第16話  稲葉会

部屋。

六十畳はあろうかという和式の部屋。

そこに、戸倉一心とくらいっしんはいた。

長い銀髪を後ろで束ね、金色のフレームの眼鏡をかけている。服装は白いスーツに黒色のシャツで、ネクタイは金色の龍が天に昇っているデザインの物をしている。

その部屋には、もう一人の男がいた。

齢にして七十を軽く超えている。

顔の輪郭は四角形で、白髪の髪を短く整え、顎鬚も綺麗に生やしている。両目の光はまだまだ若さを忘れておらず、何かしら野望を携えていることは明らかである。服装は、金色の派手な着物を着ているのだが、それが以上に似合っており、戦国武将の雰囲気を醸し出している。

身長は約百八十センチ、体重は約八十五キロぐらいだろうか。

年齢の割には、良い体格をしていると言えよう。

二人は檜のテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。

テーブルには、料亭ですらお目にかかれないような料理が数十種類と並んでいる。

戸倉は正座をし、もう一人の男は胡坐を組んでいるのだが、お互いが長い年月の間、かなりの交流を持っていたのかピリピリとした空気は流れておらず、むしろ友好的な空気感が漂っている。

「最近はどうじゃ?」

男がテーブルに置かれている料理に箸を付けて口に運ぶ。

「適度に生きております。」

戸倉も箸で料理を物色して、口に運んだ。

「そうかそうか。まぁ、お前さんさえ元気でやっとりゃええ。しかし、最近は表の世界でも、かなり危険な奴らがたくさん出てきているみたいじゃが?」

「はい。世の中の不景気もあるのかもしれませんが、犯罪集団と化した不良グループや薬をばらまく外人集団、裏の世界で生きていけなくなった闇の人間の表社会の進出など・・・」

戸倉はその男を見た。

名前を、稲葉剛いなばつよしと言う。

この男こそ、日本最大の指定暴力団・稲葉会の五代目総裁である。

稲葉会は、全国に構成員約五万人、準構成員約二万人を持つ、日本最大の指定暴力団であり、その影響力は政治界や闇社会に大きく轟いている。

戸倉一心が、稲葉剛に会ったのは二十代の頃であった。

その頃からの付き合いなので、もう二十年程になる。

「一心よ、お前に会ったのは、たしかワシが五十代の頃であったなぁー。あの頃は、ワシもいろいろな人間に命を狙われていて、どこかにええ用心棒はいないか?と探しておった所じゃったー。」

稲葉はグラスに注がれたビールをぐいっと飲んだ。

「そうでしたね。たしか、総裁が全国的に勢力を拡大されていた時で、私も噂はかねがねお聞きはしていましたから」

戸倉は二コリと笑って言った。

「そんな時に、お前がワシの事務所の前に現れたんじゃ。いきなり」

「そうですそうです。」

戸倉一心は、その部屋の天井を少し眺めた。


戸倉一心、当時二十歳。

十三歳から喧嘩に明け暮れ、「一日一回喧嘩をする」と言うルールを自分に規した戸倉は、街中の同年代の不良達を次々に叩きのめしていった。

若さゆえの渇望、それもあったかもしれない。

しかし、戸倉を喧嘩に駆り立てたのは、その大きな掌にあった。

普通の人間には与えられていない、この大きな掌。

人間は好奇心旺盛で、なんでも試したくなる生き物だ。

これを使えばどこまでいけるのか?

喧嘩の世界で一番になれるのか?

戸倉一心の決心は早かった。

その握力と掌の大きさで、喧嘩ではほとんど負けることはなかった。相手を殴れば面白いように吹っ飛び、格闘技ゲームをしている様な錯覚に陥った程である。

喧嘩に勝てば勝つ程、さらに強さを求めるようになった。

十代の後半になった頃、街中で自分に喧嘩で勝てる人間はいなくなっていた。戸倉が街を歩けば、ヤクザ者であろうと道を開けた。

素人では満足できなくなった戸倉は、格闘技経験者に喧嘩を売るようになっていた。さすがに素人とは違い、格段に喧嘩がうまかったが、戸倉が苦戦することはほとんどなかった。

