Chapter:2-1 邂逅
翌朝、昨日より早く家を出た純一は高速輸送シャトルを降り、学校へと通じるいつもの道を歩いていた。
次に純一が利用している高速輸送シャトル。これは中央管制の無人機で磁気浮動式の定員十数名の輸送システムである。天立市と隣接する都市からも路線が伸びていて、純一を含めた生徒や島を訪れる人の大半の足となっている。
最後は電導式超高速輸送〔通称リニアループ〕。減圧したチューブ内をリニアモーターによって平均時速七百五十キロメートルで移動できる長距離専用の交通システムである。他の二つに比べれば乗車賃が高いが、大都市間を短時間で移動できる利点を考えれば致し方ないだろう。ちなみにこのシステムを使えば札幌から博多までを約二時間半で移動できる。
昨日の放課後の出来事もあり、純一の気分は憂鬱だった。だからといって逃げ出すわけもいかない。それらの悩みは学校に着いてから考えようと、気分を持ちなおした時だった。
「山県君、おはよう」
声をかけられたことにドキリとするが、平静を装いつつ純一は声のするほうへと顔を向ける。……幸いなことに声を掛けたのは葵ではなく、緋依だった。
「おはよう、僅差で別のシャトルだったみたいだな」
内心、純一はほっとした。声を掛けてきたのが葵であったら、卒倒していただろう。しかし、相手が緋依だと分かると憂鬱な気分が晴れ、心が随分と軽くなった。
「そうだったみたい。ねえ山県君、ニュース見た? あのマンションの殺人事件の」
同じ地元に住んでいるため話題は当然、例の殺人事件になる。
純一は今朝もシャトルの発着場付近でマスコミの一行が事件のことを取材していた様子を思い出した。
「もちろんさ。今どき殺人とか物騒な事件だよ。というかあのマンション、朝霞の家から結構近くなかったか?」
「そう、だから家の周りを警察の人たちがいっぱい巡回してたよ。こうなるとお父さん、しばらく忙しくなるだろうな……」
緋依はそう言うと少しばかり俯いた。
その様子を見た純一は緋依の父親が警察官であったことを思い出す。何度か見かけたことがあったが、いかにも昔気質の真面目そうな人であった。自分の地元で起きた事件なら、なおさら捜査に入れ込むだろう。その間、独りで留守番していると考えると、緋依は寂しいのだろう。
「朝霞の親父さんが捕まえてくれるよ、きっと」
慰めの言葉をかけはしたが、果たしてどこまで伝わるだろうか。
だが、緋依はありがとう、と口から漏らすとまたいつもの笑顔を取り戻した。
「ところで山県君、昨日の天文研究同好会はどうだったの?」
少し嫌味っぽく緋依は純一に尋ねる。それを聞いた純一は苦虫を噛み潰したような表情になった。緋依と一緒に登校することに浮かれていた純一は昨日のことを忘れていた。だが、今の問いかけは、純一の心の平穏を再びかき乱すには十分すぎた。
「私、きのう演劇部の先輩に
その面倒事の一つに現在、純一は巻き込まれている。
「ああ、きのう身をもって思い知らされたよ……」
「なにかあったの?」
純一はため息まじりに昨日の騒動の一部始終を話した。もちろん胸の件は緋依には話せるはずがない。
「……さ、災難だったね。それで山県君は結局どうするの? このまま入るの?」
「まさか、冗談じゃない。でもあの先輩、素直に諦めてくれるかどうか……」
「そ、それだったら私と一緒に演――」
「じゅん・いち、くーん‼」
緋依が何かを言いかけたとき、底抜けに明るい声がそれを遮った。瞬時に純一の背筋に電撃が走る。
(よりにもよって、この時に…… 最悪だ)
純一は虚を衝かれたように狼狽えた。たった今、話題になっていた人物がまさかこのタイミングで現れるとは思いもよらなかった。
昨日、散々純一を疲弊させた張本人、御園生葵が大きく手を振りながら、純一めがけて走り寄って来る。しかもなぜか苗字ではなく名前を呼びながら。
これでは隣にいる緋依にいらぬ誤解を招いてしまうと純一はあたふたする。
そんな純一の危惧をつゆ知らず、学園一の美少女である葵の走り寄る姿はその場にいた生徒たちの目を奪っていた。
「純一くん、おはよう! ねえねえ、隣にいるのはもしかして彼女?」
開口一番とんでもないことを聞く葵とは対照的に、緋依は突然の出来事にきょとんとしていた。
