-第13訓- 女子は共感を求めて話をする
あれから和田塚くんは見た目だけでなく、行動も目に見えて変わった。
教室や廊下でよく由比さんに話しかけているのを見かけたし、二人が会話しているそばを通った時にチラッと話の内容が耳に入ったりしたが、どうやらかなりの頻度でLINEもしているようだった。
口で言ったとおりを行って、あんなにも一直線になれるあの姿には、正直言って感服する。
こういう言葉は死ぬほどマジで大嫌いだが、『恋は無敵のパワー』とやらなんだろうか……やべぇ自分で言って鳥肌立った。
だが和田塚くん、その無敵のパワーとやらにも使い方ってのがあるぜ……と思うこともしばしば。
現に、この間も休み時間の教室にて、相も変わらず、鵠沼軍団は例の四人で仲良く喋っていた。
「マジさー、最近朝起きんのって超辛いんだけど」
楽寺さんの発言に腰越さん、由比さん、鵠沼の順に反応する。
「わかるー。わたしメイクに二十分かかるから余計早起きなきゃいけないし」
「うち最近五分くらいでできる技身に付けた! すごくない!?」
「あーやべ思い出した。乳液切れそうだから買わなきゃ」
……すげぇな。朝起きる話が一瞬で化粧する話に変わったぞ。鵠沼に関しては朝起きる話と全然関係ないだろそれ。
「朝のメイクほんとめんどくさいよねー。でさー、どうやったら気持ちよく早起きできるか考えたんだ」
あいつらの喋り声がデカいせいでついつい心の中でつっこんでしまったが、楽寺さんはまったく違和感を抱いていないのか、何もつっこまず話を戻した。
「えーなになに?」
由比さんが聞くと楽寺さんはスマホを取り出し、
「目覚ましをね、自分の好きな曲にする!」
そして自慢げに流行りの曲を流す。うるせぇ。ポップソング嫌いなんだよ俺。
「頭いい! うちもする!」
その考えに感心する由比さんだったが、楽寺さんは「でもね……」と渋柿でも食べたような顔をする。
「そしたらさー……この曲めっちゃ嫌いになった。もうその曲のイントロ聞くだけで『うわっ』ってなる……もはやトラウマ」
ああ、そう……マジしょうもないオチだな。寝よ。
と、俺は机につっぷした。
「えー!? ダメじゃん!」
「何それまじウケんだけど……!」
「楽寺、あんたバカだねー」
そんな風に、由比さんを含女子グループが相変わらずそんなよくわからない会話をしている最中、
「由比、昨日夜話したことなんだけど」
急に和田塚くんが入り込んだ。寝ようと机につっぷした俺だったが、「ぬっ!」と思わず顔を上げてしまった。
「え、あ、うん……ちょっと待ってね」
おいおいおい……正直大丈夫かと心配になる。鵠沼なんか思いっきり嫌そうな顔して睨んでるし。
あんだけ露骨にアプローチしたらさすがの由比さんでも引いてしまうんじゃないかとそわそわする。というか引いてる。もうちょっとタイミングとかあるんじゃないかなぁ。
だって傍から見たら和田塚くんは……ちょっとアレだ。
なんというか、ちょっと前まで自分からは女子にほとんど話しかけなかったような男子が急に由比さんにだけめちゃくちゃ話しかけるようになっているというこの構図は、なんかこう……ね? うまく言えないけど、わかるでしょ? 違和感があるというか、空気が読めてないというか……もういいや、はっきり言おう。
――ぶっちゃけイタい。
んー、やっぱ何か他に方法あったと思うんだけどなー。いや確かに何も思いつかったけどさー。何か知らんが手が届かないところが痒いような気分。
今思えば、彼の選んだ道は、昔の俺が選んだ道と同じだったのかもしれない。
好きになった女に好きになってもらいたくて、とにかく〝必死〟。
結局、恋をしてバカになった男はどうあがいてもああなってしまうのかも。
……女は恋をすると綺麗になると云うが、男はちっともかっこよくならないのはなぜだろう。
かといって、俺はもう変に口出しできない。
なぜなら和田塚くん自身、もう俺に頼ってきたり、相談をしにきたりすることなどなくなっていたし、なによりそういう部分も含めて先日の覚悟が相当なものだったことを伺わせるからだ。
女にゃ分からねぇだろうが、俺たち男子ってのは男の覚悟に後から水を差すことをあまりしない。たとえそれが間違っていたとしても。
なぜなら、それはおそらく――――
何かそういう余計なことをするのは野暮っていうかスマートじゃないっていうかダサいっていうか……まぁ「その『粋』って何?」と聞かれるとうまく説明できないんだけど……何かこう男が大事にしてる心意気みたいなもんだ。
だから、そんな粋ではないことをすることを文字通り――――
そもそも口出ししても無駄というのもある。男ってのはみんな多かれ少なかれ皆頑固だ。
映画やドラマでもよくあるだろう? 男がとある覚悟して、それを絶対曲げないって展開。
