第2話 働くところが見つかりました。
昼までに身づくろいを整えて街に向かう。
いつも寝泊まりしている森は街から少し外れたところにあるので、一時間ぐらいは見ておかなければならない。
本当は朝から行けば朝ごはんも食べられるんだけど、今日は寝汗がひどかったから水浴びしていたらクロが暴れて大変だった。
着替えがないのに服を川に落とされてしまって、乾くのを待ってたらこんな時間になってしまった。
まったく、猫の仕業とはいえ、困ったもんだ。
常夏のこの世界では、洗濯物はあっという間に乾く。洗剤が欲しいけど、まあ仕方ない。
替えの服を買いたいところだけど、お金になりそうなものは何一つ持ってない。
召喚された時はスポーツジムに行く準備をしてて、薄手のTシャツにジーンズの出で立ち。ブラもスポーツブラで胸を押さえつけるタイプのもの。これのおかげで食堂では小僧あつかいされてる。
こっちの世界でも、冒険者の女性はパンツスタイルの人はいる。でも、女性は皆出るところが出てて、引っ込んでるところが引っ込んでいるから一目でわかる。だいたいがメロンサイズで、谷間のない女性はいないのだ。
わたしのようにお茶碗サイズは胸とはいえないのだ。それをスポーツブラで潰してるので、さらに薄い平たい胸に見える。そんな胸の持ち主でパンツスタイルのわたしは、小僧扱いされている。
身の危険がないのでそのほうが助かるし、勇者だのなんだのってのもこの国では関係ない。
魔王に目をつけられるとかあの魔術師たちは叫んでたけど、いまのところはそんな様子もない。
わたしは、こっちの世界で生活しながら、元の世界に戻れる方法を探す。
そのためには今日も働きに行く。
◇◇◇◇
「あら、シロくん遅かったわね」
こっそり入ったのに、食堂の女将に見つかった。
肌の色もサイズも違うわたしが他の人に紛れ込んでも無駄なのはわかってるんだけど。
「女将さん、ごめんなさい。川に落っこちちゃって着替えが乾くの待ってたんです。あ、それ運びます。何番テーブルですか?」
三番テーブル、との答えにお盆を持って走る。
この食堂はこの街でも比較的規模が大きく、テーブル数が二十以上ある。広いので走り回るのはいつものことだ。
そういえば、街にはクロはついてこない。
食堂に顔を出してくれればまかないをおすそ分けができるんだけど、来ないから夕食の時に猫の好きそうなものを取り置いて持って帰るようにしてる。
食堂に猫を連れてくるのはダメだと思ってたんだけど、こっちの世界での常識は違うらしい。普通に動物を連れて店に入ってくる。
鷹や犬、獅子や狼はもちろん、小竜や妖鳥もいる。さすがにフルサイズの龍は店に入らないから女将が追い返してるけど。……ていうか、街中をフルサイズのドラゴンなんて連れて歩かないで欲しい。
今度クロに聞いてみようかな。猫に言葉が通じるとは思ってないんだけど、こっちの世界の動物たちを見てたら、もしかしたら理解してるんじゃないかと思うようになってきた。
店に来る子たちは実に頭がいい。主が言うことをきちんと守り、ダメと言われたことは絶対しない。
なので、もしかしたら、と思う。
クロが喋れればいいのにな。
店では一応お客さんと会話を交わす機会があるんだけど、それっておしゃべりじゃないし。昼と夜は喋る間もないくらいごった返すし、注文のやり取り以外やってると女将さんの怒号が飛んでくるし。
そういえば、こっちの世界に来ておどろいたけれど、言葉の不自由がなかった。喋ってる言葉は日本語と違うのは、口の開き方でだいたい分かる。でもそれで会話に困ったことはないし、こちらの文字もちゃんと読める。文字を見たら内容が頭に浮かぶ感じ。
これっていわゆる言語チートってやつかな。
