-第04訓- 女子は陰湿ないじめを好む

 昨日とは違い、今日はどんよりと空は曇っていた。

 そして登校した俺が教室に入った瞬間、


「……来た」


「……なにあの顔」


「……ありえない」


 こっちも曇っていた。いや昨日より酷いから土砂降りと云っていい。クラスの全員がこの不穏な雰囲気に気づいているような状態だ。

 やはり昨日と同じくクラスの後方を陣取る女子グループが俺に攻撃的な視線を送ってきた。なにこれ天丼? クソつまんねんだけど。

 ちなみにお笑いで同じ流れを繰り返すことを天丼というのは、食べる方の天丼にエビが二本入っているかららしい。……どうでもいいか。


「…………」


 ただ一つ、あいつらの天丼には違うことがあった。厳密に言うとそれは天丼ではなく、かぶせだったというわけだ。

 ちなみにお笑いで一度やった流れにちょっとアレンジを加えることをかぶせというのは……そのまんまじゃね? 知らんけど。

 とにかく、その加えられたアレンジ要素とは――――俺の席に落書きがされていたことだ。

 そこに書かれていたのは『最低』とか『死ね』とか『クズ』とか『ジジイ語キモい』など俺を中傷する言葉の数々。ジジイ語……。

 俺はそれを覆うようにバッグを置き、とりあえず席に着く。

 落書きの犯人なんざ火を見るよりも明らか。今日から俺は女子のいじめのターゲットになってしまったのだ。これからは毎日毎日嫌がらせをさせられて、あげくそれに耐えきれず不登校になってしまうかもしれない。


 ――だが、俺は違う。女ごときがこの俺を陥れようなんて、百年早い。


 机に落書きとかいかにも女が好みそうな陰湿ないじめだがこの程度でどうにかなる俺様ではない。っていうかレベル低すぎない? 小学生ですか?

 まずはそうさな……俺が編み出した教育委員会もびっくりな天才的いじめ解決法を披露しようか。これには文部科学省も黙っちゃいない。何らかの賞を与えられるのも時間の問題。将来は教育評論家で飯を食っていくことも視野に入れよう。

 まずは朝のホームルームまで待つ。

 その落書きを知ってのことか、今日の朝に限って俺に話しかけてくる生徒は一人もいなかった。

 まぁ今は仕方がない。でも安心したまえ。こんな状況はすぐに元通りにしてみせるさ。

 しばらくしてチャイムが鳴ると、教室に担任の先生がやってきた。うちの担任は日本史担当の鎌倉先生。鎌倉ティーチャー。通称鎌ティー。


「おーい、席座れー」


 とガタイの良い体格に角刈りで無精髭を生やした鎌Tは気だるそうに言うと、生徒たちは皆自席へ戻る。

 さて、いじめ撲滅作戦開始だ。俺はまず大きく息を吸い、


「センセー。俺の机が鵠沼さんたちに落書きされましたー」


 いじめ解決法その一、先生にチクる。いや、普通じゃん……とか言わずにまあ見てろ。

 すると教室中の生徒が驚いたように俺に注目する。

 ちなみにチクる時は密告でも可。別に俺みたいに大声で言わなくても良い。ただこっちのほうが気味がいいからオススメ。

 ただ、ここで重要な点は二つ。まずチクる相手は生活指導の先生がマスト。

 実は鎌ティーはがまさにそうなのだ。チクる相手を気弱なおばちゃん先生とかには絶対しないこと。対応しきれない可能性大。

 そしてもう一つは最初やられたいじめには絶対に耐えないこと。これに耐えてしまうといじめる側は必ず調子づく。だが出鼻を挫いてやればそれを回避できる上に相手へダメージも与えられる。

 これを業界では『ミソジニー・カウンター・アタック』と呼ぶぁない。


「えっ……!」


 そんな俺の奇怪な行動に鵠沼とその取り巻きは驚愕の表情を浮かべていた。

 そう、最初にやられたいじめでいきなり先生に堂々とチクる人間がいるなんていじめる側は思ってもみないのだ。これが相手へのダメージワン。あとは先生に怒られてダメージツー。脅威のツーヒットコンボである。

 すると鎌ティーは俺の席まで赴き、落書きに目を向けてから溜息を漏らし、


「これ、お前たちがやったのか?」


 と鵠沼たちに尋ねる。すると彼女らは、


「ち、違います」


「知りませんそんなの……」


 などと楽寺さんと腰越さんは白を切る。腹ん中は真っ黒なくせにな! うまい! いや、あんまりうまくない。 


「そうなのか? 七里」


 先生が俺に顔を向け、問うてくる。すると彼女らは鋭く俺を睨む。

 ここでいじめ解決法その二、被害者ぶって弱者を演じる。

 実際被害者なのだからなんの問題もない。ここで変に強がってしまうと鎌ティーに喧嘩だと思われてしまうので要注意。先生という生き物はいじめと喧嘩では恐ろしく対応を変えてしまうからだ。

