異世界猫と転生姫 〜魔王と勇者の物語〜

と~や

第1話 仲間ができました。

 野良猫を拾った。

 ……もしかしたら拾われたのはわたしのほうかもしれないけれど。

 いつも野宿だし、野良猫が寄ってくるのは単にわたしの体温目当てなのだろうと思っていた。

 今日も木の下に寝転がっていたら腹の上に乗ってくる。

 ニャア、と言いながら、仰向けに寝転がった薄い腹の上で身づくろいを始める、黒猫。

 手を舐め、顔を洗い、お腹を綺麗に舐め終わったあと、これまた平たい胸の上まで這ってきて、そこで丸くなる。

 毛布一つ持たないわたしにはちょうどよい湯たんぽだ。

 この世界は常春というよりも常夏で、野宿していても寒くて震えるようなことはない。

 命の危険はたまにあるけど、それは護身の護符のおかげでなんとかなっている。

 左手を掲げて見る。

 手の甲を覆う護符は銀細工で、中央に紫色の石がはめ込まれている。

 召喚された際、魔術師の一人がくれたものだ。

 最悪の場合はこれを売ればいい、と思ってはいるけれど、これなしで身を守れるかと言われると自信はない。

 なにせ短剣もなければ防具もない。

 魔法も使えない。

 男に襲われても身を守れないんだもの。

 ニャア、と猫が鳴く。

 左手を動かしたせいでバランスが変わったのだろう。不満げに鳴く猫を左手で撫でようとするが、猫は左手に噛み付こうとする。

 なぜかこの猫は左手で撫でられるのを嫌う。

 仕方なくわたしは右手で猫の頭を撫でる。

 おとなしく撫でられる猫は、気持ち良さそうに喉を鳴らし始める。


「そろそろお前に名前をつけようか」


 こちらの世界に紛れ込んで十日。

 召喚された時は有頂天になったものだ。

 自分は特別なのだと、特別な力があるのだと喜んでみたりもした。

 でも、直後にもたらされた情報が、召喚してくれた国の滅亡だった。

 魔王討伐のために勇者として召喚されたのに、その日に魔王によって滅ぼされたなんて。

 何のためにこっちに来たの?

