第56話 またプールの季節③
「おはよう柚葉」
「うん、おはよう」
今日は、3連休最後の月曜日。いよいよ、プールの日だ。
昨年と同じく、私は天衣ウォーターパークへとやってきた。前にここに来てから、もう一年も経つとか、時間の流れが速くて怖い。
薫子と二人でやってきた私を愛里沙が迎えてくれた。
「もう、だいたい来てるよ」
愛里沙に言われて周囲を確認する。
普段は一緒に遊んだりしない、斉藤さんたちの女子グループが居たり、悠輝だった時はたまに一緒に遊んだりした小池君達のグループが居たり……。
「思ったよりも多いね」
「まあ、小中学生10人以上で来ると、料金あれこれと半額になるっていうので来たんだし」
「あ、そうだったんだ」
そんな話は聞いていなかったので今初めて知った。
「……というのは建前で」
「?」
愛里沙が口を私の耳元に持ってきて、小さな声で続きを言う。
「阿部さんってさ、小池君のこと好きじゃん?」
「えっ、そうなの!?」
驚いて、斉藤さんと話している阿部さんの方を見る。
「えって、知らなかったの?」
「いや、だって……」
だって、普段話さないし……。
「クラスの女子はみんな知ってると思ってたよ」
「……ごめん」
女の子は噂好きで、特に人の恋愛話が大好きだって聞いたことがある。女子の中では普通に広まってる話なのだろう。私は、その手の話題は全然知らなかったが。
「それで自然に二人とも呼べるように美穂と話して、クラスのみんな誘うことにしたんだよ」
美穂って言うのは、多分斉藤さんのことだな。愛里沙はクラスでも色んな人と話せるタイプだったりする。
「それで、こんなに大勢に……」
私含む女子10人、男子7人という数の多さである。クラスの半分くらい居る。
「私、二人のフォローに回るから、今日はあまり一緒に遊べないかもだから、よろしく」
「うん、分かった」
私が返事をしたのを確認すると、愛里沙が斉藤さんの方へと走っていった。
「我ながら、クラスメイトの関係に疎いのかな……」
「疎いって?」
私の独り言が聞こえたようで薫子が話しかけてくる。
「いや、阿部さんが小池君のこと好きとか知らなかったし……」
「え、そうなんだ」
あれ、薫子も知らないの? クラスの女子はみんな知ってるとは一体……。
しばらくして、全員集まってから会計を済ませて、更衣室へと移動する。
「…………っ」
柚葉になってから、1年以上経つというのに、他の女の子と一緒に着替えるとなると、未だに緊張してしまう。
「いや、何も感じなくなるよりは良いんだけどさ……」
そんなことを呟きなから、ダッシュで着替えていく。服の下に水着を着てきたので、脱いでしまえばすぐだ。
「じゃあ、薫子私は先に……」
「え、柚葉ちゃん早い!?」
隣で着替える薫子に声を掛けて先に更衣室から出ようとする。みんなと一緒にゆっくり着替えていたら、とても気持ちがもたない。
「じゃあ後で――」
そこで何か柔らかい物にぶつかった。
「わぷっ」
「きゃっ」
ぶつかった物から、声がする。いや、物ではなく人にぶつかったのだ。
「すいません、前見てなくて……」
「全く、気をつけてよね。高木さん」
謝罪しながら、前を見ると知った人物が少しむすっとしてこっちを見ていた。
「あっ坂間さん!?」
「何、気づいてなかったの?」
どうやらぶつかったのは坂間さんのようだった。
「いや、前見て無くて……」
「そう」
そう返事をすると、坂間さんはそれ以上文句は言わなかった。
「本当にごめんね」
最後にもう一度謝って坂間さんを見る。
私と同じように下に着てきたのか、もう水着姿になっている。白と黒のワンピースタイプの水着だ。しかし、そのデザインは私の着ている水色のワンピースタイプよりも生地が多いというか、過分にひらひらというか。
「坂間さんって、本当にそういうの好きだね」
「悪い?」
「いや、イメージ通りだなぁと」
普段のゴスロリ服のイメージと合っていてといも良いんじゃないだろうか。良く似合ってるし。
「多分、悠輝に聞いても可愛いって言うと思うよ?」
「……そ、そう」
坂間さんが、何とも言えない表情で顔を赤らめる。てっきり、本人居ないのに適当言うなとか言われるかと思ったのだが、そうはならなかった。
「柚葉ちゃん待って!」
「あれ、薫子もう着替え終わったの……って!?」
後ろから追いかけてきた薫子は普通に着替えの途中だった。というか下着だけである。更衣室の中とはいえ、女の子がはしたないことしちゃ駄目だぞ。
「良かった。柚葉ちゃんまだ居た」
「薫子、着替え終わってから来れば良いのに……」
裸じゃないだけ良いけども。
「柚葉ちゃんがアザ太忘れていくから!」
「あー……」
よく見ると、右手で空気の入っていないアザ太を持っている。ロッカーが大きかったので、二人で一つを使っていたため、鞄に入れたまま置いて来たのに気づかれたようだ。
「やっぱり、恥ずかしいかなーって……」
「えー可愛いし、せっかく買ったんだから使おうよ。はい」
「あーうん」
しぶしぶと薫子からアザ太を受け取る。すると、満足したように薫子は自分のロッカーまで戻っていった。
「……思ってたよりも大きい」
「うん、ちょっと大きすぎてプールで使うにはでかいかなーって」
隣にいる坂間さんの言葉に返事をして、そちらを見る。しかし、目線はアザ太ではなく自分の胸元に向いている。
「あれ、何の話?」
「……あっ、いや……」
口に出していたつもりがなかったのか、慌てて口元に手をやりながら、坂間さんが慌てたように言葉を出す。
「一ノ瀬さん、脱ぐと大きいなって……小柄なのに……」
「うん?」
薫子が大きい? 背は私よりも低いけど……あっ。
「あー……」
気づいて、坂間さんの胸元を見る。確かに薫子の方が大きい。というか、一時期悩んでいたとは思えないほど、薫子のものは順調に育っていっているだろう。
私と同じくらいか、数センチ背が高そうな坂間さんはというと……。
「私の方がありそう……」
「その、まだ成長期だし、これから大きくなるよ。多分」
女の子の成長に関して詳しくないが、お兄ちゃんだって中学生になっても背が伸びてるし、まだ小学生なら男女問わずあちこち成長していくだろう。
「別に、気にしてないわよ! 大きすぎても着る服選んで困るって言うし、ほどほどが良いというか……」
言いながらも坂間さんは、両手を交差して胸を隠して、視線を泳がせる。
「うん。そうだね」
「だから、生暖かい目で見るなぁ!」
顔を真っ赤にした坂間さんにぽかぽかと叩かれる。
「いや、そんな目で見てないってば」
「見てた、絶対見てた!」
「そんなことないって……ほ、ほらとりあえずプールの方に行こう?」
坂間さんは、納得してなさそうだったが、私を叩いていた手を止めると、プールの方へと歩き出す。
それを確認した私は、顔を真っ赤にして照れる坂間さんと一緒にプールへと向かうのだった。
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