「御園生先輩……おはようございます。こちらは同じクラスの子ですよ」
先輩なので無視するわけにもいかず、純一は素っ気なく返した。だがその時、緋依が少しだけ寂しそうな表情になったことに純一は気がつかなかった。
「へえ~。名前なんて言うの?」
純一の態度を歯牙にもかけず、葵は緋依に話しかけた。
「へっ? あ、朝霞、
「緋依ちゃんか。唐突だけど、天文研究同好会に入らない?」
またここでも勧誘か、と純一は思った。
だが緋依は演劇部にもう入部している。予算の関係から入れる部活動は一つまで。一つの部に籍を置いてある上での掛け持ちは可能ではあるが。
「すいません、私、もう演劇部にはいることを決めてて……」
「あーもう決めちゃってたか。それなら仕方ない。でも暇があったらうちの部活に遊びに来てね。いつでも歓迎するから。あっそうだ、演劇部の
「尾道先輩ですか……? わかりました、そう伝えておきます」
「よろしくねー、私もう行かないといけないの。昨日のことで生徒会から呼び出しもらってるんだ。まあ、時間はとっくに過ぎてて遅刻なんだけど……」
確かに昨日生徒会の榊田にそんなことを言われてたなと、純一は思いだした。
それでも、この先輩は堂々と学校の自治組織に挑戦状を叩き付けるあたり、ただ者ではない。
「先輩、早く行かないともっとまずいことになるんじゃないですか? 活動停止になったら先輩も笑っていられなくなりますよ」
その場を促すつもりで、純一は葵にやんわりと声を掛けた。
本当は天文研究同好会が活動停止になっても痛くも痒くもない。いや、むしろこのまま活動停止になってしまえ、と純一は思いもした。
「ねえ見てみて、純一くん」
葵はくるりと緋依に背を向けると、純一に向けて自身のWIDから画像を空中に表示する。その画像を目にした純一の表情は強張った。
(なっ、なんだこれ……⁉)
映されていたのは葵が純一の手を胸に押し当てているシーンだった。だが、純一が経験したものとは少し様子が違う。
そこに映る葵は手を後ろに組んでおり、純一が自らの意思で葵の胸に触れているとも思えるようだった。これじゃまるで純一が校舎内で淫行に及んでいるみたいではないか。
(いつこんなものを撮ったのか? いやそれ以前になんでこんな風になってんだ⁉)
動揺を隠しきれず青ざめる純一は、それは葵が合成したものであると瞬時には分からなかった。ただ分かるのは、それは葵の脅しであるということであった。
「じゃあ、もう行くね! あと純一くん、入部届早く送ってね」
葵はそう言うと、呆気にとられる純一と何が起こったのか分からない緋依を残してそのまま去っていった。
髪を大きく揺らして走るその後ろ姿は優雅に思えた。だが、残された純一の心は台風、もしくはハリケーンが通過した後の惨状と化していた。
「……とんでもない人に目を付けられちゃったね」
走り去っていく葵を見送りつつ、緋依は純一への同情の言葉を漏らした。
「ああ……」
途方に暮れた純一は開けたままの口から絞り出すように声を発した。不意に頭の中で、巣にかかった羽虫をゆっくりと調理する女郎蜘蛛のイメージが思い浮かぶ。
純一は背筋に一筋の雫が落ちたような感覚がして、身震いした。
「そうだ、山県君すっかり忘れてた」
二人の間に漂う重い空気を破るように、緋依が話を切り出す。鉛を背負ったような倦怠感に全身が支配されていた純一は緋依の救いの手に感謝した。
「きのうの帰りに発着場でシャトルが来るのを待ってたんだけど、同じ制服を着た人をホームに見かけたの」
純一だって学年は一緒ではないが、地元で何人か同じ学校に通う生徒を見かけたことがある。特段珍しいことではないはずだ。
「そりゃあ、俺だって何人か見たことあるさ。今まで見たことなかったのか?」
「そんなの私だってあるよ。でね、その人が
「誰だ、佐治って?」
当たり前のように緋依は口にするが純一は誰だか思い出せない。知り合いの中にもそんな苗字はなかったし、地元から通う生徒全員の名前など知るはずもない。
だが緋依が自信をもって話す様子から察するに、葵のようなお騒がせ有名人のことかもしれないと純一は思った。
しかし、緋依は非難めいたように眉を顰めた。
「もう。学校始まって二週間が経つのに、まだクラスメイトの名前覚えていないの?」
「佐治……あーいたね。俺の席からは離れてるからあんま喋ったことないな」
