第82話 冥王の語る顛末

 四天皇帝が政務を疎かにし始めた事に、冥王は、度々苦言を呈していた。そんな冥王を煙たく思った四天皇帝は、自分が召喚した時以外、冥王が冥府の外へ出る事を禁じてしまった。

 以後長い間、ただ見ているしか出来ない冥王の目の前で、地上は乱れ、戦の絶えない世に変わっていく――

 死人の数は増え続け、お陰で、冥王は過重な労働を強いられる事になった。そんな長く理不尽な時間の後で、ようやく天界に召喚されて行ってみれば、この混乱の責任の半分はお前にあるのだから、何とかしろと言われた。


「そこで、ちょっとした押し問答になった。後で考えれば、私も腹を立てていて、理性を失っていた」

 その時の四天皇帝は、明らかに追い詰められていて、自分の非を認める余裕などなかった。それなのに、冥王は理路整然とその原因を分析して、四天皇帝の理不尽な言い分を粉砕してしまったのだ。結果、四天皇帝は逆上し、冥王が帯剣していた九星静王剣を奪うと、それを冥王に突きつけたのだ。

 そこを、間の悪い事に藍星王に見つかって、止めに入った藍星王がはずみで封印されてしまうという事態になった。


「すぐに藍星王を戻せと、そう言ったのだが、逆にこちらが封印されてしまった様だ」

 冥王の天界での記憶は、そこまでで、気づいた時には、冥府の門の前に倒れていたところを、羅刹の王に介抱されていた。


 やがて、四天皇帝が、星王を封じた九星王剣を地上に投げ落とした事を知った。星王を封じた剣は、それが人の手に渡れば、その大きすぎる力は、人の世に災いをもたらす。そう考えた冥王は、その回収を羅刹に命じた。だが羅刹が剣を見つけるよりも先に、四天皇帝は地上で星王の封印を解いてしまったのだ。羅刹はその抜けがらとなった剣のみを回収する事しか出来なかった。

「四天皇帝は、すでに正気ではなかった……」

 冥王は複雑な表情を浮かべて、呟くようにそう言った。


 地上で覚醒した藍星王は、事態の収拾を図る為に、白星王の協力を得て、他の星王を宿主の中に封じ込めた。


「藍星王の最初の意図としては、橙星王の宿主である劉飛を覇王にしようと考えたのであろうな」

 冥王が白星王に確認する様に、聞いた。白星王は、難しい顔をして、ただ頷いただけだった。

「だが、その劉飛には致命的な欠点があった」

 そう言われて、恐らくすでにその事には気づいている橙星王が、不愉快そうな顔をする。


「劉飛には、そもそも現皇帝を退ける意思がない。本来倒すべき相手に忠誠を誓い、その性格の愚直さから、一度誓った忠誠を翻すことが出来ず、かいがいしくこれに仕えている。それでは、到底、覇王たりえない」


 藍星王がそれに気づいて頭を悩ませていた頃、周翼が李炎との因縁の糸に絡め取られ、劉飛から離れる事になった。それで、藍星王は、今度は緑星王の賛同を得て、劉飛ではなく李炎を覇王として立てようとしたが、これも上手くいかなかった。


「あの智司の力を持ってしても、地上に未だ覇王が現れない理由は、事の始めに誤りがあるせいだから、と考えるのが妥当かと思うが、異論はあろうか?天の理として、四天皇帝から、覇王選定のみことのりを得ていないから覇王選定が成就しない。そういう事ではないのか?」

 他の星王が考え込んでいるのを見て、白星王は、以前からずっと引っ掛かっていた事を、改めて口にした。

「話の筋は通るが、今の話には、そなたが初めに周翼を冥府に引き込んだ言い訳が、抜けておる」

 そう指摘されて、冥王が少し思案するように俯いた。


「……あえて言うなら、そう……時間の問題でしょうか」

「時間?」

「四天皇帝は、元来賢明な人物だった。だから、正気を取り戻せば、自らの過ちに気付き、自らの手で事態の収拾をしようとするはず。私は、共に地上を治める立場にある者として、彼に猶予を……その為の時間を与えてやりたかった。智司が選んだ周翼が覇王では、四天皇帝が悔い改める時間が足りないだろうと……」

