-第31訓- 女子は愛して恋して会いたくてな音楽を好む
「ご子息、フジロックの記事出てんよ」
「ほほ。今年ヒップホップ勢が多かったみたいの。そっちは大ちゃんのが詳しいだろ」
「うーん、最近バンバン新しい人出てくんよ。今やラップしてなくてもヒップホップってジャンルになるかんなー」
「確かにライブでギター弾くやつとかもいるしな。あー、金あったら行くのにのぉ。大学生までの辛抱か」
「いやいや、とっとと高校なんかやめてうちで稼ぎなって。な?」
「あのな……」
今日は俺も大ちゃんも仕事が休みだったため、二人で遊びに出かけた。
ここは俺の通う予備校もある隣町で大ちゃんの地元。横浜や川崎ほどではないが、そこそこ栄えており、今はそこにあるタワーレコードに来ている。
俺も大ちゃんも好きな音楽のジャンルは異なるが何かこう、マッチョイズムの強い音楽が好きなのは共通しているので話が合う。
逆に俺の周りでこの手の音楽を聴く女子を見たことがない。こういうところも俺が女と相容れない一端なのかもしれん。
あいつら女は愛だの恋だの会いたいだの……頭の中お花畑なJ-POPしか聴かねぇ。
『君を守りたい』『寄せては返すこの想い』『移りゆく季節の中で』『そばにいたい』……なぜか女はこのへんの単語でできてる曲を好む習性がある。あとパスタ。
よくもまぁこんな過去に売れたラブソングの歌詞を焼き直してるだけのインスタントラーメンみたいな楽曲を好むもんだ。
たまに洋楽好きとか言い始める女子もいるが、せいぜい流行りに乗せられて歌姫系を聴いてる程度。もしくは彼氏の影響で聴いているだけ。どうせ別れたら全然聴かなくなって、「あー、これ元カレが好きだった曲だー」とか言って恋愛経験自慢するネタにする始末。ったく、これだから女は嫌いだ。
「ご子息この後どする?
レコードと音楽雑誌を購入したところで大ちゃんが笑顔で提案してきた。
「いや俺、酒は飲まん」
「んだよノリ悪ィな! 俺の後輩も呼ぶからさ! みんなご子息に会いたがってんだよ!」
「うそつけ。お前の後輩って中学生のヤンキーだろ? 別に会いたくねぇし、それにな、俺はザルじゃ。酒飲んで酔ったことなどない。あんなの無駄に金かかるだけのジュースでしかねぇ」
俺の親父は酒豪、母親は感情の起伏なく延々と飲んでいるタイプ。その間に生まれたサラブレットたる俺は超絶ザルな体質で、酒をいくら飲んでも全く酔わない。
だけど酒って別に美味いとも思わないし、高校生にとっちゃ高い飲み物だし、いちいちトイレ近くなるし、飲むメリットがまるでない。というかそもそも、俺らは未成年である。
「あー、それ親方が飲み会で言ってたわ。仕事から帰ったら、留守番してた小学生のご子息に家で作ってた梅酒全部飲まれてて、なのに全然酔っぱらってなかったって」
そんな話したのかあのクソ親父……つーか、飲み会でこいつには酒飲ませてないだろうな? コンプライアンス的に問題になるぞ経営者さんよ。
しかし懐かしいなそれ。俺、あれをマジでジュースだと勘違いして飲んでたんだよ。うち、冷蔵庫には麦茶と牛乳しか常備されてない家だから物珍しくて。あるだろこういう家庭。風邪ひいた時にだけスポーツ飲料は買ってもらえる的な。
「とりあえずドトール行かねー? ヤニ吸いてんだわ」
……こいつ、まだヤンキー抜け切れてねぇなぁ。一応もう社会人なんだからちゃんとしろよ。
そうさな。まずはこの俺を見習え。俺は酒もタバコも、そして女すらやらないという優等生っぷりだぜ? ……少し、育ちと口が悪いだけで。
×××
「ナナリー。こないだのテストどぉーだったぁ?」
今日は予備校にて、初日に行ったテストの結果が返ってきた。
俺はもう以前のように鵠沼たちの近くに席を構えることはなく、後方の席に独りで座っていたのだが、柳小路さんがわざわざ話しかけてきた。