それほどまでに、戸倉一心の強さは群を抜いていたのだ。

持って生まれた資質に才能。

そして、神から与えられた握力と掌の大きさ。

そんな時である。

当時、全国的に勢力を拡大していた稲葉会の総裁・稲葉剛が用心棒を募集しているという噂を耳にしたのは。

戸倉はすぐさまに、稲葉会の事務所に向かった。

喧嘩に明け暮れた毎日。

強さを求めて生きてきた毎日。

しかし、満足感を得ることはほとんどなかった。

なぜなら、強い相手に巡り合えないからだ。

自分を奮い立たせてくれる相手、自分をギリギリまで追い込んでくれる相手、そんな相手はもう表の世界にはいないのではないか?と思ったのだ。


「ほんで、いきなり事務所の前に来て、用心棒をさせろ!って叫んだんじゃー」

稲葉剛はぐふふと笑った。

「あの時はすみませんでした。私も無我夢中でして。裏の世界に入れば、もっと強い相手と戦えると思いまして・・・」

戸倉は静かに言った。

「気にせんでええ、気にせんでええ。ワシもお前さんの噂はかねがね聞いておったしのー。素人で化け物みたいに喧嘩が強い奴がおるゆって。」

「ほんで、そこからが凄かったんじゃー。組事務所前におった十人程のワシの若衆を全員叩きのめしてのー。それでえらい騒ぎになってしもうて、お前を雇うことにしたんじゃからのー。」

