-第13訓- 女子は体裁やステータスで人間を計る
俺は言った、和田塚くんは昔の俺にどこか似ていると。
かといって昔の俺は彼のように優しげではなかったし、今思えば結構ヤンチャなこともしていた……というより巻き込まれていたというべきか。
ともあれ、似ているという表現は少し違うかもしれない。
今とは比べ物にならないが、そもそも当時から女への不信感は抱いていた。
だが俺は負けた。当時の俺は女への不信感よりも、思春という異性への好奇心を優先させてしまった。理性よりも欲望を選んだ結果、このザマだ。
惨めな思いをして、プライドをズタズタにされて、それでも泣き寝入りするしかなくて。
二度とあんな過ちを繰り返さない。そう誓って、俺はミソジニストになったのだ。
×××
「何がそんなに可笑しいんか聞いとんじゃ――――ブスどもが」
それ程ではないとはいえ、蒸し暑い日本の雨季だというのに教室の空気は妙に冷えていた。
たった一つの、俺の言葉によって。
「ブ……!?」
「は、はぁ!?」
「何であんたにそんなこと言われなくちゃいけないの!?
予想通り、俺にブスだと言われたのを皮切りに彼女らは血色を変える。
「あんたの方が大した顔してないでしょ。鏡見てみたらって感じ。ねぇみんな?」
「それ。しかも何? みんなこの人と話したこととかないよね? ってか普段大人しいくせにキャラ変わりすぎじゃない?」
「イナっちたちと仲良いからって何か調子乗ってんじゃね?」
そしてお返しとばかりに今度は一気に俺を責め立てる。
しかし、お気づきだろうか。
こいつら大して俺にほとんど目を向けず、女子同士で円卓会議でもするように、確認し合うような疑問系でしか俺を罵倒しない。
こういうところに個人の弱さが垣間見える。相変わらず女は集団でいないと何もできねぇな。
要は自分一人で俺を攻めるのは怖いから、お仲間と思いを共有し、虎の威を借りつつ安心して俺を攻めたいのだろう。
まぁそうしたい気持ちはわからんでもない。楽なんだよな、そういう喧嘩の仕方。
自分の発言に責任を持たなくて済むし、自分一人だけに集中して言い返されることもない。守りながら攻撃ができるというある種の発明ともいえる。
……だがこのやり方には一つ穴がある。それはこいつら全員キツネだということ。残念ながらお前らの中に威を借る対象、肝心要のトラがいねぇんだ。
「……けっ。普段のキャラとか、誰とつるんでるとか、そういう体裁やステータスで人間を計るあたりが実に〝女〟らしいのぉ」
ジャイアンが傍にいないスネ夫が何人集まろうが、雑魚は雑魚のまま。ママの名前でも叫んでいやがれ。
「は……? 女らしい?」
「何言ってんのこの人? 意味わかんなくない?」
「ってか喋り方変じゃない? 田舎の人なの? きも」
どうやら、俺の言葉が理解できないらしい。文字通りお話にならない。
というより、まともに俺に言い返せないから、変なところで揚げ足を取ろうとしているのだろう。
……くっだらね。
さすがキツネの
そう、キツネだ。動物だ。お前らみたいな女はな――――人間じゃねぇんだ。
だから人間の言葉がわからなくて会話ができないんだろう?
