第6話 快楽の狂戦士
香川はうれしそうに残りの男にゆっくり近付くと、軽く足払いをして残りの男を地面に倒した。
素人には到底見えるはずのない動きだった。
その男は、簡単に地面に倒れた。
「な・・・何すんだよ!コラ!」
地面に転がりながら威勢良く叫ぶ。
その男は、相手が戸倉ではなく香川に変わったことで少し安心したのだろう。しかし、声は震えていた。
香川はニチャリと笑ったまま、その男を見下ろしている。その目は、怒りに満ちているわけでもなく、友好的な眼光を放っているわけでもなかった。
ただ、眺めている。
それが一番正しい表現ではなかろうか。
「俺とお前には~やっぱりストーリーが必要だろ~。わかるか~?わからないかなぁ~?俺に倒されるお前~そして~俺に憎しみを抱いてお前は立ち上がり~俺に復讐を誓うんだ~」
香川はうれしそうに話し始めた。
「どんな世界でも~ストーリーがないとおもしろくないからなぁ~ゾクゾクさせてくれよなぁ~」
香川は両手を自分の腕に回して自分自身を抱きしめた。体中を震わせて、今、この状況を楽しんでいるらしかった。
「どんな復讐をしてくれるんだぁ~?お前の仲間がやられたんだぞ~。早くしてくれよ~待ちきれないぜ~」
香川の口元は笑顔で引きつっている。
「・・・・・」
(な・・なんだよ、コイツ)
その男は背筋に冷たいモノを感じた。危険、恐怖、不安、恐れ、もうどのようなモノでもなかった。ただ、この香川と言う男の言動、思考についていく事ができなかった。
いや、どんな人間であろうと無理ではなかろうか。
(こ・・こいつ、薬でもやっているのか?あぶなすぎる・・・!)
その男は顔面が蒼白になるのを感じた。
「どんな復讐でも俺は受け入れるぜ~。だって~お前の仲間がこんなことをされたんだぞ~?いいのか~?そんな奴らを許していいのか~?駄目だろ~?」
香川は路地裏で起こった状況を両手で説明する。
そして、両目から透明な液体を流した。
涙。
そう、涙をぼとぼとと流し始めたのだ。
香川はゆっくりとしゃがみこむ。
「いや~、許したら~駄目だ~。そうだろ~?俺らを~許したら駄目だ~。お前の怒りと力で~俺らに美しい復讐をするんだよ~」
香川はそう言うと、その男の両肩に両手を置いた。
「あ・・なんだよ・・・お前・・・」
その男はガクガクと手足を震わせた。
怖かった。
今までに会ったことのない人種。
その男は香川を見た。
「考えているのか~?どんな復讐をしてやろうかと~?でも~早くやれよ~。いいか~?復讐ってモノは~時間をかけたら駄目だ~。時間は人間に希望も与えるけど~反対に絶望も与えるものだぞ~」
香川は静かに言った。
その男は少しも動こうとしなかった。
いや、厳密にいえば動けなかったのだ。
「そうか~。復讐する気がないのか~。実に残念だ~」
香川は寂しそうな目をした。
そして、その男の体を軽く回転させて、地面に這い蹲らせた。地面に顔、胸、腹を押し付けられ、背中には香川が馬乗りになって座っていた。
「や・・やめろ!な・・・何するんだ!」
その男は叫んだ。
「復讐もしないのかよ~。情けない奴だな~」
香川の両目がギラリと一瞬光ったが、その男は地面に向かって倒されていたので、その瞬間を見ることができなかった。
「お前には~友情や愛ってもんが欠けているみたいだな~」
香川はその男の左手を掴んで、親指を軽く撫でた。
子犬の頭を撫でるように。
子猫の喉を撫でるように。
「いいか~愛の形にもいろいろあるんだぞ~。例えば~」
香川はその親指を、掌とは真逆の方向に折り曲げた。
実に簡単に、何の躊躇もなく行なわれた。
めちっ。
骨と皮と筋がきしむ異音がした。
「うぎいぃーーーーーーー!」
その男は泣き叫んだ。
「どうだ~?痛いか~?この痛みも愛だ~。わかるか~?仲間達の痛みをビンビンに感じろよ~。これから~俺がお前に最高の愛を与えてやるからな~」
