-第43訓- 女子は男の過去を知りたがる
「で、――――七里クンの元カノどれ?」
きた。さっき過った懸念はこれだ。聞かれるかもとは思っていたが、やっぱり聞かれた。
「え! 七里の元カノあたしも見たい!」
「おおー! ななっちゃんの元カノ見てぇー」
さて、どうしようかね。
「そんなやつはおらん」
と言ってみたものの「はいウソぉー」と見破られた。なぜだ。
「私知ってるんだから。だよねイナっち?」
話を振られ稲村は「おう」と答えた。おうじゃねぇよ。
「っていうかさ、何でお前知ってんの? 特に話してないよな?」
「見てりゃわかるよ。あとその発言が答えになってるぞ」
しまった……いや、見てわかるもんなのか? こいつの勘の良さ異常ではあるけど。
「で、どれどれ~? 同じクラスー?」
遠慮なく倉高さんが卒アルを押し付けてくる。うるせぇな。
「……違う。これ」
俺は観念して違うクラスのページを開き、元カノの写真を指さす。
するとみんなこぞって卒アルに顔を近づける
「わ。かわいい……!」
「ね! こういうタイプ好きなんだ! いがーい!」
腰越さんと倉高さんがリアクションする。本当にそう思ってるかは知らんが。
女っていうのは何にでも「かわいい~」と発言する生き物だ。
動物園や水族館に行ったら第一声は「かわいい~」。これはそこにいる動物が可愛いというより、可愛いと言ってる自分が可愛いのだ。
髪を切ったクラスメイト女子には朝一番で「かわいい~」。これはたとえその髪型がどう見ても微妙で前の方が良かったとしても、こう言わないといけないのが女の世界の法律なのだ。
男子たちがいるところで自分の隣にいる女友達に対しても「かわいい~」。これはもうその子を自分より格下だと踏んで自分を引き立てるための発言だ。
だから女子の言う「かわいい~」を必ずしもポジティブに受け取ってはいけない。俺の元カノが本当に可愛いかどうかは知らんが、たとえブスでも彼女たちは可愛いと言うのだろう。
「ねね! どれくらい付き合ってたの? プリとか残ってたら見せてー!」
「連絡とか取ってないのー? インスタは相互フォロー? だったら見せて!」
矢継ぎ早に要求をぶつけられる。
何でこう女は男の過去やパーソナルを知りたがるのか。
大して仲良くもない男に対してすらこうなのだから、恋人や好きな男にはもう容赦はない。
相手のSNSなんて初投稿まで遡って全部見るのは当たり前で、新規の投稿はすぐ確認できるように通知設定するし、平気で相手の恋愛遍歴、友人関係、家族構成まで全部聞いて把握しようとしてくるし、一人で考えたい事にもずけずけと踏み込んでくるのを良しとしている。
もちろん全員が全員そうとは言わないが、男女比でみたら圧倒的に女子の方がそういう傾向が強い。
相手のSNSを見たって、パーソナルを探ったって、悩みを共有したってほとんどどちらにも良いことはない。それどころかそれによって凹んだり、価値観の違いや劣等感を抱いたり、余計な悩みが増えたりすることの方が多い。
知らぬが仏は確実にある――――それがわかっているから男は基本的にそんなことはしない。
しかし女はやめない。わかっていないからやめない。いやわかっていてもやめられないのだろう。
――――これも女の、特性だから。
「つーかこの隣の子もめっちゃ可愛くね?」
女子たちの質問に答える前に、稲村が横から入って俺の元カノとは全然関係ない女子を指さした。
「どれよどれよー? あー、いや俺はこっちのが好き!」
「マジかよ。長谷はほんとこういう派手なの好きなー」
