第55話 またプールの季節②
「…………」
私は、自分の部屋で今日買ってきた物を見つめていた。
両手で持ったそれは、ワンピースタイプの水色の水着だ。フリルなどでとても可愛いと思う。思うのだが……。
「これを……着るんだよなぁ」
お兄ちゃんを付き合わせて、時間を掛けて選んできた。までは良い。でも、これを着てクラスのみんなの前に出ることを考えると……。
「だぁぁぁぁぁ。想像しただけで恥ずかしいっ!」
私はじたばたとしてから、カーペットの上を膝を抱えて転がり回る。
「誰が来るんだろう……男子も来るんだよねぇ……」
いくら周りから見たら柚葉とはいえ、かつての友人達の前で女の子用の水着を着た姿をさらすかと思うと……。
「あぁぁぁぁっ! 見るなぁぁぁっ! そんな目で見るなぁぁっ!」
実際には、ただクラスの女子の一人としてしか、相手の目に映らないのは分かっているのだが、どうしても異性の水着を着た変態を見る目で見てくる友人達の姿が頭にちらつく。
「ううっ……何で、今年は大勢で行くことに……」
去年と同じように、薫子や有華達と一緒に行くだけなら、少しは気が楽なのに……。
「そういえば、薫子達は水着どうしたんだろう」
去年と同じ物なのか。買い換えたのか……。
「6年生ともなると、大人っぽい物を選んだり……?」
そう考えると、自分が選んだ物が少し可愛すぎた気もしてくる。
「一回、着てみてみようか……」
一応買う前に試着はしたが、売り物を裸で身に着けるわけには行かないので下に下着を着けていたし、普通に着てみたのとでは印象が違う可能性も……。
そう考えて、そそくさと衣服を脱いでいく。そろそろお兄ちゃんがお風呂から出るだろうし、脱いだ勢いで入れるし。うん。
一度、一糸纏わぬ姿になる。柚葉に申し訳ないし、男としても悲しいのだが、さすがに1年以上この体で過ごしているので、
そんなことを考えてから、水着を手にとって身に着ける。
「大人っぽくはないけど……やっぱり可愛いよなぁ。うん」
鏡に映る姿は、柚葉にとても良く似合っていると思う。少なくとも、変だったりすることはない。
とりあえず、問題はないと判断して一安心。まあ、仮に似合ってなかったとしても、買ってしまった以上手遅れなのだが。決して安い買い物じゃないし。
一度水着を脱ごうと、手を掛けたところで後ろの方からドアが開く音がした。
「おーい柚葉、風呂空いたぞ……」
「あっ……」
突如、開けられたドアから、お兄ちゃんが驚いた顔でこっちを見てくる。
「えっと…………」
「何だ、さっそく着るほど気に入ってたんだな」
「ちがっ!」
「いや、お前も今は女なんだし、良いんじゃないの?」
「違うって、言ってるでしょ!!」
私は変な誤解をしている兄に向かって、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「はぁ……昨日は散々だった……」
ふと、前日の夜のことを思い出して、顔をしかめる。結局お兄ちゃんは分かってくれてなかったみたいだ。
「あれだけ言って分からないとか……」
結局、可愛い水着を着て楽しんでいるのを見られて恥ずかしがってるだけだと思われてしまったみたいだ。全く、中身が
「何が、分からないの?」
「え、うんうん何でもない。ちょっとお兄ちゃんと喧嘩? しただけ」
隣から顔をのぞき込んで聞いてくる薫子に慌てて答える。
「そっかー、じゃあ、帰ったら仲直りしないとね」
「あー……うん」
悪いのはお兄ちゃんの気がするので、こっちから仲直りしに行くのは、少し納得がいかないが頷いておく。
今は、日曜日のお昼過ぎ。いつもなら、柚葉のお見舞いに行っているところだが、薫子にどうしても付き合って欲しいと言われて、一緒におなじみの天衣ショッピングモールに来ている。目的は勿論――
「柚葉ちゃん、早くファンアニショップ行こっ」
そう、これもおなじみファンアニショップである。
何でも、明日のプールに備えて、買いたい物があるらしい。
「ほら、早くー」
薫子が私の右手をさっと取ると引っ張って走り出す。
「分かった、分かったから落ち着こう? 走ると危ないよ。薫子ー」
私が、叫ぶも薫子はものすごい力で私を引っ張っていく。やはりファンアニが絡んだ時の薫子は別人のようにパワフルだ。
そんなことを考えながら、引っ張られていると、すぐにファンアニショップにたどり着いた。
「まだ、あるかなー」
薫子が目をキラキラさせながら、わくわくと両手を動かしている。
「そういえば、何を買いに来たの?」
「色々! 一番はこれ! 今日発売のファンアニビーチグッズ第二弾のニャニャミ浮き輪!」
「だ、第二弾……」
きっと薫子のことだから、第一弾も買いに来てたんだろうなぁ。本当に薫子のお小遣いは謎。ママさん全面協力なの?