香川は上唇を長い舌で舐めた。
「うぐっ・・・な、何が・・・愛だよ・・・この変態野郎がぁーーーー!」
その男は両目から涙を流して叫んだ。
左手の親指を見ると、普通ではありえない方向に折れ曲がっていた。
体を一生懸命に動かそうとするがピクリとも動かない。
「これがわからないかなぁ~?究極の愛じゃねぇ~か?痛みをともなう愛~最高だろ~。俺がお前に与えられる唯一の愛じゃないか~」
香川はその男の人差し指を軽く撫でる。
愛しい人を見る様な眼差し。
だが、その目の奥には残虐性を強く秘めたドス黒い暗闇が漂っていた。
「や・・やめろーーー!やめてくれぇーーー!」
その男は叫ぶ。
「お~最高の愛じゃないか~。俺がお前に痛みを与える~。すると~どうだ~?お前は全身全霊のアクションでそれに答えてくれる~。俺とお前の間でちゃんと~コミュニュケーションが取れているじゃないかぁ~」
そして。
軽く折り曲げた。
めちちっ。
「ふぐっつっーーーーー!」
その男は両足を突っ張らせて叫んだ。
「やめろっーーー!何が・・・愛だ!このクソ野郎―――――!」
その男は泣き叫ぶ。
両目からは涙が大量に飛び散る。
「あ~最高だ~。お前もそう思うだろ~?怒りでお前の体内が脈打っているのがわかるぞ~」
香川はゾクゾクとした快感を、全身全霊で味わっているようだった。
表情は恍惚の笑顔で、下唇を長い舌で舐め回している。
「あ~最高だ~。いいよ~お前~」
香川は、その男の中指と薬指を右手で撫でるとうっとりとした表情をした。
「今度は二本同時にいくぞ~。どんな感情を俺に見せてくれるんだろうな~。あ~楽しみだ~」
うっとりとした表情で、その男の中指と薬指を眺める。
「もう・・・やべ・・・やめてぐださい・・・」
その男は顔面をくしゃくしゃにして懇願する。口元は引きつり、頬は涙で濡れている。
(た・・・助けて!なんだよ!これは、なんだよ!)
体を動かして立ち上がろうとするが、香川が背中に乗って動かさないようにロックしているために動かない。
「いいのか~。そんな愛の表現で~。お前らは俺らにここまでやられたんだぞ~?そんな相手に~さらに許しを請うのか~?」
香川はその男の耳元に口を近づけて静かに言う。
「いいか~許しを請うたら駄目だ~。俺とお前の愛が終わるじゃないか~?そうだろ~?この愛はもっと続けなくては~。俺はお前を長く愛したいんだよ~わかるか~?」
香川はうっとりとした表情でその男の中指と薬指を折り曲げた。
めきききっ。
「うぐぅひつっーーーーー!」
頭を左右に振り、両手両足に力を入れて暴れる。
しかし、無駄だ。
香川がその男の背中に馬乗りになって固定しているために、あいかわらずピクリとも動かない。香川の両足がその男の両足に絡みつき、全体重がその男の体にのしかかって、完全にロックされているのだ。
「あ~いい~。いいよ~その表情~。叫び声も~最高だ~。もっと愛を感じさせてくれよ~」
香川はその男の左手を見た。
手。
いや、それはもう人間の手ではない。
小指以外の指が全て逆方向に折れ曲がり、異様な形を見せていた。
そして、残りの小指を撫でる。指先から指の根元までをゆっくりと撫でて見つめる。
香川は長い舌をにょろりと出すと、その男の小指に濡れた舌を這わせた。
「あぁ・・・うぐっ・・・やめて・・・ぐださい・・・」
その男は頭を左右に振った。
もう何を言っても無駄だと悟った。
(こいつ・・・おかしい。こ・・・殺される・・・!助けてぇ・・・)
その男は心の中で叫んだ。
「だから~許しを請うたら駄目だろ~?こんなひどいことを~されて~なぜ~反逆しない~?」
香川は陶酔した表情でその男に語りかける。
「やめて・・・ぐださい・・・」
その男はもう何も考えられなかった。
どんなことをしてでもいいから、この状況から逃げ出したかった。