「そんな理屈でか……」

「私の見通しが甘かったのは、認めますよ。お陰で、地上にいらぬ混乱を招いた。その点は、申しわけなかったと……」

「全くじゃ」

「……その償いという訳ではないが、私は、この剣を持ち、天界へ行く。そして四天皇帝に会い、覇王選定の為の詔を出すよう説得して来よう。だが、私が冥府を空ければ、妖魔どもが騒ぎ出し、この冥府に混乱を来たす。だから、そなた達のうちの一人に、冥王の代理を務めて貰わねばならないのだ。無論、只でとは言わない。私の代理を務めた者には、覇王選定の為の詔を渡す。という条件を付けるが如何であろう」

 そう告げて、冥王は一同の顔を見回した。その申し出の意図を測りかねる様に、星王たちはお互いに顔を見合わせる。



 四天皇帝が冥王を召喚する時には、いつも留守居役として、四方将軍が冥府に来ていたと聞く。今回は、四天皇帝の許しなく天界へ昇るというのだから、四方将軍に代わる者が必要である――という理屈は通る。


 だが――

 その者に詔を与えるということ。つまり、その者が次の四天皇帝となるという、そんな大事を冥王の独断で、こんなに簡単に決めていいものなのか。そこに、本来、決定権を有する四天皇帝の意思は、全く反映されない事になる。


「そなたの言う事は信用できぬ」

 まっ先に、白星王が拒絶の意を示した。

 これまでのやりとりを考えれば、それは仕方がない事だろう。そう思いながら、冥王は、その隣にいる紫星王に視線を移し、返答を求めた。

「……冥府の空気は肌に合わない」

「成程。癒しの君は、如何です?」

「四天皇帝の位など、興味はない」

「そうですか。では、橙星王。あなたは?今現在、地上で覇王に最も近い位置にいるのは、劉飛なのでしょう。その性格の欠点も、あなたが詔を手に入れれば、問題にはならない。地上の混乱は早急に収拾される筈だ」

「……それは、そうかも知れないが……」

 水を向けられて、迷いを見せる橙星王を横目に見て、緑星王が言葉を挟んだ。

「冥王から与えられた詔で、四天皇帝の位に就くなど、橙星王の沽券こけんにかかわりはしないのでしょうか」

 そう指摘されて、橙星王が肯定に傾きかけていた気持ちを引き戻した。

「詔などなくても、劉飛は覇王になる。この私の力でな」

 橙星王の返答に、冥王は肩を竦めた。


「少し、時間が必要な様ですね。私は席を外します。他に地上の混乱を収拾する良策があるというなら、後程、お聞かせ頂けますか?もし、有効な手立てを示せなければ、嫌でもこちらの言い分を通させていただく故、そのおつもりで、存分に話し合われるが良かろう」

 最後は言い捨てる様にして、冥王はその場から出て行った。


「さて、と。そういう事らしいのだが、如何する?」

 珍しく紫星王が、先陣を切って話を再開した。

「……そうだな」

 白星王が少しの思案の後、その考えを語る。

「そもそも、星王降臨が四天皇帝様のしでかした事だったとするなら、今更、詔が出るとは、考えにくい。あれから何年たったと思っている。反省するに足る時間はありあまる程じゃ。詔を出すつもりなら、とっくに出ていて可笑しくはない」

「冥王は、嘘を言っていると?」

「分らぬ。真相は藪の中だからな。誰も知らぬ事、幾らでも言い様はある」


 確たる判断材料のないまま、判断するのは、危険すぎる。だが、何らかの決断をしなければ、延々と、ここで不毛な議論を尽くすことになる。挙句、冥王の言い分を聞く羽目になったりしたら、また予期しない不愉快な方向へ引きずられる可能性は大きい。

 どうしてこう言う時に、智司はここにいないのかと、白星王が腹立たしく思っていると、その横で、緑星王があっさりと言った。


「ならば、その四天皇帝様の意思を確かめてみれば宜しいのでは?」

「それが出来ぬから、こうして考え込んでいる……」


 言いかけた白星王を制して、緑星王が続けた。


「九星王剣に星王を封じ、その剣を再び地上に持ち出すのです。そこで星王の封印が解かれれば、星王降臨は四天皇帝様の意思で行われたのだと言えるでしょう。それはつまり、四天皇帝様は、私たち七星王が、今は、地上にいる事をお望みなのだという証明になるのではないですか。詔が出ないのも、我らがまだ地上にいるべきだという、お考えの上なら……」

「筋は通るな。それで、封印が解かれなければ、星王降臨は、四天皇帝様の本意ではなかったと、そういう事か。ならば、我らは剣に封じられたままで、大人しくしていれば良いという話か。しかし、星王を封印した剣の扱いはどうする。我らの力を秘めた剣を地上に放って置くわけにもいかぬだろう。また、再び冥王の手に落ちるというのも癪な事だ」


「それは、剣の扱いを心得た、戦司にお願いするのが宜しいかと」

「私に?お前たちを封じた剣を持って、地上に戻れと?」

「それは妙案かも知れぬ。そなたは、来た道を戻れば良いのじゃ、問題なかろう」

「簡単に言うな」

 橙星王が顔をしかめる。

「もし、地上で我らの封印が解かれなければ、後は、そなたの好きにすればよかろう。星王の力を封じた剣があれば、赤星王と互角に渡り合える。それで、劉飛を覇王にする為に、奴と雌雄を決するも良し、戦を避けたいのであれば、蒼星王を探し出し、赤星王の力を抑え込んで、話合いをするも良し……」

「一つ、大事な案件が抜けているぞ。藍星王はどうする」


「劉飛に周翼を説得させればよかろう。そもそも藍星王は劉飛を覇王に押し上げるべく、周翼をその傍に付けていたのだろう。外野が色々と横やりを入れたせいで、関係がこじれてしまった様だが、皮肉にも冥王のお陰で、その障害もなくなった。この期に及んで、藍星王が、そなたに協力せぬ理由はない。さっさと劉飛を覇王にして、そなたが天界へ参れ」

「話だけ聞けば、随分と簡単そうだが」

 橙星王が苦笑する。

「それはつまり、私に、この広い冥府を、厄介な妖魔を退けながら、劉飛を探し回れという事になるのだぞ」


「星司の力を見くびってもらっては、困るぞ」

「何?」

「劉飛なら、境海で羅刹の王、剛來ごうらいと共におる」

 白星王が満面の笑みと共に、橙星王に言った。

「……成程。後は、こちらの頑張り次第と」

「そういう事じゃ。やってくれるか?」

 考えるまでもない。橙星王としては、劉飛を地上に連れ戻せれば、そもそもの目的が果たせるのだ。答えはすぐに出た。

「承知した」

 橙星王の返答に、白星王が手を打った。

「ならば、決まりじゃ」




 冥王が、星王たちの意思表示に気付いたのは、数刻の後の事。

 どうやら、橙星王が他の星王を九星王剣に封じ、これを持って逃走したらしかった。

「……星王が四人も揃うと、中々、目論見通りにはいかぬものだな。あれを束ねようとした藍星王の苦労が偲ばれる事だな」

 そう言って苦笑いしながらも、その瞳は愁いを帯びていた。


……お前の顔を見るには、まだ時が必要か……


「冥府にいる全ての羅刹に命じる。九星王剣を盗み出し、逃走した橙星王を捕えて、この冥王の前に連れて参れ。この大役を果たせば、そなたら羅刹の罪を許し、再び、誉れ高き冥府の守護者として取り立てよう」

 冥府の王の声が、冥府の彼方まで響き渡った。

 その刹那、たった一つの標的を求めて、待ちかねた名誉挽回の機会を得た羅刹が、冥府じゅうで一斉に動き出した。


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