緋依に言われてはじめて、話題の人物がクラスメイトだと純一は思いだした。
だが純一は佐治を地元では見かけたことがなかった。ましてや同じ駅から通っていたことなど全く知らない。
「じゃあ、あいつもあの事件知ってるはずか。でもどこら辺に住んでるのかは聞いてみないと分かんないな」
「じゃあ、山県君が聞いてみてよ」
「え、なんで俺?」
「男同士なんだから私よりも聞きやすいでしょ。それに仲良くしておいたって損はないはずだよ」
「まあ、そうだよな。時間があって気が向いたら聞いてみるよ」
葵の脅しなどすっかり忘れた純一は、緋依と学校生活や授業についての話題に花を咲かせつつ、校舎の中へと入っていった。
✝
「おう山県、聞いたぜ。昨日、いろいろあったらしいな!」
純一が席に着いた途端、にやけ顔の|克人《かつと〕が話しかけてきた。
何が? と純一は言いたげな顔をさせながらも内心、話の予想はついていた。そんな純一を気にせず、克人は続ける。
「とぼけんなって。昨日の天文研究同好会の見学会であの御園生葵に気に入れられたそうじゃん! おまけに今朝も『純一くーん』とか下の名前で呼ばれてたって他の奴が言ってたぜ。全く、お前も隅に置けない奴だな」
なぜ噂という奴はこうも伝わるのが速いのか。純一は心の中で憂いた。
「……お前、全然分かってないな」
「?」
楽しそうに笑顔をみせる克人に純一は、きのうの放課後の出来事を語る。無論、胸の話は抜きだが。
「はははっ! お前も災難だったな。流石は『謹慎女王』だ、やることがちげーな」
緋依の反応とは違い、抱腹絶倒する克人を純一は恨みをこめた眼で睨んだ。『謹慎女王』とは適切なネーミングすぎて純一は笑う気も起こらない。
「先輩から聞いたんだが、とにかくこの学校でありとあらゆる問題を起こしているらしいな。外壁よじ登って生徒が校内に侵入した騒ぎがあっただろ? あれも御園生葵の仕業のひとつ。でもそれはまだほんの序の口だ。学校の警備システムをクラッキングして乗っ取ったり、DDoS攻撃を浴びせてサーバーダウンなんてのもやらかしたみたいだぜ」
前者の事件はまだ微笑ましい騒ぎかもしれないが、後者の二つは明らかな犯罪行為である。純一の心に不安が募る。
「やることが普通の高校生とはかけ離れすぎだろ。そこまで問題を起こしておいて、退学にならずに済んでるのか不思議なくらいだ」
「それがな、自分で事件を引き起こしたあとその後始末も自分でやるんだとさ。クラッキングの時は見つけたセキュリティーホールを埋めたり、DDoS攻撃でも自分で保護プログラムを開発したそうだ。おかげでこの学校のセキュリティーは国内でも屈指の強固さを持っているんだと」
自分が相手にしていたのはどうやらただの問題児などではないと分かり、純一は愕然とする。そしてあの画像がある限り、葵から逃げ切れないとも確信した。
「でも一歩離れて見ている分にはうらやましいぜ。美少女の問題児に追い掛け回されるなんて、まるでアニメみたいだな」
他人事のように克人は言うが、自宅にクラッキングやDDoS攻撃やなんてされたら目も当てられない。純一にだってPCの中に他人に見られたくないデータの一つや二つはある。
「勘弁してくれよ……」
純一は深刻そうに頭を抱えた。
「で、どうすんだ? 結局入部するのか?」
「それはない。あの先輩といたら絶対悪目立ちするし、現にもう生徒会や風紀委員に目をつけられたかもしれないんだよな……」
「頑張れよ。俺はお前と違って、健全な部活動に励むけどな」
(健全な部活動? それになんだ、克人のこの余裕の表情は)
克人の態度に違和感を覚えた純一は嫌な予感がした。
「お前……もしかして、きのう行ったハンドボール部に入るのか⁉」
「ご名答! いやー昨日は楽しかったわ。俺、初めてハンドボールやってみたけどこれがなかなか面白くってさ。先輩たちもいい人ばっかりでもう即決だったよ」
「それはよかったな。じゃあこれからの活躍を大いに期待してるよ」
先を越された口惜しさを滲ませながら純一は嫌味を言ってみたものの、負け犬の遠吠えであることは百も承知だ。
「あんがとよ。あっそうだ。唐突に聞くんだが、人を驚かすにはどうすればいいと思う?」
「なんだそりゃ?」
