3章 進む私と、進まない私
第69話 どきどき修学旅行①
夏休みが明けて少しの時間が過ぎた。
ようやく長期休暇明け特有の空気から、通常の空気感に戻ってきたところ、あるイベントの準備が始まった。
「じゃあ、班分けはこれで決まりにします」
黒板の前に立って、学級委員の小池君がそう言葉を述べる。
その黒板の右端の方に白いチョークで修学旅行の班分けと大きく書かれていて、その横にそれぞれの名前がグループごとに書かれている。
「……」
小池君の言葉を聞きながら、私は何とも言えない表情で黒板を見ていた。
元々、修学旅行の話を聞いてから、少し不安な気持ちを抱えてしまっていた。あらかじめ分かっていたことではあるのだが、いざ近づくと嫌でも考えなければならない。
何がそんなに不安なのかというと、同級生達、特に女子と数日間寝泊まりするという事実である。
事前にお兄ちゃんから、修学旅行がどんなものかは聞いていた。何人かの同性のクラスメートと一部屋で寝泊まりする。お風呂とかもクラスごとに交代で一緒に入ったりするらしい。一年以上柚葉として過ごしているとはいえ、さすがにそんな状況に放り込まれて、平常心でいられる自信がない。いや、平気だったら、それはそれで辛くなる。
しかし、今日部屋割りを決めた結果、一緒に寝泊まりするのは薫子や有華、香奈、愛里沙といった、いつものメンバーとの五人部屋だったので、少しだけ気が楽になった。お風呂とかは考えてもどうしようもないし、今は忘れておく。
というわけで、私が今不安になっているのは、別の理由である。
私は、薫子の方をちらりと見てから、坂間さんの方へと視線を移す。二人とも特におかしな反応は見られない。
今黒板に書かれているのは、修学旅行の実習や発表をするグループのメンバー分けである。その中の一つ、その女子の欄に私の名前――高木と書かれている。男子三人女子四人のグループだ。問題はそのメンバーである。
男子の方は置いておくとして、女子のメンバーが、私と薫子、そして竹野さんと坂間さんの四人。そう、薫子と坂間さんが一緒になってしまったことが不安なのだ。
どうやら薫子は、坂間さんにあまり良い印象を持っていないらしい。一緒の班でやっていけるのか、すごく心配だった。
そもそも何故、こんな班分けになったのか。
私たちのクラスでは、修学旅行の部屋割りや班分けはクラス内で話し合って決めることになった。部屋割りの方は、五人部屋か六人部屋。私たちは五人部屋をいつものメンバーで希望し、それが叶った形である。
一方班分けは、男女別に三人か四人のグループに分かれることになった。五人一緒とはいかなかったため、有華、香奈、愛里沙の三人と、私、薫子に別れて、私たちは誰か二人と四人グループという形をとることにした。そして、色々あって一緒になったのが坂間さんと竹野さんだ。二人は仲が良いので、私と薫子と同じように二人組を組んでいて、そこと合わさる形になった。
まあ、薫子と一緒になれず、普段話さない女の子と一緒になるよりは個人的には良いのだが、薫子は……。
私は、もう一度二人に視線をやって、小さく溜息を吐くのだった。
「はぁ……」
湯船に浸かって、体を休めると、自然と溜息が漏れる。
「大丈夫かな……修学旅行」
天井を見つめながら、私はぼそりと呟く。
ただでさえ不安だったのに、余計な心配事が増えてしまった。
薫子と坂間さん、私から見たら二人の相性は悪くない。共通のファンアニという趣味があるし、どちらも基本的に気遣いの出来る良い子である。
それがどういうわけか上手くいっていない。
「どうしたものかな……」
どっちかというと、薫子の方が坂間さんを嫌っている感じだ。理由は分からないのだが。
「はぁ……」
考えるのをやめて力を抜く。ぽかぽかとしたお湯に浸かっていると、心地が良い。女の子の体なのは未だに恥ずかしいが、お風呂に浸かっている間はリラックス出来て好きな時間である。
ゆっくりと過ごして、お風呂から上がる。
部屋に戻って、スマホを確認すると一つのメッセージが届いていた。
「あれ、竹野さんから?」
メッセージの主は同じクラスの竹野渚さん。修学旅行で同じ班になった一人であ、坂間さんと仲が良い子だ。
班が同じにになったということで、坂間さん、竹野さんとも友達登録した。一体何の用だろうか。
メッセージを確認すると、通話をしたいので、可能なら連絡がしたいとのこと。
「通話かぁ……」
竹野さんとは、何度か話したことはあるが、仲が良いというほどではないので、少し緊張してしまう。
でも、わざわざメッセージを送ってきたってことは、大事な話だよね。そうじゃないなら、明日学校で話せば良いわけだし。
そう考えて、今大丈夫だよとメッセージを送る。少しして竹野さんから、通話がかかってきた。一度深呼吸してから、通話を受ける。
「こんばんわ」
「こ、こんばんわ」
スマホから聞こえてきた、竹野さんの声に慌てて言葉を返す。
「ごめんね、急に」
「ううん、大丈夫だよ。それで何か用事?」
「うん、その高木さんも気づいてると思うんだけど、聖羅と一ノ瀬さんちょっと上手くいってないでしょ?」
「うん」
竹野さんの言葉に頷く。ちょうど、私も考えていたことだ。
「これから集まる機会増えるし、二人が仲良く出来るように協力してくれない?」
「うん、いいよ」
私は快く返事をする。二人が仲良くなれるなら、その方が良いだろう。変にギスギスされてもこっちが辛いだけだし。
「それで、聞きたいんだけど……」
「うん?」
「高木さんは、聖羅とどうやって打ち解けたの? 前は仲悪かったと思うんだけど」
「えっ、うーん……」
竹野さんから見て、私と坂間さんの仲が少しは改善したように見えたのだろう。
しかし、どうやって……。強いて言うなら、何度か話してみたくらいだけど……。
元々、仲が悪かったのは、本物の柚葉と坂間さんであり、今の私と坂間さんではない。だから、結局二人が仲悪かった理由については解決していないのだ。柚葉が何か言ったらしいのだが、本当のところが分からないので、謝罪もしなかった。一応、事故のせいで記憶が曖昧だと言ったら、坂間さんが折れてくれたという状況である。
「最近、話をする機会が多かったからかな……」
入れ替わりのことが説明できないので、それくらいしか言えない。まさか、柚葉本人じゃないから、何とかなったとは言えないだろう。
「それだけー? 前に聖羅に聞いたときは、何か高木さんの方が急に態度変えたとか言ってたけど」
態度を変えたというか、中身を変えただけどね。
「私は、そんなつもりないんだけど……そうなのかなー」
何も言えないので、適当に返事をする。
「うーん……話してるうちに、お互いの誤解が解けたみたいな?」
「そうかも……」
納得してくれそうなので、相づちを打っておく。
「じゃあ、二人が話せるようにしてみよっか。きっかけがあれば、仲良くなれると思うんだよ。二人ともファンアニ好きだし」
「そうだね」
「じゃあ、色々と頑張ろうね」
「うん、頑張ろう」
私の返事に満足したのか、竹野さんは、それじゃあと言って通話を切った。
無事通話を終えて、ほっと息を吐く。
何とか、修学旅行までに二人の仲を改善しておきたい。私も頑張らないと。
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