始まり迄(3)

内藤アルト、少女はそう名乗った。私がバスに連れ込んでから十分程後のことだ。

私が内藤を連れ込んだ時にはバスの中には既に目覚めているものが十人程もいて、少女を無理矢理連れ込む私を怪訝な目で見ていた。と云っても目覚めている人数が其の儘生き残りの人数に等しいはずなので、そういう視点で見れば十人は少ないかもしれないが。

というかバス内の惨状を見て泣き叫ばないなんてどんなに心が強いんだか。認識が追いついていないだけかもしれない。

バスに入ってから、少女はずっと声を発さなかったのだが、しつこく名前を聞いたのが良かったのかもしれない。好感度は少なからず下がったかもしれないが、そんなことを気にしている場合ではない。内藤はそれからぽつりぽつりと語りだした。両親とスキーに来ていたこと、車に乗っている途中に雪崩に会ったこと、そして気が付けば車と両親は見当たらなくなり、寂しかったこと。

私は、それを聞き、何て言葉を掛けたら良いのか分からなく、黙っていた。バス内に静寂が舞い降りる。

「大石君、その子だれ?」

そんな声が聞こえてきたのはその時だった。見ると、同じ組の武蔵野歩美むさしのあけみがいた。精神的に消耗しているのか、目が少し虚ろだが、その奥には光が見える。手弱女の様な見た目に反して芯は強いらしい。

「少なくとも、私達の学校の生徒では無いのだろうけれど」

武蔵野が続けた言葉に私は答える。

「うん、その通り。内藤アルトといって、そこで保護したんだ。ほら、片桐がいる所」

そして窓の外を指差す。武蔵野はふうんと頷いて、状況を聞いてきた。私はこれこれしかじかだと答える。

「へえ、そんなことになっていたんだ」

「殆ど仮説だけど。でもそれ意外に有力な仮説が無いんだ。このバスと内藤以外人影がいないのが疑問ちゃ疑問だけど、非現実って程じゃないから」

ふむ、と武蔵野は口に手を当て首を傾げて思案する。長い髪が顔の動きに追従して揺れる。

「これからどうするの?怪我している人もいるし、でもこのままじゃ助からないよ。圏外だし」

「ちょっと外の様子を見てくる。内藤を頼む」

「え?う、うん」

私は一旦バスの外に出て潰れた部分をよじ登り、バスの上に立つ。そして周りを見回す。雪が止んでいるので雪に反射した陽光が目に痛い。すると、遠くに建物の様なものが見えた。

次に屋根から飛び降りると、片桐が穴を掘っている場所まで歩いた。捗っているかと呼びかけると応、と返事が返る。

「これから作戦会議だ。バスの中へ戻るぞ」

「もう?早いな」

「いや、この時計が正しければもう半時間立っているのだが、それよりそこまで掘ればもういいだろう。二米位か?」

「うむ、分かった。念の為他の場所も掘らなくて」

「良い。どちらにしろ死んでいるだろうからね。雪の中では生存時間もそう長くない。半時間位かな?戻ろう。僕らまで死んだら大変だ」

片桐が頷き穴から這い上がったのを確認して私はバスの中へ戻った。

「このバスの右前方に家が会った。其処まで移動すれば電話位は有るだろう。暖房器具も会ったらめっけものだし、人が居れば尚更良い。少なくとも此処でじっとしているよりかは良いだろう」

私はバスに戻るなり全員にこう言った。幸い生きている十人程の内歩けない程の重傷者はいなく、私の案は全会一致で賛成された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る