第6話 店の子たちは元気です。

 ランチタイムが終わって、アンヌの言いつけ通りに店の子たちとまかないを食べる。

 今までなら同じテーブルについていてもそそくさと食べ終わったわたしは話をすることもなく仕事に戻っていたのだが、それはアンヌからはダメ出しされたし、ディナータイムまでは休憩するように言われてる。

 それに、いろいろ買いにいかなきゃならないものもある。


「シロくん、住み込みになったんだって?」


 いつものくせで話をなんとはなしに右から左へ流していたわたしは、いきなり話を振られて我に返った。

 昼番の女の子達八人の視線がわたしに突き刺さる。


「えっと、はい。昨日から」

「いいなぁー。この上の部屋でしょ? 通勤時間ゼロ分の職場っていいよねえ。朝ギリギリまで寝られるし」


 そう言ったのはエミリー。昨日は夜番にも入ってた子だ。赤毛のおさげとそばかすが、まるで赤毛のアンを思い出させる。


「家賃いくらとか聞いてる?」

「え、いえ。給料から差し引きって言われただけで……」

「前にあたしも住み込みさせて欲しいって言ったことあったんだけど、ダメって言われちゃったんだよねー。ここ、誰も住んでないから女の子を預かるわけには行かないって」

「そうなんですか」


 素直に驚いた。

 単に宿無しだから貸してくれたわけじゃないんだ。これでわたしが女だとバレたらやっぱり追い出されるんだろうなあ……。


「ね、このあとみんなで見に行ってもいい?」

「えっ? 何を?」


 びっくりして問い返すと八人とも興味津々な顔をしていた。


「もちろん、上の部屋。シロくんのお部屋。どんな部屋なのか、見てみたくて」

「えっと……それはアンヌさんの許可がないと」


 とっさにしどろもどろに答え、アンヌを探す。今誰かに立ち入られて困るようなもの、置いてたっけ?

 一応、女は連れ込むなとは言われなかった。でも、八人も?