「あれ、でも去年もニャニャミの浮き輪持ってなかった?」
確か、懸賞で当たったとかで、ニャニャミの浮き輪とアザ太のビーチボールを持ってきていたはずだ。そしてアザ太ボールは貰った。
「これはデザインが違うのー。ほら、完成図見て! ここに小っちゃいニャニャミが捕まってるんだよ!」
完成図を見てみると、浮き輪の端にニャニャミが捕まっている。後付けなのか、膨らませるとそうなるのかは分からないが。
「で、でも浮き輪ばっかりあっても……」
「可愛いから良いの! 柚葉ちゃんはアザ太の浮き輪が一つあったらもう買わないの!?」
「えっと……」
多分買わないと思うが、ここでそれを言うのは違う気がする。
「そ、そうだね。可愛いなら良いよね。去年のと違うもんね……」
「うん!」
薫子が満足そうに頷く。ニャニャミコレクター恐るべし。
「あ、あと柚葉ちゃんにはアザ太ので見て貰いたいのがあるんだけど……」
言いながらも薫子は、まだニャニャミのコーナーを物色したそうである。
「私、先に一人で見てくるから、薫子見終わったら来てよ」
「……うん。すぐ行くから、先に行ってて!」
頷いてその場を離れる。最低でも一時間は来ないな。うん。今までの経験で予想出来る。
少しでも早く薫子が来てくれることを祈りながら、私はアザ太のコーナーに向かう。いつもと変わらず隅の方だ。
「あっ……」
「えっ……あっ」
私がアザ太のコーナーに、正確にはその隣のコーナーにたどり着くと、見知った人物と出会った。
「こんにちわ、坂間さん」
「……こんにちわ、高木さん」
そう、以前にも同じような場所で会ったこともある休日モードなゴスロリ姿の坂間さんだ。
「また、竹野さんと待ち合わせ?」
「そうよ。ちょっと買いたい物があったから、約束の時間より早く来たの」
前は、会ってそうそうに言い合いになったところだが、今回はそうなっていない。うん、普通のクラスメートくらいには慣れただろう。喧嘩にならないのは良いことだ。
「買いたい物って、ファンアニで?」
こくりと頷くと、坂間さんが手に持っていたものを見せてくれる。
羊のキャラクターメープルさんの柄が入った防水ポーチだ。
「あ、もしかして今日発売の?」
「そう。買わないつもりだったけど、プール行くことになったから、せっかくだしと思って」
「そっかー……うん?」
プール? 坂間さんがプール? クラスの何人かで明日プールに……はっ!
「あっ、もしかして坂間さんも明日来るの?」
「も、ってことは高木さんも来るんだ」
「うん。そっか、じゃあ竹野さんもかな? 私、誰が来るか把握しきれてなくて」
「私も渚以外知らないけどね。そう高木さんも来るんだ……」
この間は何だろう。もしかして、私が居ると嫌とか? 少しは打ち解けたと思ってたんだけど……。
「まあ、お互い楽しみましょうね」
「あ、うん」
だ、大丈夫なのかな……? それなら良いけど。
「それで高木さんは、一ノ瀬さんと買い物? そのでかいのでも買いに来たとか?」
「でかいの?」
坂間さんが目で示す方を見てみる。アザ太のコーナーの一番高いところにそれはあった。
「でかっ」
見本として、ディスプレイされている浮きアザ太だ。背中に取っ手が付いているので上にのって浮かぶタイプのやつだろうか。
「それ買いに来たんじゃないの?」
「いや、今初めて知った……」
あっ薫子が見せたかったのってこれか……。それにしても普通にでかい。大人でも普通に乗れそうなサイズだ。
「良いんじゃない。それに乗って浮かんでたら可愛いかもよ?」
「いや、可愛い以前にでかすぎて吃驚だよ!」
「そう? そういうのってそれくらいなサイズが普通な気が……ごめんなさい。ちょっと電話が……」
そう言って会話を打ち切ると、坂間さんがもしもしと電話の応答をする。相手は――
「渚、着くみたいだから私はもう行くわね。……明日はよろしく」
「あっうん、よろしく」
私が返事をすると、坂間さんが片手を上げて挨拶すると、レジの方へと消えていった。
前回も、坂間さんが行くまでに来なかった薫子は、今回もまだ来ないようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます