第8話 全力疾走なのじゃ!

 輝く金の髪を腰まで伸ばし、その上に黒く輝くベールが乗る。まだ短い手足を懸命に振り、激しい呼吸のため上下する薄い胸にむちっとしたお腹。光沢のあるサラサラとした修道服を、加速により受ける風で膨らませ村の中を走る。


 可愛いことを除けばどこにでもいる幼女、その辺の幼女と違う点を上げるとすれば、冒険者を目指しながら絶賛シスター見習い街道を驀進していることか。


「体が軽い!強化魔法しゅごいのじゃあああ!」


 突然のお休みを貰ったルルは、習いたての強化魔法を駆使し、文字通り疾風のような勢いで冒険者ギルドへ向かっていた。


 強化魔法とは読んで字のごとく身体能力を強化する魔法である。これを使えば例えか弱い幼女でも、トップアスリートのような身体能力を得ることができるのだが、体を動かすために一日を費やすアスリートの能力を幼女が手に入れても使いこなせるわけがない。ペーパドライバーがF1カーに乗るようなものである。


 つまりどう言う事かといえば、


「あっはっははは!はやあああっぎっにゃああああ!」


 こける。


 身の丈に合わぬ力を得た代償は破滅だけだとわかっているのに、何故人は力を求めるのか。


 慣性のままにごろんごろんと転がり最終的に全身をべたんと打ち付けて地面を滑り、土煙を上げならカーリングのようにしばらく進むとぴたりと止まる。そのままピクピクと痙攣を繰り返すルル。


「お、おい、大丈夫か?」


「お゛ッお゛お゛ッお゛~~ッ」


「……どうする?」


「どうするってお前、このまま放置しておくわけにもいかんだろうよ」


「そうだよな、とりあえず教会に連れてくか」


 たまたま通りがかった4人組は白目をむいて痙攣しているルルを教会へと持っていくのであった。


 


「おーい、ギルさん、いるかい?」


「はいはい、迷える子羊たちよ、今日はどうしました?……おや緑の手の皆さんではないですか、朝から来るとは珍しいですね」


「ああ、ちょっとな、なんか黒い塊が凄い勢いで転がってきたと思ったらちっこいシスターになったんだが、あんたの所のかこれ?」


 短髪緑髪の青年が背中に背負っているルルを親指で指し示しよくわからない説明をする男性。


「あなたはいったい何を言っているのですか?……ああ……うちの子ですね……≪気付け≫」


「お゛ッお゛ッ……っは!なんじゃ!?どこじゃ!だれじゃ!」


 変な音を出すだけの存在からシスター見習いへと回帰したルル。だが冒険者ギルドへ向かっていたはずが、気が付いたらゴツゴツした誰かに背負われておりパニックになる。


「おっと、暴れなさんな、今降ろしてやっからよ」


「お?おお、そうかや?んっ?せんせぇではないか!せんせぇも冒険者ギルドに来たのかや?」


「いえ違います、ここは教会で、そちらの方は緑の手という冒険者で、気絶していたあなたをここまで運んできてくれた方です」


「気絶していた?なんでじゃろ?……まぁわからんことは置いといて、迷惑をかけたようですまんのう!感謝するぞ!ありがとうじゃよ!」


「おう、それはいいんだが、すごい勢いで転がってたが体の方は大丈夫なのか?」


「すごい勢いで転がる?わしが?ふむぅ?……あ!思い出した!強化して全力で走ったら転んじゃったんじゃ!失敗失敗!……うん!大丈夫じゃ!どこも怪我はしとらんよ!服も破れとらんし見た目派手だっただけかの!」


 自分が何をしてどうなったかを思い出した幼女は、修道服を捲り上げて体に怪我がないかを確認すると花のような笑顔で返事をした。


「服の方は祝福がかかっているので、ある程度の傷や汚れは自動で回復するのですが、気絶するほど派手に転んで怪我がないのは運がよかったですねえ」


「強化して全力で走った、か。俺もやったことあるな、その失敗」


「おい嬢ちゃん、強化の先輩からの助言だが、強化魔法は自分が振り回されない程度に抑えたほうがいいぞ、全力の強化は大抵自爆するだけで終わっちまうからな」


「そうなのかや?んーそういえばせんせぇも徐々に慣らしていきましょうって言ってた気がするのう!」


「ええ、それと、一人の時は魔力操作まで、魔法を使っていいのは私がいる時だけともいいましたよね?」


「ひぃぃ!ごめんなさいじゃよ!」


 笑顔で怒気を発するギルに心底恐怖し謝るルルであった。

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