第6話 ワイン瓶に生ける枝

ワイン瓶(ボトル)に生ける枝


気絶から目覚めた月曜日の朝、いつものようにワイン瓶に囲まれている日常を取り戻す。

白いノースリーブに白い短パンを履き、日の丸のハチマキをしめてランニングに出かける。新橋の朝の匂いを感じながら小さな路地を何本も抜けて、西新橋のはずれにある小料理屋に入る。毎週月曜日の朝、ここで小島さんと会うことにしている。村松というマグロの定食を食べながら、一週間の報告をする。小島さんからは、今週行われる主な取引の概要、治安上の留意点について説明を受ける。


いつものようにご馳走してもらい、小島さんを見送ると、雑居ビルの1階へ戻り、黒いシャツに赤いエプロンをする。仕込みのため向かいの飲食ビルの2階へ向かう。いつものようにカウンターに立ち、サングリアを作りながら、今日も五島列島の鮮魚を待つ。

僕の名前はヨシタカ。ヨシタカさんはもう1人の僕であり、ヨッシーが僕である。


夜になると、みんながカウンターに集まって来てくれる。ワインと刺身でもてなしながら、新橋の物語に耳を傾ける。客がすいてくると窓際に立ち、赤ワイン片手に雑居ビルを見つめる。


いつだったか、バルと雑居ビルの境界の路地に今にも吹き飛ばされそうな枝が落ちていた。どこからともなく僕の足元に現れたこの枝をなんとなく拾って帰った。もしかしたら芽を出すかもしれないと思い、空のワイン瓶に水を入れて生けてあげた。小窓のそばに置き、カーテンをサッと開けると、枝が少し動いてバルの方を見ているような気がした。バルの窓に目を向けると、ワイン片手にこちらを見ている自分と目が合い、脳が揺れた。


解離性同一性障害と向き合って3年。ようやく、もう1人の自分の存在を現実として受け止めようとしている。

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