Chapter:4-3

「どうして……」

 

 純一が透音に声を掛けようとしたときだった。


「あははははははははははは――」


 総毛立つような高笑いが埠頭に響き渡る。笑う天使のなかに、純一が過ごしてきた透音の姿を一片も感じとることはできなかった。

 ばさり、透音はあちこちが焼け焦げたマントを脱ぎ捨てる。

 マントは潮風にはためきながら、暗い夜の空の中へと消えていった。そして、その中から白いブラウスに黒色のスカートを身につけた透音の姿が現れる。


「ばれちゃった」


 口元に笑みを残したまま、透音は言う。

 あまりの衝撃に純一の体から力が抜け落ちそうになるが、背中に感じる緋依の重みがそれを妨げた。


「まさかお互い、近い所で睨みあっていたとはな。まさに灯台下暗しってやつか」


 顔面蒼白な純一とは違い、動じない様相の守人は言い放った。


「ごきげんよう、佐治守人。いや、『モリト・ヴィナ=ノークス』と言った方がいいのかな?」


「その名前はもう捨てた。そういうお前も本当は『洲崎透音すざきとうね』、なんて名前じゃないんだろう」


「ええ、こんな人間を装った汚らわしいものよりも、もっといい響きのある名前よ」


 たった数行でしかないが、火花を散らすような激しい応酬。純一は身動きが取れなかった。

 守人と透音は互いにけん制しあうかのように更に言葉を続ける。


早瀬俊樹はやせとしきを殺したのはお前か?」


 純一はドキリとする。透音が天使であるというのであれば、あの殺人事件にかかわっていることになる。そんな事実を知らぬまま、自分、いやクラスメイト達は彼女と同じ場所で同じ時間を過ごしていたというのか。


「正体も知られたし、隠しても仕方ないか。そう、早瀬を〝殺った〟のはこのあたし。それもなるべく苦しまないよう一瞬でね。むしろ大変だったのはそのあと。人間たちにばれないようにあれこれ、気を回すのには苦労したわ」


 悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげに透音はあっさりと早瀬を殺したことを認めた。透音の自白を聞いた守人は剣を握る手に力を込める。


「でもさ、あんただってロマリオとグリッド……それにクラウディオを殺したんでしょ」


 今までに聞いたことのない透音の低い声に純一は鳥肌が立つ。そして彼らの戦いは避けられないものであると悟る。


「一人ひとりの名前と顔は一致しないが……そうだな。その三人は俺が〝始末〟した」


 売り言葉に買い言葉。守人がそう言い終えた瞬間、透音は平然としている守人めがけて赤黒い光弾を放つ。


 だが、守人は〈遮断領壁アイソレート・フィールド〉を展開してこれを防ぐ。黄緑色の幾何学的な模様の入った壁に当たった光弾が閃光と炎を伴って勢いよく爆裂した。


 展開した領壁を解消した守人は、透音に向けて反撃の魔法を放つ。


 カテゴリー:エレメント、中位魔法ミドルクラス刺突しとつ氷雨ひょうう


 いくつもの先端が鋭く尖った氷の塊が透音へと放たれた。だが、透音自身も守人と同じように〈遮断領壁〉を展開。守人の領壁の色が黄緑に対して透音のそれは白に近い、やや黄色がかった灰色味を帯びた象牙色アイボリー

 守人の放った氷塊は領壁に衝突し、細かく砕け散ると辺り一面に散らばる。しかし、守人はコンテナから飛び降りると、手に持つ白刃を透音の領壁に向けて思いきり振り下ろした。


 守人の振り下ろす刃は、展開したままの透音の領壁にそのままぶつかる。ギン、という鈍い音がしたかと思うと象牙色の領壁から火花が飛びだした。

 しかし、守人は一度は弾かれたその剣を領壁に押し当てる。刃先と領壁が触れ合う部分から火花が再び飛び出すと、ジジジという溶接が行われているような音が鳴り響いた。

 それを見ていた透音は軽く舌打ちすると、後方に大きく一歩身を退き、展開していた領壁を解消させる。


 カテゴリー:エレメント、中位魔法〈颶風ぐふうの圧縮波〉


 その行動を予期していたかのように守人は魔法を発動。透明な空気の塊が着地する前の透音の体にぶつかろうとしたときだった。


 地面にまだ足のついていないはずの透音の体が、突然空中に浮きあがる。それも三メートルは優に越す高さまで。

 純一はその光景に言葉も出せず、目を白黒させて見ているしかできなかった。


 それは天使が神より授かった力のひとつ。蒼空を自由に舞い、あらゆるものを頭上から御す、生物として完成された能力。透音の背中には一対の『羽』が生えていた。

 

