第61話 不思議な巫女さん①

「あつーい……」

 夏休みが始まって一週間と少しが経った。8月に入りますます暑くなった気がする。

 去年なら、そろそろ柚葉の祖父母の家に向かっていた頃だが、今年はお兄ちゃんが部活の練習をしたいということで、行くのはもう少し後になった。私だけ先に行くというのも……ね。

 部活の練習とは言うが、どうやら今日は自主練習のようで、香奈のお兄さんと一緒に練習しているらしい。

 今日は一日用事も無い私は、お兄ちゃんに差し入れでも持っていこうと思い、この強い日差しの中、のそのそと歩いているのだ。

 肩に掛けた水色のショルダーバッグにはスポーツドリンクの入った水筒2本と塩分補給用に作ったハーブソルトクッキーが入っている。クッキーは良いけど、水筒が重い。

「部活……部活かぁ……」

 重さのことを考えないようにするため、遠いようで近い……だいたい半年くらい先の未来について考える。自分も中学生になるわけだが……。

「……はぁ」

 どう考えても、戻ってるとは思えない。その考えに行き着いてしまい思わず溜息が出る。

 入れ替わって一年と少し。すぐ戻れるだろうという幻想は綺麗に打ち砕かれていた。

 仮に今日、柚葉が奇跡的に目を覚ましたとして、じゃあ半年以内に元に戻れる自信があるか。答えは否である。

 時間があるときに図書館に赴いて、それらしい本をあさり、インターネットで検索を繰り返してはみたが、元に戻る方法なんて見つからなかった。

『小説やドラマじゃあるまいし、入れ替わりなんてあるわけないでしょ』

 プールに行ったときに坂間さんに言われた言葉だ。

 あの時は、むっとしてしまったが、自分だって、実際に経験しなければ、そう思ったかもしれない。

 色々調べても分からないし、普通に考えれば、現実では起こらないこと。自分が思っていた以上に、自分はおかしな状況にあるわけだ。何の情報も手かがりもないこんな状況では、仮に柚葉が目を覚ましてもすぐ元に戻るのは無理だ。いや、それどころか元に戻れるのか…………。

「いや、なしなし今の考えはなし!」

 何も試さずに決めつけるのは良くない。何も分からないってことは、突然戻る可能性だってあるってことだ。悪い方に考えるよりは、前向きに考えよう。うん、そうだ。柚葉が目を覚ませば、全部元通り。そう思っておこう。

 そう考え直し、悪い考えを頭を振って吹き飛ばす。

 気を取り直して、お兄ちゃんのいる体育館に向かうことにする。周囲を見渡して現在地を改めて確認すると、まだ家から体育館までの距離の半分といった所だ。

「香奈の家からは近いけど、うちからは結構遠いんだよなぁ……」

 この一年で、すっかり健康も体力も取り戻した柚葉の体だが、それでも元の体に比べると、体力もろもろ劣っている。悠輝の時ですら少し遠いと思っていたくらいだ。この体で荷物を持っていたら、疲れるのも仕方が無い。

「っていうか、水筒一つにすればよかった」

 一応、香奈のお兄さん用に二つ持ってきたのだが、こんなことなら水筒は一つにして、紙コップでも持ってくれば良かった。自販機は体育館にあるし、別に量が足りなくても、お兄ちゃん達が自分で買っただろう。

 余計な気を回したと後悔する。自分の体力のことも考えてよ、と家を出る前の自分を呪った。

「どこかで休憩しようかな……」

 とりあえず、一度座って何か飲みたい。この際ベンチさえあれば良い。片方なら水筒に手をつけても良いのだが。

 あいにく、この辺りは土地勘がない。休憩できるお店どころか、ベンチがある場所も分からない。

「……あっ、いや確か……」

 ベンチがある場所なら心当たりがあった。少し前に何度も来た場所だ。

 少し遠回りになるが仕方が無い。体が休憩したがっているのだ。この体に無理はさせられない。

 心に決めて、私は目的地を変更した。その場所は翠華神社。以前お祭りの時に訪れて、不思議な巫女さんに会った場所である。




 予定のルートから少し逸れて歩くと、10分ほどで目的の翠華神社にたどり着いた。

 慣れない場所で迷うかもしれないと不安だったが、神社の近くまで来たらすぐに分かった。まあ、神社周辺ならあの後も何回か来たしね。

 石段を上って神社の境内へと入る。祭りの時と違って、とても静かで、どこか神秘的な感じのする場所だ。

「えっと、確か……」

 きょろきょろと辺りを見回す。周囲の中でもひときわ大きく、紐の巻かれた木の前に少し古びた木製のベンチがあった。

 自分の記憶違いでなかったことに安堵しながら、ベンチの所まで歩く。

 軽く手で押してみたりして触ってみたが、古いだけで座っても壊れたりはしなさそうだ。

「よっ……はぁー」

 ようやく腰を下ろして、大きく息を吐き出す。

 大きな木の陰になっていて、ちょうど日差しも遮ってくれるし、大分涼しい。しばらくここで休んでいたい。

「ふー」

 腰を預けてだらんとしたかったが、あいにく背もたれがないタイプのベンチでそれが出来なかった。

「あー、せめて自転車があったらなぁ……」

 柚葉が自転車に乗れなかったため、残念ながらマイ自転車がないのだ。お兄ちゃんのを使っても良いと本人に言われていたのだが、今日は先に使われている。

「ママに頼もうかなぁ……でもなー」

 自分の我が儘で何かを買って貰うのは、やっぱり抵抗がある。それに……。

「スカートで乗るのはちょっとなぁ……」

 柚葉になってからは、慣れるためという理由で極力スカートを履くようにしている。いや、自転車に乗るときだけズボンにすれば良いんだけどさ。

「はぁ……」

 何だかこの体になってから、溜息が増えた気がする。まあ、それだけ悩みの種が多いということだが。

「そんな大きな溜息を吐いて、何か悪いことでもあったんですか?」

「!?」

 誰も居ないと思っていたところに誰かから突然声を掛けられてビクッとする。慌てて下がっていた視線を上げて辺りを見回すと、巫女服姿の少女が視界に現れた。

「あっすいません。突然声を掛けて吃驚しましたよね……」

 私は驚いて口をぱくぱくとさせる。

「あ、あの大丈夫ですか?」

 何も言えずに居る私を巫女さんは心配そうに見ている。

 数歩先の目の前にいる同い年くらいの少女。巫女服を着ていて、長い黒髪に綺麗に切りそろえられた前髪。見覚えがある。声も聞き覚えがある。

「……あ、あの!」

「は、はい!?」

 私はベンチから立ち上がって距離を詰める。彼女の両肩を自分の両手で押さえる。

『その、魂というかが少し変になってたので』

 翠祭りの日、彼女はそう言った。冗談だったのか、本気だったのか分からない。でも、突然お札とか出しちゃうようなこの巫女さんが言ったのだ。

「あなたには、私の魂はどう見えているんですか!」

 私は彼女の目をじっと見つめた。この現実にはあり得ないこといれかわりの解決策を彼女なら知っているかもしれないと、あの日から聞きたかった言葉を投げかけた。



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