「御園生葵を驚かす方法だよ。試しに一年の何人かが彼女を驚かせようとしても、全部駄目。一笑に付されてあえなく撃沈。そのうち誰が一番最初に驚かせられるのか競うことになったんだとよ」
「ああ、あれか。さあな、俺はもとから興味がない」
後輩を使って退屈しのぎとは、実に酔狂な先輩である。
「そんなこと言うなって。『御園生葵への挑戦』って話題になってんだぜ。お前は……そんなことする必要がないからいいかもな」
「よせ、入るなんて一言も言ってないんだからな」
「山県も、いい部活に巡り合えることを祈ってるぜ。それじゃあ、ちょっと席を外すぜ」
堂々とした足取りで教室を出ていく克人の姿を純一はうらやましく思えた。ああも自分にぴったりなものを見つけられた運のよさに嫉妬すら感じる。克人がいなくなったため、話し相手がいなくなった純一は暇そうに教室を見回した。
四十人が籍を置く教室では、もう七割近くの生徒が登校していた。教室内は既に出来上がったいくつかのコミュニティで
昔ながらのあいうえお順の男女別に並べられた席順のため、純一の座っている席は窓際にある。離れた廊下側に緋依が仲の良い女子たちと楽しそうに談笑している様子が目にとまる。
このように席が離れているため、純一は緋依と学校で話す機会に恵まれていない。
緋依を見て、純一は今朝の会話を思い出した。
試しに「さ行」の苗字が集まる一帯を見回したが、話題に上がった佐治の姿は見当たらない。まだ学校には来ていないようだ。
入学式当日、最初のHRの時にクラス全員で一通り自己紹介をした。だが、佐治のそれは純一の印象には残るようなものではなく、おかげでどんな人物だったか記憶が曖昧だった。
手持無沙汰な純一は、比較的仲のよい連中が集まる一団を見つけて話題に入ろうかと席から立ち上がった時だった。
「ねえ、山県」
克人と入れ違いに、登校してきた
「あたし昨日ニュースで見たんだけど山県ってさ、あの殺人事件があったところの近くから学校来てるんだよね?」
「ああ。今朝だって空中に警戒ドローンやら飛び交ってたし、街中をパトカーが行きかったりと、町全体が落ち着かない様子だったよ」
今どきの高校生にしてはしっかりニュースを見てるんだな、と純一は感心した。
「へえ~。じゃあさ、事件現場も山県の知ってるところ?」
「もちろん。事件があったのは俺の家からそんなに遠くない高層マンションでさ。そっちの方は警察でごった返していて、大騒ぎになってるんだと。でも俺よりも朝霞の方が現場に近い所に住んでるから、もっと詳しい話を聞けるかもな」
「へぇー朝霞さんも同じところに住んでるんだ。でもまだ犯人捕まってないんでしょ? それって怖くない?」
異常な犯罪者がうろついていると考えると、その反応は普通だろうと純一は思った。だが純一にはいまいち危機感が湧かない。それどころか、本当に殺人があったかどうかでさえ実感することがなかった。
純一にとって事件というのはニュース越しにでしかみたことがない。今まで目の前で起きた事件らしい事件と言えば、中学時代に知り合いが高い所から足を踏み外して落下したことくらいか。
それに、現代では逃亡犯というもの自体が珍しい。発達した警戒網によって事件が起きても容疑者は半日も経たずに逮捕されるのが当たり前。
今回の事件は犯行が行われた日から既に四日が経っている。マスコミでは第四世代インフラの導入後では初めてのケースだともいわれていた。
優れた防犯装置の登場は犯罪の減少に役立っている。昔の犯罪件数は現在の倍以上だったといわれるのだから驚きである。それでも事件自体を防ぐことができないのは、人間自体の問題なのかもしれない。
「怖くはないかな。でも親にも言われたよ、人通りの多い所を歩きなさいってさ。でもすぐに捕まるだろ、こんな奴」
「簡単に捕まるかな? だってネットなんかだと犯人は幽霊とか噂にもなってる事件だよ」
「随分と事件のこと知ってんだな」
「言ったでしょ、あたしはオカルトが好きだって。だから幽霊の殺人なんて騒ぎになってるこの事件がすっごく気になるの」
褒めたつもりはなかったのだが、透音は少し照れていた。
「今どき珍しいな。ほとんどが空想、もしくは人間の錯覚だって結論づけられているのに」
前から思っていたことを純一は透音に言ってみた。
――この世界は理屈と数字で成り立っている。