「エティ……じゃなかった、アンヌさん、シロくんが借りてる上のお部屋、覗きにいってもいいですかぁ?」


 こういうことには食いつきのいいレダが早速アンヌに声をかける。栗毛色のツインテールがかわいい子だ。


「ああ、シロが構わないならあたしはいいよ。二日かけて掃除したばっかりだから、汚さないようにね」

「はーい。ほら、シロくん行こ?」


 すでに食べ終え、お茶をしていた女の子達に引っ張られ、わたしは慌てて立ち上がった。


 ……住み込みってこういう突撃チェックが入るという可能性を全然考えてなかったわたしが、いかに甘かったかを思い知らされることになった。


◇◇◇◇


 八人の女の子達は嵐のごとく部屋を蹂躙していった。ありとあらゆる棚や収納場所を開け、中に入っているものを逐一チェックする。


「あら、結構かわいい柄の茶器が揃ってるじゃない?」

「風呂場広いー」

「キッチンはまあまあよね」

「明かりが暗くない?」


 突撃お宅拝見されてる気分だ。

 わたしの荷物はほとんどないから安心して見ていられるけど、着替えとか増えたらどこに隠そう。彼女たちの手にかかれば隠し扉とかも一つ残らず見つけられそうだ。


「それにしても、おっきな寝台よねえ」


 女の子達は遠慮会釈なく寝台に飛び乗ってスプリングを確認している。

 これ……本当にわたしが男の子だったら絶対やめてくれって叫んでるところだよなあ。と思い至って、控えめに主張をしておく。


「あの、借り物だし、下にも響くから、飛び乗るのはやめてくれる?」

「ああ、ごめんねー。それにしてもシロくん、なんにも荷物がないのね。驚いちゃった」


 そういうのはベッドから降りもせずにゴロゴロしてるレダだ。


「うん。あ、そうだ。シャンプーとか石鹸とか買えるところ、教えてもらえない? 風呂はあるんだけど体を洗うものがなくて」


 そう言うと、彼女たちは一様にきょとんとして顔を見合わせた。


「しゃん、ぷー? 石鹸って食器洗うあれ?」

「え?」


 こっちの人たちってお風呂、入らないの? お風呂はあっても石鹸やボディーソープで洗うことはないのかな。


「お風呂があるならあとは香油があれば十分じゃない?」

「香油って何?」


 すると女の子達はころころ笑い出した。


「だめよレダ。男の人は使わないでしょ?」

「ああ、そうだっけ。じゃあ、特に何も要らないんじゃない?」

「……えっと、じゃあお風呂に入るとき、どうやって体を洗ってるの?」


 彼女たちが困惑してるのが分かる。ああ、大して会話もしないから覚えてないんだね。


「ああ! そういえばシロくんって記憶、ないんだっけ」

「そうなの?」

「あ、はい」


 頷きながらも、半分以上の子がわたしの事情を覚えてなかったのには軽くショックを受ける。

 いや、これもわたしが仲間づきあいをしてこなかったせいだよね。


「それでかぁ。アンヌさんも放っておけなくなったんだろうね。えっと、生活魔法は使える?」


 エミリーが口を出す。


「この間、初歩の魔法を三つアンヌさんに教えてもらって……入門書を貸していただくことになってます」

「そっか、そこからかぁ。じゃあ、体洗い用の道具は必要だね。普通はね、魔法の組み合わせで体や着ているものの汚れを浄化・分解するの。だからお風呂は美容目的か、全身を磨き上げる時以外は使わないのよね。それにお水も一杯使うから、普通の家じゃあめったに使わない」

