、誰もいない。

と。

思った時には。

一人の男は、首をナイフで切られてもんどり打っていた。

もう一人の男がライフルに手をかけて、発砲しようとする。

しかし。

遅すぎた。

その男の指は五本とも宙を舞っていた。

ライフルを床に落とす寸前で、心臓に痛みが走る。

自分の左胸を見ると、深々とサバイバルナイフが突き刺さっている。

「うぐごぼっ・・・」

意味不明な呻き声をあげて、その男は床に倒れた。

残りの男は全身に寒気を感じて、部屋から逃げ出そうとする。

だが。

丈一郎は逃がさない。

その男の首下にサバイバルナイフをピタリと付けると、英語で静かに話しかける。

「ミスター・サイガはどこにいる?」

「知らない・・・。俺達は何も知らない・・・」

その男はライフルを床に落として答える。

「嘘を言うな。本当のことを言わないと、お前もここで死ぬだけだ」

丈一郎は本気である。

その表情を見たその男はゴクリと唾を飲んだ。丈一郎の決意が本物であると感じたからだ。

丈一郎はすばやく、その男の左目にサバイバルナイフを突き刺した。

「ぐひっ!」

その男が大声で叫ぼうとした瞬間、丈一郎はその男の口を掌で押さえた。

「早く言わないからだ。俺を怒らせるなよ」

丈一郎の両眼は真剣である。

その男はぶるぶると体を震わせると口を開く。

「二階の奥の部屋に、アジア人が捕えられている・・・。でも、それがミスター・サイガなのかは知らない・・・。俺達は本当に知らないのだ」

その男は左目から溢れ出る血に興奮しているのか、呼吸が荒くなっていた。

「ありがとよ」

丈一郎は言葉を吐いた瞬間。

持っていたサバイバルナイフをその男の首に突き刺した。

その男は、全身を突っ張らせると、正面から床に倒れ込んだ。

丈一郎は、両手に二本のサバイバルナイフを持ち直すと、閨の扉をゆっくり開けて、廊下に出た。

廊下は、気味の悪い程天井が高く、そして広い。

左右に無数の部屋があるのだが、どれも明かりが灯っておらず、ほとんどが使用されていない様である。

丈一郎は摺足で廊下を歩き、奥の部屋に向かって歩を進める。

奥の部屋は、長い廊下の端にあり、たくさんある部屋の扉とは大きさが一回り小さかった。

丈一郎は、奥の部屋の扉前で息をひそめた。

中の様子を伺うが、物音一つしない。

扉のノブに手をかけて回してみると、簡単に回る。

ゆっくりと扉を開けて、中の様子を確認するが、真っ暗で何も見えない。

体をするりと滑り込ませて、扉を閉める。

部屋の中は最初に飛び込んだ部屋に比べると小さく、モノが何一つ無さそうだ。

数歩進んだ所で、軍隊用の靴が何かを踏んだ。

ヌルッとしたモノである。

「・・・・・」

丈一郎はすばやく腰を落とすと。

そのヌルっとしたモノを右手の人差し指で触って匂いを嗅いだ。

「・・・?!」

血だ。

それも、人間の血である。

そして。

だんだんと暗闇に目が慣れてくる。

「・・・・・?」

丈一郎は両眼を細めた。

いや。

何も無いと思っていた部屋の中央に、一脚の椅子が浮かび上がる。

そして。

その椅子には、誰かが座っているようなのだ。

そう、人間である。

丈一郎は、部屋の電気を点けることに少し躊躇したが、背に腹は代えられない。

部屋の扉横にある電源を押した。

部屋の電気は、パッといきなりは点かなかった。

じわりじわりと橙色の明かりが点く。

ぼんやりと部屋の中が照らされていく。

「・・・?!」

丈一郎は、自分の目を疑った。

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