第7話 サディスト香川
香川浩介。
裏社会では「快楽の狂戦士」と呼ばれていたが、「サディスト香川」と呼ばれる方が多かった。
彼が裏社会に入ったのは二十歳の時であった。
喧嘩の強さは中学校時代から群を抜いていた。
中学一年生の時に、その中学校を占めていた三年生の男を半殺しにした。
それからは毎日の様に喧嘩をした。
そして、十八歳にして街の武闘派集団「ジャスティス」のリーダーになった。総勢三百名を超える最強最悪の集団で、恐喝・強盗・拉致・傷害・強姦など、ありとあらゆる悪事をやってのけた。
敵対する集団やグループを次々と傘下に収め、どんどんと拡大していったのである。
香川浩介の闘い方は、実にシンプルであった。
敵対する集団やグループであろうが、最終的には相手側のリーダーとタイマンに持ち込むことにある。
そして。
相手側のリーダーを一生刃向えない無いまでに破壊する。
その姿を見せられた相手側の仲間達は、香川浩介の残虐さに恐れ慄き、心底服従するようになるのである。
さらに、香川の喧嘩の強さには理由があった。
幼少の頃から、空手・ボクシング・レスリングなどを習っていたのである。そんな男にとって、素人との喧嘩は子供を相手にしている様なモノであった。
一撃で倒れる相手達。
簡単に壊れる相手達。
香川の中で欲望が溜まっていった。
もっと思う存分戦いたい!
自分の全力を出し切った喧嘩がしたい!
しかし、現実は違った。
あまりにも弱い相手達。
あまりにも脆い相手達。
その積み重ねが、香川浩介の精神を狂わせた。
自分より強い相手になかなか巡り合えない香川にとって、それは苦痛でしかなかったのだ。
では、どうすればいいのか。
香川は考えた。
弱い相手しかいないのならば、それらをうまく使って欲求を満たしていくしかないと。弱い相手を簡単に倒すのではなく、ゆっくり味わい堪能して倒す方が、どれだけ楽しむことができるのだろうか、どれだけ幸せを感じることができるのだろうか。
香川浩介は目覚めた。
そう、「サディスト香川」の誕生である。
サディズム。
それは加虐的傾向ともいい、人間や動物などに身体的または精神的に苦痛を与えることによって、快感を味わったり、そのような行為を想像したりして興奮を得る一つのタイプである。性的な傾向の印象が強くありがちだが、そうでもなく、一般的な傾向にも用いられる言葉の一つでもある。
そして、サディズムである人間のことを「サディスト」と呼ぶのだ。
それからの香川浩介は、狂ったように相手との必然性を作り、大蛇がネズミを喰らうが如く、じわりじわりと潰していったのだ。ねっとりじっとりと追い詰め、逃げ場をなくし、精神的になぶり殺しにしていく。
最高の快感だった。
女とのセックスも良かったが、人間を壊していく快感はそれとはまた別の次元であった。
香川はその快感にどっぷりとはまっていった。
香川に潰された男は言った。
「やめてくれ・・・。あいつの名前を出すのは・・・。思い出しただけで、ヘドが出そうなんだよ・・・」
その男はぶるっと体を震わせると、震える右腕を左手で押さえた。
「あんなのは喧嘩とは言わない・・・。だってそうだろ?俺の上に馬乗りになり、三分ごとに俺の顔面を殴るんだ・・・。三分間はまったく何もしないんだ・・・。そして、三分経つと、思いっきり殴ってくる・・・。その繰り返しだぜ・・・」
その男はさらに話していく。
「そんなやり方が・・・約十時間も続けられたんだ・・・。人間っていうのは、規則正しい攻撃や恐怖には、一段と弱いんだと思う・・・。だって、あと何秒後に・・・また力一杯に顔面を殴られるかと思うと・・・怖くて怖くて・・・オエッ・・・」
その男は胃から込み上げて来るモノを、必死で抑えこもうとしていた。