 召喚に携わった魔術師たちは、魔王に勇者召喚がバレるのが怖くて全員逃げた。

 わたしはこの篭手だけ渡されて一人取り残された。――自分が与えられたという力についても何一つ告げられず。

 天国から地獄へ真っ逆さまとはこういうのを言うんだろう。

 逃げまどう魔術師の一人を捕まえて元の世界へ帰る方法を聞いてみたけど、知らないと言い放った。

 知らない、ということはないわけじゃない。どこかにあるのかもしれない。

 そんな薄い憶測を頼りにさまよっている。


 この猫は森でさまよって野宿した翌朝、体の上に乗っかっていた。

 それ以来、どこに行ってどこで眠ろうと必ずこの猫はわたしの上に乗ってくる。

 黒い毛並みを撫でながら、時折ピクピクはねる耳をかく。


「クロ、じゃどうかな」


 耳がぴんと立った。

 猫の目がわたしを見ているのが分かる。

 ぐるぐる言ってたのがとまった。気に入らなかったみたいだ。


「やっぱりだめか。単純すぎるよね。……わたしがこちらではシロと呼ばれてるから、その対比でクロはどうかなと思ったんだけど」


 こちらの世界の人たちはみな背が高い。女性でも身長二メートル近くあり、肌の色は常夏だからか浅黒い。わたしのように黄色人種とはいえ比較的白い肌の人間は一人もいない。

 だから、今お世話になっている食堂では、わたしはシロと呼ばれているのだけれど。

 他の名前を考え始めたところで、ぐるぐると猫が喉を鳴らし始めた。右手にすりすりと頭をこすりつけてくる。


「えと、クロでいいの?」


 子猫、というには大きすぎるが、成猫というにはまだ小さい。六ヶ月以上一歳未満というあたりだろう黒猫は、ぺろりとわたしの手を舐めた。。


「じゃあ、クロ。わたしと一緒に来てくれる?」


 猫が縄張りを超えてついてくるなんてこと、ありえない。わたしの常識ではそうなんだけど、この猫は最初に出会った場所から森を抜け、別の街まで移動するのにもついてきた。

 これはきっと、わたしについてきているのだと思った。

 本当なら今頃は勇者としてパーティを組んで旅立っていたはずの、わたしの最初の仲間。

 クロはぐるぐるいいながら、起き上がり、わたしの顎に頭突きをした。

 こんなに感情を表してくれる猫、かわいくないはずがない。

 ひとりぼっちのわたしの、かわいい仲間。

 わたしは上半身を起こして右手で猫を胸元に抱え込んだ。


「よろしくね、クロ」


 ニャア、と鳴くクロの額にキスをして、わたしはクロに頬ずりした。

 わたしに最初の仲間ができた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 彼女はすぐに見つかった。

 魔王おれを倒す勇者を召喚するなどとふざけたことをしでかした国を滅ぼした直後だったろうか。

 強力な魔法が作動した気配がした。

 国外れの森にある古びた神殿の跡地だろう。

 そこに足を向けてみた。

 勇者の召喚をそこで行ったのは間違いなかった。

 魔法の痕跡、複数の魔力の残渣。

 そして、嗅ぎ慣れない無垢の香り。――女の香り。

 召喚されたのは女か。

 それはそれで楽しみが増えるというものだ。

 まずは召喚に関わった魔術師たちを追跡させて全員潰した。

 それから、逃げた女の後を追うことにした。

 女はすぐに見つかった。

 森の中で一人、震えるように身を縮めて眠っていた彼女を見た時、興味が湧いた。

 異世界から呼んだという女は、少女と言うべき小ささだった。

 身の丈は胸ほどもない。

 肌は白くみずみずしく、触れようと手を伸ばしたら弾き返された。

 左手の篭手が彼女の身の回りに防護癖を作っているのだ。

 こんなちゃちな護符、魔王おれにとっては大したことはない。が、壊すのはやめておいた。

 髪の毛は黒く、背のあたりまで伸びているだろうか。

 瞳の色が気になったが、起きる様子はない。

 そして何より、無垢で真っ白な魂。

 力のある魂だと一目で分かった。

 欲しい、と思った。

 彼女の目がみたい。

 微笑んだ顔が見てみたい。

 いずれ自分の下に組み敷いて啼かせてみたい。

 ずくり、と欲が湧き上がる。

 今奪ってしまおうか――。

 衝動が己を揺らす。

 だが、それでは彼女の笑う顔が見られないだろう。

 人形は要らない。

 この魂の輝きを見てみたい。

 俺の色に染めたい。

 己の一部を切り離し、あの護符に引っかからない程度の存在を作り出す。

 彼女の記憶に浮かんできた猫の姿をしたそれに意識を載せて、己の肉体を隠れ家へ送る。

 猫の姿であれば、近くをうろついても怪しまれないだろう。

 魔力は極力抑えたから普通の人間には感じ取れまい。

 魔術師や聖職者でも見破れない。

 寒そうな彼女を温めてやろうと懐に潜り込むと、手が動いて抱き込まれる。

 胸の感触はさほど大きくないが柔らかい。

 ふにふにと手で揉むといい弾力が感じられる。

 彼女が寝返りを打ち、横倒しになる。

 胸にしっかり抱き込まれたままのおれに彼女は顔を寄せて頬ずりしてくる。

 見上げても、起きている様子はない。

 無意識のようだ。

 ざり、と彼女の頬を舐めるとしょっぱいものがあった。

 涙のあとだ。

 のびあがってざりざりと涙のあとを舐め尽くす。

 くすぐったかったのだろう、彼女が眠ったままほんのり微笑んだ。

 心が飛び上がる。


 ――かわいい。愛しい。


 こんな感情を抱いたことはなかった。

 今までどれだけの女を抱いてきたかしれない。

 だが、こんな思いは初めてだ。

 おれはそっと彼女の唇を舐めた。


 ――お前を守ってやる。その代わり、お前はその身を我に差し出せ。これは仮契約の印ぞ。


 かぷり、と彼女の唇を噛み、染み出した血を舐め取る。

 痛そうに眉をひそめた彼女が口を開いた隙に、自分の舌に傷をつけ、舌を潜り込ませる。

 滲んだ血を彼女が嚥下した瞬間、彼女の額に金の紋様が浮かんだ。

 それを確認して俺はにやりと笑う。

 他の者には見えないが、魔の者には見える、魔王の所有の印。

 これで魔物から追われる心配はない。

 人からは猫の姿で守ってやろう。


 ――早く俺のところに堕ちてこい。


 それが楽しみで仕方がない。


◇◇◇◇


 十日経った。

 あれから彼女はどこへ向かっているのかわからないが、近くの街で食堂の女中の仕事を見つけてきた。

 金がなければ食事も取れず、寝るところすらない。

 街の食堂で頼み込んで皿洗いと接客役として働くようになった。

 給金の代わりに三食食べさせてもらっている。

 だが、給金が出ないので泊まるところはない。

 相変わらずの野宿生活だ。

 風呂は近くの川で水浴びをして済ませている。

 影から見ていたが、やはり見事な肢体をしていた。

 こんな無防備な姿を惜しげもなく晒すとは、一体この娘はどういう環境で育って来たのだろう。

 今すぐ攫ってしまいたくて仕方がない。


 ――いつまで耐えられるだろうか。


 生殺しというのはこういうのを言うのだ。

 悶々としながらも、彼女の水浴び姿を見るのは毎日の楽しみになっている。

 そろそろいいだろう、と猫の姿で顔を出す。

 ニャア、と鳴けば彼女はおれを見つけて抱き上げてくれる。

 その後で水で体を洗われるのは好きではないのだが、その間存分に彼女の白い乳や膝に触れられる。

 だからじっと我慢する。

 ニャアニャアと抵抗しながらも、水を欲しているかのようにごまかしながら彼女の肌に散らばる水滴を舐め、肌を舐める。

 ああ、このまま我が肉体に置き換えて奪ってしまいたい。


 ――はやく堕ちてこい、俺のお前。

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