翻訳家として仕事できるんじゃないか、とか思ったけど、女将さんに聞いたらそういう上級職はお貴族様でなきゃ就けないんだそうだ。
この国も滅亡した国と同じく王政で、王様と貴族がいる。この街は城下町というわけではないから貴族といえば領主一族ぐらいしかいないらしいけど。
魔術師も、大抵はどこかの宮廷付きか貴族の子飼いで、こんな辺境をふらふらしてるような魔術師はいないらしい。
それを聞いてわたしは落胆した。
店にそういう魔術師が来ることがあれば、知り合いになっていろいろ話を聞いてみたい、と思っていた。でも、女将さん曰くこの店に魔術師が来たことは一度もないらしい。貴族も来たことはないと言っていた。
もしそういう人たちに伝手を作りたいなら王都に行きな、とまで言われた。
でも、それは今のわたしには無理だ。お金がない。ここで得られる一日三食のご飯がなければ、あっという間に干上がってしまう。
わたしは夜が更けるまで店の中を走り続けた。
◇◇◇◇
「ただいまー、クロ」
いつものねぐらに戻るとクロが待っていた。
いつもなら寝たあとにやってくるのだが、今日は待っていたらしい。
早速持ち帰った食事を目の前に広げたけれど、どれもあまり気に入らなかったのか、匂いを嗅いで一口だけかじるとぷいとそっぽを向いた。
「クロ、お腹空いてないの? 何が好きなのか分かればいいんだけどなぁ……」
一つだけ、料理の中に入っていた肉の塊はぺろっと平らげていたので、明日からはお肉を持ち帰ることにしよう。
食べ終えたクロは身づくろいを済ませるとわたしの腹の上に乗っかってきた。
上半身を起こしたままだったわたしは体を横たえる。
「クロ、明日はお店に一緒に行ってみる?」
右手で頭を撫でながら言うと、クロは首を傾げてこっちを見る。
「って、分かんないよね。……明日、連れてったげる」
ぐるぐると喉を鳴らし、手に頭をこすりつけてくる。これは機嫌のいい時のサインだ。
「あ、でも野良猫と思われちゃうかな。何か印になりそうなものがあればいいんだけど……こっちの世界のペットって、どういう風にするんだろう」
店に来るお客様が連れてる動物たちは別に首輪も鎖もつけてない。なのに他の人には絶対危害を加えないし、主の言葉には絶対服従する。
「何かそういう魔法でもあるのかな……明日聞いてみようかな。クロ、お店に連れて行くのはそのあとでもいい?」
クロは首をかしげてわたしを見る。そんな仕草がとてもかわいい。
「おやすみ、クロ」
両手で抱き寄せて鼻の頭にキスをする。ニャア、と鳴いてクロはわたしの鼻や口元を舐める。
クロを撫でながら、今日もすとんと眠りに落ちた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
今日は朝から水浴びのようだ。
いつものごとくこっそりのぞき見する。
が、考えてみれば猫が覗いていても彼女は気にしないわけで、堂々と見ればいいということに今頃気がついた。
ので堂々と覗きに行く。
少し離れたところに脱いだものが置いてあった。
香りに惹かれてふらふらとそちらに足を向ける。分厚い胸当てと下着も置いてある。
胸当てに鼻を突っ込み嗅ぎ回り、下着をぱくりと口にくわえた途端、濡れた手で持ち上げられた。
ビリっと電撃が走る。
これほどまで脆弱な魔力にしたというのに、あの護符が攻撃を仕掛けてくるとは。
「クロ、だめ! それ一着しかないんだから!」
電撃におどろいて体をくねらせた。
彼女の手からなんとか逃げ出して、そのまま川沿いに走る。
体に何かがまとわりついている。それを振り落とすと川の方に落っこちた。
「きゃーっ。だめっ! ブラが流されちゃうっ!」
彼女は
