第62話 不思議な巫女さん②
「えっと……?」
巫女さんは、ことっと小首を傾げる。頭の上にははてなが浮かんでいそうだ。
「その……翠祭りの日に、私の魂が変だって……」
「翠祭りの時…………あっ」
巫女さんは、血の気が引いたように急に顔を青くする。
「あれは……その……たったたた」
「た?」
「たま……たま……駄目です! 誤魔化せそうな単語が何も思いつきません!」
えー……。
「はっ、そうです。空耳です。私は何も言ってないです!」
涙目になっていたかと思うと、急にどや顔でそんなことを言ってくる。最初にそう言われたなら、こっちも引き下がるしかなくなってたかもしれないけど……。
「今、誤魔化すって……」
「えっえっと、それは……それは……」
「……」
嫌な予感しかしない。
「ごっごまを買いに行かないと、いけないんでした。わ、私はこれで……」
そのまま逃げようとする巫女さんだが、私はずっと彼女の両肩を押さえたままだ。勿論こんな言葉で解放してあげたりしない。
「……わすれ……」
「え?」
「忘れてください忘れてください忘れてください忘れてください忘れてください忘れてください忘れてく――」
「うるさっ!?」
思わず手を離して耳を塞ぐ。私から解放された巫女さんは逃げ出すでもなく、その場にへたり込んでしまった。
「えっと……」
耳を塞ぐのをやめて、彼女と目線を合わせるためにその場にしゃがむ。
「どうせあなたも私を馬鹿にしに来たんでしょ! 自分が見えないからってないって決めつけて!」
「いや、そういうわけじゃ――」
「みんなして私を馬鹿にして、いいもん信じられないなら信じなきゃいい! 何かあっても私は絶対に助けてあげないんだから!」
「だから――」
「あなただって、変な魂して! 形が歪で無理矢理押し込んだみたいで!」
「!?」
今、何か大事なこと言わなかった?
「見てるこっちが気分が悪く――」
「その話!」
「ふぇっ?」
「だから、その話聞かせて!」
「…………」
彼女はやっと喚くのをやめてくれたかと思うと、じっと私を見つめる。
「……あなたはからかいに来たんじゃないの?」
「うん」
「馬鹿にしに来たんじゃないの?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
「本当の本当に?」
「うん」
「本当のほんと――」
「本当の本当の本当に!」
最後は言葉を遮って頷く。このまま永遠に続きそうだったからだ。
「……本当に聞きたいの?」
「うん、聞きたい。それが聞きたくて会いたかった」
「…………分かった。でも、その前に教えて。どうして聞きたいの?」
「どうしてって……」
「ただの好奇心?」
「…………」
どう答えよう。
ただの好奇心ではない。自分と柚葉のためだ。
二人が元に戻る方法が分かるかもしれないし、それが分かれば柚葉を目覚めさせる方法も分かるかもしれない。
なら、全部を話して……。
『小説やドラマじゃあるまいし、入れ替わりなんてあるわけないでしょ』
「っぁ……」
喉から声を出そうとした瞬間、この前の坂間さんの言葉が脳裏をかすめる。伝えようとした言葉は喉に引っかかって出てこない。
さっき目の前の巫女さんが言っていたみんなが信じてくれなくて自分を馬鹿にすると、叫んでいた気持ちが理解出来てしまった。多分、みんなに入れ替わりのことを伝えていたら、頭がおかしくなったと思われたはずだ。
でも、誰も信じてくれない辛さが分かるこの子なら……魂が見えるらしい、この子なら……。
「実は、私一年前に事故に遭ってて……それ以来、一緒に事故に遭った幼なじみが目を覚まさなくて……お医者さんも原因が分からないみたいで…………そんな感じです」
入れ替わりのことは口には出せなかった。言った方が何か参考になることを言ってくれるかもしれないのに。信じて貰えないのが怖かった。
「……とりあえず、そこ座る?」
「あ、うん」
彼女が先ほどまで私が座っていたベンチを示したので頷いてそこまでいく。
「えっと……改めまして、私は
「あ、えっと……高木柚葉です」
「うん……?」
「え、どうかした?」
「……いや、なんでもないです」
何、何が見えてるの!? 怖い……。
「柚葉さんが、気にされているということは、事故の時に何かあったんですよね?」
「!?」
もしかして、言うまでもなく入れ替わりのことを察してる!?