 純一はその姿に目を奪われた。想像上の天使の羽とはまた違うが、人間には及びえないその力には神々しさすら覚える。たとえそれが、自分の命を狙う者であっても。

 

 守人が放った空気の塊が地面に落ちる。透音の魔法とまではいかないが、爆音と共にコンクリートが弾け飛び、小さなクレーターが出来上がっていた。


「『羽持ち』とは、権天使プリンシパリティか?」


 冷静な声で守人は言う。羽持ちとはいうものの、特殊な訓練を積めば、天上界に住まう天使は誰でも空を飛ぶことができる。


しかし、魔法を含めたそれらの能力は無制限ではない。


 同等の実力をもった天使の間における戦いの基本。――それは〝霊素〟の消耗戦である。

 天使は魂と呼ばれる器官から発生する霊素によって霊体が維持されている。そして魂から生みだされる霊素を自らの意思をもって外部に放出したものを魔法と呼ぶ。失った霊素は一日安静、もしくは第三者による回復魔法によって再び補充される。


 ある程度の霊素の消耗であれば体に異常をきたすことはなく、疲労感の蓄積程度で済む。だが魂の許容を越える過剰な霊素の消費は霊体にその揺り戻しが帰ってくる。なぜなら霊体を構成する霊素自体を魔法に変えて放出することになるからだ。


 いいかえれば、それは〝命を燃やして戦う〟ことでもある。


 このため天使は挌闘を交えつつ、霊素の消費が少ない魔法を選んで相手を攻撃する。防御魔法や空を飛ぶというのは数多ある魔法の中でも霊素の消費が著しい部類だ。そうやって相手を消耗させたうえで決定打を決めるというのが戦いなれた者の定石である。

 

 今のところ中位魔法ミドルクラス二回、上位魔法アッパークラス二回使用した守人に対して、透音は中位魔法を三回、上位魔法を二回。そして飛んでいる時間に比例して霊素を消費する〝羽〟を使っている。

 霊素の総量には個人差があるが、まだ自分には幾らか余裕があると守人は計算する。


「天上界から逃げたって聞いた時から思ってたんだけど、あんたってさぁ……」


 空中をふわふわと漂う透音は、地に足をつける守人を見下ろしながら言う。


「どうしようもないくらいの、馬鹿でしょ!」


 挑発するかのような発言とともに、透音は守人を蔑むかのように笑った。だが、守人は怒ることもなく、自嘲するかのように笑うこともしなかった。ただ、研ぎ澄まされた刃物のように鋭い気を放ちながら、空に浮かぶ敵を曇りのない眼で見据えていた。


「辞世の句はそれだけか?」


 低く、落ち着いた凄みのある声。守人は黙って剣を構える。その態度に気を悪くしたのか、透音は面白くないと言わんばかりの不満げな表情に変わる。


「ま、何をいっても無駄……ねっ!」


 透音は再度、守人に向けて爆炎弾をぶつける。今度は最初に放ったものよりも一回り小さいが、数が多い。守人が〈遮断領壁〉でそれらを受け止めても、いくつかは零れ落ち、派手に地面が吹き飛ぶ。舞い上がる土煙の中、守人は殺気を感じ取った。


 瞬間、守人の頭上から何かが振り下ろされる。魔法ではないと確信したその攻撃を、守人は咄嗟に剣を前に構えて防いだ。そして埠頭に硬い金属と金属がぶつかり合ったような甲高い音が鳴り響く。


 再びもとに戻った視界の中、純一はそこに広がる光景に目を見張った。

そこには互いに武器を携えた二人の天使が、鍔迫り合うようにして火花を散らしている。守人の特徴的な白刃の剣に対して、透音は奇妙な武具を手にしていた。


 透音の武器は一本の白く金色の装飾がほどこされた長い柄。それだけでは如意棒然り、棍のような打撃系の武器のようにも思える。だが、それだけではない。

 白い棍の両端には縦に長い歪な形の六角形のプレートが差し込まれており。真上、右斜め上、左斜め上にある六角形の辺に先に、これまた白く先端の尖った三枚の刃が伸びていた。それが両端にあるので合計して六枚の刃があることになる。