「わかるか?お前に・・・。本当に気が狂いそうになるんだよ・・・。へへへ・・香川は静寂の三分間に、俺に話しかけてくるんだよ・・・。痛みが愛に変わるとか・・・わけのわからないことをひたすら言ってくるんだよ・・・。そして、あと何分でお前の左目を殴るぞとか、鼻の骨を叩き潰すぞとかって・・・。あんなことされて、おかしくならない奴はいないぜ・・・」
その男はポケットから白い錠剤を3個取り出すと、机の上に置いた。
「へへへ・・・わかるか?これ。精神安定剤だよ。香川に精神をやられてから・・・これが手離せなくなってな・・・。今でも・・・夢に出てくるんだ・・・あいつが・・・。でも、まだ俺は軽い方だったと思うぜ・・・自殺した奴らはいくらでも知っているからな・・・あいつに壊されて・・・へへへ」
机の上にあるコップを手に持つと、その白い錠剤を口の中に放り投げた。水の入ったコップを持つ手が小刻みに震えているのがわかる。
「俺が見た中で一番ひどかったのは、手足の指と腕を全部折られた男だな・・・。あれはひどかった・・・。今、思い出しただけでも寒気がするぜ・・・。香川に馬乗りになられて、ゆっくりと一本一本の指を折られるわけだ・・・。その折られ方が尋常じゃない・・・。相手の耳元にネチネチと話しかけて・・・ゆっくりゆっくり指を折っていくんだ・・・。その男なんて、もう体中が痙攣して意識を失っているのに・・・さらに指を折っていくんだぜ・・・。そして、折られる度に・・・意識を失った男は痛みで目が覚めて叫ぶんだ・・・。もう、地獄だぜ。だって、意識を失うことさえ奪われちまっているんだからな・・・。」
さらに、男は話し続ける。
「そして、香川はよぉ・・・謝っても絶対に許してくれないんだぜ・・・へへへ。俺なんて、何度・・・許しを請うたことか・・・。こっちは、顔面がボコボコになってよぉ・・・鼻は折れているわ、左右の眼底は骨折しているわ、顎は外れているわ、前歯は全部抜け落ちているわ・・・そんな状態なのに・・・止めねぇーんだよ・・・へへへ。許したら俺のお前への愛情が薄くなるだとか・・・おかしなことを言ってよぉーーーーー!」
その男はいきなり叫び出した。
「へへへ、あいつは・・・完璧なサディストだぜ・・・。間違いないね・・。あんなこと・・・平然とできるなんて、ありえないからな・・・」
顔中から大量の汗を吹き出して、男は話し続ける。
「俺の左右の腕、よく見てみろよ・・・。へへへ、変な形しているだろ?」
その男は左右の腕を机の上に置いた。
たしかに、左右の肘がぼっこりと外に出ておかしな形になっている。
「これも、あいつに折られたからだぜ・・・へへへ。あいつ・・・俺の両腕を折った後も・・・何回も何十回も、腕を折り曲げやがるんだぜ・・・へへへ。痛いなんてもんじゃねぇ・・・失神するレベルだぜ!わかるか!お前に!」
その男は両目から涙を流して叫んだ。
「でもよ・・・失神させてくれねぇーんだ!あいつは!その自由さえ奪いやがる・・・。うぐっ・・・そして、こんな腕になっちまったんだよ・・・へへへ。そりゃ、元に戻るわけないよな・・・関節がぐちゃぐちゃに破壊されたんだから・・・へへへ」
その男は笑った。
「もう止めよう・・・あいつの話は・・・。これ以上話したら・・・俺がおかしくなっちまう・・・」
その男は溜め息をつくと、ゆっくりと椅子の背もたれに背中を預けた。
香川の評判は、街中や裏の社会、アンダーグラウンドな世界にまで広まっていった。
「最高にあぶない奴がいる」
「表の世界に存在してはいけない人間だ」
そんな噂が広まった。
左右の耳に五個ずつのリング型ピアスをしていたこともあって、「五連ピアスの香川」と言えば、街の若者達は震えだす程だった。
そんな頃に、香川浩介は戸倉一心に出会ったのだ。
香川浩介、二十歳の時であった。
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