それが純一の基本的な考え方である。同世代の子供からしたらそれは何とも夢のない奴だと思われるかもしれない。しかし、夢や希望すら否定するほど冷めた性格ではない。簡単に言えば根拠のない空想などが好きではないのである。
「あら、山県はオカルトとか超常現象とかは嫌い? でも存在しないって証明はまだされてないでしょ?」
「それは悪魔の証明ってやつさ。すべての出来事の真相なんかいちいち調べてられないから、そういうものがあるってことになっているんだよ」
純一がそう言うと透音は少しムッとした表情に変わる。少し言い過ぎたかな、と純一は自身の発言を振り返る。
「山県って夢がないよね。でもそういう人に限って、子供の頃はサンタクロースを信じてたりするものなんだよね」
「まあ確かに、昔は信じてたけど……」
透音の言う通り、純一は子供の頃サンタクロースの存在を信じていた。だが周りの人間と同様、年を重ねるにつれてその存在を信じなくなっていた。
「やっぱり信じてたじゃん。それと同じことよ」
透音は満足そうに顔をほころばせる。
「そんなものなのかね」
素直に納得できない純一は天井に視線を向ける。そんな純一を前に、透音は横目で楽しげに会話している緋依の姿を眺めた。
「……前から山県に聞きたかったんだけど、朝霞さんとはどういう関係なの?」
透音にとって緋依はただのクラスメイトでしかないが、純一とどのような関係であるのか前から気になっていた。だが透音の鋭い質問に純一は動揺を隠せなかった。
「いきなりとんでもないことを聞いてきたな。……関係といっても同じ地元に住んでて、小学五年の時から一緒のクラスだったんだよ」
「それって地味にすごくない? だって毎年クラス替えがあるんでしょ。五回もクラスが変わってるはずなのに一貫して同じクラスであり続けるなんて奇跡だよ」
「そうだな。でも高校は違うようになるはずだったんだが、結局同じになったし。そしてまた同じクラスになるんだから、不思議な縁だよな」
「で、朝霞さんのことはどう思ってるの?」
透音は純一の核心をつく。
「なんと言うか……そう、つかず離れずの関係ってところかな。向こうはどう思ってるのか分からないけど、俺はこの距離感がいいんじゃないかって思ってる」
透音の問いかけに、純一は嘘をついた。
「ふーん……じゃあ付き合ってるわけじゃないんだ?」
「端的に言えばそうなるな」
なんだか腑に落ちない表情の透音を前に、純一はあらためて緋依の様子を見た。学年が新しくなるたびに教室の左端から右端にいる緋依の姿は純一にとっては見慣れたものだった。
「じゃあさ、山県は今日の放課後はひま?」
何がじゃあ、なのかいまいち分からない純一だったが、特に予定はなかった。ただ敢えていうなら、どこかの部活の見学には行きたかった。
「授業の後は特に何も予定ないけど……」
「ほんと? だったら授業の後ふたりで、商業区画に遊びに行かない?」
「え、ふたりで?」
透音からの誘いに一瞬、純一は自分の耳を疑った。透音から遊びの誘いは何回か受けたことがあったが、二人だけというのは初めてだった。
「うん。あたしと二人だけじゃ何か不満?」
それが冷やかしでもなく本当だと確認したところで、純一は新鮮な出来事のように思えた。
「不満というより、突然すぎて驚いた」
今まで、とは言っても長くはないが、純一はそれほど女子にモテたことはない。普通に会話したり、多人数で遊んだりすることもあるが、恋愛経験はからっきしだった。
「それなら確定ってことでいいよね? そう言えばあたし、山県のID知らないや。ID教えて」
純一がWIDを操作すると、空中に暗号化されたIDが表示される。それを目の前にいる透音めがけて指で弾けば送信完了だ。一息つくと今度は透音のIDが送られてきた。
デフォルメされたUFOのアイコンがいかにも透音らしかった。そしてドーナツ型UFOが透音の好みらしい。対して純一はとりあえずと、考えなしに選んだ犬のアイコンを使用している。
これが高校生活というものなのかと、多難に思えた前途に純一は光明を見出す。そしてまたいつも通り、始業を告げる電子の鐘の音が教室に鳴り響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます