第60話 またプールの季節⑦
空けて貰った席で3人で座って、各々買ってきた物を食べ始める。私が買ってきたのは、オムソバとフライドポテトのセットだ。
「坂間さんは、お昼からどうするの?」
たこ焼きを口に運んでいた坂間さんがこちらに視線を寄越す。熱そうなたこ焼きをはふはふと食べてから、考えるようなそぶりをみせる。
「別に……」
そう返事をすると、またたこ焼きを口に運ぶ。
「わはひは、ふへひはいひふ」
「えっ……?」
薫子がクレープをもぐもぐしながら、何かを言ってくる。
「……ごくん。さっきの滑り台に行く!」
「あっ滑り台か」
ふへひはいは、滑り台か。うん、ちゃんと飲み込んでから話そうね。女の子がはしたないよ。
しかし、滑り台となると坂間さんは無理だな……。私もアザ太ありではごめんだけど。
「……うーん」
どうしたものか。いつもなら薫子と一緒に滑り台に行くのだが、そうすると坂間さんを一人にしてしまう。午前中は一緒だったのに、午後から放置というのも……。
「私のことは気にしなくて良いから。どうせ泳げないし……」
私の表情で察してくれたのか、坂間さんがそう言ってくれる。泳げないの所だけ声のボリュームを小にしていて聞き取りづらかったが。
「……」
泳げない……か。
ふと、入れ替わる前のことを思い出す。小学四年生の夏休みの時だ。
あの夏、柚葉から泳ぎの練習に付き合って欲しいと頼まれた。正直、別に水泳が特別得意というわけでもないので、他の人に教わった方が良いとも思ったのだが、柚葉がどうしてもと言うので引き受けたのだ。
何度か二人でプールに通って、短い距離とはいえ、柚葉が泳げたときは嬉しかったのを覚えている。
「…………」
泳げないことから、あまりプールなどが好きじゃなかった柚葉も泳げるようになってみると、最後は楽しそうに笑っていた。
「午後からは別行動で良い?」
薫子の方へと顔を向けて、言葉を掛ける。
「うん? 別に良いけど……何かあるの?」
「うん、ちょっとやりたいことが……」
そこで今度は坂間さんの方へと顔を向けた。坂間さんもこっちを見ていて目が合う。
「一緒に泳ぎの練習しよっか」
「…………えっ? いや、何でよ……」
坂間さんが目をぱちくりとさせる。おかしなものでも見るような目でこっちを見てくる。
「あ、嫌?」
「嫌、とかじゃなくて……高木さんがわざわざ教えてくれる意味が分からない……」
そう言われると、教える理由もないのかもしれない。坂間さんとは友達と言えるほど仲が良いわけでもない。
「だって、泳げた方が楽しいでしょ?」
「っ……」
でも、何となくそうしたいのだ。だから、意味なんて別に無い。ただ、あの日の
「……勝手にすれば」
「うん、勝手に教えるね」
顔を背けて、恥ずかしそうにする坂間さんに私は優しく頷いて返す。
「じゃあ、とりあえず手を持っててあげるから、バタ足してみて?」
そう言いながら、彼女両手を引いてプールの中を少し歩いてみる。
ブクブクブク……。
しかし、進むどころか彼女はすぐに沈んでしまう。
「……あ、うんまずは浮く練習からだね」
坂間さんは、どうやらプールに入っているだけで不安になるようだ。午前中の滑り台の後も放心状態になっていたほどだし、よっぽど怖いのだろう。
「えーと、力を抜いてー」
「わ、分かってるわよ……!」
恐怖で体が強ばっているせいで、全然浮けていない。まずは、リラックスして力を抜いて貰わないといけない。
柚葉の時はどうしたっけ……。
『柚葉、力を抜いて。そうしたら浮くから!』
『それは、わ、分かってるけど……』
そうだ。柚葉も最初は力が入りすぎて浮くことすら出来なかった。それで、どうしたんだっけ……。
「……」
確か……。
「坂間さん、ちゃんと手繋いでるから。離さないから」
「な、何よ……急に……」
「ゆっくりで良いから、大丈夫だから」
あの時だって、別に何か教えられたわけじゃなかった。ただ一緒に居ただけで少しでも緊張せずに安心して貰えるように、励ますことしか出来ないのだ。
『だから、一緒に頑張ろう』
あの日柚葉に掛けた言葉を今度は坂間さんに投げかける。
「……」
彼女は少し不安そうな表情だったけれど、こくりと頷いてくれた。
「……ごめん結局泳げるようにしてあげられなかった」
更衣室を出てすぐのベンチで二人並んで座り、私は坂間さんに謝罪した。
時間はあっという間に経った。帰らなくてはいけない時間になっても、坂間さんは泳げるようにはならなかった。
「浮けるようになっただけ、私にしては進歩よ……だから……」
そこで一度言葉を切る。気になって彼女の顔を見ると、少し顔を赤くしながら、もごもごと口を開けたり閉じたりを繰り返している。
「……?」
「そのっ…………なんというか……、ありがとね」
「へっ……?」
一瞬意味が分からず、変な声が漏れる。ありがとねって……お礼? えっ?
