Chapter:4-5

「お前……」


 死んだと思っていたはずの守人がそこにはいた。海に落ちたためか、全身ずぶ濡れで髪からは海水が滴っている。

 だが、間違いない。佐治守人は生きていた。

 そう思った途端、純一は腰が抜けてその場にへたり込む。透音に向けて気張ってはいたものの、一気に体から抜け出たためだった。


「死んだんじゃ……」


「天使の頑丈さをなめるな、勝手に殺されちゃ困る。それに、天使は幽霊にならないんだから、ここいるのは紛れもない本物だ」


 ずぶ濡れの守人は、口元に笑いを浮かべながら軽口をたたく。その様子に呆気にとられていた純一だったが、守人と同じように頬を緩ませる。


 守人の言うことが初めて純一には可笑しいものに聞こえた。

 だが、そのやり取りを面白くない、いや忌々しげに見ていた人物がいた。


「死に損ないどもが……」


 守人の出現により、透音の表情は苦虫を噛むつぶしたものに変わる。尚早に勝利を確信して、ぬか喜びをしていた自分を愚かしく感じていた。

 しかし、守人に与えたダメージは軽くはないはず。今更、現れたところで戦況がそう簡単に覆るはずはない。


「で、運よく寿命が数分伸びたところで、あんたたちがあたしに敵うの?」


 これは虚勢などでは決してない、圧倒的な差からくる余裕というもの。そう自分に言い聞かせた透音は守人と純一に挑発の言葉を向ける。


 それを聞かされた純一も笑いを浮かべている場合ではなかった。

 隣にいる天使、守人をよくよく見てみれば左肩、右脇腹、左の太ももの部分の衣服が裂けている。そして裂けた部分から、滴り落ちる海水と混じって真っ赤な血がドクドクと流れ出ているのを純一は見てしまった。全身の血が凍りつくような痛々しい光景に、純一は思わず目を背ける。


「……その怪我は……」


 気遣ったところで、守人の苦痛は和らぐことはない。それでも、本人の容態を気にせずにはいられなかった。


「流石にあの時は急所を外すので精いっぱいだった。無事だと言えば嘘にはなるが、まあしばらくは何とか動けるだろう」


 守人は全身に襲い掛かる激痛をその顔に出すことはなかった。痛みを想像するだけでも純一は身震いがするのに、平然と立っていられる守人には驚愕するほかない。

それと同時に純一は守人の真意を察した。


――守人が戦える時間は限られている。その時間内に透音を倒さねば、今度こそ本当の終わりであるということを。


二度も奇跡や幸運は起こることはない。だからこそ、自分たちの力で起こすしかない。

そう思った純一は、へたり込むほど力の抜けた体に再び、活力が湧いてくるようだった。


「俺にできることなら何でもする。だから佐治、やるぞ――」


 輝きを取り戻した目で、純一は立ち上がる。


「ああ。俺も負けるためにここに来たんじゃないからな――」


 何ものも寄せ付けない信念を持つ守人であるが、純一の台詞には頼もしさを感じずにはいられなかった。


「ばっ・か・ばかしい‼ 死に損ないと、ただの劣等種に何ができるっていうの!」


 いてもたってもいられずに透音は攻勢に打って出る。

羽を使って天高く飛び上がると、どこからともなく現れた双頭の槍を守人の頭へと振り下ろす。突然の襲撃にも関わらず、守人と純一はそれぞれ左右に分かれるようにしてこれを回避。

 すかさず非力な純一に向かって透音は槍を振ろうとするが、反対側にいた守人が剣を振うことでその注意を反らした。


「協力するのは有り難いが、安全な場所に行ってろ!」


 守人は繰り返し言い放つが、純一もそれは重々承知している。物理ではどう考えたってかないっこない。ならばせめて別の手段で守人を支援していくしかない。


 再び切られた戦いの火蓋ではあるが、前ほどの苛烈な勢いはもうない。

 透音は魔法を使いすぎたことにより霊素がほとんど残されてはいない。一方の守人も致命傷とまではいかないが、透音に負わされた深手がある。


 互いに消耗してもなお、死力を尽くして戦う天使たちを純一は固唾を呑んで見守るしかできなかった。

 しかし、戦いの趨勢は透音にあると言わざるをえない。激しい槍と剣の打ち合いの末、守人は剣を地面に杖のように突き立てると、がっくりと地面に膝をついた。


「死にかけの体ではつらいでしょう? 今楽にしてあげる。ただし、あんたの魂は天へと昇ることはないでしょうけど」


 透音も息を切らしつつ、持っている槍を水平に構える。

 純一にはそれが、あの時のように穂先を飛ばす技であると瞬時に察知する。守人も純一と同じことを考えていたようだ。諦めの色は浮かべてはいないものの、対抗できないことに対する口惜しさの色がその目には浮かんでいた。


