第5話 デビルハンド戸倉
戸倉一心。
裏社会において、これ程の掌の大きさを誇っている男はいないのではなかろうか。
その大きさゆえに繰り出される攻撃は、人間の常識をはるかに凌駕している。
怪物。
いや、化け物。
その様な呼び方すら、生ぬるいのかもしれない。
若い頃から裏社会に身を置き、そして、付けられたニックネームが「デビルハンド戸倉」である。
別名「暴力の絶対者」とも呼ばれている。
拳を握ることはほとんどなく、拳を握った時こそ戸倉一心の本気が見られるという噂であった。
そして、ヤクザ・チャイニーズマフィア・コリアン黒社会などもが一目置く、裏社会の猛者なのである。
あるヤクザは言う。
「戸倉一心のことを教えて欲しいだと?」
そのヤクザは静かに天井を見た。
「あれは、人間じゃないな。そう、人間の皮を被った猛獣って奴か・・・」
そのヤクザは椅子に深く腰をかけると、足を組んだ。
「あの人の喧嘩・・・いや、あれは暴力だな。だってそうだろ?抵抗できないんだもの、相手が・・・。確実な暴力行為だわ、あれは。昔に一度だけ見たことがあるが、もうそれは凄い暴力だったよ・・・」
そのヤクザは、ポケットからタバコを取り出すと、口に咥えてライターで火を点けた。
「五年程前かな、街中で喧嘩している男達がいてさ、人だかりができていたのよ。まぁ、俺も若くてさぁ、血気盛んな頃で人込みを掻き分けて近付いたわけよ。できれば、一緒になって暴れてやるぜ、みたいな意気込みでな・・・」
そのヤクザはタバコを右手で掴むと、口から白い煙を吐いた。
「そこには、一人の男と三人の男がいてさ、一人の男が囲まれているわけよ。それも囲んでいる三人の男達がヤクザ者だぜ。俺は思ったね、あの男やられるなって・・・。え?助けに行かなかったのかって?おいおい、誰がヤクザ者三人相手に喧嘩売るんだよ」
タバコをもう一度口に咥える。
「まぁ、その囲まれている男って言うのが、あの戸倉一心だったわけだけどよ。普通に考えてありえないわな?だって、体格から言えば囲んでいるヤクザ者三人の方が、身長も体重も大きいんだもの・・・。そこにいた誰もが戸倉がやられることを確信していたはずさ・・・」
そのヤクザは両目を閉じると肺一杯に酸素を吸い込んだ。
「ところがだ!戸倉はいきなり歯軋りをし始めたのよ・・・。そりゃ気持ち悪い音だったよ、なんか耳の奥でいつまでも残っている様な、背筋がゾクッと寒くなる様な音って言うのかな・・・。そして・・・」
そのヤクザは体を前に起こすと、両手で動作を付けながら話し始めた。
「動いたのよ、戸倉が!動きが見えたかって?そんなの見えるわけないだろ。ただ動いたなって感じたら・・・ヤクザ者二人は地面に腰から倒れていたわけさ。そりゃ、びっくりだわな。そんな喧嘩、いや究極的な暴力見せられたことなかったからなぁ・・・。ただ、戸倉が左右の手を振ったっていうのはわかったけどな・・・」
両手の動作をさらに激しくした。
「そして、ここからがまた凄かったんだぜ!残りのヤクザ者の首根っこをだな・・・左手で軽く掴むと・・・。お前、持ち上げるわけよ!ありえるか?なぁ?!体重九十キロはあろうかって人間をだぜ!それも片手でだ・・・。俺も喧嘩には案外自信はあったけどよ・・・あんなものを見せられて、はい、喧嘩に自信ありますって言えねぇーわな・・・」
喉が渇いたのか、そのヤクザは、机に置いてある水の入ったコップを一気に飲んだ。
「あとは、暴力のオンパレードよ・・・。そのヤクザ者をそのまま地面に叩きつけるわけよ。凄い轟音が響いて、一瞬、地面が揺れたんだぜ。地震が来たのかって言うぐらいにな・・・。ヤクザ者はその時点ですでに失神していたと思うぜ・・・だってピクリとも動かないんだもの・・・。なのに、もう一度片手でそのヤクザ者を持ち上げてよ・・・今度は近くにあったジュースの自販機に叩き付けるわけよ・・・。そのヤクザ者は、ボールの様に自販機に当たって三メートル程跳ね飛ぶわ、自販機は九の字に曲がって中からジュースが大量に出てくるわ・・・もう、そりゃ驚きの連続だったね・・・」
そのヤクザはゴクリと唾を飲んだ。
「あのジュースの自販機が九の字に曲がるって・・・お前、ありえるか?そんなことありえないだろ?でもよ、俺は見ているんだよ?その光景を・・・。俺はよ・・・今まで生きていてあれ程の光景は見たこと無いね・・・」
そのヤクザは体をぶるっと震わせると、タバコの先端を灰皿に押し付けて火を消した。
「お、もうこんな時間じゃねぇーか、そろそろ事務所に戻るわ。いいか?この話は本当だからな?嘘でも誇張しているわけでもねぇ・・・現実に俺が見た話だ・・・。この世の中には、絶対に関わってはいけない人間っていうのが何人かはいるってもんだ。戸倉一心・・・あいつは確実に・・・その中の一人だ・・・」
「あ、それから、戸倉一心が拳を握った時は・・・究極の暴力を見ることができるって噂だぜ・・・」
そのヤクザはそう言うと、喫茶店からゆっくりと出て行った。
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