「たとえば……」
ごくりと喉をならす。彼女の口が動くだけでどきどきする。次の言葉に期待してしまう。
「臨死体験をした……とか?」
違ったー!全然違ったー!
「あとは……」
あとは?
「……柚葉さんが怪我をしなかったとか?」
考え込む素振りを見せた後、彼女はそんな言葉を続けた。
「怪我を……」
そっちは思い当たる節があった。あれだけの大事故にあって、この
「心当たりがあるんですか?」
「うん。でも、幼なじみが庇ってくれたからで、魂が関係あるようには思えないけど……」
自分が入れ替わる前に庇ったのか、入れ替わった後に柚葉が庇ってくれる形になったのかは分からないが、どっちにしても結菜ちゃんの話に関係ありそうには思えない。
「一年前の事故って、どんな事故でしたか?」
「分かるかは、分からないけど、バス事故で……」
「一年前のバス事故……分かります。ニュースで見ました」
予想通りの反応が返ってくる。目覚めたのは一ヶ月後で、大分落ち着いていたが、事故直後は、連日のようにニュースで取り上げられていたらしいし、今年も事故から一年ということで、ニュースでちょっとした特集が組まれていたほどだ。
「……柚葉さんは奇跡って信じますか?」
「……へ?」
いきなり出てきた突拍子もない言葉に目をぱちくりさせる。
「うちの神社に伝わることの一つなんです。人間は誰しも一度だけ奇跡を起こせるって」
「えっと、それがどういう……」
「あなたが、あの事故で助かったのは奇跡だったんじゃないかって」
はい?
「ちょっと、意味がよく……」
確かに、あの事故から生還したのは運が良いことだ。だからといって奇跡なんて言われると違和感がある。
「えっとですね……」
結菜さんが言葉を選ぶように話し始める。
「柚葉さんが」
はい。
「事故で怪我もなく助かったのは」
うん。
「その……幼なじみさんが奇跡を起こしてくれたってことじゃないですか?」
「!?」
柚葉が……?
「だから、柚葉さんの魂がそんななのかと……」
「ちゃんと説明してください! えっと、ちょっと意味が……」
結菜さんと違ってこっちには魂なんてものは見えないのだ。そんな霊感的なものをもたない自分にも分かるように言って欲しい。
「奇跡っていうと、大それたことのように思うかもしれませんけど、世の中に意外とあふれてるんですよ」
「奇跡が……?」
「はい」
結菜さんは一度頷くと言葉を続ける。
「たとえば、お医者さんにもう治らないと診断された病気が治癒したり、余命を宣告された人がそれよりもずっと長く生きたり」
「確かに、それくらいならありそうですけど……」
たまに、そういう実話とかを取り上げた番組をやっていたりする。
「あと、こういう言葉知りませんか? 病は気からって」
「それは知ってますけど……」
病気は気持ちの持ちようで良くも悪くもなる。そんな意味のはずだ。
「人の気持ちは……魂はちゃんと影響を与えるものなんです」
「は、はぁ……」
何だか変な宗教に勧誘されている気分になる。
「強い思いが奇跡を起こす。こう言うと、漫画みたいですけどね」
そう言って、結菜さんは微笑む。
「私の勝手な予想ですが、柚葉さんは幼なじみの方に救って貰ったんだと思います」
私は黙って耳を傾ける。
「その人が柚葉さんを助けたいって強く思ったから怪我もなく助かったんだと思います。もしかしたら一度死んで魂が出そうだったのを無理矢理体に押し込んだから、そんな風に変な状態になったのかも……」
「魂を押し込む……ってそんなこと出来るの?」
「見たことないですけど、柚葉さんを見てたらそんな気がしてきました」
「………………」
魂を押し込む。目の前の子が言っていることとは違うけど、自分の状態はまさにそんな感じだ。別の体に意識を……魂を押し込まれている。
現実味のない話だ。奇跡がどうとか、魂がどうとか。でも……。
「助けたいって思ってくれたんだ……」
この話が本当にあったことなのかは分からない。でも、もしそうなら、そうだとしたら……。
「ゆ、柚葉さん!? 泣いてるんですか!?」
どうしてか涙が溢れて止まらなかった。彼女は助けてくれたのだ。強い気持ちで。それがどうして、入れ替わりなんて形になっているのかは分からない。それでも、彼女が自分のことを大切に思ってくれていた。その気持ちが伝わってくる。そんな気がした。
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