 最初の発動時には穂先が3枚だけであったが、今ではその数は6枚になっている。怪我のない平時でも、その数を捌いて透音の懐に入り込むのははっきり言って不可能。ましてやこの傷を負った体では、万に一つの可能性も残されてはいないだろう。

 だが、守人とは一蓮托生の関係となった純一もこのまま黙って見ている訳にはいかない。


(なにか、なにか有効な手は。透音の攻撃を何とか凌げて、接近できる手段は……)


 汗ばむ手を握りしめて純一は必死に頭を回転させる。この状況下で自身が打てる最高の一手、決め手となりうる一手を思考の海の中から探し求めていた。

だが、固く結んでいた拳は力なく解けてしまった。


……駄目だ、何もない。人間、いや、俺には何もできない……


愛しい人も、目の前で必死に戦っている友すらも、なにもできず、ただ見ているしか自分にはできないというのか。


(俺は……強くはない)


 辺りに漂う夜の帳が絶望の闇へと変わり、ゆっくりと純一の心を覆いだす。そして天使たちから外れた視線は、地面へと落ちていく――


 チカリ、目の端で何かが瞬いた。純一は慌ててその正体を追う。


……それは海に浮かぶ巨大人工浮遊島、『海月』から放たれる明かり。人間の科学が作りだした発光ダイオードの人口的な光だった。


……光


 ぼやけた思考の中に浮かんだ言葉。

古くから人間は光を崇拝してきた。様々な思想、宗教がこの世の中にはあるが、どれも聖なる対象としている。光そのものを悪とみなす思想を純一は未だ聞いたことがない。


 そして人間を含めたあらゆる生物は〝光〟がなければ生きていくことができない。天上界のことは何一つ知らないが、目の前にいる天使たちもそれは同じだろ う。

もし今が夜ではなくて、日光が降り注ぐ昼間であったとしたら結果は変わっていただろうか。確かに視認性は上がるが、それだけで守人が有利になることは考えにくい。だとしたら……


 ――何か、忘れていないか?


 突然、心の中で誰かが囁く。しかしそれは紛れもない自分自身の声。

 ならば、自分の中にまだ可能性があるとでもいうのか。

 純一は再び考える。昼間であればできたこと、光があればできたこと、光がない夜だからできないこと。


 光があれば使うことのできた作戦……いや〝道具〟――


 その瞬間、純一の全身に雷にでも打たれたかのような衝撃が走る。その衝撃は純一が受けた衝撃の中でも比較にならない最高レベルのものであった。


「佐治いっ!」


 純一は思わず叫ぶ。

目の前の透音の攻撃を今か今かと待ち構えていた守人であったが、純一の声は届いた。しかし、戦っている相手から目を離すわけにもいかない。その点は純一も察していた。


「……光だ! お前のその羽で周囲を明るく照らすんだ!」


 意図の全く読めない純一の要求に守人は心の中で戸惑う。しかし、それは対面していた透音も同じであった。


「なんかもう気の毒、恐怖でおかしくなったのかしら。なんてか弱い生き物……哀れね」


 呆れたように透音は言い放つ。しかし、守人は別のことを考えていた。


 本当におかしくなったのであれば、あんなに明確な要求をしてくるはずがない。それに、あいつがあんな風に俺に要求してきたのは初めてのことだ。


だったら山県純一、俺はお前を信じる――


 守人は純一に言う通り、羽を展開させた。細長く、薄いガラス細工のような一対の羽が背中に現れる。

 すぐさま薄い黄緑色の光が周囲を明るく照らしだす。さすがに昼間の太陽とは比べ物にはならないが、夜の闇を消し去るには十分な光量。

 本音を言えば、残り少ない霊素を消費したくなかった。しかし、守人は躊躇わない。たとえこれが最後の一撃になろうとも、誰かを信じた結果であればそれもまた一つの結末。それに、誰かに頼られるのも案外悪くはない。