「申し訳ございません。」

戸倉は金縁メガネをくいっと触った。

「大事ない大事ない。なんも気にしてへん。裏の世界におって、弱い奴は罪や。ただそれだけのことじゃ。」

稲葉はそう言うと、顎鬚をじょりじょりと撫でた。

そうして、戸倉一心は、二十歳から三十五歳までの十五年間、稲葉剛の専属用心棒をしたのである。

その間に、戸倉一心の強さはさらに凄みを増していった。

日本全国への勢力拡大を進めていた稲葉会。

そのトップである稲葉剛を狙う人間は数知れず。

戸倉は、稲葉剛を殺そうとする人間達をことごとく叩き潰した。

ホテル前で日本刀を持って待ち伏せしていた男達。

組事務所に宅配便を装って爆弾を届けようとしていた男達。

稲葉剛の乗っている車に、トラックで突っ込もうとした男達。

拳銃で稲葉剛を狙う男達。

数え出したら切りがない程の修羅場を潜り抜けてきた。

特に、戸倉一心の強さを成長させたのは、表の世界では生きていけなくなった格闘技崩れの猛者達であった。

元世界チャンピオンのボクサー。

元世界ランクのキックボクサー。

元大関の力士。

旧ソビエト連邦の元特殊部隊スペッナッズの軍人。

元フランス特殊部隊の隊員。

チャイニーズマフィアの猛者達。

戦場を数百箇所渡り歩いたスイス人の傭兵。

などなど。

戸倉一心は、それらの暗殺者を暴力で叩き潰し、稲葉剛の命を十五年間守り続けたのである。

「一心よ。ワシがこうして生きていられるのも、お前が命をかけてワシを守ってくれたからじゃ。ほんまに、感謝しとる」

稲葉は、子供を見るような眼差しで戸倉を見た。その眼には嘘偽りはまったくなく、心から本当に信頼している人間が見せる眼差しと感情が溢れ出ていた。

「いえ、私の方こそあの十五年間があったからこそ、今の私が存在していると思っております」

戸倉も、その言葉に答えた。

二人の間には、温かい空間が作り出されていた。

「ところで、総裁」

戸倉がポツリと言った。

「なんじゃ?」

稲葉はビンビールを掴むと、戸倉のグラスにビールを注ごうとした。

「隣の部屋から人の気配を感じるのですが・・・」

戸倉は隣の部屋をチラリと横目で見た。

「なぬ?人の気配じゃと?」

稲葉は戸倉のグラスにビールを注ぐのを止めると、下を向いて黙った。

戸倉は感じていた。

この六十畳の和室に通されてから、ずっと隣の部屋に人の気配があるのを。

「ぐふふ!さすが、一心!まだ全然衰えておらぬわ!」

稲葉は右手を口元に持っていくと、うれしそうな笑みを浮かべた。

「これ!入ってまいれ!」

稲葉は隣の部屋見て言った。

戸倉も隣の部屋を見た。

そして。

隣の部屋のふすま戸がスルリと開いた。

そこには、五十代前半の貫禄のある男が鎮座していた。

さらに、その後ろには三十台前半の男が、数歩下がった場所で正座して頭を下げてたたずんでいる。

五十台前半の男は、稲葉会・若頭補佐の若林組組長・若林一成わかばやしかずなりと言う男であり、稲葉会の実質上のナンバー5である。

髪は昔ながらのパンチパーマでがっちりと固めてあり、体格は猛牛を思わせる程の大きさをしている。黒いスーツをギチギチと着こなし、その眼は極道独特の光を放っている。さらに、その眼の奥深くには、尋常ではない程の邪心と欲望を見て取る事ができる。

「総裁、この度はお招き頂き光栄であります」

若林はそう言うと、慌てて頭を下げた。

「おーおー、くるしゅうない!若林、こっちへ来い!」

稲葉が右手で手招きすると、若林とその後ろで正座していた三十代前半の男が歩を進めて歩いてきた。

三十代前半の男は、青いスーツをきっちりと着こなしているが、頭髪は綺麗に剃り上げられており眉毛もない。体格はかなり大きく、身長は百九十センチほど、体重は百二十キロほどだろうか。

「一心よ、若林は知っておるよのー。こいつも、とうとう若頭補佐にまで出世しよってのー、がはは!」

稲葉は大声で笑っている。

「戸倉さん、お久しぶりです。いつも総裁がお世話になっております」

若林は、戸倉の右横の席に着くと、小さく会釈した。

三十代前半の男は、若林が座った席の数歩後ろで正座している。

「いえいえ、私も総裁の魅力に負かされた一人の人間。用心棒をしていた時は、この命に代えても守るべきお方だっただけです」

戸倉は、若林に顔を向けるとペコリと頭を下げた。

「若林、実は今日お前さんを呼んだ理由はなぁー」

稲葉はそう言うと、若林の後ろで正座をしている男を舐める様に見た。

その男は、もう一度、稲葉に頭を下げた。

正座をして、頭を下げてはいるが、獣の匂いは隠せない。

「変な噂を耳にしてのぉー」

稲葉は笑って言った。

しかし、両目はまったく笑っていない。

「変な噂ですか?」

若林はゴクリと唾を飲んだ。

若林一成は、嫌な汗が背中を伝うのがわかった。

稲葉会の実質上ナンバー1である稲葉剛から、直々に呼び出しがあった時から嫌な予感はしていた。なぜなら、組織の運営は基本、組の組長か若頭が指揮を執って行うものであり、それ以上の存在である総裁から、直接的に話があることなどあり得ないからである。

「そうじゃ、変な噂じゃー」

稲葉はビールが入ったグラスを右手で掴むと、口元に持っていきゴクゴクと飲んだ。

「私には、何も思い当たりませんが・・・」

若林は少し目を泳がせて言った。

「そうかそうか」

稲葉は、金色の派手な着物の胸元から三枚の写真を出した。

そして、それを机の上にゆっくり置いた。

「・・・・・!」

若林は、その写真を見て両目を見開いた。体中の毛穴から、気持ちの悪い汗が流れ出るのを感じた。

「これは、なんじゃ?」

稲葉の両目が若林を凝視している。その眼は、小動物を狙うハンターの様である。

机上に出された三枚の写真。

そこには、料亭の個室らしき場所で、若林一成が誰かと取引をしている様子が隠し撮りされている写真だった。

一枚目は、鞄に入っている物体を、若林一成と舎弟達が確認している姿。

二枚目は、現金の入ったスーツケースを相手に笑顔で手渡している姿。

三枚目は、机上に白い粉の入った袋を置いて、相手側の人間と交渉をしている姿。

「こ、こ、これは・・・」

若林は頭皮と額から止め処なく出てくる汗を、両手で拭い去った。

若林は両手両足がガクガクと震えるのがわかった。

「これは、なんじゃ?若林」

稲葉は、語尾を強めて言った。

稲葉剛は、異常に薬物を嫌悪していた。

なぜなら、若い頃に兄貴分や舎弟達を、薬物中毒で多く失った経験があるからだ。有能な人間達を簡単に壊してしまう薬物が嫌いで嫌いで仕方がなかった。

組織上、喧嘩や女遊びや博打などは認めていたが、薬物だけは絶対に許さなかった。薬物を売り捌いて組を大きくしている組織もあったが、そういう組は片っ端から潰していった。

薬物は、大きな利益を簡単に得ることができる闇の産業である。

普通のヤクザなら、利益を得る為に簡単に手を出して組織を大きくしているはずである。しかし、この世の中には、普通の考えすらも及ばない確固たる信念を持った人間が数人はいる。

