-第05訓- 女子はもれなく面倒くさい

 放課後、俺は先生に言われたとおり職員室に出向いた。

 俺に気付いた鎌ティーは「おう、来たか」と少し微笑んで声をかけた。先生とはいじめられっ子に優しい生き物なのだ。


「まぁ、ここ座れ」


「はい」


 と、俺は先生の用意してくれた椅子に腰を下す。


「早速本題に入るが、あいつらから粗方の事情は聞いた。由比にその……告白、されたんだろ? それを酷い形で振った、ってのに鵠沼たちは腹を立ててあんなことをしたと」


 鵠沼たちはこんなゴツい先生に事情を話したのか。ちょっと意外。

 あーでも確かにこうみえて鎌ティー結構女子に人気だしな。生活指導の割に気前は良いし。


「まー何て言うか、こういうのは教師が介入しづらい問題でな。途中から楽寺なんか泣きながら話してきて、正直参った」


 泣いてたんだ、あの金髪お団子。ちょっとやりすぎたかな……とは特に思わなかった。なんという性格の悪さ。


「だからって鵠沼たちの行為が許されるわけじゃないんだが、由比が昨日今日と学校に来てないのも事実なんだ。保護者の方から風邪だと連絡は受けているんだが……たぶん違うだろ? このまま不登校にでもなられちゃそれこそ大問題だ」


 まぁ……そうですね。

 しかし担任の先生が男で良かった。これが女だったら「由比さんに謝りなさい!」とか怒鳴られること請け合い。女は恋愛が絡むと途端に当事者へ感情移入してヒスりやがるからな。年齢なんか関係ない。

 すると、鎌ティーは少し言い辛そうに口を開いた。


「それで……由比と話して学校に来てくれるよう説得してくれないか?」


 ……え?