そんな風に思っている中でもこの女狐どもはギャーギャーと俺への罵倒を続けている。
こうやって揚げ足を取ってくるという手段を選ばない段階に入ると張りぼての勢いとはいえなかなかに厄介にはなる。これでは何を言い返してもさらに見当違いなことを言い返され、話がどんどんズレていく。そして大抵の男はここでどうしようもなくなって「もういいわ話にならん」と撤退せざるを得なくなる。
だが俺は違う。俺は知っているのだ、この勢いだけになった女子グループを一発で黙らせる方法を。
——ミソジニストを、ナメるなよ。
俺の横には誰も座っていない誰かの席の椅子がある。用意するものはこれだけでいい。
あとは簡単だ。俺はポケットに手を突っ込んだまま右足を上げてそれらを――――蹴とばした。
するとドンガラガッシャンと大きな音が室内に響き渡り、椅子は隣の席にぶつかり、ガタンと倒れ込む。
その音にあんだけ騒いでいた女子たちがキャッと声を上げ、急に黙り込んだ。というかクラス中が黙り込んでこちらに注目していた。
女という生き物は普段デカい声でぺちゃくちゃしゃべる癖に、こういう暴力を匂わせたデカい音鳴らすと悲鳴を上げてから途端に静かになる習性がある。俺はそれを利用しただけ。
「……やあっと静かになったのぉ。君たちが静かになるまで三分かかりましたー」
小学校の先生の常套句を並べ、俺は一歩彼女ら近づく。
するとあっちは体をのけ反らせる。これは頼みの綱だった勢いがこの一瞬で完全に消えたという証左。静かになるのに三分どころか三秒もかかってないだろというツッコミもできない。
「男の想いを、ヘラヘラ笑ってんじゃねぇぞ……!」
俺も昔、あの女に振られた後、陰でこう言う風に笑われていたのだろう。
嘘の理由で振られて、あっさりとそれを信じて承諾した俺を。
まぁ確かにお笑いもんだ。騙された俺自身、お前は底なしのバカだと自分を何度も攻め続けたくらいだ。
だがな、俺を笑っていいのは俺だけだ。他人に、ましてや女にまで嘲笑われる筋合いはねぇ。
だから和田塚くんの失恋を笑うこいつらには、無性に腹が立った。
何よりそういうことで男がどれだけ傷つくかをこいつらは知るべきだ。
「お前らの中にはおるんか? 相手に手が届かないとわかっていても、それでも追いかけ続けたことが」
ねぇだろ。ねぇからそんな風に笑えんだ。
そんなてめえらなんぞが何を知っていると言うんだ。
「フラれると覚悟がありながらも、諦めなかったことが」
ねぇだろ。ねぇからそんな風にバカにできんだ。
そんなてめぇらなんぞに、何の資格があるってんだ。
「恥も外聞も捨てて、周りの雑音も気にしないで、告白をしたことが」
ねぇだろ。ねぇんだよ。お前らには何もねぇ。
そんなてめぇらみてぇな人間に害悪をもたらす動物はな――――駆除されるべきなんだ。
「自分から告白もしねぇで待ってるだけの受身でいる女が、そんな人間をバカにする権利あるんか? あ? そうやって大した努力もしてないくせに高みの見物して、あげく男の背中を指差してあざ笑うとか、反吐が出んじゃタコ」
椅子を蹴飛ばすという脅しにより完全に沈黙した女子たちに対して、エンジンのかかりきった俺は殺し文句の応酬を浴びせ迫っていく。
「だいたいお前らに和田塚くんのことバカにできるほどのご立派な恋愛経験でもあるんかのぉ? どうせねぇだろそのツラじゃ。ブスはブスらしくその汚ぇツラ周りに見せねぇように慎ましく生活しt」
「――いいかげんにしろ」
俺がマシンガンのように女子たちをディスりまくっていると、その間に横から一人の女が入ってきた。もう少しでトドメだったのに。
「……あんだまたてめぇか。お前には関係ない話じゃ言うとるじゃろ、何度も言わせんなカス」
出たなクソ女。相変わらずいいタイミングで入ってきやがるウゼぇやつだ。
「関係あンだろ。友達が暴言吐かれて、黙ってられるか」
友達? こいつらとも仲良しなのかお前。どうでもいいけど。
彼女は相変わらず、ミソジニーに入った俺に対してさえ一歩も引かない。
言うなればこの女はさっきの彼女たちとは違い、キツネじゃない。
てめぇらが威を借るべきはこいつだったのかもな。
「みんな大丈夫? こいつ何も知らないくせにわかったようなこと言うイタいやつだから」
女子たちに背中で守るようにそう言うこの女こそ、このクラスの女子を統括する、まさしく虎――――鵠沼。
颯爽といいタイミングで登場したり、女子たちにお優しい台詞吐いたり、正義の味方気取りかよ。
まったく、女は何かにつけて男を悪者扱いしやがる。
まぁでも今回は別に構わん。俺の言い回しはいかにも悪者のそれっぽいし、正義の味方があっさり勝つよりも、悪の手先が粘りに粘るほう展開の方が燃えるお年頃。
――バイキンマンが勝つと喜ぶタイプなんだよ、俺は。
「暴言だぁ? 本人に直接言わず裏でこそこそ陰口叩いてるてめぇら女どもにそんなこと言われる筋合いはないのぉ」
俺は悪役全開で正義の味方さんを口撃する。しかし、
「ふん。陰口叩かれるようなことする男がバカなンだよ。分不相応なことしてっから叩かれンだっつーの。そんなこともわからないとか頭悪すぎ。死んだほうがいい」
……おい。こいつはこいつですげぇ口が悪いし考え方悪魔すぎんだろ。正義の味方どこいった。
「バカなのも死んだほうがいいのもてめぇの方だ。男はな、周りの目ばっか気にしてびくびく生きてるてめぇら女とは違ぇんだよブス」
「さっきからブスブスって馬鹿の一つ覚えかよ。女子を目でしか判断できねェ上に見る目もねェとかほんと底があっさい男」
俺と鵠沼は目線で火花を散らす。
こいつは一度叩きのめさないといかんな。いい機会だ。ここで説き伏せてやる……!