オンナの匂い。
ああ、これはまだ男を知らぬオンナの匂いだ。
――直接嗅ぎたい。舐めたい。
また欲が頭をもたげる。
「もうっ! クロったら、なんでこんな悪戯するのよっ」
ひょいと片手で持ち上げられ、獲物を奪われた。威嚇するように牙をむき出しにするが、彼女は気にもしない。
「あー、もう、泥だらけ。洗わなきゃ」
彼女は
降ろされた場所で再び置いてある他の服に飛び乗る。
彼女の体臭を嗅ぎ回り、足でふにふに踏み、香箱を組む。川面では彼女が下着を洗っている。
下着が乾くまでは彼女はあの姿のままだ。
洗いあげた下着を木の枝に引っ掛けて戻ってくると、彼女は今度は服の上から
いい匂いがしたのに、残念。
「ついでに洗っちゃおう。クロ、もういたずらしないでよ?」
服を洗う彼女を視姦しつつ、舌なめずりをする。木の枝に全ての服を引っ掛けると、彼女は
「せめて何かかぶるものが欲しいわね。あんたは服が乾くまで湯たんぽの刑だから」
体が濡れたままで寒いのかもしれない。少し寒そうに彼女は
腰を下ろしたのは日がよくあたって温もった石の上で、ぽたりと落ちる水滴がすぐに乾く。
抱きしめられたまま、彼女の濡れた体をペロペロと舐めてやる。首のあたりを舐めたらくすぐったそうにしていた。ここが弱いのだろう。肩から胸に下がり、ぺろりと胸を舐めあげる。
「やだっ、クロ、えっち」
クスクス言いながらも彼女は猫を離そうとしない。
調子に乗ると離されそうだったので、反対の首と肩を舐めあげる。やはりクスクス笑うだけだ。
乳を猫の手でふにふにと揉みしだき、水滴を舐め上げた時、彼女の口からいつもと違う声が漏れた。
「あンっ」
感じているのだろう。こんな猫の愛撫で感じるなど、どれだけ敏感な体なのだ。
「もう、クロ。だめ」
離されてしまった。仕方がないので後ろに回って背中や太ももを舐める。くすぐったそうに笑う彼女の表情は、やはり輝いて見えた。
あの時無理やり奪わなくてよかった。
もしそうしていれば、この笑顔を診ることは叶わなかっただろう。
――愛しい。欲しい。
いつまで俺は我慢できるだろう。
◇◇◇◇
夜になって彼女が帰ってくる。
いつもは彼女が戻るまで姿を消して店の近くにいるのだが、先日、客の一人に気づかれて以来、近くで見守るのはやめている。
その代わり、別の『目』を送り込んだ。
彼女に要らぬちょっかいを出すような者はいないようだが、彼女を妙な目で見ている客は多い。
肌が白く背も小さく、彼女は少年と思われているらしい。
女性客がかわいがるのはわからなくもない。実際かわいいからな。
だが、男性客の目に映るのは、情欲の目だ。
少年に抱く情ではあるまい。
こういう輩が一番怖いのだ。できることなら全員その目を潰してやりたいところだ。
今日の晩ごはんはいまいち匂いが好かん。一つだけ、あまり味付けのしていない肉の塊があった。これはまあ、いける。
猫の姿だからといって猫用の食事を出されるのはあまり嬉しくない。
「クロ、明日はお店に一緒に行ってみる?」
おおっぴらに連れて行ってくれる、というわけか。だが、今のところ監視の目は置いているし、積極的についていく理由はない。
「って、分かんないよね。……明日、連れてったげる」
まあ、一度正面から行ってみても良いかもしれん。あの客は常連ではなかったようだし、問題があったところで俺が困ることはない。
彼女が
そんな誘うような表情をされると堪らない。
――愛しい。
ニャア、と鳴いて鼻と口を舐める。人型であれば唇を奪うところだ。
今日も明日もお前を守ってやろう。お前は俺のものなれば。
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