「え? いや、どうかな……」
ってかナナリーって何だよ。俺の苗字の読み方間違えてるぞ。さては国語が苦手だな? 理系を選択することをおすすめする。
あと、君は用済み。鵠沼に嫌がらせしたかっただけだから。もう話しかけてこなくていいよ。
「ってか何でナナリーはこの席にいるのぉ? こっちの席おいでよぉ」
くそ、めんどくせ……前回仲良くなったフリをしたツケが回ってきたか。
「あ、今日メガネなんだねぇー」
「ん? あー……」
俺は普段、学校でも授業中はメガネをしている。予備校初日も授業中はしてたんだけどな。
「あー、あれだよ。俺遠視だから黒板近すぎると見づらいんだよ」
その場しのぎとはいえ、適当な嘘をついてしまった。本当は近視だし。
「そぉなの? じゃあしょうがなぁい」
しょうがないんだ。良かった。
「それよりテストテスト。私の点数って偏差値的にどうなんだろうなぁと思ってぇ」
確かに講師の人も平均点とか教えてくれなかったな。
すると、さらっと柳小路さんは解答用紙を見せてくる。ほほう。
「……別に大丈夫じゃない? ほら俺も柳小路さんとさして変わらないし」
俺も解答用紙を取り出して彼女に見せる。柳小路さんの点数よりほんの少し高い程度のこの点数に、俺はそんな危機感は抱いていない。
「だよねぇ。いやぁ、げぬーなんてほぼ満点だったから不安になっちゃって」
……は? はぁ!?
「あの子頭いいからねぇ。良かったぁ、この点数でもセーフセーフ」
いや、アウトだ。完全にアウトだ。俺があんな頭悪そうな女に負けただと? 有り得ない。
「なぎ、そんなのと絡んでないでこっち戻れ」
前の席から鵠沼が柳小路さんを呼ぶ。それに彼女は「はいはぁい」と戻っていった。
「もぉ、げぬーはナナリーに対してちょっと当たりキツくなぁい? ケンカするほどなんとやらってうやつかもしれないけどさぁ」
それでも女子二人の会話が耳に入ってくる。
「……なぎ、いいかげんにしないとさすがに怒るよ?」
ほんとだぜ。柳小路さんの勘違いが甚だしくてマジ困る。さすがに俺らの険悪なムードを察しろ。
……いや、まぁ、こうなったのは俺のせいでもあるけど。
「またまたぁ~」
「…………はぁ」
それでも察せない彼女に対して鵠沼は辟易する。
「ってか私とナナリーほとんど同じだったよ点数。やっぱ私が低いんじゃなくてげぬーが高すぎるんだよぉ」
あ、バカ、俺の点数まで言うなって……。
「そんなことねぇよ。アタシが普通。あんたらがバカ」
……今、あんた「ら」って言った? 今、俺もバカにされた?
「げぬー酷ぉい。私に直球すぎでしょぉ」
「今さら気ぃ遣う間柄でもねぇだろ」
「やだぁ、げぬーかっこいいぃ。付き合おっか?」
「なぎと付き合うとちょっとめんどそう」
「ひどぉい!」
女子二人でイチャついていたが、今の俺にはそれを鑑賞して楽しむ余裕などなかった。
鵠沼……てっきりこいつは勉強できないから親に無理やり予備校に通わされてるタイプだと思い込んでた。
「……ねえ。聞いていいかな?」
クッソ……俺に対してあんな幼稚なイジメをするやつが俺より勉強ができるだと? ふざけんな。イジメなんかするやつが勉強できる世界なんて間違っている。次は必ず勝つ……!
「え、シカト? ねえねえ、聞いてる?」
俺が雪辱に燃えていると、横から知らない男子に肩を叩かれた。
「あぁ!? あ、さーせん……何、かな?」
つい声を大きくしてしまった。やっべ。
「こわ……あ、あのさ、柳小路って子と友達なの?」
その男子は俺の耳元で小声で訊いてきた。
いや、友達ではないけど。つーか誰だこいつ。
「できたら……紹介してくんない? 俺のことあの柳小路って子に」
……え? どゆこと? ショウカイって何? 英語で言うとイントロデュース的なアレのこと?