俺はだらしなく体の力を抜き、「へっ」とバカにするように口角を上げる。
「……ほうじゃ、女なんて所詮見た目じゃ。それはお前ら女が一番よく知っとるじゃろ」
俺は、あえて鵠沼の意見に乗っかった。それはもう最低な男という感じで。
「はぁ? 何言ってンだお前。ほんとクズ」
予想通りの反応。まぁそうだろう。『女は見た目』だなんて女自身が公の場では賛同などできないし、したくもないだろうからな。だが、
「じゃあ何で女は化粧するんだ? 何で写真盛るんだ? 何でしょっちゅうエステだのサロンだの行くんだ? 何でいっつもダイエットしてんだ? 何で整形したいと言い出すんだ? 何でショッピングモールには女向けの服屋ばっかなんだ?」
そう、この答えが全て一つに直結する。
「――これこそお前ら女が見た目良くすることに余念がねぇ証拠じゃねぇか。それは女自身、『女は見た目』だってことに心のどこかで気づいとるからじゃろ」
……決まった。
どうだクソ女、返せるもんなら返してみやがれ――――と思った矢先、ポンっと誰かが俺の肩に手を置いてきた。
「……んだよ邪魔すんな」
振り返るとそこには稲村が立っていた。
「まままま、落ち着けって。あ、鵠沼さんもね」
それに対し鵠沼は「……ふんっ。出たよ理詰め」と鼻を鳴らし、俺から視線を外した。
そして稲村は俺に耳打ちしてきた。
「あと七里、お前は言いすぎ。謝っとけ」
はぁ? 何で俺がそんなことしなくちゃいけねんだよ。
「あー、谷戸たちごめんね。こいつめっちゃ口悪いけど、小学生的なアレだから。好きな子イジメちゃう的な。だから気にしないでな」
なぜか代わりに稲村がその女子らに謝っていた。
何でお前が……っていうか小学生的なアレって何だよ。ふざけんな。
「こいつブスブス言うけどちゃんと人選んでこういうこと言ってるからさ。ほら、実際アレな子にそんなこと言っちゃったら洒落にならねーじゃん? だから気にしないでいいぜ」
色々とフォローを入れまくる稲村の口のうまさには感服するが、何か納得いかん。洒落のつもりなど毛頭ない。つまりハゲ。……洒落ってのはこういうやつのことを言うんだ。
しかしその甲斐あって女子たちも気が収まったらしく、
「別に気にしてないけど……」
「っていうかどうでもいいし」
「イナっちちゃんと管理してよーこの人」
わかったわかったと女子たちに笑顔を向け「だから和田塚くんのこともね、あんま言うのやめようぜ。な?」と諭す稲村。
「ちっ……」
そんな様子を見ていたらどうにも気が削がれてしまい、俺はしれっとその場を離れて自分の席に戻った。ま、こんだけやれば和田塚くんの悪口を言うやつらはいなくなるだろうし。
「……はぁ」
と、一息つくと、丁度和田塚くんが教室に戻ってきたのが見えた。
それに気づいたクラスメイトは何もなかったように振舞うが、彼もさすがに変な雰囲気を感じたのか、少し動揺した面持で自席に戻る。
……あっぶね。この点は良かったな、頭に血が上って和田塚くんが帰ってくることを考えていなかった。あんな現場を見られたら変に気を遣わせてしまう。
まぁでも、あとで誰かから話聞いてお礼とか言いに来るんだろうな。そういうの要らねぇからマジで……。
そもそも俺は実際、和田塚くんのためにこんなことをしたわけではない。
確かに和田塚くんを引き合いには出した。でもそれは本当に引き合いにすぎなかったのだ。
「七里くん」
席に座って頬杖をついていると、背中から声をかけられた。
「……なに? 由比さん」
俺は振り向かず、スマホを取り出しながら応えた。
