第4話
会議室の空調はいつも少し効きすぎているようだった。朝の天気予報で今日は少し肌寒いなんて聞いた日は喉がカラカラに乾くほど強い空調がかかっていた。
「誰かこの案件に意見あるか」
張りのない調子で部長が声を上げる。それぞれが意味もなくレジュメで手を遊ばせる。パラパラと紙のめくれる合間に空調が暖かい空気を吐き出す音が響いた。
「すみません、前のページにあるデザインですけど、前の案の方が媒体に合っててよくないですか?ちょっと、これだとターゲット層が上がった印象があります」
広瀬先輩が顔の位置に手を挙げながら言った。それぞれがぱらり、と一枚ページを戻す。
「でもこれはクライアント指定のデザイン会社に作ってもらったものだから、戻せないよね」
部長の目が、広瀬先輩を観察するように眼鏡の上から覗く。わかるよね、大人だもんね。そんな部長の言葉を代弁するように眼鏡がまた少し鼻を滑り落ちる。
「毎回申し上げてますけど、一番いいと思うものを作るのが私たちの仕事なのに、それでは本末転倒ですよね」
広瀬先輩の手はきっちり上がったままで、綺麗なベージュに彩られた爪はぴくりともしなかった。空調の音が耳の中をぐるぐると回り始めた。
「与えられた環境の中で、って話だよねそれは」
「与えられた環境を見直さない限りはよりいいものなんてできないと思うのですが」
会議室が途端にぴりついた空気になる。空気清浄機は効かない。誰もレジュメをめくろうとしない。ぐるぐる、淀んだ空気が肺に入っては私を、私の耳をふさぐ。高い耳鳴りが神経をつんざく。
「いつもそんなふうに仕事を止められたら、仕事が滞って困るよ」
部長の苛ついた指がレジュメの端を潰して小さな音を立てていた。苦しくなって、肺が外の空気を求めていた。また視界が回って、音がよく聞こえなくなった。つなぎとめるように机の端を握りしめた。ひどく秒針の音が大きく響いて、それが自分の耳鳴りなのか時計から聞こえるものなのかわからなくなっていた。
「...申し訳ありません。私が無駄な口を挟んでしまいました。続けてください」
広瀬先輩の静かな声が耳に届いて顔を少し上げた。先輩の手はいつのまにか降ろされていて、机の上で揃えられていた。綺麗に塗られた爪が照明の光で白く光っていた。
「こちらこそ強く言ってしまい申し訳ないね。じゃあ次の案件については高橋くんから頼むよ」
さほど関心のなさそうな声で部長が言うが顔はレジュメに落とされたままだった。高橋さんが話しだした頃には元の間延びした空気に戻っていた。広瀬先輩の手は握りしめて白くなっていた。
私は酸素を求めて金魚のように小さく口を開けた。
底 乃すみ月花 @noriko0129
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