第66話 薫子と王子様とお姫様④

 私はさっそく次の日、高木さんに声を掛けてみることにする。予定だったのだが、学校がお休みだった。別のことで頭が一杯だった私は、曜日感覚がおかしかった。

 というわけで、週明けの月曜日、私は気を取り直して、高木さんに話しかけることにした。

「……」

 私は自分の席から高木さんをじーっと見つめる。私は話しかけるタイミングを伺っていた。

 話題は考えてある。お菓子だ。

 高木さんは、お菓子作りの本を見ていたし、帰り道にもその話を振ってきた。つまり、高木さんはお菓子の話題ならのってくれるというわけだ。

 手提げ鞄の中には、昨日ママと一緒に作ったクッキーが入っている。これを持って高木さんに突撃だ。

 ……………………。

 という考えは見事に失敗した。

 一人になったところに声を掛けようと思っていたら、結局一人にならなかったのだ。それに冷静に考えてみると、学校でお菓子を取り出して話すのはまずい気がした。

「はぁ……」

 お昼休みになって、私は思わず溜息を吐いた。朝の勢いは完全になくなり、もう話しかける気力も無い。

 クッキーはともかく、話しかけようと思ったのだが昼休みが始まるとすぐに高木さんはどこかに行ってしまったのだった。

「……図書室でも行こう」

 小さな声でそう呟いて、私は自分の席から立ち上がって、この前借りた本を手に持ち、教室を出た。

 重い足取りで図書室にたどり着いた私は、本を返却コーナーに置くと、この前と同じお菓子関係の棚に向かう。

「……あっ!」

 いた。高木さんが。

「むーっ…………」

 難しい顔をして、お菓子作りの本の一つとにらめっこをする高木さんは、珍しく一人だ。

 チャンスだ。心の中でそう呟いた。

 どう考えても今しかチャンスはない。ちょうど、お菓子作りの本を見てるし。

「たっ高木さん!」

「ひゃっ!」

 本に夢中になっていた高木さんは私の声に驚き、変な声を上げる。

「いっ一ノ瀬さん……どうかしたの?」

「えっえと…………」

 勢いで話しかけたは良いが、上手い言葉が出てこない。

「く、くくクッキー作ってきたの!」

「クッキー?」

「そうクッキー……あっ」

 違った。駄目だった。持ってきてはいるが、学校で取り出すわけにはいかない。そもそもあるのは教室の手提げ鞄の中なので、今ここにはないのだ。

「え、えと違うの……今持ってるとかじゃなくて……学校には持って来ちゃったけど、別にこっそり食べようとしたとかじゃなくて……その……」

「えっと……くれるってこと?」

「う、うん……」

「じゃあ、帰りに貰おうかな。それで良い?」

「うっうん!」

 私は勢いよく頷いた。今日も一緒に帰る約束が出来たのだ。

 そこでキーンコーンカーンコーンと予鈴の音がなった。

「じゃあ、教室戻ろっか?」

 私はこくりと頷き、高木さんと二人で教室に戻った。




「一ノ瀬さん、帰ろう」

「……うん!」

 一瞬声を掛けられたことに驚いてから、私は頷いた。そっか約束をしていたから教室で声を掛けてくれたのか。私は学校の外で待つ気まんまんだった。

 二人一緒に下駄箱の所まで行って、靴を履き替える。それだけで私は凄く嬉しかった。だって、この学校に来てからずっと帰りは一人だったから。

「たっ高木さん、どうぞ!」

 学校を出て少し歩いたところで、高木さんに両手で袋に入ったクッキーを差し出す。

「ありがとう」

 高木さんはそう言って、クッキーを受け取ると、袋から一つ取り出して、ぱくりと食べた。

「あ、おいしい」

「昨日、ママと作ったんだ」

 美味しいと言って貰えたのが嬉しくて私は少し誇らしげに言った。

「へー……」

 そう呟くと、高木さんは少し考えるような表情になりつつ、もう一つぱくり。

 い、今いけるのでは? クッキーも美味しいって言って貰えたし、友達になって貰えるのでは?

「え、えと……」

 私は、頭の中から言葉をひねり出そうとする。

 と、友達になってください。友達になってください。友達になってください。

「…………」

 頭の中で繰り返すが、中々口に出せない。

「い、一ノ瀬さ――」

「とっとと あっ!」

 声を出すタイミングが被ってしまった。歩くのをやめて、慌てて謝る。

「ごめんなさい……その……あの……」

「えと……一ノ瀬さんからどうぞ?」

「は、はい!」

 私はかちこちになって返事をする。

 足を止めて待ってくれる高木さんに私はさっきの言葉を言おうとする。

「……んっ」

 しかし、改まって見つめられると、中々言いづらい。

「えっと、あのっわ、私と……とと」

 高木さんは黙って待っていてくれる。

「友達になってください!」

 私はそう言って、勢いよく頭を下げた。

「……」

 その態勢のまま高木さんの返事を待つ。もし断られたらと思うと顔を見るのが怖かった。

「ふふっ……ふふ」

「?」

 高木さんが何か変な声を出している。気になる。

 私は覚悟を決めて頭を上げると、高木さんが笑いをこらえるように口元を押さえていた。

「た、高木さん?」

「ご、ごめんね。そのちょっとびっくりして……」

「びっくり?」

「だって、すごい真剣な顔だったから、何かもっと大変なことでもあるのかと思って構えてたから」

「た、大変なことだよ! 私、真剣に高木さんと、とも……」

 もう一度、言おうと思ったが、高木さんを見てたら言うのが恥ずかしくなってくる。

「えーっと、ごめんなさい」

「!?」

「何か笑っちゃって……」

 一瞬断られたのかと思ってびくっとした。

「いや、笑いごとじやないね。うん」

 そう言うと、高木さん一度深呼吸して、私に向き直る。

「えっと、いいよって言えば良いのかな?」

「!」

 私は今度は嬉しい意味でびくっと反応した。

「いや、っていうか私はもう友達だと思ってたんだけどね」

 その言葉に私はえっと呟いて返事をする。

「友達って、話してるうちに自然になるものって思ってたし、こんな風に面と向かって友達になってって言われたの初めてだから吃驚した。何かこう、告白でもしそうな雰囲気だったし」

「こっ告白!?」

 私の脳裏に御坂くんの姿が一瞬浮かんで消える。

「いや、その……えと」

 まるで告白みたいだったと言われて、今度はこっちが恥ずかしくなる。いや、ある意味それくらい緊張していたけど。

「そ、それよりも、高木さんの話は何だったの?」

 私は、これ以上この話題が続くと恥ずかしいので、話題を変えようとした。

「あっ、それはお願いがあって……」

「お願い?」

「うん、えっと……」

 高木さんはポリポリと頬を掻きながら照れくさそうに続ける。

「私にお菓子作り教えてくれない?」

「……!」

 私は、その言葉に勢いよく頷いた。転校してきて初めて出来た友達が、私を頼ってくれたのが凄く嬉しかった。



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