それが、稲葉剛という男である。

だからこそ、幾多の極道達から慕われ、稲葉会をここまで大きくできたのである。

「もう一度問うぞ?」

稲葉の両眼が充血して赤く血走っている。

「あ、あ、あ・・・」

若林はカラカラになった喉を鳴らして、後ろに数歩下がると、額を畳に擦り付けて土下座した。

「総裁!すみません!すみません!」

若林は大声でさけんだ。

「これは、なんじゃ?若林」

稲葉は、若林が土下座して謝ろうが、質問を止めなかった。

「こ、これは・・・私と中国系マフィアとの取引の写真です・・・」

若林は額を畳に擦り付けたまま、言葉を放った。

「何の取引だ?」

稲葉の口調が強くなる。

「・・・か、か、覚せい剤です・・・」

そう、若林が言った瞬間。

稲葉剛は、ビンビールを右手に持って、畳から飛び跳ねた。

そして、若林の後頭部に向かって振り下ろす。

異様な音と血しぶきが若林の周りを満たした。

稲葉の振り下ろしたビンビールは、若林の後頭部で割れ、赤い血が畳上に飛び散っている。

「ぎゃあぁーーーーー!」

若林は叫び声を上げて、両手で後頭部を押さえて転がり回る。

稲葉の怒りは頂点に達していた。割れたビンビールを畳みの上に捨てると、両足で若林の顔面や腹部を徹底的に力一杯蹴り上げる。

十回。

二十回。

六十畳の和室は、一瞬にして殺伐とした空気に包まれた。

そして。

稲葉が、割れたビンビールをもう一度拾い、その切っ先を若林の喉元に突き刺そうとした時。

若林一成の後ろでたたずんでいた三十代前半の男が、稲葉の右手をすばやく掴んだ。

「・・・・・!」

稲葉剛の両目が大きく見開く。

「なんだ?この手は?」

稲葉はその男を見た。

「これ以上はご勘弁を。本当に死んでしまいます」

その男は静かに言った。

「殺す覚悟でやっているのじゃが、何か文句でもあるのか?」

稲葉は若林を見下ろした。

その眼は赤く充血し、見開いている。

若林は、後頭部や顔面から大量の血を流して震えていた。口からは「許してください」や「すみません」などと言う言葉が数十回聞こえてくる。

「薬物がどれ程怖いモノか・・・。散々説教したはずじゃがのぉー、大昔に」

稲葉は右手から割れたビンビールを落とした。

「残念じゃ・・・本当に、残念じゃ・・・」

稲葉はそう言うと、三十代前半の男の手を振り払って、最初に座っていた席にゆっくり戻った。

「ところで・・・お前が若林の用心棒か?」

稲葉は三十代前半の男に話しかけた。

「はい」

その男は、静かに頷いた。

全身から異様な殺気を放っているのだが、気持ち悪い程の落ち着きがある。いや、落ち着きと言うよりも、余りにも静かなのだ。

「お前の噂はいろいろと聞いておるぞー。最近売出し中で、化け物の様な強さの男がいるってのぉー」

稲葉はニヤリと笑った。

「滅相もございません」

その男は静かに答える

「そうかそうか・・・。」

稲葉は和室の天井を少し眺めた。

数分。

いや、時間にして三十秒程であろうか。

何か閃いたのか、稲葉は若林とその男を見た。

「若林よ。本当なら、薬物に手を出した段階でお前は殺されても文句は言えない立場じゃ。しかし、ワシも鬼じゃない」

稲葉は戸倉をチラリと見た。

「そこで、お前に最後のチャンスをやろう」

稲葉の口元がニヤリと笑顔になった。

「最後の・・・チャンスですか・・・?」

若林は頭部から血を流しながら、全身を震わせて稲葉を見た。

「ああ、最後のチャンスだ。お前の用心棒がここにいる戸倉一心と戦って、勝利すればお前の命はなんとか助けてやろう」

稲葉はそう言うと三十代前半の男を見た。

三十代前半の男は、静かに若林を見る。

「一心、すまぬがワシの我がままを聞いてくれるか?」

稲葉は戸倉を見て言った。

「総裁の命であれば、喜んで」

戸倉一心は即答した。

「河村・・・やってくれるか・・・?」

若林は、三十代前半の自分の用心棒をチラリと見る。

「わかりました。我が命に代えても勝利してみせましょう」

河村と呼ばれた三十代前半の男は、その場で立ち上がり、首をゴキゴキと鳴らした。


河村亜門かわむらあもん

三十三歳。

身長、百九十センチメートル。

体重、百二十キログラム。

髪は綺麗に剃られて、眉毛も舞い。

青いスーツをぎっちりと身に纏ってはいるが、その肉体は尋常じゃない程の筋肉を身に付けていることがわかる。首の太さ、腕の太さ、胸板の厚さ、太ももの太さ、どれをとっても尋常ではない。

そして、全身からほとばしる殺気。

だが、その反面の異様な落ち着き。

かなり危険な香りが、その男の周囲を漂っていた。


「そうかそうか、決まりじゃな」

稲葉は嬉しさで満面の笑顔になった。

なぜ嬉しいのか?

そう。

久しぶりに、戸倉一心の暴力が間近で観賞できるからである。

稲葉は勢い良く立ち上がると、すばやく部屋の端に行って引き戸を力一杯に開けた。

そこには、庭があった。

だが。

ただの庭ではない。

幅二十メートル、奥行十メートル程の敷地に、前面白砂を敷き詰め、七つの大きな石が無造作に置いてある。

いわゆる、石庭である。

石庭では、京都の龍安寺にあるものが有名であり、巨大な中国の山水の世界を日本人特有の世界観で現した「枯山水」の庭で例えられる。水を感じさせるために、わざと水を抜く。全面に敷き詰められた白砂は大海を表現し、大きな石は山を表現していると言われている。

そして、稲葉剛の敷地内にある石庭は、京都・龍安寺の石庭を真似して、稲葉剛が庭師に依頼して作らせた、壮大な庭園なのだ。

戸倉は、ゆっくりと立ち上がると白いスーツの上着と靴下を脱いで畳の上に置いた。

そして、裸足で歩き出すとふわりと跳ねた。

ざざっ。

戸倉の体が六十畳の和式の部屋から、壮大な石庭に降り立つ。

「でわ、やりましょうか」

戸倉はくるりと振り返ると、和式の部屋にいる河村亜門に言った。

稲葉と若林は、ゴクリと唾を飲んだ。

なぜなら、戸倉一心の動きに一寸の無駄もないからだ。

まさしく、野生の虎の様な身のこなしなのである

河村亜門もその場で青いスーツと靴下を脱ぐと、裸足でガツガツと歩き、力一杯の勢いで石庭に降り立つ。

戸倉一心と河村亜門が対峙する。

その距離、五メートル程か。

石庭には、二人の男。

戸倉一心と河村亜門。

そして、石庭を端から端まで見渡せる和式の六十畳の部屋にも、二人の男。

稲葉会総裁・稲葉剛と稲場会若頭補佐・若林組組長・若林一成。

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