「そうなの?」


 毎日お湯貯めてゆっくり体洗って、服も洗ってから流してたから、もったいなくはない、よね? 多分。


「その魔法ってどれくらいで覚えられるの?」


 エミリーはうーん、と悩んでから答えてくれた。


「十歳ぐらいまではお母さんにしてもらってたのよね。だから、中級くらいかな」

「中級って?」

「そうね、入門書を卒業したら初級、その次が中級だから、早くても三年ぐらいかかるかも」


 三年。その頃までわたしはここにいるだろうか。分からない。今この一瞬だって、次の瞬間がわからないように。


「でも、その魔法が使えるまではお風呂入るしかないもんね。いいよ、あたしが知ってるお店に確か置いてあったと思うから。連れてったげる」


 エミリーの言葉にわたしはぱっと顔を上げた。


「ほんと? ありがとう。助かるよ」

「エミリー、もしかしてその店って二つブロック先のジュディ商店? ならわたしも行く!」


 ベッドからぱっと飛び降りてレダが寄ってきた。


「うん、あそこ。今からならディナータイムまでに時間あるから」

「分かった」


 残る六人のうち、クロエとサーニャの二人は他の用事があると言って帰っていった。残る四人は……。


「行ってらっしゃい。帰ってくるまでここでおしゃべりしてていい?」

「そうね、私達が留守番してるから、行ってきて?」


と、アーティとベルはお茶を入れてくつろぎ始めている。


「えっ……いや、それは」

「そうよ、こんな寝心地のいいベッドなんだもの、お昼寝ぐらいさせてよ」

「それいいわね。どうせ今日も夜番だし、それまで寝させてもらうわね?」


 ウルスラとユーティはさっさとベッドに潜り込んでしまった。


「それとも、おねーさんとイイことする? シロくんならいろいろ教えて上げるわよ?」


 ベッドから引っ張り出そうとして逆に耳に息を吹きかけられて、わたしはほうほうの体で逃げ出した。


 教訓。

 学校や職場に近い一人暮らしの部屋は、たまり場になりやすい……。

 ちなみに、諸々必要な物を購入して三人で戻ってきた時、まだ四人は奥の部屋で昼寝&茶会を繰り広げていた。

 部屋の鍵だけは誰にも貸さないようにしよう……。


◇◇◇◇


 シャンプーとか石鹸とか洗剤とかタオルとか、いろいろ欲しいものを買っていると、これから新しい生活をするんだっていうことを思い知らされる。

 まるで、大学に入った時みたいだ。下宿を決めて、必要なものを買いに行って。アパートに戻って何もない部屋に飾り付けていく。それを今まさに繰り返してるんだなって。

 一緒に買い物に付き合ってくれた父さん、母さん。どうしてるかな。広臣、泣いてないかな。ポチ、ごめんね、散歩に連れていけなくなって。

 きっとわたしはスポーツジムにでかけたまま帰ってこないってことになってるんだと思う。

 元の世界に戻れる保証はない。

 でも、魔術師はないとは言わなかった。だから、歯を食いしばってでも頑張ってみる。

 みんなのおすすめで買ってきたものなどは奥の部屋に並べ、風呂用やキッチン用のものはそれぞれの場所に置いていく。

 清潔なタオルを見つけた時は小躍りした。ふんわりしたタオルの感触は嫌いじゃない。

 棚に置いたタオルに顔を埋めて柔らかさを堪能する。と。


「ねえ、シロくん。時々ここで休憩させてもらっても構わないわよね?」


 不意に後ろから声をかけられてわたしは振り向いた。


「えっ」


 六人の目がこっちを向いている。


「昼番と夜番の間に家に戻るよりは、ここでみんなでお茶してたほうがいいし、ほかのお店に行く必要もないし。ね?」


 最年長のウルスラが拝むように両手をあわせてウインクをよこしてくる。ウェーブの掛かった豊かな黒髪を胸の下まで流していて妖艶な笑みまで浮かべてる。


「え……」


 それじゃわたしのプライバシーは?

 せっかくこの部屋を借りられて、ゆっくり眠れると思ってたのに。


「お願い。下でお茶しててもお客さん来たら接客するじゃない? バタバタして落ち着かないし……」


 それはわたしにもよく分かる。だから食事が終わったら仕事に戻ってたんだし。


「じゃあ……わたしのいない時は使わないでくださいよ? お泊りも禁止です。あと、家探しもしないでください。わたしにだってプライバシーというものが……」


 黄色い歓声があがる。なんかハイタッチとかしてますけど、もしかして、はめられた?

 というか後半全然聞いてないような気がする、このお嬢様たち。


「やったっ!」

「じゃあ、堂々とお茶セット持ってこられますねー」

「わたしはお気に入りの刺繍セット持ってきちゃう」

「下に敷くものもいるよね。うちから持ってくるわ」

「茶器が足りなくない? うちからも持ってくるわよ?」

「昼寝用の枕、持ち込んじゃおうかしら」

「じゃあ、うちに余ってるカウチソファ持ってくるわ。寝心地はいいのよ」


 なんだか女達だけで奥の部屋の改造計画が進んでいきます。

 やっぱり……わたしはこっちの六畳一間で寝起きすることになりそうです。さらばふかふかベッド。きっとわたしが寝ることはもう無いでしょう。

 そうすると、毛布とマットはやっぱり必要だよね。今日でかけた時に買っておけばよかった。


「そういえばシロくんって本当に美少年よね」


 なにげに話題がわたしのことになってます。


「そうそう、お客の中にもシロくんのことずーっと目で追いかけてるのがいてさぁ。危ないったら」

「わたしも、シロくんがどこに住んでるのかとか聞かれたことある」


 やばい、この上に住んでます、だなんて知れたら絶対変なのが夜這いに来る!