「それじゃあ、これが本当の最後。……『聖櫃アーク過剰発光オーバーシャイニング!」


 透音の掛け声を合図として、槍の両端に備わる六枚の穂先が一斉に分離。

 同時に、純一は左手から何かを外すと、二人の天使が睨みあう場所向けて、地面低く滑らすように放り投げた。


(5、4……)


 純一は心の中でカウントダウンする。槍の穂先は透音の体をくるくる数回、逡巡するように回ると一斉に守人へ向けて飛びたつ。


(3、2……)


 守人は黙って剣を構える。これから純一が何かを起こしてくれると信じて。


(1……頼むっ! どうか成功してくれ――)


 純一は心の中で祈った。純一が考えた作戦は、自身も未だに試したことのないもの。いわゆる、イチかバチかの賭けだ。

 空中に放り投げられた〝何か〟は一瞬だけ輝く。


電子擬態デジタル・ミミック限界突破オーバードライブ!》


 透音の槍が守人に迫るその手前、突如得体のしれない人影が出現。思わず、透音は解き放った穂先を自身のもとへと引っ込める。


「なに……これ……」


 予想だにしていない光景に透音は狼狽える。

なぜなら、あたりには無数の佐治守人の姿が映しだされ、映し出された佐治の像はそれぞれが全く別の動作をしていた。

 

 あるものは登下校中なのか周りの様子を気にもせずに普通に歩き、また別のものは戦闘中、この前の戦いの様子だろうか。とにかく、異なるシーンでの佐治の様子を再現した立体映像ホログラムがそこかしこにランダムに投影されていた。


「いったい何のつもり、ふざけてないでまともに戦いなさい!!」


 突然の事態に戸惑う透音は声を荒げる。だが、映し出される佐治の像は透音に対して何の反応もすることはなかった。


――成功、したのか――?


 事態が呑み込めていない透音をよそに、純一は目の前で起こっている現象を冷静に分析していた。

 だが、それは紛れもなく純一が狙っていた通りの現象だった。


 電子擬態デジタル・ミミック限界突破オーバードライブ――それは、着用者の行動を無作為に、そして同時に立体映像として投影させるものであった。

 通常の電子擬態は着用者に対して、異なる立体映像を覆いかぶせることによって別の姿に擬態することができる。だが、それには立体映像を覆いかぶせるために着用者の正確な身長や体格を事前にデータとして登録しておかなければならない。無論、純一は守人のデータを登録している。ほかにも純一が守人に擬態するために、着用している守人の行動も電子擬態は記録していた。


 つまり、純一はそのデータを使って、無数の守人の立体映像を投影させていたのだ。もちろん、複数の像をランダムに投影させる限界突破オーバードライブは電子擬態の内臓バッテリーを大幅に消費する。もって10、いや8秒が限界だろう。


 それでも、死闘を繰り広げる2体の天使には十分すぎる時間であった。


 天使には魔法を感知する能力がある。だがそれは、あくまでも魔法を使った時に限られる話。科学の力で偽りの像を複製する電子擬態では、どれが本物の佐治守人であるか透音には瞬時に判断することができない。


「くそっ!!」


 過剰発光した『聖櫃アーク』の6枚のうちの3枚の刃が、佐治守人たちの立体映像に飛び込んでいった。だが、当然ながら一枚の刃もの守人の体を貫くことはなかった。


「……!!」


 複製された守人の像の中から、立体映像ではない守人本人が飛び出す。飛び出した勢いそのままに、守人は自身の持つ白刃の剣、『聖櫃』を一直線に透音の体の中心目がけて貫かんとしていた。


「馬鹿ね! あんたの考えくらい、読めないあたしじゃないの」


 守人の出現を予測していたかのように透音は、『聖櫃』の槍に残っていた3枚の刃を守人目がけて発射する。

 だが、一度やられた攻撃に対処できないほど守人は消耗していない。すぐさま白刃を振るい、透音の槍の刃を3枚とも弾き飛ばす。そして、透音の最後の抵抗は守人の勢いを削ぐことかなわず、守人の白刃が透音の胴体を貫きかけたその時だった。