よく今の俺に話しかけられるな。まぁでもこの状況で俺に話しかけてくる女子がいるとすれば、彼女くらいだろう。
「びっくりしたよ。あんな酷いこと、あんなにはっきり言うなんて……」
「そうか」
確かに俺のああいう姿は鵠沼たちにこそ見せたことがあるが、由比さんや他のクラスメイトに見せたのは初めてだったな。
悪いが、あれが本当の俺だ。
俺は腐った女みてぇにネットや陰でグチグチ言ってるだけの根暗なミソジニストもどきとは違う。言いたいことをは直接本人にはっきり言う。それが俺のスタイル。
幻滅したか? ならそれでいい。だからもう俺に構わないでくれ。
「女嫌い、直そうよ……」
「……はっ」
つい変な笑い声が出てしまった。まだそんなこと言ってんのか。そもそもそれな、根本がおかしいんだよ。
「――直すべきは俺の女嫌いじゃのぉて、女のあの陰湿さとか無神経さとか、そういうのじゃないかの?」
そう、俺が女を嫌いなのは、恋愛が絡むと発動するああいった女の特性のせいなのだ。
由比さんを振ったあとの鵠沼軍団の行動とか、さっきの和田塚くんをバカにする態度とか、そういうのに虫唾が走る。
だから女という生き物すべてがそういうことをやめない限り、俺は女が嫌いなままだろう。
「俺の女嫌いを直したいってんなら、女のああいう特性を全て直すんだな」
そう。逆に言えば女がそれをやめさえすれば俺は自然と女嫌いじゃなくなるかもしれない。
だが、そんなのは机上の空論だ。
由比さんはよく「七里くんの女嫌いを直す」と軽々しく言うが、それはただ単に一人の男の性格を直す、というのとはわけが違う。
――俺の女嫌いを直すってことは、全ての女の生まれついた性格を変えるってことだ。
そんなこと、こんな小さな女の子にできるわけがない。いや、誰にもそんなことはできない。
「…………」
由比さんは黙る。さすがの彼女も自分の意思がいかに無謀なものだったか、気付いたのだろう。
和田塚くんと由比さんの関係がある種の終焉を迎えたのならば、俺と由比さんのお友達ごっこもここで終わりだ。
「……違うよ」
しかし、その小さな女の子は俺が思っていたのとは違う言葉を漏らした。
それはその体に似つかわしい、とても小さな声。
だけどどこか覇気があって、思わず首を少しだけ振り返えらせてしまった。
「そうじゃないよ……七里くん」
その瞳は弱々しくも、力強く光っていた。
すると、休み時間終了のチャイムが鳴った。それでも彼女は動かない。俺も、目を離さない。
しかしそれが鳴りやむと同時に先生が教室に入ってきた。
「……授業、始まんよ」
首をもとの位置に戻し、俺は由比さんとの会話をここで終わらせた。
「うん……」
彼女は歯がゆそうに応え、去っていこうとしたが、「……あ」と何か思い出したような声を出す。
「でも、ありがとね。うちも塚ちゃんがああいう風に言われてたのは嫌だったから」
彼女は優しく微笑みながらそれだけ言い残して、去っていった。
……ありがとう? けっ、勘違いするなよ。俺は由比さんのためにあんなことをしたわけではないし、さっきも言ったが和田塚くんのためでもない。
――俺は自分のために、そうしたのだ。
そう、自分のため。ミソジニストとしてのプライドのため。なにより女に男の気持ちを知らしめるため。
つまり、こいつは由比さん、あんたが俺にしてるそれと同じ――――ただのお節介だ。
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