第16章 劉飛の結婚
第65話 元帥の器
「そなたを、皇騎兵軍、首位大将に任命する」
「は?」
天海の言葉を、劉飛は思わず聞き返してしまった。
「ちょっと、待ってください。そもそも首位大将は、璋翔様が元帥位を二つも兼任できるかって苦情を言ったせいで、辻褄合わせみたいにして特別に設けられた役職ですよね?次の元帥が決まるまでのつなぎって話で……」
天海は、話の腰を折った劉飛に僅かに顔をしかめたが、その抗議は右から左へと聞き流し、事務的に先を続けた。
「……いずれ、そなたには皇騎兵軍元帥になってもらうつもりでおる。故に、特に問題は無かろう」
「無い訳ないですよ。何でいきなりそういう話になるんですかっ?」
「ここに、璋翔から、そなたを首位大将の後任に……との推薦状が来ておる。璋翔は、此度、西畔領官を拝命し、広陵から容易に動けなくなった。皇騎の指揮官がそれでは、何かと不便なのでな。璋翔には、もし西畔領官となるならば、有能な後継を出せと伝えておったのだ」
「理屈は分かりますが……」
「もしや、その方、西畔領官の方が良かったのか……?」
「いえ、そういう事ではなくて……俺みたいな若輩者ではなく、もっと適任者がいるでしょう。現在、実質的に皇騎兵軍を仕切っている准大将の
「劉飛。人には、器というものがある。姫英や崔涼は確かに有能ではある。しかし、有能だからと言って、元帥が務まるというものではないのだ」
「しかし、だからと言って、何で俺なんです」
「このわしが適任だと思った。それでは、不服か?」
「でも……」
尚も抵抗する劉飛に、天海は少し思案する。
「……そうじゃな。今、この燎宛宮で、人気投票をやったら、間違いなくそなたが首位を取る。強いて言えば、それが理由じゃ」
「これは真面目な話では、ないのですか」
劉飛が顔をしかめる。
「ふざけてなどおらぬぞ。人望という点において、そなたに敵う者はおらぬ、と言っている。兵たちは皆、戦に疲弊しておる。しかし、未だ戦の火種は尽きず、その疲れた体に鞭打ってでも、兵を動かさねばならぬ場合もあろう。そんな兵たちの士気を高めるのに、そなた程、適任な者はおらぬ。未だ負け無し。不敗の戦神の二つ名を持つそなたなればこその人選じゃ」
「……一体誰ですか、そんな大仰なあだ名を付けたのは」
「兵達は皆、そう呼んでいるそうだが……知らぬは、当人ばかりなりという訳じゃな」
天海が、劉飛の相変わらずの世情の疎さを笑う。
「それに、姫英は、そなたの副官にならなってみたいと、そう申しておったぞ」
「勘弁して下さいよ……」
逃げ道はことごとく塞がれていく。劉飛は、深くため息を付いて肩を落した。相手の戦意が下がったのを見極めて、天海はそこですかさず殺し文句を投じた。
「陛下のお役に立て」
そう言われてしまうと、観念した様に劉飛は頭を垂れた。
「分かりました。皇騎兵軍首位大将、拝命いたします」
「それでいい。……時に、帝国元帥となるに当たっては、一つ片付けておかねばならぬ問題があるのだが……」
「もう、なんなりとお申し付け下さい」
半ば、投げやりな口調で劉飛が答える。
「元帥の位に付く者は、サイタイが条件じゃ」
「はい……」
上官からの命令には、とりあえず肯定の返答を返すもの、という軍人の習性に則って答えた劉飛であるが、次の瞬間、そこに只ならぬ気配を感じる。
……サイタイ……?……
そして、馴染みのない単語が、その頭の中で意味を伴うものに変換されるのに、少しの時間を要した。
「そのお相手として……」
「サイタイって、まさか妻帯?結婚ってことですか??」
天海は目の前の青年の、まあ想定内の動揺ぶりを黙殺して、勝手に話を進める。
いつの御世も、元帥の権勢には、多くの者が引き寄せられる。それが独り身であるということは、元帥との婚姻によって、燎宛宮での地位を高めようとする者たちが、多数あらわれ、宮廷に混乱を招く可能性がある。過去に、実際そういう事例もあったという。よって、そういう輩に付け入る隙を与えない為にも、元帥になる者は、その就任前までに、結婚が不可欠であるとされている。
……という様な事を、天海は矢継ぎ早に畳みかけ、最後に、その相手として、自分は麗妃様を考えているのだと告げた。
「麗妃様……ですか……」
状況がまだ良く飲み込めていない状態で、劉飛は天海の言ったことを繰り返すことしか出来ずにいる。
「実は陛下は、麗妃様には、いずれ恩赦をと考えておられる」
太后の手前、従兄弟である麗妃の、その罪を問わない訳にはいかず、雷将帝には蟄居も苦渋の選択であったのだ。
「陛下のお気持ちはともかく、麗妃様に皇族としての身分が回復すれば、燎宛宮は間違いなく、麗妃様を政治の駒として、最大限に利用する方法を考える」
「……」
「まだその身分が不確定な今ならば、わしもそなたとの婚姻の話を通し易い」
「なぜ……麗妃様をと……」
「そなたが納得するお相手として、他に思い浮かばなかったのだがな……よもや不服はあるまい?」
自分の秘めた気持ちを、全て見透かされている気がして、劉飛は居心地の悪そうに俯いた。
「それに、色々な意味で、かのお方をお救い出来るのは、お前しかおらぬ……とわしは考えておる」
人生の重大事に関する事を、こうも立て続けに告げられて、当然、まだその心の整理は付いていなかった。というよりも、事態は、もうすでに、劉飛の頭で処理できる許容範囲を、優に越えてしまっていた。その思考回路は、元々が、難しい問題を考えるようには出来ていないのだ。故に、難しすぎる問題に際しては、彼は、割と簡単に単純明快な答えを出す。
好意を持っている相手との結婚。
帝国を立て直すという目標の為には、あれば役に立つであろう元帥という地位。
手に入れたくない訳ではないのだ。それに伴う重たすぎる責任云々という難しい問題は、この際、あっさり切り捨てた。
「分かりました」
その感情に素直に従った結果、劉飛はそう答えた。
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