俺が彼の真意を考えあぐねていると、それを察したのか、そいつは一言付け加えた。
「いや、可愛いなと思ってさ……」
頬をかきながら、照れくさそうに言う。
……ああ、そういうことか。
俺、そういう紹介とかしたことないからピンとこなかったわ。
「あー……」
俺は鵠沼と楽しそうに会話している柳小路さんに目を向ける。
確かに、改めて見ると……柳小路さんは結構可愛いのかもしれない。
鵠沼の友達という時点である種の拒否反応を抱いていたのか、今までそういう目線で彼女を見たことがなかった。
いつもポンパドールでおでこを出しているその下の顔は整っているし、たれ目のおかげでその笑顔からは人一倍あの妙な柔らかさも感じられ、鵠沼とは真逆で威圧感など微塵もない。
身長は一六〇くらい。体型は普通。胸はまあまあある。足はスキニーのジーンズ穿いてるから良く変わらないが、脚フェチ俺の脳内スカウターではそれほど悪い数字は出ていない。
というかよく考えれば、認めたくはないがうちの学年の女ボスだけあって見た目だけならまぁマシな鵠沼の隣にいても、遜色ない容姿を彼女はしている。
むしろ鵠沼という比較対象がそばにいる分、柳小路さんの柔らかな雰囲気はより一層際立っていると云えよう。
……なるほど。これなら男が放っておかないのも頷ける。
でも俺は別に柳小路さんとは友達ではない。あとこういうのちょっとめんどい。
「ああ、わかった。そのうち、ね」
なので俺は適当に答えた。そのうちが来るのかどうかは保障しない。
「マジ!? さんきゅ! いい人じゃん! 俺、小田学園の
いや、俺そんな名前じゃないんだけど……全部柳小路さんのせいだ。あのたれ目デコ女め。
「ああ、よろしく……ってか
俺は彼と同じ高校に進学した友人の名前を上げる。
「えっ! 知ってる! 超知ってる! ウェスでしょ? 同じクラスだし!」
「マジか。あいつ高校で大丈夫なん? いつ退学になってもおかしくないでしょ?」
小田学院はうちの学区にある私立の男子校である。特進クラスと進学クラスの二つがあり、スポーツが盛んで全国大会常連の運動部がいくつもある。高校入試の時、俺が併願校として受けた学校だ。今の高校受かったから行かなかったけど。
「ははは。確かにそうだけど大丈夫じゃない? 弱小だったうちのアメフト部じゃ救世主的存在だし、あのキャラなのも相まって何やっても先生に許されるから」
そのへんの処世術だけは一流だからなぁあいつ。中学ん時もどう先生たちを説得したか知らんが大して日本語読めないのに定期テストとか何だかんだクリアしてたもんよ。
そして峰原くんとやらは「ってかさ」と腕を組んで言ってきた。
「ウェスって何であんな女いるの? うち男子校だよ? 中学からそうなん? めっちゃ羨ましんだけど」
中学からそう。やつはそういう男だ。生粋の女誑しだし。
あ、なるほど。峰原くんは男子校で出会いがない分、予備校でもがっついてるってわけか。でも、
「男子校ってそんな出会いないの? 女子高とよく合コンするとか聞いたことあるけど」
逆に共学校は合コンとか全くない。俺が誘われてないだけかもしれんが。
「ん~、たまーにあるけど、金だけ飛んで終わりってパターンほとんど。はは」
彼は空しそうに笑う。所詮この世はタダ飯食いたいだけの乞食女ばっかってことだな。そら笑うしかないわ。
「ってか共学なんだ! いーなー。マジ高校の選択ミスったわー。出会い放題だもんんなー。羨ましー」
出会い放題ってのは語弊がある。そんな恋愛リアリティーショーみたいな場所ではない。男子校の生徒の共学への憧れは少し夢見がちである。
「そんなことないけど……。それにトラブルとか色々あるし」
毎日顔を合わせなきゃいけないせいで俺のように女子を敵に回したり、稲村みたいに揉めたり、和田塚くんみたいに玉砕して高校生活自体終了しかけるパターンもあり得る。
「いやー、それも含めて青春じゃん。いいなー」
「…………」
そういうのを男子校の生徒は実感できないのだろう。恋愛関係の揉め方は中学とはレベルが違うぞ。
今思ったけど二年になってからはほんとトラブル続きだな。いい加減にしてほしいぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。