「いやいやイナっちの子地味すぎね? 話しかけても絶対リアクション薄いタイプ」
「それがいいんだろ。この子は絶対いい子。雰囲気でわかる。長谷の子はたぶん軽い」
「んだとー? こういう地味なのに限って裏でヤバいんだよ!」
「ふざけろし。この子の悪口言うんじゃねー!」
よくわからんうちに稲村と長谷のバトルが始まっていた。まぁバトルというよりノリでじゃれ合ってるだけだが。
「いやどっちの子もイナっちや長谷ちんの子じゃないし。何様?」
「女子をそういう風に言うのサイテー」
男子のこういうノリは女子たちへの好感は低く、腰越さんと倉高さんから注意が入った。
「何でだよー? さっき二人も似たようなことやってたじゃんか」
「そうだそうだー。キャーイケメン! 抱いて! みたいな」
お、珍しく男子たちが女子たちに反論した。
そんなこんなで「最低」「何でだよ」を繰り返してくれるうちに俺の元カノへの関心は逸れていった。ラッキー。
しかし俺はそれを眺めているうちに一つのことに感づいた。
……まさか稲村、これ狙ってやってくれたのか。
×××
「本当にここでいいの? みんな家まで送るわよ?」
すっかり陽も暮れかけ、ハイエースでJRの駅までみんなを送った。
もうみんな車から降りているというのに、こーこちゃんは運転席からもう何度目だってくらいに同じことを確認していた。
「大丈夫です! もう良くなったし、みんなもいるんで! 本当にありがとうございました!」
元気を取り戻した楽寺さんがいの一番で答える。
「あらそう? でも楽寺ちゃんだけでも送るわよ? ね?」
こーこちゃんは振り返って助手席の俺に訊いてきた。
ね? って言われてもな。
「ええじゃろ電車で帰る言うとるんじゃから。しつこいわ」
こうとしか答えられん。こんだけ断られてんだからよ。
「そ、そう? じゃあ本当に気を付けてね? 何かあったら連絡してね?」
やっとこさ折れたこーこちゃんだが最後の最後まで楽寺さんに心配の声を残す。
「はい! うちの親にも連絡して最寄り駅まで迎えに来てもらうので本当に大丈夫です! 七里もありがと! じゃあね!」
「七里じゃあなー」
「ばいばーい。また新学期に学校で!」
彼ら彼女らの別れの挨拶に「おー」と手を挙げて返すと、皆は駅の改札へと向かっていった。
しかし一人だけが踵を返し、早歩きでこちらに戻ってきた。
「あの、今日は本当にありがとうございました」
まさかの鵠沼だ。律儀に頭まで下げてやがる。いつもの男みたいな口調はどこかに消え失せているし。これもある種のぶりっ子じゃねぇか?
「いいのよいいのよ! 大事にならなくて本当によかったわ。鵠沼ちゃんも帰り気を付けてね」
「はい。……」
鵠沼はそう答えた後、なぜか俺の方に目を向けてきた。
んだよ。こっち見んな。
「――ありがと」
は……?
正直、驚いた。この女が俺に礼を言う日が来るとは思わなんだ。
「じゃあ、失礼します」
それだけ言うと、とっとと皆のもとへ帰っていった。
……気色悪っ。いっつも俺を逆なでることばっか言ってくるくせによ。
楽寺さんに言われるのは分かるが、別にお前を助けたわけじゃねぇ。
「鵠沼ちゃんって、すごいできた子ね」
車のエンジンをつけ、来た道を帰る二人きりになったハイエースの中で、こーこちゃんがぽつりと呟く。
「そうかの? ちょっと最後に礼を言っただけじゃろ」
「それだけじゃないわよ。楽寺ちゃんがダウンしてる間、ずっとあの子が看病してたのよ?」
へー。そういえば、最後まで鵠沼は俺の部屋に来なかったな。ただ単に俺の部屋に行きたくなかっただけじゃねぇの?