「まだっ、こんなところで死ぬわけにはいかない!!」


 甲高い音があたりにつんざく。純一は思わず耳をふさいだ。

 霊力を大量に使用した魔法を連発した透音だったが、残された力を使い〈遮断領壁アイソレート・フィールド〉を発動。守人の攻撃はすんでのところで防がれてしまった。


 守人の『聖櫃』と透音の〈遮断領壁〉がぶつかり合う接点から大量の火花が吹き出していた。激しく散らす火花は消耗していく天使の命そのもの。


「残念ね、あんたの決死の一撃は届かない。そして、本当に最後に勝つのは……このあたしっ!!」


 透音は勝ち誇ったように叫ぶと、左手にもった刃のない双頭の槍を〈遮断領壁〉越しに守人へと向けた。同時に、6つの鈍い光が守人の背後できらめく。

 純一が先ほど発動させた電子擬態デジタル・ミミック限界突破オーバードライブで透音が飛ばした3枚と、守人が弾き飛ばした残りの3枚の刃が今にも守人の背中を刺し貫こうと勢いよく迫っていた。


 守人が背後の刃を何とかしようとすれば、透音は〈遮断領壁〉を解除し、守人目がけて渾身の魔法を叩き込むことができる。仮に守人が透音の〈遮断領壁〉を破ろうにしても、透音の残された霊力からすれば、〈遮断領壁〉が消失するまでにあと15秒は持ちこたえられる。それだけあれば、6つの刃は守人の脳、頸動脈、心臓、肺、肝臓すべてを切り刻むには十分だ。


 ――洲崎透音は今度こそ、勝利を確信した。


 だが、絶対絶命の状況下で、堕天使は不敵に笑む――


「俺は……ここで終わらない。先に進まないといけないんでね…… 」


「はあ? 」


 カテゴリー:エクストラ、等位不明アンノウン霊素壊散ファンタジア・デモリッション


 守人の『聖櫃』は黄緑色の光に包まれる。その輝きは雷をまとったように、荒々しく、バチバチと音を立てながら、周囲の空気に放電しているようにも見えた。だが、守人が切り札として出したこの技は、派手なだけではない。


 守人の白刃を防ぎ、火花を散していた透音の〈遮断領壁アイソレート・フィールド〉は突如、その役目を終えた。それは決して、透音が〈遮断領壁〉を解除したのではない、正確には守人の『聖櫃』が透音の象牙色アイボリーに光る防御壁に穴をあけたのだった。


 発動者の霊力を込めた、何もかもを拒絶する防御壁。発動者の霊力の限界を超えない限り、無敵の防御を誇る天使にとって唯一の防御魔法、それが遮断領壁アイソレート・フィールド〉だ。

 もちろん、透音の霊力としてもごく僅かであるが、霊力の余裕があった。それに、霊力の限界がきた〈遮断領壁〉はひび割れた後に砕け散る。

 それなのに、守人は透音との間に立ちはだかる壁に難なく穴をあけてしまった。


「なによ、それ……」


 予想外の出来事に一瞬だが、虚を突かれた透音は狼狽うろたえる。だが、

彼女は天上界から遣わされた刺客、このまま黙ってやられるほど軟弱な精神を持ち合わせていなかった。


「はあああああああああああああああああああああっ!!」


 穂先のない槍の柄を力の限り、透音は振るう。たとえ、〈遮断領壁〉が破られようとも、守人の攻撃を何発か凌ぐことさえできれば、自身が操作する槍の穂先が後は何とかしてくれよう。

 当然ながら守人もそのことを承知している。切り札を使い、相手の魔法を破った以上、最後は己の力でこの場を打開するほかにすべはない。


 守人と透音が振るう『聖櫃』は激しくぶつかり合う――だが、互いに振るう武器に込められた力は僅かなものであった。


 ギン!