そしてそういう男の覚悟に「何であなたはそこまでするの!?」と口を出すのは女だと相場は決まっている。
確かにその女の言うことは正論だし合理的なのだけれど、男はそれを必ず「もう決めたことだから」と突っぱね、説得を諦めた女は去って行く男の背中に向かって「バカな人……」と呟く。
まぁ和田塚くんのはこんな大袈裟な話ではないけどね。
……といったこんな感じで、和田塚くんの『恋は無敵のパワー』の使い方を間違えているんじゃないかと感じつつ、日々を過ごしていたわけだが、
――事件は唐突に起こった。
「ななっちゃーん。はよー」
「ん? ああ長谷か。おはよう」
朝、駅から学校までの通学路の途中で、バスから降りてきた長谷に後ろから話しかけられた。
こいつも俺と同じく帰宅部なので朝練等はなく、こうやって登校中に出くわすことがある。
「いやー、ななっちゃんいてよかったわー。今日ちょっと教室行くの気まずいよなー」
急に長谷は朝からため息なんぞ吐いてそんなことを言う。
「え? 何が?」
「だってさー、二人とも同じクラスだぜ? 無理でしょー」
何の話をしてんだこいつ。何が無理なの?
すると、俺があからさまにそういう顔でもしていたのだろうか、長谷は訝しげな顔で俺を覗く。
「もしかしてななっちゃん……知らないの?」
「え? あ? あー、知ってる知ってる超知ってるわ! ……うそ、知らね 何?」
もはや何を知らないのかさえ知らない。何だ何だ何がどうした?
「何で一瞬ウソついたん……和田塚くんの話だよ」
「……え?」
長谷の口から彼の名前が出るとは思わなんだ。
正直俺らの中で和田塚くんの話題が出たことなどおそらく今までなかっただろうし。
「え、ちょっと待って。和田塚くんのことって……え? どういうことよ?」
「うん? うん。ってかもう割りと広まってると思うけど……」
まさか……和田塚くんが由比さんを狙ってることが周りにバレて広まってるってことか?
言っておくが俺は誰にも口外してないぞ……もしかして和田塚くんは俺以外にも由比さんの件を相談してたのかもしれないし、そっから広まった話なのかも。
「まー、ちょっと前から和田塚くんが由比に矢印向いてんの見え見えだったしなー。何かすんげぇ話しかけてたじゃん? 最近」
あ……そゆこと? 確かに周りにバレるかもな、あんだけやってりゃ。そういうの全然考えてなかった。確かにそうだわ。
……でもそれ、気まずいってことはなくね? 少なくとも俺たち部外者は。
しかし、その疑問は長谷の次の言葉によって解消された。
「まさかとは思ってたけど、告白までするとはねー」
……え? えええぇぇぇ!?
×××
「マジか……」
なんと、和田塚くんは昨日、俺の知らないところで由比さんに告白をしていたらしい。
マジかよ和田塚くん……いくらなんでも早すぎね?
いつか来るかもしれないとは思っていたが、不意打ちすぎる。まぁ別にタイミングを決めるのなんて彼の勝手だし、俺がとやかく言うことじゃないけれども。
だから、それはまぁいいとしよう。しっかし……、
「昨日の夜、電話で告ったらしいよ」
「マジ? 電話とかナイわー、直接言え」
「まぁインスタのDMで告るよりマシだけどねー」
「うっわ、そんな男いんの?」
「いるんだよこれがー」
「ってか超びっくりなんだけど」
「えー? 見え見えだったじゃん」
「じゃなくて、いきなりすぎない? いつから好きだったのか知らないけど」
「あー、ね」
「ねー」
「それね」
朝のホームルーム前の教室では、至る所でそんな会話が繰り広げられていた。
やはり和田塚くんが由比さんに好意を持っていることは傍から見て感づかれていたらしい。言われてみれば確かにそうだ。露骨だったもの。
それはいいにしても、何で告ったことまでこんな広まってんだよ……。
まさか由比さんが言い振らしたのか? そうだとしたらひっでぇ女だな。俺は由比さんに告られたこと隠してやってんのによ。
そう思い、教室を見渡して鵠沼グループを探すと、
「ヤバくない!? ねぇねぇヤバいよね!?」
楽寺さんがテンション高めに騒いでいる。相変わらず通る声してんな。うるせぇ。
「んー、だねー。びっくり」
「えー? ちょっとコシゴエ、反応悪くない?」
「そー? そんなことないっしょー。ねぇ、げぬー?」
腰越さんが鵠沼に話を振る。
「つうか楽寺うっせ。ワシヅカだっけ? どうでもいいだろそんなやつ」
その場に由比さんはまだ登校してきておらず、鵠沼軍団は三人で駄弁っていた。
「げぬーひっどーい! ワ・ダ・ヅ・カ・くんだから和田塚くん。ちゃんと覚えなよ」
「げぬーって男子の名前全然覚えないよね-」
そういえば鵠沼って俺の名前知ってんのかな? 『何か目ぇ細いウザいやつ』って認識でしか俺のこと見てなさそう。別に構わんが。
「まーでも確かにうちらとファミレスいる時に電話来て、そのまま告るのにはびびったね」
……え!?