「途中で楽寺ちゃんが何度も『迷惑かけてごめんね』って言ってる中ずっと静かに寄り添って励まし続けてたんだから。彼女の身の回りのこと全部やっちゃうから私も出る幕なくて。『お母さんはお仕事に戻ってください』とか言ってくれちゃうし」
はー。あいつ大人に対してはむちゃくちゃいい顔すんな。そういうところも嫌いだわー。
「あんた、嫁にするならああいう子にしなさいね」
「絶っ対に嫌じゃ」
これ、こーこちゃんの口癖。ドラマとか観てても女優を指して『嫁にするならこういう子にしなさい』って死ぬほど言われてきた。それドラマの役だからな。現実にいないからな。
「あ、他に好きな子いるんだっけ。ならその子にしなさい」
ほらな。もう誰でもいいんだよこの人。これが言いたいだけ。
……っていうかちょっと待て。
「俺、好きな人いるなんて言ってねぇけど。つーかいねぇけど」
何を急に変なこと言ってんだこのおばさん。
「いるでしょ嘘つくんじゃないわよ。そんなの言われなくてもわかるわ。あんたの母親何年やってると思ってんの」
「普通に16年だろうが。俺16なんじゃから」
「あ、そっか。で、誰よ? だとしたらあの中にいるわよね~。あ、ちょっと待って当てるから」
こーこちゃんの中で勝手に俺には好きな人がいてそれを当てるゲームが始まった。
「んー、楽寺ちゃん! あんたが女の子のために私を呼びつけるなんてなかったもの! あ、でもだったら看病してポイント稼ぐはずだからたぶん違うわね」
ポイント稼ぐって酷い言い方だなおい。
「あー、倉高ちゃんはあんたのこと好きっぽい感じした! けどあれたぶんからかってるだけね。やり手な雰囲気あったし、あの子は将来有望よ~」
おお、結構見えてるじゃねぇか。やはり女には女を見抜く力があるのだろうか。
「腰越ちゃんは……あんたああいう子恋愛対象として見ないでしょ。あの感じちょっと私と同種というか、私に似てるのよね~」
似てるか? 外見はもちろん全然違うし、こーこちゃん元ギャルでもないし。
でも言われてみたら性格は、というか女子としての立ち位置的な部分は近いものがあるのかもしれない。グループのリーダーの補佐役的な。青レンジャー的な。
「岸ちゃんとはまだあんまり仲良くないでしょあんた」
そうね。今日初めて話したし。というかどいつとも仲良くはないけどな。
というかよく全員の名前覚えてんな。その記憶力他で活かせよ。
「あとは鵠沼ちゃん……もしかしてあんたの好きな人、あの中にいない?」
「……。あの中にもその中にもどの中にもおらん言うてるじゃろ」
全然話聞いてないのよこのおばさんは。勝手に一人で盛り上がってるだけで。
「あらそう……てっきりいるんだと思ってた」
「なんで? 何を根拠にそんな風に思うんじゃ?」
「いや、ここ最近何か楽しそうだからてっきり」
理由になってねんだけど。なら好きな人いないと楽しくなさそうなのかよ。
「どこがだよ。家でもいつも通りだろ」
「えー、どう見ても楽しそうだったじゃない。それにこんな感じで男女仲良く遊んでるなんて知らなかったし、それ見てやっぱり! って思ったけど」
「いやどういう理論でやっぱりなんだそれ。意味わからん」
「理論って。あんた相変わらず女を分かってないわね。そんなんじゃ結婚できないわよ?」
「俺、結婚しねぇし」
これもよく言われるわ。そしたら必ずこう返すと決まっている。
申し訳ねぇが、七里家は俺の代で断絶するんだ。
「ふっ。するわよどうせ」
七里家断絶にはちょっとした罪悪感があったのだが、簡単に鼻で笑われた。
あれ。いつもはここで「可哀そうな男ね」とか言われて終わるのに、今日は違う。
「いや何でだよ」
つうかそれだと結婚できないのかできるのかどっちだよ。話がおかしくなってる。
「あんたも所詮、
薫とは、七里薫……俺の親父の名前だ。
「いや意味わかんね。どういう理屈?」
親父の息子だと結婚するの? 親父も結婚しないつもりだったけど結婚したってこと? それは親父というより嫁のあんたがそうさせたんじゃねぇの? だったら親父の息子ってのは理由にならん。
「出た理屈。さっきは理論。その前は根拠」
ため息交じりにこーこちゃんは呟いた。
「――そんなんだから、男はいつまで経っても女を理解できないのよ」
そんな意味深なことを言って、ハイエースを走らせる。
それに返す言葉もないというか、もう返すのも面倒になって「ふーん」と言って会話を終わらすと、外はすっかり暮れてしまっていた。
海岸線に出るとお盆の帰省ラッシュに交じってしまい、信号の度に渋滞にはまる。
その後は特に会話もなく、俺はカーステをいじり、Bluetoothで音楽をかける。
シャフルで出てきた曲は椎名林檎の「長く短い祭」。林檎嬢の独特な声色とオートチューンの相性が絶妙な夏のナンバーだ。
こーこちゃんは好きなこの曲を口ずさみ、俺は窓の外に目を向け頬杖をつく。
車内からは暗くなった海の波長も、晩夏の夜空に広がる星々もよく見えなかった。
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