 とらえず俺は「……あ、いや、その……」と情けなく口篭ってみた。ここでのポイントは一瞬視線を鵠沼たちに向けてビビったようにすぐ逸らしたりすること。

 するとどうだい。可哀想ないじめられっ子の完成だぜ。

 いじめられる側の最大の武器は『圧倒的被害者』であること。ならばそれを最大限に利用すればいい。

 そんな俺を見かねた先生は、


「はぁ。鵠沼たちはあとで職員室に来い。七里は放課後な」


 と告げた。


「そんなっ……。もー、げぬー」


「落書きはマズいって言ったじゃん……」


「……ちっ。うっせ」


 彼女らはぐちぐちと鵠沼に文句を垂れていた。主犯は鵠沼か。なんだ、所詮あいつもこの程度かよ。しかしげぬーって……それ鵠沼のあだ名? だっさ……。

 そしていじめ解決法その三、まだいじめが続くようなら逐一先生に報告すること。

 ここでいじめられっ子が一番恐怖することはチクったことに対する報復だろう。

 だが安心しろ。些細なことでもまた何かされたら証拠がなくとも逐一先生に「鵠沼さんたちにやられました」とバカの一つ覚えみたいにチクれ。何なら何もされてなくても何かされたとチクってもいい。

 そうすればその度に怒られなければならない鵠沼たちは調子に乗るどころかどんどん調子を崩され、『いじめをする=先生に怒られて面倒』という認識が自然と植え付けられる。

 そしてそのうち嫌気がさしていじめをする意欲が失せ、最終的にはいじめをやめる。

 どうせもう嫌われてるんだ。だったらもっと嫌われたって大して変わらん。そこを気にしてはいけないし、気にしても意味がない。

 俺の場合もともと鵠沼たちと仲良くないが、もしいじめっ子と「また友達に戻りたい」なんて思ってるなら即刻諦めろ。絶対無理だから。

 そんなものに縋っていじめに耐えても相手が調子に乗るだけ。いじめってのは相手に調子に乗らせれば乗らせるほど何をしてくるかわからなくなる。だが今回のように出鼻を挫いていれば、次回から鵠沼たちが急に過激なことに走ることはまず有り得ない。

 なぜなら俺のように奇怪なことをするやつにまたいじめを敢行したら何を仕返してくるか恐れるからだ。


「ふっ」


 こんな状況なのに、俺は思わず笑みを零してしまった。いかんいかん。いじめられっ子らしくしなくては。

 しかし……弱い、弱すぎる。

 徒党を組んだ女は張りぼての強さだけ振りかざして、その実とても貧弱。クラスで番を張っている女どもでさえこの程度。

 俺は俺を、男を虐げる全ての女に抗う、戦う、そして最後には陥れる。

 女だからって容赦はしない。露ほども躊躇などしない。むしろ女だからこそ徹底的にやり込める。二度とこの俺に、男に逆らえないように。


 ――女嫌いミソジニストをナメるなよ。


 俺にかかればいじめ解決なんて楽勝だ。笑えてくる。ほらよく言うだろ? 『いじめかっこわらい』って。

 以上を踏まえて、もしいじめられるようなことがあったら是非やってみてね!

 ホームルームが終わると鵠沼は鎌Tに連れられて職員室に行ってしまった。ざまあみろ。たっぷりと搾られてこいや。はっはっは。


「おいおい、すげーな七里」


 いい気分で鼻歌を唄っていると稲村が話しかけてきた。男の子ならばね~辛い時こそほら~♪

 俺が稲村と仲が良いこともさることながら、こんな俺にいの一番に話しかけてきたのはその高い社交性があってのことだろう。


「ああ、別に大したことはない」


「ってか何? 何で鵠沼たちは七里にこんな嫌がらせしてんの?」


「ん~……色々あってな。そのうち話す」


 なんとなく、今は誰にも口外しないほうがいいような気がする。

 今日もまた、由比さんは学校に来ていない。

 それにこのクラスの中心人物である稲村がそれを知らないってことは、鵠沼たちもそれを口外していないということに等しい。彼女らも由比さんも事を大っぴらにはしたくはないのかもしれない。

 俺も別に喧伝したいと思わないし、その意向には従っておいてやろう。


「んだよそれ。つまんねー……あ~授業たりーなぁ」


 と言いながら彼は席に戻って行った。成績良いくせに。

 いじめ解決法補足、できればこういった心配をしてくれる友人を持っておくと心強い。

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