俺は思わず腰越さんの言葉に耳を疑った。
「でしょ!? ある意味すごくない? 普通後でかけ直すでしょ!」
「ねー。さくらもテンパってたからか席外さないでそのまま電話するから丸わかり」
マジかよ和田塚くん……。
何か想像できるなー。電話をかけて告白した和田塚くんも、告白された由比さんも、どっちもテンパる姿が。
「ってかげぬー今日あんま喋ってないけどどした? 何か昨日からあんま元気なくない?」
「それ! 元気ないってか機嫌悪い系?」
二人はさっきからあまり発言がないらしい鵠沼を気にかける。いや、今そいつの調子なんかクソほどどうでもいい。
「……別に。つか楽寺お前ちょっと口軽すぎ。こんな広まってんじゃ今日由比も教室で気まずくなんだろ」
「えー? そーお?」
由比さんの心配はしても和田塚くんの心配は微塵もしないあたり鵠沼らしい。
……しかしなるほど。この今の状況を作り上げた張本人は楽寺さんか。クソ金パめ。やっぱ鵠沼軍団にはロクなやつがいねぇな。
と、俺が楽寺さんに舌打ちすると、ガラッと教室の扉が開いた。
…………。
すると、教室は一斉に静まる。
なぜなら事の張本人、和田塚くんが登校してきたからだ。
「……ん?」
このなんとも言えない空気に彼も不可解な顔をする。察するに、自分の告白がこんなに広まっているとは気付いていないようだ。
「おはよう。なになに? この感じ?」
和田塚くんはいつもつるんでいるメンバーのところへ向かい、そう伺うが、
「いや……」
「べ、別になんも?」
「っていうか今日のモンストのイベントさー」
はぐらかされる。うわー辛いなこれは……。
様子を見るに和田塚くん自身もこの違和感の原因を少し察したようだ。そりゃそうだ。昨日の今日じゃ今の彼に思い当たる節は一つしかないだろうし。
ここでまず問題が一つある。
それは――――和田塚くんの告白はうまくいったのか、そうでないのか。
でも正直、その答えはこの空気が物語っている。
「いやー、やべーなこの雰囲気……」
俺らは俺らでいつものメンツで集まって事の次第を見守っていたが、ふと長谷がその沈黙を破った。
「な。きっまず……」
稲村も苦笑いを浮かべる。
「俺たち全然関係ないのにね……」
江島、俺ちょっと関係してるんだわ……。
あー、俺が変なアドバイスしちゃったせいかなー……やべぇ、すげぇ罪悪感。地元のツレの話なんかしなきゃよかった。ほんと、申し訳ない。
×××
朝のような空気はホームルームや授業などの日常の流れによって薄れてはいった。
だが、たまの休み時間に教室から和田塚くんがいなくなると、
「いやー、よく学校来れるよねー」
「ね。うちだったら絶対来れない」
「ってか自殺もん」
そこかしこから、こそこそと陰口が耳に入ってくる。
……うぜぇな。もういいだろ。
最初は仕方ないと思って流してはいたが、こいつら全然この話題から離れない。特に女子。
いや男子の中でも話題にはなっているが、女子たちほど大々的に取り上げない。
ほんっと女は他人の恋愛話が好きだな。女性週刊誌では芸能人のゴシップ記事が断トツでウケるというが、その理由を身を持って実感する。しかもよ、
「ねね! さくらはどうなの? 和田塚くんと!」
「え、いや、だからそれはお断りして……」
「え? え? こういうのって友達に戻るの? 戻れんの?」
「う、うーん……」
楽寺さんに限っては、もう一人の張本人である由比さんに登校してきた瞬間からお構いなし。彼女は特にそういうものに関心があるタイプの女子のようだ。
「ら く で ら 。お前しつこい。由比が困ってだろ」
「えー、だってー」
鵠沼が軽く諭すが、あまり効果はない。そして他の女子グループも全然この話題をやめない。
「確かにさくらみたいなタイプ、ああいう男子釣れまくれそう」
と、教壇横の女子グループから聞こえる。
「和田塚くんって結構ガンガンいくタイプなんだね」
と、窓際前方の女子グループから聞こえる。
「正直身の程わきまえてないよねー、フラれるに決まってんじゃん」
と、廊下側後方の女子グループから聞こえる。