 空を掻き切るように、2つの物体は弧を描くようにして、天使たちから離れていく。


「「くっ――!! 」」


 互いの手から離れ、飛んで行った『聖櫃』を手元に呼び寄せるのは天使にとっては造作もない。だが、そんな悠長なことはしていられない。そのことを一瞬のうちに判断したうえで、いかにして相手にとどめを刺すか。守人と透音は互いに同じことを考えていた。


カテゴリー:エレメント、上位魔法〈爆裂イクスプロージョン――〉

カテゴリー:エクストラ、等位不明アンノウン霊素ファンタジア……〉


 死力を尽くす最後の一撃。ほとんど同時に、至近距離で魔法を発動させることは、相討ちを想起させる。だが、現実はそうならなかった。


 ぐらり。


 守人の視界が一瞬、揺らぐ。


(こんなときに……)


 心の中で守人は舌打ちする。透音に負わされた傷からの出血が多すぎた。そのためか、ごくわずかに守人の魔法の発動が遅れる。

 今から防御魔法に変えたところで、透音の魔法を防げる保証はない。それを見越しての上位魔法なのだろう。やはり、天は透音の味方をしているようだ。


 打つ手なし――か。


 だが、運には見放されても、守人には味方が他にもいる。


「これをっ!! 使えええっ、佐治いいい!!!!」


 背後からの声に、守人は開眼する。


 山県純一。《電子擬態デジタル・ミミック限界突破オーバードライブ!》だけでなく、またも俺の窮地を救おうとしてくれるとは。


 純一の声が届いた、守人の胸の中が熱くなる。同時に純一の台詞の真意を読み取る。使えといったのであれば、純一は何かを投げてよこしたのだろう。

 目の前に対峙する透音から背後の純一へ守人は目を移す。戦闘中に相手から目を離すことは死を意味することを理解しつつも、守人は純一にすべてを賭けることにした。


……空中にきらりと光る物体が、ゆっくりと回転しながらこちらへと近づいてくる。それを見る守人は純一のよこしたものの正体を即座に見抜き、覚悟を決めた。だが――


カテゴリー:エレメント、上位魔法〈爆裂刺針イクスプロージョン・スティンガー


 透音の魔法が発動し、守人を中心として、凄まじい爆音と爆轟、そして焼け付くような灼熱が純一のもとへ押し寄せる。純一は反射的に両腕で顔面を覆う。


 あんな攻撃をまともにくらったら、ただじゃすまないどころか、生きてはいられない。不安と絶望に胸がつまり、純一はその場に立っているだけで精いっぱいだった。


「佐治……」


 やっとのことで絞り出せた声もかすれて、堤防に打ち寄せる波の音にかき消されそうなほどにか弱いものであった。


(さすがにこれで、カタが付いたはず) 


 己が発した魔法の爆炎を見つめながも、透音の心から疑いが晴れることはなかった。戦いの最中で守人がみせたしぶとさに、苦渋を飲ませられたゆえ、仕方のないものであろう。


 朽ちたコンクリートが灼けた異臭が漂い、煌煌と燃える炎をはさんで、純一と透音は互いに同じことを考えていた。佐治守人の安否を――。


 刹那、それまで激しく燃え盛っていた炎が揺れ、同時に一筋の影が炎の中から飛び出す。


 紛れもなく、それは佐治守人、彼に間違いなかった。


「なんで……」


 呆気にとられる透音へと、守人は一直線に突っ込んでいく。しかも、その右手に何かを握りしめて。


「そ、それは……」


 守人が握りしめていたもの。それは、片刃が欠けたダガーナイフ。それは、透音の魔法の前に純一が守人に向けて放り投げたものだった。透音と守人の戦いの中で、守人の不意の一撃を弾いたあのダガーナイフは、偶然にも純一のすぐ近くに飛んで行ったのであった。それを純一は拾い上げ、守人へと投げ渡したのであった。


 優勢に変わりはないと信じ切っていた透音の自信はひび割れ、砕け散る。同じくして、顔色が一気に青ざめ、死への恐怖に怯える。

 そんな、透音をよそに守人は確実に一歩、また一歩と距離を詰めていく。その瞳には、これから行おうとすることへの決意、そして結末を見届ける覚悟を宿していた。

 

「……そんな、この私が、負ける……なんて――」

「どうかその魂に、永久とわの安らぎがあらんことを――」


 守人の伸ばした右手が、透音の胸の中心を貫く。

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