 人間の武器に近いものがあるとすれば、柄の両端に刃がついている双頭槍といったところであろうか。だが驚くべきことに刃とその台座となる六角形のプレートの間には隙間があり、刃が空中に浮いている。

 純一は天使に関しては既に原理とかあれこれ考えることをやめ、見たものをそのまま受け入れることにした。


「こいつは驚いた。まさか『聖櫃アーク』まで持っているとはな。俺と同じ『能天使パワーズ』もしくはそれ以上か……。いずれにしろ、ますますお前らの正体が気になる」


「もうあんたは『能天使パワーズ』じゃない。天に背いた愚かな叛逆天使……〝堕天使〟がっ!」


 鍔迫り合いを解いて、互いに距離をとった二人は、それぞれに向けて魔法を放つ。


カテゴリー:エレメント、上位魔法〈爆裂刺針イクスプロージョン・スティンガー


カテゴリー:エレメント、上位魔法〈氷結の戦鎚フローズン・ウォーハンマー


 透音の手から極細の火炎針が守人目がけて一直線に飛び出す。しかし、守人はどこからともなく現れた氷塊の戦鎚せんついを飛んでくる火炎針へ勢いよく振り下ろした。

 戦鎚が透音の火炎針を巻き込みながら地面に叩きつけられる。その瞬間、純一の足元がおぼつかないくらいに大地が大きく揺れ、大気をつんざくような地響きが轟く。だがそれだけに終わることはない。守人が振り下ろし、地面を大きく穿った氷塊は内部から閃光を伴って破裂する。


 弾け飛ぶ氷の破片とコンクリート片が、離れて様子を伺う純一の頭に降り注ぐ。だが、目の前で繰り広げられる死闘に阻まれているため、純一はその場から逃れることはできない。


(なんて苛烈な戦いなんだ)


 遠くから離れていてもいつ自分たちが巻き添えをくらうか分からない。一応、関係のある自分が戦いを見届けるのは問題ない。だが、こっちは背中に無関係な人物を背負っている。

 純一としては背中にいる緋依を一刻も早く安全な場所に連れていきたい。しかし、守人と透音の戦いを見ている限りではどちらも実力が拮抗しているように思える。このまま膠着した戦況がいつまで続くのか気が気でない。


 弾け飛んだ氷塊を消し去った守人は、剣を突き立てて透音に突進する。透音も自身のもつ双頭の槍でこれに応戦。

 ふたりの持つ『聖櫃アーク』と呼ばれる武器が互いにぶつかり合う。

 袈裟切りとばかりに振り下ろされる守人の刃を透音は寸でのところでかわす。そして下を向いていた槍の穂先を掬い上げるように振り上げた。その穂先の向かう先には守人の胴体が無防備に晒されている。

 だが、これに気付いた守人は何とか身を捩って回避。透音の槍は、守人の着ていたジャケットとシャツを引き裂いただけだった。


「なかなかいい反応するじゃない。候補生止まりであっても、戦闘に重きを置くイージスの国防部に所属していただけはあるね」


 割かれた衣服以外の損耗がないかを確認するため、体に手を当てる守人に透音は余裕を含む声で言った。


「お前も、その戦闘技術はどこで身につけたんだ?」


「…………」


透音は余裕を含んだ表情を変えることはなく、守人の質問に答えることはなかった。


「徹底した情報隠匿だな」


 そう言って守人は再び突っ込んでいくが、透音も自信ありげな表情のまま受けて立つ。色とりどりの魔法がぶつかり合った先程との戦闘とは違い、武具を用いた接近戦に切り替わる。互いに残された霊素の残量を考慮したうえでの切り替えであった。


 守人が振り下ろす剣は剛直ではあるが、一撃、一撃が重い。透音もそのことを察して、攻撃よりも回避に注力していた。しかし、守人の攻撃はその分、一振り一振りの隙も大きくなる。

 そのモーションの合間を縫って、透音は双頭の槍を振う。柄の両端のそれぞれ三方向を向く槍の穂先は守人の行動を絡めとるようだった。


 そんな火花散る血なまぐさい刀光剣影の状態ではあるが、純一にとっては好都合だった。魔法となどという予測不能な攻撃が一時的に止んだことで、この戦場から逃れるチャンスが巡って来たのだ。純一は逃避するのに最適な時を透音に悟られないように待っていた。


 現在、守人は北側にあるコンテナの山に、透音は南側の海に背を向けながら争っている。守人は今のところ戦闘に集中していて純一に声を掛ける余裕などない。だが、純一がこの場に居続けるのは好ましくなかった。


 偶然というのであろうか、一瞬だけ戦闘中に隙が生まれた。それは守人と透音の意図しなかったもの。好機とばかりに、守人はありったけの感情を込めて純一に視線を投げかける。


――今だ。俺に構わず後ろを通って逃げろ。


 暗い闇のなかでの戦闘で、それが届いたかどうかは守人には知る由もない。

 だが、純一は確かにそのアイコンタクトを受け取った。普段何を考えているのか分からない守人のことではあるが、その時だけは純一にも思考が以心伝心した。何とも言えない一体感と不思議な感覚に純一は包まれるようだった。

 

 相手は人間ではない、天使である。それなのに心がつながったとでも言うのか――


 感慨に浸っている時間はない。純一は守人に向けて大きく頷き、背中にいる緋依を背負いなおすと脱兎のごとく駆け出す。何の合図もなく駆け出した純一を見た透音の動きが一瞬だけ鈍る。守人は思わぬ相乗効果に少しだけ心が躍る。

 

 気を取られた透音が気付いたときには、右手を高く掲げた守人が目前まで迫っていた。咄嗟の判断で透音は槍の柄を上げて、来るであろう守人からの攻撃に備える。だが、振り下ろされた守人の右手には剣のない素手であった。

 

 しまった――


 はっとした透音の視線は守人の左手に吸い寄せられる。そこには先ほどまで右手にあった剣が握られており、自分の胸部を貫こうと迫りくる。守人は背後で剣を握る手を入れ替えていた。槍でガードしようにも、もう間に合わない。

 

 脱出しようとする純一の背後で何かが聞こえた。だが、振り向いてなどいられない。純一が崩壊した6番倉庫の前を過ぎようとしたときだった。

 カン、という音がしたかと思うと純一の背後から何かが地面を滑りながら追い抜く。警戒して目を凝らせばそれは、黒い柄を持ったダガーナイフであった。だが、片方の刃は何かに打ち付けられたかのように大きく刃こぼれしていた。


「危なかった……。あれがなかったら、いま、あたし死んでたわ」


 守人の意表をついた一閃を持っていたナイフで何とか耐え忍んだ透音は安堵した。目論見が外れた守人は悔しそうに舌打ちをする。


「悪運の強い奴だな」


「ふふっ、それを言うなら『神のご加護』でしょ。天命に従うあたしはあんたと違って、運さえも味方につけてるの。だから早く……諦めなさい」


「神様云々持ちだすのはこの世界にきてからやめることにしたんでな。これからは自分の力で道を切り拓いていく」


「はっ、馬鹿馬鹿しい。人間の救済者を気取ったあんたみたいな輩を打ち滅ぼすのがあたしの役目、いや使命!」


 槍を構えた透音の踏みきりと同時に、再び戦闘が開始される。先ほどまで防戦していた透音だったが今度は攻勢に出る。〝羽〟を使って真一文字に突き進む勢いと、振り回されて加わる慣性の力が合わさった一撃が守人の頭に落とされた。

 守人は透音の攻撃を剣で受けきると同時に、地面に膝をついた。ガードしてもその衝撃までは防げず、両手が痺れるようだった。

 リーチの差からして少しでも距離が離れれば、透音の方がより威力の高い一撃を出せる。そう判断した守人は自身も〝羽〟を使って透音との距離を詰めることにした。

 

 明かりの乏しい埠頭の闇に、象牙色と黄緑色の閃光が交差する。

 突如明るくなった周囲の様子に、未だ出口を求めて彷徨っていた純一はふと振り返る。夜の海の上に輝くような光が互いにぶつかり合う光景がそこには広がっていた。

 その光の正体が守人と透音であると気付くには多少の時間を要した。


(綺麗だ……)


 守人がそこで戦っているは百も承知であるが、そう思わずにはいられない。生身の生きた力と力がぶつかり合う光景。それは魂が放つ輝きにほかならない。


 天地無用の空中戦に突入した天使たちは、重力の檻をものともしない戦いを繰り広げる。激しく上下左右に立ち位置が入れ替わり、高速で繰り広げられる『聖櫃アーク』の打ち合い。