「えっと、それ……」


 最年少のベルはにっこりと微笑んだ。ふわふわシュガーな金髪がまるで綿飴みたいだ。


「もちろん、言うわけないよー。こんなおいしい情報、ただで与えるわけないでしょ?」


 微笑みが怖いです、ベル様。


「一度女装させてみたいよね。でもちょっとサイズが小さいかぁ」


 ええ、そうでしょうとも。わたしが着ているのはエティーちゃん十歳の服ですもんね。


「ととととにかく、わたしで遊ばないでください。いいですねっ!」


 慌ててそう宣言して、わたしは深く深くため息をついた。


◇◇◇◇


 ランチタイムが終わったのに、結局クロを迎えに行けなくて、ディナータイムになって店に出たらぶんむくれたクロがいた。


「ごめんっ! いろいろあって、お買い物にも行かなきゃならなくて、迎えに来られなかったんだ。ほんとにごめん」


 耳が後ろに向いてて、背中が弓なりになっている。しっぽはびたーんびたーんと揺れている。

 ああ、完全に怒ってる。

 撫でようと手を出したらひっかかれた。


 ……ぷっくりと出てきた血にわたしは言葉を失った。今までこんなこと、一度もなかったのに。


「……ごめん、なさい」


 たった一人の大事な仲間なのに、忘れて放置して、しかも嫌いなリボンを首にまかれて、嫌な仕事させて。怒られても当然だ。

 このままクロにまで愛想つかされるんだろうか。

 そうなったらわたしはまた一人きりだ――。

 手の甲に雫が落ちた。涙が止めどもなく落ちる。

 ざり、と舐める感触に顔を上げると、クロが手の傷を舐めてくれていた。手のひらを見せると頭をこすりつけるようにして全身をぶつけてくる。

 よじ登るクロを抱き上げて、わたしは部屋に戻った。今日のディナータイムは看板猫はお休みだ。

 一緒にいてあげられないけど、ひとしきり抱っこして撫で回して満足してもらって、わたしは店に出た。

 今日はゆっくりお風呂に入って、クロと一緒に寝よう。

 罪滅ぼしになるかどうかわからないけど。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 ランチタイムを大幅に超えて迎えに来た彼女に爪を立てた。

 今回ほど怒ったことはない。ランチが終わってまかないを食べたら部屋に戻っていいと言わなかったか?

 それがどうだ。すでに日が陰り、ディナータイムではないか。

 なにより、ほかの女どもと一緒に出かける時に声をかけたのに、全然気が付かなかったではないか。

 戻ってきた時も、ちっともこちらを見もせずに。


 ……猫(おれ)よりもそやつらが大事なのだな?


 同じ職場に働く女どもというのはわかった。なぜかは知らぬが彼女以外はこの店で働く給仕は皆女だ。

 だからだろう、彼女は女どもの玩具かマスコット扱いだ。彼女がいないところで何を話しているか、本人が知ったら驚くであろうな。

 さすがの彼女もおれが怒ってるのはわかったようだ。

 十分反省したようなので許すとしよう。だが、次はないぞ。

 次また俺を迎えに来なかったら、二度と看板猫はやらぬ。

 ざり、とこぼれた涙と傷を舐め、血を舐め取る。

 やはり、かなりの魔力を含んでおる。彼女の血一滴足りとも粗雑に扱うわけには行かん。涙でさえ魔力を帯びておるというに。

 しかし、勇者の血か。研究したがりそうな奴が何人か浮かぶのう。

 彼女の肩によじ登る。

 ぎゅっと抱きしめてくる手が震えてた。

 そうか、彼女もおれに去られるんじゃないかと怯えてるのか。

 愚かな。

 俺がお前を手放すと思うのか。お前は俺のものなれば。


◇◇◇◇


 部屋に入って愕然とした。彼女以外の女の気配があちこちにこびりついておる。

 これはっ下の店の女どもの臭いではないかっ!

 思わず威嚇のポーズを取ると、さすがに彼女は気がついたようだ。


「ごめんね、なんかたまり場みたいになっちゃって」


 前から薄々気がついておったが、彼女はどうも押しに弱い。きっぱり断ることが苦手、といえようか。

 まあ、俺を連れ歩いてるのも、ある意味押しかけペットだからな。

 しかし……この匂いはいただけない。

 おもわず猫の習性としてマーキングをしてしまいたくなったぞ!

 お前が嫌がるのであれば、ここに誰も入れぬようにすることも簡単だ。それとも女どもが来た時に追い返してやった方が手っ取り早いか。

 よし、そうしてやろう。今度彼女がいなくて女どもだけが集まってる時にでも。

 彼女と俺のテリトリーに踏み込んでくるとはなんと愚かな女どもよ。


「ごめんねクロ。やっぱり猫って匂いに敏感なのかなぁ。こんな時に消臭剤があればいいのになあ。……あ、炭でも置いたら変わるかな」


 新しく買う予定のリストに何やら書き込んでいる。

 そういえば今朝までなかった品があちこちに置いてある。このメモ帳とペンもその一つだ。

 六畳の部屋の方も女どもの臭いがついていたが、それほどひどくはない。こっちは部屋のチェックだけして、あちらの広い部屋で駄弁っていたのだろう。

 あちらの部屋はいろいろダメだ。とりわけベッド。

 他人の部屋だというのによくもまあベッドに入って色々するものだ。少しは常識をわきまえぬか、小娘共が!

