第41話 早春、湖畔にて
大陸は東の果て、大地が大洋と出会う所に、
かつて、辺境の一豪族にすぎなかった、
だが、多くの血の果てに、大陸の支配権を手中に収めてなお、華煌人達は、更なる血を求めて戦いを続けた。 彼らは、外に狩るべき獲物がいなくなってしまうと、ついには、この大帝国の支配権をめぐって、争い始めたのである。
始皇帝、李燎牙の血を継ぐ、
第十代皇帝、
先年の暮れに、三年続いた三大公の乱が、ようやく決着したものの、人々は、まだ、内乱の混乱から立ち直れずにいた。
大公軍と皇帝軍の内乱末期の戦いは、泥仕合の様相を示し、皇帝暗殺未遂という謀反事件と、それに伴う
――大陸歴二百四十九年、早春。
自分を探している者達が、多分、あちこちにいるのだろうと思いながらも、彼は、時の止まったような、この静かな村で、もう、ひと月余りをずるずると過ごしていた。
都での事、
雷将帝は、まだ八才という、幼い皇帝である。その母親であり、皇帝の後見を務める
彼がこの岐水にいるのも、太后の刺客に襲われて死にかけた所を、たまたま現場を通り掛かった、
彼は、自分の居所を誰にも知らせていなかった。多分、河南あたりでは、自分が行方不明であることで、相当に混乱している様が想像できるのだが、それでも、なんとなく、まだ戻る気にはなれなかった。刺客に狙われているのが、恐いからという訳ではない。うっとうしくはあるが、太后が気紛れに送って寄越す刺客など、来た端から始末してしまえばいいだけのことだ。
――ただ、疲れてしまったのだ。
過去を思い返す度に、運命がひどく重いものに感じられてしまうのは、十七才という若さの彼にとっては、仕方のないことなのかも知れない。心に浮かぶ幻影は、消し去ったと思っても、いつの間にか彼の心を支配する。
……
「また、難しいお顔をしてらっしゃるのね。物思いは、お体にさわりましてよ、周翼様。ほら、見て、風が変わるわ」
隣にいた
少女の言葉と共に、ふいに風向きが変わった。秋白湖を渡ってくる北東の風が、湖面を覆っていた絹のような白い霧を岸辺に運んでくる。
「本当に、夕霧には、まだ早いはずなのに」
周翼は、確認するように空を仰いだ。
頭上の青空は、白い絵の具を流し込んだように、みるみるその色を失っていく。穏やかだった午後の陽光が、白い霧と混ざり合って、音もなく消えた。
「この岐水のお天気は、予測どうりになんかいかないのよ」
隣で、
「晴れよりは曇りが断然多いのだから、いつでも曇りって思っていれば、たいてい間違いはないわ」
岐水で晴天の日というのは、琳鈴の言葉どおり、希にしかない。割合にして、十日に、一日か二日といった所だ。周翼がこの地にやって来てからひと月余りだが、青空を見たのは、今日で三度目だった。
「でもね、どうしてか、お兄様には、何でも分かってしまうのよ。お天気のこともね」
「ああ……それで、灯を持って来ていたんですね?」
「そう。午後から、霧だろうからって……お兄様は、『俺は岐水の領官なんだから、岐水の事は、隅々まで、何でも知っている』なんて言うのよ。きっと、何か種があるに決まってるわ。八卦師じゃあるまいし、未来の事なんか、分かる訳はないんだから」
「ああ、そうだね」
周翼は、まだ十になったばかりなのに、妙に大人びた口調で言う琳鈴に苦笑した。
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