「あんたのやることはすべて無意味。天使たちに劣る人間を守るとか、本当は自分に酔ってるだけじゃないの?」


 戦いの最中、高揚した透音は守人へ蔑みの言葉を何度も投げかけた。もちろん守人の精神を揺さぶる心理作戦であるが、ほぼ十割がた本心から出たものである。だが、降りかかる言葉の嵐に守人は何も言い返さない。


「空も飛べやしない劣等種にんげんに、よくもそんな気をかけられ……」


 透音の罵詈雑言は途中で止まる。

 自分が揺さぶりをかけている、目の前の堕天使の瞳の中には強い意思の光が輝いていたことに気が付いた。しかし、同時に透音は見てしまう。


 ――守人の瞳の光の奥に広がる、底知れない深淵に。


 何もかも飲み込んでしまいそうなほどに空虚な穴。そしてそれは『地位』、『名誉』、『家柄』、『血統』、『安定した将来』、『仲間』、『恩師』、あまつさえ『自分の住む世界』も捨て去った闇。

 

 その上にただ一つ、己が定めた〝信念〟という至高の存在が守人にとっての唯一の光。そんな〝闇〟を抱えた奴が言葉程度で揺れるものであろうか。

 

 透音は早々に心理面で優位に立つことを諦める。これ以上は焼け石に水だと悟ったからだ。


「そう……そこまであんたが本気なら、こっちも本気を出さないとね」

 

 透音はため息混じりに言う。守人より上位魔法を使ったため、霊素の残量が危うくなってきた。このまま戦いが長引けば長引くほど透音は不利になっていく。

 空中に浮かぶ透音は、双頭の槍の片方の穂先を守人へ向けて突き出す。そして息を整え、《解放の言葉》を唱えた。


「『聖櫃アーク』、過剰発光オーバーシャイニング!」


「なっ⁉」

 

 すると透音の槍の三枚の穂先が分離、そしてそれぞれが独立した動きで守人に目がけて飛んでいった。今までにないほどに驚く守人だったが、すぐに正気を取り戻すと自身へ飛んでくる三つの槍の穂先に各個対処する。


 真っ直ぐ直線的に飛んできた一、二枚目をそのまま剣で叩き落とし、三枚目は羽を使った急上昇からそのまま一回転のとんぼ返り。遠心力で頭に血液が集中して眩暈がするが、守人は透音から距離をとる。

 守人を襲った槍の穂先たちは主である透音の周囲をくるくる回ると、鞘に収まるかのように透音の槍の柄へと戻っていった。


魂檻こんかんの一部開放か……」


 守人は目の前に立ちはだかる透音の能力の予測を上方修正せざるを得ない。なぜなら守人は自身の持つ『聖櫃アーク』に秘められた力を解放したことがなかった。この差は霊素の残量の優位性アドバンテージを遥かに凌駕する。


 だが、それでも守人は立ち向かわなければならなかった。遠距離、全方位対応型の透音の『聖櫃アーク』に自身が対抗するには、懐に飛び込んでの接近戦で挑むしかない。場合によってはこちらも〝奥の手〟を使うことになるかもしれないが。

 守人は呼吸を整えると、再び槍の穂先が飛んでくる前に透音に向かって決死の覚悟で飛び掛かる。


 ――しかし、守人は致命的なミスを犯していた。


 透音は自身が張った網に獲物がかかったかの如く、したり顔で頬を緩める。その冷たい笑みを見た守人は自分の犯したミスの大きさを思い知る。

 

 守人の真下、黒い海の中から透音の槍の穂先が突き破るように、突如出現。足元から守人に襲い掛かる。透音の持つ槍は双頭。つまり、穂先は〝六枚〟あるのだ。


「くっ! 〈遮断領アイソレート・フ――」


「もう遅いッ‼」


 いち早く察知した守人は咄嗟に防御魔法を展開しようとする。

 だが守人の領壁が現れたところで、槍の穂先は既に領壁の内側に入り込んでいた。そして、鉄壁をすり抜けた鋭い穂先の三撃が守人の体を切り裂く。



 それは一瞬の出来事。


 埠頭の先の海の上に飛ぶ二体の天使。その片方の体がゆらりと揺れたかと思うと、背中に生える羽が空気の中に溶けていくように消え去った。力を失った体に重力が更に降りかかる。


 そして堕天使もりとは暗い夜の海へと墜ちていった。

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