「俺が、ですか?」


「ああ。もちろん鵠沼たちにも頼んでおいたんだが、今は七里がフォローするのが一番なんじゃないのか? こういうのは先生がするわけにもいかんだろう」


 ……確かにね。


「それに……お前だって悪いことをした自覚くらいあるだろう? 鵠沼たちが言っていたのがどこまで本当のことなのかは知らないが」


「…………」


 よく考えると、鵠沼たちとは違って由比さん自身は何も悪いことをしていない。

 何をどう間違えたかは知らないが、俺なんぞを好きになって、勇気を出して告白をしただけ。

 俺もあの時はがフラッシュバックして、ついついミソジニーがすぎたかなと、いま冷静になってみればそう思う、かもしれない。


「……させん」


「七里。謝る相手は、俺じゃない」


 ここで初めて、先生は俺に説教をした。


「……はい」


 なんとなく、先生はちゃんと先生なんだなと、そう思った。

 まぁ、確かにここまでの事態になるとは予想してなかったしな。

 俺も別に由比さんを不登校にしたくてあんなことしたわけじゃないし、なんとなく鵠沼たちのあの行動は彼女らの独断で、由比さんが頼んだことではないような気もする。


「……わかりました。説得くらいなら、します」


 ならば、それくらいは、いいだろう。

 もし由比さんもグルだったなら、それはそれで蹴散らすまでだ。


「本当か! じゃあこれ、由比の家の住所なんだが」


 プリントに印刷された地図を渡された。あらかじめ用意していたらしい。

 ……え? ってか家行くの? 電話とかメールとかLINEとかDMとか現代には色々な先進的手段があるんですが……どの連絡先も知らないけど。


「よろしくな!」


 しかし俺は鎌ティーに笑顔で肩を叩かれ、それを断ることができなかった。

 俺は女に厳しい分、男には甘いのかもしれない。


    ×××


「あー、めんどくせ……」


 俺はバスに乗って由比さんの家へ向かっている。バス代もったいね。こっちはバイトやめて金ねぇんだよちくしょう。学校の経費で落とせ。

 そもそも一昨日振った相手の家に行ってフォローするってよく考えたらおかしな話だ。

 それに由比さんは俺なんかに会いたくないんじゃないのか? でも今更行かないわけにもいかないしな……。

 先生に貰ったプリントに記載されているバス停で降り、そこから徒歩で由比邸へ向かう。

 ……ここが由比さんの地元か。こんなとこ初めて来たわ。

 そこは特に何の変哲もない、普通の住宅街だった。

 それでもあえて印象を語るのなら、俺は比較的学校から遠いところから通っているからか、学校までバスで十数分のところに住んでいることを少し羨ましく思ったくらいだ。

 ここは、彼女の育った街。

 俺は地元にそれなりの愛着があるが、彼女も少なからずそうだったりするのだろうか。


「…………」


 由比さん、ね……。

 俺は彼女のことを何も知らない。知っているのは、この名前みたいな苗字だけ。

 正直、あまり興味もない。野郎どもで学校の女の話になると可愛いやらなんやらと話題に上がる女子の中の一人ではある彼女だが、「へー」としか思ったことがない。

 それでもあえて興味を持つならば、彼女は俺に告白してきた初めての女子だったということくらい。

 そんな相手ならば普通は興味くらい湧くのだろう。しかも彼女は可愛い。なおさらのはずだ。

 だが俺がそうじゃないのは、告白とか付き合うとかいう行為をあまり良いものだと思えないからだろう。

 ……いや、思えなくなってしまった、というのが正しいか。

 実は俺も一度だけ、女子に告白をしたことがある。

 しかも、それは幸運にも実を結んだ。

 そう、実を結んだ。結んだ。結ばれたんだ、俺と、当時俺が好きだった人は。

 そしてご多聞に漏れず付き合って恋人同士になったわけだ。


 ――しかし、恋愛というのは結ばれて、それで終わりではない。


 色々あって、結果的に俺は自分のしたあの告白に、途轍もない後悔をしている。

 言ってしまえば――――あんなもの、本当にしなければよかったと、そう思っている。

 ……もう二度と御免だ、あんな気分を味わうのは。

 だから俺は恋愛を捨て、平穏を求めた。

 そうしたらすんなりと幸せになれて、驚いた。

 そして俺は悟った――――俺の人生に恋愛なんて要らねぇな、と。

 昨日あんなことがあったせいで色々と狂ってしまったが、そもそも俺は高校に入ったこの一年間は、平穏だったんだ。

 普通に仲の良い友達はいるし、学校楽しいし、勉強もそんなに嫌いではない。

 ただ、女子と仲良くなる気がないっていうのが普通ではなかったのかもしれない。そもそも俺の考えを理解できて仲良くしたいと思える女子なんていないだろうし。

 だがそれに何の不満もない。自分的にはすごく平和で十分に充実した高校生ライフを送っているつもりだ。

 確かに稲村や江島、長谷といった女子と関わりの多い友人たちと仲良くしている以上、不可抗力的に女子と多少の関わりを持つことは避けられないが、距離を置くことには成功していた。

 というか俺が全然モテないせいか、寄ってくる女子など一人もいなかったけどね! ……やかましいわ。

 だから一昨日は本当に驚きだった。

 実際、告白というものは色々進展があってある程度付き合える確証を得てからするものなのに、由比さんはそれをすっとばして不意打ちに告白してきたのだ。

 最近は男に告らせるように仕向ける賢しく厭らしい女ばっかで、女子が自分から告白するのも珍しい話なのに、ましてや当たって砕けろ的な告白などあり得るのか。

 確かに委員会が一緒になって話したりはしたが、たぶん無愛想に接してたし、思わせぶりな行動など微塵もしてなかったはずだ。

 なのに、なんで。

 ……あ、これは割りと気になるかもしれん。

 由比さんに興味を持てたところでふと顔を上げると、彼女の家の前まで着いていた。

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