第23話  情報屋  

「さて、どうしたものか・・・」

体の大きな男が、三人掛けのベンチに一人で座っている。

そして、気持ち良さそうに煙草を吸っているのだが、その数量が尋常では無い。

一気に五本の煙草を加えて、青空を眺めているのである。

場所はかなり大きな公園である。

その大きさは、野球の試合が同時に二試合出来る程の広さを誇っており、中央から外側に向かって芝生が生えている立派な公園なのである。

朝早くから、ジョギングする人や犬を散歩している人で賑わっていて、その男がそこにいること事態、似つかわしくない場所である。

「郷田さん!」

遠くから、一人の男が息を切らして、その男の名前を呼びながら近寄って来た。

「おいおいおい、えらく遅かったじゃねぇーか?あれか?朝から愛人とハッスルしてたんじゃねぇだろうな?ガハハ!」

体の大きな男は大声で笑うと、右手に持っていた五本の煙草を一気に吸い上げて、地面に捨てた。

黒い髪はボサボサで、伸びた髭もまったく手入れをしていない。体格は大きな熊の様であるが、敏捷性が十分に感じられる空気を醸し出している。

郷田梅雲ごうだばいうん

またの名を、「クラッシャー郷田」「破壊の帝王」と言う。

齢四十歳。

身長、百九十二センチ。

体重、百三十五キロ。

言わずと知れた、日本裏社会「暴武」部門のツートップの一人である。

「そんなことあるわけないじゃないですか!本当に!」

息を切らせて走り寄ってきた男は、歳の頃三十代中頃ぐらいで、黒いスーツを着ているが、本当に普通のサラリーマン風である。

「いやいや、余りにも遅いから心配になってのー。すまぬすまぬ」

郷田は、口を大きく開けながら笑った。

「郷田さん、まじで変な噂とか止めてくださいよ!うちの嫁さん、女関係になると、むちゃくちゃ怖いのですから!」

全身から大量の汗を出しながら、スーツを着た男は郷田に詰め寄る。

「わかったわかった!俺も冗談で言っただけだって。悪かったって」

郷田は、両手でその男がにじり寄って来るのを止めた。

「本当に、頼みますよ!」

ハァハァと息を切らせながら、スーツを着た男は上着を脱いだ。

そして、郷田の座っているベンチの横に座る。

「ところで、和也。情報は入ったか?」

郷田はいきなり真剣な表情になると、スーツを着ていた男に問いただした。

スーツを着ていた男の名前は、和也と言う。

いわゆる、情報屋である。

情報屋とは、依頼主が求めている情報を収集して、それを金で売る裏稼業の仕事である。ありとあらゆる情報を手に入れる為に、命を落とすこともある危険な商売でもあるのだ。

「郷田さん、申し訳ございません。最初に謝っておきます」

情報屋の和也はそう言うと郷田を見た。

「やっぱり、お前の情報網を持ってしても無理だったか?」

郷田は首を横に振った。

「はい。戸倉一心さんが狙っている西牙丈一郎ですが、まず日本裏社会での在籍情報が一切ないのです。あと、生まれた場所や育った環境なども全てが不明なのです」

「そうだろうなー。裏社会にいた人間ならば、絶対にワシか一心が知っているからのー」

郷田は目の前に広がる大きな公園の芝生を眺めた。

「わかったことはですね、ここ一年前ぐらいから表社会で仕事を始めたということです。それも『壊し屋』と言う仕事で、依頼主からお金をもらって相手を壊すというものです。そして、驚くべきことに、この仕事の成功率が百パーセントと言うことでした」

情報屋の和也は、ポケットから派手なハンカチを取り出すと、額から流れ出る汗を拭いた。

「ほう、百パーセントだと?失敗はナシということか」

郷田は顎髭を触りながらポツリと言った。

「そうなのです。それが評判になり、どんどんと仕事が舞い込んでいるようでして。ただ、大金を支払う依頼主なら、どんな卑劣な相手であろうと仕事を請け負っているようでして、それが裏社会の間ではそろそろ問題になりかけていますが・・・」

情報屋の和也は、大き目のスケジュール帳をパラパラと捲りながら話す。

「そりゃそうじゃろう。表の世界でそれだけ暴れたら、裏社会には筒抜けじゃからのー。裏社会には裏社会のルールと言うモノがあるからのー」

郷田は、雲一つない青空を見上げた。

(やるか?この俺が)

「そうですね。仏の関節師・黒川如水、快楽の狂戦士こと香川浩介。この二人がやられたことさえ信じがたいことですからね」

情報屋の和也が言葉を少し濁して郷田を見た。

少しの沈黙の後、郷田梅雲が言葉を放つ。

「本当じゃ。まさか、あの浩介がやられるとは・・・。若手のルーキー達の中では飛び抜けて強かったはずだからのー。今でも信じられんわい」

(あの浩介を倒せる奴など、裏社会の中でも俺と戸倉一心、そして、数える程の人間しかいないはずじゃ。西牙丈一郎・・・お前は何者なのだ?)

郷田が、香川浩介の敗北を知ったのは二日前のことだった。

それも、戸倉一心から直接聞いたのではなく、裏社会の違う情報網からであった。

戸倉一心は、もっと早くに知っていたに違いない。

郷田梅雲は、戸倉一心に電話しようと思ったが止めた。

なぜ?

それは、戸倉一心の怒りが沸々と煮えたぎっているのがわかるからだ。

(これで、一心と西牙丈一郎の闘いは逃れられない物になってしもうたわい。一心にとって浩介は愛弟子。その愛弟子がやられて、黙っている男じゃないからなー、あの男は・・・)

郷田は、迷彩服の上着ポケットから一万円札を二十枚取り出すと、情報屋の和也に渡した。

「え?こんなにもらっていいのですか?」

「ええよええよ。和也、お前にはいつも世話になっているからのー。これで、嫁さんと美味しいモノでも食べてこいよ、ガハハ!」

郷田は大声で笑った。

「あ、あざーす!」

情報屋の和也は、満面の笑顔で一万円の札束を受け取った。

「あ、郷田さん。あれでしたら、今夜辺り飲みにでも行きますか?」

情報屋の和也は、右手でお猪口を持つ仕草をして口に運ぶ。

「和也、すまんすまん。今晩は、ちょっと大きな仕事が入っていてのー、無理なのじゃ、ガハハ!」

郷田は大声で言うと、和也に手を振って背中を向けた。

「でわ!また今度行きましょう!」

情報屋の和也は大声で返答して、郷田梅雲の背中を見送った。

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