「それ。何でわかんないのかなー」
「やっぱ経験ないとそういうのってわからないんじゃない?」
「いやー、普通それでもわかるっしょー!」
そして響く、ギャハハハと笑う声――――。
「ッ……」
その下品な笑い声を聞いた瞬間、俺の中の何かが小さく弾けた。
俺はガタンと、行儀悪く腰を掛けていた机の上から降りる。
「どした七里? お、おい……」
察しの良い稲村を振り切り、俺は例の笑い声が聞こえた廊下側後方へと向かう。
そこに集まる女子たちのそばまで着いたが、彼女らは俺の存在に気付かず、談笑を続けている。
誰かが何かを言うと、それに誰かが共感の声を上げる。その繰り返し。
――女は共感を求める生き物だ。
何か有名な例があったな。女が乗っている車が故障して、困って彼氏に電話をする、みたいなやつで……、
『車壊れたんだけどー』
『マジ? 原因なんだろ? ちょっとライト点けてみて。点く?』
『っていうか車使えないとか超困るんだけどどうしよう……』
『だな。で、ライト点いた?』
『あーもう友達待たせてるのに最悪ぅー』
『マジか、大変だなそれ。ライトは?』
『この間もこの車調子悪くてさー。買い換えた方がいいのかな?』
『いや、まだ使えるでしょ全然。点いた?』
『でももっと可愛いやつ欲しいっていうか? まーお金ないんだけどね』
『ってかライト点いたの? ねぇ?』
『……は? 何で怒ってんの?』
『え? 怒ってないけど……』
『いや怒ってる。何? 何で?』
『だから怒ってないって。それより車のことなんだけど』
『怒ってんじゃん! ってか今そういう話してるんじゃないの! 私たちのことについて話してるの! 真剣に答えて!』
『(車はいいのかよ……)』
……的な。
彼氏は故障の原因を見つけようと彼女に色々質問するのだが、彼女は『車が使えないことでどんなに自分が困るか』ということしか話さない。
大袈裟に表現している部分もあるが、論理的に物事を思考し『解決』を求める男と、感情的に物事を捉えて『共感』を求める女という構図をうまく表現した例えだ。
そして今、目の前で楽しそうに話している彼女らも、そんな共感を求めて駄弁っているのだろう。
別にそれは構わない。男だって共感を求めて話をすることもある。
だが、クラスの男子が勇気を出して頑張った行動をネタにして共感し合うってのは……、
「――そんなに、面白いもんなんか? あ?」
俺は、さっき笑い声をあげた彼女らの背中にそう問うた。
「……え? あ、うちら? 何て?」
「ごめんなになに? ちょっと聞こえなかった」
唐突な俺の発言に、その中の二人が反応する。聞こえなかったか。じゃあもう一回言ってやろう。
俺は一呼吸置いてから彼女らを見下ろした。
いや違う……これはもはや
だから、こんな言葉が口から出た。
「何がそんなに可笑しいんか聞いとんじゃ――――ブスどもが」
すると、その場が一瞬で凍りついた。
誰も彼もが今の俺の発言を疑っているような。
〝ブス〟――――それは女性の容姿が劣ることを指す侮蔑的な日本特有の俗語。
最近じゃルッキズムがどうとか云われている中でも男子同士、女子同士の会話でならばよく出てくる言葉ではあるが、日常で男子が女子に向かってはっきりとそう明言することはほとんどない。
なぜならこの言葉は『最低』だからだ。
人の容姿を、しかも化粧や髪型、服装、ネイル、肌の手入れなど、男よりも圧倒的に見た目に気を遣っている女性に対し、その容姿を真っ向から否定するなんて、最低極まりない。
だが、だからこそこの言葉は女に響く。
しかも普段大して仲良くもない男子から急にそんなことを言われれば、冗談だと思って笑うこともできず、真正面からその言葉を受けることとなり、その効果も絶大。
まず、無視はできない。流すこともできない。喰い下がらずを得ない。
したがって、俺は和田塚くんをバカにするこいつらを――――〝ブス〟と蔑んだのだ。
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