第65話 薫子と王子様とお姫様③

 お風呂上がり、私はベッドの上で寝転ぶと自分の左の膝をなでる。そこには御坂くんの貼ってくれた絆創膏が付いていた。

「んふふ……」

 私はそれがまだちゃんと付いているのを確認してついついにやにやしてしまう。

 上半身だけ起こして確認すると、お風呂に入ったときに濡れたせいか絆創膏は少しふやけてしまっていたが、まだしっかりとくっついていた。

「んーっ!」

 もう一度、寝転んで枕元のニャニャミを手に取ると、それを抱きしめてくるくると転がる。

「うーっ!」

 私は声にならない声を上げる。

「ニャニャミ、今日良いことがあったんだよ」

 私はニャニャミを抱きしめたまま天井を見つめて呟く。

「王子様が現れたんだよ!」

 私が辛いときに助けてくれる。そう、きっと御坂くんは、私の王子様。色んなお話でお姫様を幸せにしてくれる王子様だ。




「それでは二人組を作ってください」

 先生の言葉に私はキョロキョロと周囲を見回す。周りはいつものメンバーで二人組みを作っていく。

 今は体育の時間。準備運動のために二人組を作るように言われたところだ。この授業の時はいつもこれから始まる。

 私はあまり運動が得意ではないため体育の時間は前から嫌いだった。そして今は前より嫌いだ。

「……」

 声を掛けようにも周りはいつもの相手と組んでしまうため、私は一人余ってしまう。そもそも女子が奇数なので絶対に一人余るのだが。

 相手が居なければ先生が相手をしてくれる。私は、いつも通り先生が来るのを待つことにした。

「一ノ瀬さん」

「ひゃい!?」

 誰も話しかけてこないと思っていた私は突然呼びかけられて、変な声を出してしまう。

「一緒にやろう」

「……!」

 声の主は、図書館で会った高木さんだった。

「えっ……高木さんいつもの人は?」

「いつも……あっいつも組んでくれてる子今日お休みだから」

「そっか……」

 それなら、人数的に私の所に来るだろう。

 高木さんと一緒に先生の指示に従って、準備運動をしていく。

「一ノ瀬さんって、家どの辺りなの?」

「えっと……?」

「何か近くにある?」

「うーん……」

 自分の家から学校まで、何があるかと言われても答えられるものがない。周りもおうちばかりだ。

「学校出てどっち曲がる?」

「左に曲がる」

「その後は?」

「少し歩いて右に……」

「通学路、同じところ通るかもね」

 そう言われても、私は上手くイメージ出来ない。引っ越して来てからも学校以外はママの車に乗って出かけているため、全くと言って良いほど、道を覚えていない。

「一ノ瀬さんって本好きなの?」

「どうして?」

 私は体を動かしながら、不思議そうに返事をする。

「この前、図書室にいたから」

「うーん、別に好きってほどでも……」

 ファンアニの本なら繰り返し読むが他はあんまりだ。

「じゃあ……お菓子作りが好き?」

「うん、そういうのは好きだよ。楽しいよね?」

「そ、そっか……そうだね……」

 高木さんが悲しいような落ち込んだような声を出す。そこで私は思い出した。

「そういえば、高木さんが見てた本」

「?」

「何か良くなかったの? 怒ってたみたいだったし」

「それは……」

「内容は分かりやすかったし、色々簡単なレシピ載ってたし」

「!」

 そこで高木さんが信じられないという顔をする。

「簡単?」

「うん? そうじゃない?」

「そっソウダネーカンタンダヨネ」

 高木さんがものすごくたどたどしく言う。私は小首を傾げる。

「はっ!」

 もしかして、高木さん……。

「料理とかお菓子作りとか苦手?」

「…………」

 黙ってしまった。あからさまに目線も外される。やっぱり……。

 そうだ。それなら今度のお休みに一緒に作ってみたり……。

「あの高木さ――」

「はい、じゃあ一度整列して」

 先生が準備運動の終わりを告げる。

「べ、別に苦手とかじゃないから!」

 高木さんはそう言い捨てると私から離れていってしまった。




「うーん……」

 学校の帰り道、私は、うーんうーんと繰り返し唸る。

 せっかく機会があっても、中々ものに出来ないからだ。

 多分、上手く会話を広げられたら、高木さんと体育の後もおしゃべり出来たかもしれないのだ。今までだって……。

「あっ一ノ瀬さんも、今帰り?」

「うん…………!?」

 一瞬頷いてしまってから、私は驚いて声のした方を見る。

「えっ高木さん……?」

 予想外の事態に頭がついていかない。えっ……え?