 子供にしか見えぬ彼女を欲の対象とするなど百年早いわっ!

 そんなに男が欲しいなら俺が食らうてやろう。存分にな。

 彼女の手があちこちをくすぐりだす。おれの機嫌取りだろう。

 最初の怒りはだいぶ収まって来たから、そろそろ許してやるとするか。

 ごろごろと喉を鳴らし、腹を見せてやると彼女はおれの敏感な腹を何度も撫でる。思わず腰が引けそうになるほど気持ちが良い。


「仕事終わったらご飯持ってくるね。あとで一緒にお風呂入って寝ようね」


 彼女の方も機嫌は直ったようだ。

 涙はもう止まっている。少し目の周りが腫れぼったいが、夜なら多少はごまかせよう。

 ニャア、と彼女に存分に体をこすりつけて、扉の手前にちょこんと座る。

 いわゆる『行ってらっしゃい』なポーズだ。


「行ってきます」


 最後に頭をなでて、彼女は降りていった。


◇◇◇◇


 風呂は最高であった。

 今日は彼女が脱ぐところからじっくり至近距離で見られたので、諸々の不愉快なことは流してやってもよい気分になった。無論、女どもは許さぬがな。


「明日は服を買いに行かなくちゃ。でも、ブラなんてどこで買えばいいんだろ」


 湯船の中で彼女が自分の乳房に手を当ててつぶやいておる。

 男だと偽らねば気にせずとも良かろうに、今の少年ポジションが隠れ蓑としてはよいと思っておるのであろう。最悪はさらしで巻いて潰すしかあるまい。

 冒険者御用達の店に行けば、女冒険者用のホールドするタイプから潰すタイプのものまで色々揃っておろう。だが、そういうところの品は、買う者の懐具合にあわせて高めに設定してある。

 今の彼女では買えぬ代物よの。

 そういえば今日の風呂ではいい臭いのするシャボンを使っておった。花の香りだろう。髪もそれで洗ったせいか、実にいい匂いがする。

 ああ、そうそう。

 彼女が温風の魔法を覚えて残念なことが一つある。

 彼女の体についた水滴を舐めるという理由で乳首を舐め吸い齧る楽しみが全くなくなったということだ。

 あの女が要らぬことをするから……。


「さ、寝よっか」


 今日も彼女は六畳の部屋で横になる。

 おれはいつものように彼女の上で身づくろいをしてから胸の上にとぐろを巻く。

 彼女は仕事の疲れでたいていあっという間に寝てしまう。

 いつもならこのままおれもすんなり眠るのだが、今日に限ってはムズムズして仕方がない。

 おそらくこれは彼女の体から立ち上ってくる香りのせいだろう。

 彼女の体から降り、首元に回るとそこから立ち上る匂いに釣られながら首筋から胸元へと舌を伸ばす。

 耳をかぷりと齧り、舐める。時折漏れる悩ましいほどの吐息におれの雄が滾ってくる。

 髪の毛の生え際に鼻を突っ込み、項を舐めると彼女は眉根を寄せて首を振った。くすぐったいのか、感じているのか。そんな表情の彼女を見てゾクゾクする。

 高ぶる感情に、彼女の唇をざり、と舐める。せめて自分の体で彼女の唇を味わいたい。

 と、彼女が寝返りを打った。その白い手が伸びてきて、おれを抱き込む。


「もう、いたずらしちゃだめ。明日も早いんだから」


 薄っすらと開いた目がおれを見ていた。


 ……バレてたっ。


 ニャア、と愛想を振って彼女の腕の中に収まる。

 仕方がない、今日は見逃してやろう。

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