「俺の愛をビンビンに感じてくれたら~普通は~愛で返してくるものだろうが~」
香川は長い舌をペロリと出した。
「答えてくれないのか~そうか~。なら~俺の愛をしっかりと味わってくれよ~受け止めてくれよ~」
香川はその男の小指を折り曲げた。
みちちっ。
「ぐふっーーーーーーー!」
その男の口から人間の叫び声とは思えないような雄叫びが聞こえた。両目は大きく見開かれて、口の端からは白い泡を吹いている。
「あ~なんという快感だ~。実にいい表情じゃねぇ~か~お前。痛みをともなう愛~最高だろ~」
香川はうっとりとした表情をして、その男の背中に耳を押し付けた。
ドクン。
ドクンドクン。
ドクン。
ドクンドクン。
その男の心臓の音が鮮明に聞こえてくる。心音の速度が異常な程の速さで脈打っている。
戸倉一心は香川浩介の行動を見て溜め息をついた。
(あいかわらずの変態ですね、香川君は。さすがは、『快楽の狂戦士』と呼ばれているだけはありますね)
戸倉はもう一度溜め息をついた。
香川はその男の左手を離すと、今度は右手を掴んだ。
「・・・・・・!」
その男はビクリと体を震わした。
「次は右手だぞ~。今度はどんな快感を俺に味あわせてくれるのかな~」
香川の両目は焦点を失っていた。
そして、快感の世界に体全体で陶酔しきっている。
「うぐひっ・・・許じてぇ・・・」
その男の声は小さく低かった。両目は自分の無残な姿になった左手を見ていた。
(なんだよ・・・この手・・・どうなっているんだよ・・・!)
その男はこの状況が理解できなかった。
香川は、その男の右手を左手で押さえつけると、右手でその男の右手全ての指を掴み、全力で折り曲げようとする。
みちっちっ。
五本の指が悲鳴を上げる。
みりっりっ。
骨と肉と神経と筋が悲鳴を上げる。
「や・・・やめろーーーー!な、何すんだよ!この変態野郎がーーーー!」
その男は叫んだ。
「やめでーー!おねがいだがら!やめでーーーー!」
みちちちちっ。
五本の指の関節が悲鳴をあげていく。
「む!無理だっでーーーー!やめでぐれーーーーー!」
骨がきしんで音をたてる。
みちっちっ。
めりっちっ。
「い!い!い!い!痛いあーーーーーーーぃ!」
五本の指の骨が最後の抵抗をする。
しかし、それも無駄だった。
香川の強力な筋力が、骨と肉と筋を簡単に破壊した。
ぼききっ。
めちちっ。
ぐきちゃっ。
五本の指から気持ちの悪い音が響き渡り、皮膚から指の骨が飛び出ている指や、筋肉が引きちぎれている指が出来上がった。
「ううぅーーーーーーん!」
その男は頭を後方に伸ばすと、白目を剥いて地面に顔面からひれ伏した。口からは白い泡を吹き出し、鼻からは血を吹き出している。そして、体は大きく痙攣を起こし、失禁していた。
「あ~~~最高~~~!」
香川は口の端から透明な涎を地面に垂らした。
両目は焦点を失い、快感の余韻に浸っているようだった。
「あ~なんだよ~。これからって言うのに~失神しちゃったよ~こいつ。俺の愛情が足りなかったのかなぁ~」
香川はその男の背中に耳を付けた。
トクン。
トクン。
心臓からは、安定した心音がかすかに聞こえる。
死んではいない様である。
「痛みから逃避しやがって~この野郎~」
香川はそう言うとその男から離れた。
その男はピクリとも動かない。
両手の指が掌とは逆方向に全部折れ曲がり、両目は白目を剥いて口からは白い泡を吐き出している。
「終わりましたか?」
戸倉はニコリと笑って、金色のフレームの眼鏡を右手の中指でクイッと押し上げた。
「はい~。あ~でも~最高でしたよ~。今日はこれで~ゆっくり眠れそうですよ~」
香川はうっとりとした表情を浮かべて、戸倉の横に移動した。
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