「何で、意味分からなそうな顔でこっち見るのよ!」
「いや、だって泳げるようにして上げられなかったし……」
自分から教えると言った手前、寧ろ申し訳ない気持ちで一杯なのだが……。
「そうだけど、私のために頑張ってくれたわけだし……少しは進歩したし、おかげでちょっとは楽しかったというか、また練習しても良いかなとか思ったし……」
「えっ、楽しかった? 本当に?」
元はと言えば、坂間さんもプールを楽しめるようになってもらうために教えたというのもあるので、そう思って貰えたのなら最低限の目的は果たせたのかもしれない。
「たっ楽しかっ……2回も言わせんな! 恥ずかしい……」
そう言って、坂間さんはそっぽを向いてしまう。
「ごめん……。でも、坂間さんがプール楽しいと思えるようになったのなら良かったよ」
「……」
そういうと、坂間さんはちらりと視線をこちらに寄越した。
「何か悔しいけど、ちょっだけ、本当に少しだけだけど、雰囲気似てる気がする……」
「似てるって誰に?」
「……御坂君に」
その言葉を聞いた瞬間ドクンと心臓が跳ねたのを感じた。
今、何て? 御坂君に似てる……御坂悠輝に……。
「……」
何かを言おうと口を開き掛けて、また閉じる。何を言ったら良いのか、何を言いたいのか。
柚葉であろうとしているとはいえ、自分は御坂悠輝だ。その気持ちはずっと心の奥に残っている。もしかしたら、彼女はそれに気づいてくれたのでは?
「…………」
彼女は、好きだと言ったのだ。言ってくれたのだ。御坂悠輝が、私の……俺のことを。
「…………坂間さん」
「何?」
呼びかけると、こっちに顔を向けてくれる。目と目が合って見つめ合う形になる。
「実は、私…………俺は……」
分かってくれるかもしれない。真実を伝えれば理解してくれるかもしれない。きっと自分のことを好きな彼女なら……。
「……御坂悠輝と入れ替わってるんだ!」
その言葉を無理矢理喉から絞り出すと、耐えきれなくなって、坂間さんから顔を背けた。
「っ…………」
彼女からの反応がない。どうして何も言ってくれないのだろうか。
もしかして、ちゃんと言ったつもりが声に出ていなかった? いやでも……。
「あんた……」
っ! きた!
「頭大丈夫?」
「……………………へっ?」
えっ……今なんて?
「まさか熱でも……なさそうね」
私のおでこに手のひらを当てながら、坂間さんは真剣な顔をして、そんな言葉を口にする。
「あ、あの坂間さん?」
「何?」
「えっと……俺、ゆうっ――」
コツンと頭に軽くチョップを食らう。
「坂間さん痛い……」
目尻に涙を浮かべながら、坂間さんに抗議の視線を送る。
「そういう冗談はよくないでしょ。御坂くん、1年以上も眠ったままなんだよ」
「いや、だから本当に――」
「――小説やドラマじゃあるまいし、入れ替わりなんてあるわけないでしょ。空想と現実をごっちゃにするんじゃない!」
ペしっと頭をはたかれる。
「……ごめんなさい」
「うん」
そして、思わず謝ってしまった。本当のことなのに……。
「えっと、じゃあ今の似てるっていうのは? どういう意味だったの?」
「えっそれは……」
「それは?」
「カップルとか夫婦は、似てくるとかそういうの? あるのかなーと思って言ったのよ! でも二人は付き合ってないんだから、関係なかったわね。うん、そう関係ない……」
「…………」
つまり、私から悠輝を感じ取ってくれたわけではないと、そういうことですね。
「坂間さんの好きってそんなものなんだぁ……」
「えっ何か言った?」
「別にー」
好きとか言っておきながら、信じてくれないとか……。何かこう……むーっ。
「何、急に怒ってるのよ」
「怒ってないですー」
上手く言い表せない胸のむかむかは中々解消されなかった。
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