「体育の時にこっちの方って言ってたもんね」

「あ、えと……う、うん」

 頷くだけで精一杯だった。

 話題は、何か話題ないかな……。

「みんな反対方向だし、私帰り一人なんだ。途中までかもだけど、一緒に帰って良い?」

「う、うん!」

 今度は力強く返事をする。

 その日、私は久々に同級生と一杯お話をした。といっても、高木さんの暮らす家の方が学校から近くて少ししたら、別れてしまったけど。

 私は、その帰り道だけで、今日は学校が楽しかったとそう思えた。




「お、おはよう高木さん!」

「うん、おはよう」

 翌朝、私は教室に入るなり、高木さんに向かって挨拶をした。一瞬びっくりした顔をされたけど、すぐにおはようと返して貰えて私は安心した。

 休み時間は、高木さんの周りにいつものお友達が居て、私は近づけなかった。けど……。

「あっ一ノ瀬さん、一緒に帰ろう」

「うん!」

 学校を出てすぐの所でウロウロして待っていた私に高木さんは声を掛けてくれた。

「もしかして待っててくれた?」

「いや……えっと……」

 待ち伏せしていたと知られたら、嫌な顔をされるかもしれない。そう思ってしまい私は言いよどむ。

「それなら、教室で声かけてくれたら良かったのに」

「……うん」

 教室で声を掛けなかったのは、高木さんが他の子とおしゃべりしていたからだ。他の人が居る中で声を掛けるのは、私にはハードルが高すぎた。正直、断られることを考えると二人っきりでも、自分から言い出せる気がしない。

「そういえは……一ノ瀬さんってお菓子作り得意なんだよね?」

「え、得意ってほどじゃないけど」

「好きなんでしょ? 料理とかお菓子作りとか」

「うん。でも、それよりも私はニャニャミが好きで……」

 この前のクッキーの本もニャニャミの型を使いたくて、借りたのだ。

「ニャニャミ?」

「うん! ファンアニの人気キャラなんだよ! ピンク色のネコのキャラクターでね」

「う、うん」

 ニャニャミという単語に私は思わず語り始めてしまう。

「一番人気はコグマル……熊のキャラクターなんだけど、やっぱり私はニャニャミが好きなんだ。普段は結構おませさんなんだけど、魚に目がなくって、お魚食べるためにちょっと暴走しちゃったりするところも好きで」

「うん」

 久しぶりに話し出すと私は、言葉が止まらなくなった。

「それで……あっ」

 ふと気づくと、この前別れたところまで来ていた。実に10分以上語っていたらしい。

「ご、ごめんなさい……私……」

 またやってしまった。自分でも自覚してるけど、私は夢中になると周りが見えなくなっているみたいなのだ。いつも周りを呆れさせてしまう。

「一ノ瀬さんって、本当にファンアニ大好きなんだね」

 もう分かったから。とか、その話はいいからとか。私は続く言葉を頭の中で予想した。

「せっかくだし、私もちょっと見てみるね」

「へ?」

「本とかあるの? 何か色々キャラクターいるって言ってたけど」

 私は一瞬ぽかんとしてから、高木さんが話を続けてくれていることに気づいた。

「う、うん! 本も一杯出てるし、公式サイトに全部のキャラクター載ってるよ」

「じゃあ、とりあえず公式サイト見てみるね」

 高木さんは、もう別れるところまで来てるのに、足を止めて私の話を聞いてくれていた。

「……怒ってない?」

「何で?」

「一方的に話しちゃったし……」

 高木さんは、そこでうーんと考えるような素振りを見せた。

「愛里沙……友達に私の知らない話題でも、どんどん語ってくる子いるし……それに」

「それに?」

「何か一ノ瀬さん凄く楽しそうで、私もちょっと興味持ったし。だから、別に怒ってないよ」

 高木さんは安心させるように私に優しくそう言ってくれた。

 その時、私は決意した。絶対に高木さんと友達になりたい……なるって。



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