第54話 またプールの季節①

「むむむ」

 私は、どうしたものかと唸ってしまった。

 周りにはカラフルで可愛いデザインのあるものが、数多く並んでいる。

「色は、まあ水色で良いとして……」

 そこは、もう決まっている。たまには別の色をなんて、今は考える必要はない。

「どれにしたら良いと思う? お兄ちゃん!?」

 私は、自分で決められず、後ろで待機しているお兄ちゃんに泣きついた。

「いや、知らねーよ! 女子の水着だったらお前の方が詳しいだろ!」

 そんな私にお兄ちゃんは、突き放すような言葉を向ける。そう、今私とお兄ちゃんは、私が着るための水着を買いに天衣モールまでやって来たのだ。ことの経緯は昨日の放課後にさかのぼる。



     ◇     ◇     ◇



 一日の授業がすべて終わり、開放感に包まれる。

「ふー終わったぁ……」

 しかも明日からは、土日月と3連休が待っているため、クラスメートのテンションもいつもより高い気がする。

 そんなことを考えながら教室の中を見渡していると、ある人物と目が合った。

「あっ……坂間さん帰るの? さよなら」

「……さよなら」

 少し前に、二人で病室で話したおかげか、まだぎこちないが、坂間さんとも挨拶を交わすくらいにはなっていたりする。お互いに避けていた頃よりは進歩だろう。

 出来るだけ、柚葉と周りとの関係は変えたくないのだが、良くなる分には許して欲しい。

「柚葉ちゃん、帰らないの?」

「あっうん、今帰るよ」

 私は、気持ちを切り替えて、ランドセルに教科書やノートを詰めていく。

「……柚葉ちゃん、いつのまに坂間聖羅と仲良くなったの?」

 薫子が耳元に顔を寄せて小さな声で聞いてくる。

「いや、仲良くってほどじゃないけど……」

「前は、避けてたじゃん」

「それは、まあ……」

 なんと言って、説明したら良いのだろうか。でも、隠し事してまた心配掛けるのも……。

「その……ちょっと前に病室で話して、ちょっとだけ話せるようになったというか……だから仲良くなったとまでは、言えないけど、悪くはなくなったかなぁ……みたいな?」

「病室って、まさか御坂君の……?」

「う、うん」

「!!」

 頷くと、薫子の表情が変わった。何か目が据わっている気が……。

「また、御坂君の所に行ってるなんてぇ……!!」

「え、薫子怒ってるの……?」

「何で、柚葉ちゃんは怒ってないの!!」

 いや、そんなこと言われても……。柚葉が目を覚ました後のことを考えれば、困るのだが、好意自体は悪い気はしないし、今は柚葉だから、来ると言われたら止められないし……。いや、そもそも。

「何で薫子が怒って……」

「だって、許せないもん。二人の間に割って入って!!」

「えっいや……それはその……」

 別に付き合ってるわけではないので、割って入るとはならないような?

「もう、絶対に許せない……お似合いの二人の間に割り込もうなんて……」

 薫子が顔を真っ赤にして怒っている。こんな薫子は見たことがないかもしれない。

 ファンアニが関わること以外なら、マイペースでおっとりしている薫子がイライラムカムカとしている。

「薫子落ち着いて……」

「何で、柚葉ちゃんは落ち着いてられるの!!」

 そっそんなこと言われましても……。

 しかし、下手に落ち着けようとするのは、火に油を注ぐ結果にしかならなそうだ。もっとこう薫子が納得しそうな言い回しで……うーん、あっ。

「か、薫子……」

「……何?」

 薫子を落ち着かせられそうな言葉は思いついたのだが、言うのはちょっと恥ずかしい。というかこれだと付き合ってると言ってしまうようなものかもしれない。

「えっと、その……」

 先ほど、薫子がやってきたように、彼女の耳元に顔を近づけて小さな声で思いついた言葉を言う。

「せっ正妻の余裕だよ」

「ふへ?」

 薫子が一瞬間の抜けた声を出す。

「ほっほら、薫子から見ても、そのっ……お似合いなんでしょ? だから、ほらっ坂間さんがお見舞いに通ってるくらいじゃ問題ないというか……ね?」

 言ってて顔が熱くなる。うー恥ずかしい……。

「……うーん、だから柚葉ちゃんは怒らないの?」

 薫子の問いかけに無言で首を上下する。

「そっか……そうだよね。御坂君が命がけで守った柚葉ちゃんが、ぽっとでの坂間聖羅に負けるはずないもんね!」

 再びこくこくと首を上下に振る。『命がけで守った』というところは、自分だけ柚葉の体でのうのうと過ごしている現状を考えると、ちょっと引っかかるが、ここは黙っておく。

「えっと……じゃあ、帰ろっか」

「うん!」

 薫子と話している間に荷物を詰め終わったランドセルを持って立ち上がる。

「薫子、柚葉大丈夫だった?」

「えっ……あ、忘れてた」

 席を立ったところで、愛里沙に声を掛けられる。

「もう、薫子が『じゃあ、柚葉ちゃんに聞いてくるー』って言ったんじゃん」

「ごめんねー。ちょっと、嫌なことがあって頭から抜けてたよー」

 二人の会話を頭の上に?を浮かべながら、聞く。一体、何のことなんだろうか。

「それでね、柚葉ちゃん」

「うん」

「今度の月曜日にみんなでプールに行かない?」

 さっきまでのことを忘れたかのように薫子が元気よく聞いてきた。



     ◇     ◇     ◇



 そして翌日である今日、お兄ちゃんを連れて水着を買いに来て今に至る。

 去年は、一人だけスクール水着で恥ずかしい思いをしたのだ。今年はちゃんと可愛いのを用意しないと。

「いや、ほら他の人の意見も聞いときたいし」

「何度も言うようだが、俺は女子の水着のことは分からない。一人で選べないなら、母さんと一緒に来るとか……」

「いや、ママは仕事が忙しそうだし……それに……ね?」

 ママとは言っても、中身的には親子ではないので、二人で出かけるのは正直落ち着かないのだ。これは、お兄ちゃんだって、分かってるだろうに。

「じゃあ、友達と買いに来るとか……」

「何か、ぼろ出しそうで……」

「今更、大丈夫だろ。もう一年以上、柚葉やってるんだし」

 まあ、確かに今更ばれるとは思っていないのだが……。

「いや、ちょっと恥ずかしいというか、困るというか……察してよ」

「そんなこと言われてもなぁ……」

 いつもなら、快く付き合ってくれるお兄ちゃんも、今回は凄く嫌そうである。

 まあ、気持ちは分かる。女の子用の水着売り場にいるのは、男の子としては気まずいだろう。もし、自分が悠輝で柚葉に水着選ぶのに付き合ってくれと言われたら、何か理由を付けて断るだろうし。

「お兄ちゃんが居心地悪いのも分かるけど、私だって同じくらい居心地悪いんだから、付き合ってよ」

「いや、お前は一応柚葉なんだし、大丈夫だろ?」

「気持ち的に嫌なんです! しかも、私なんてこれから試着したりして、選んで、……それから女の子の水着を着た姿をクラスの子に見られるんだよ!?」

「それは、……災難だな」

 実は、プールに行くメンバーは薫子達だけではないのだ。

 何故そういう話になったのかは分からないのだが、同じクラスの男女混合で行くことになっている。誰が来るのか正確には把握していないのだ。

「だから、協力してよ。フィーリングに任せて適当でも良いから」

「……はぁ。分かったよ」

 お兄ちゃんがしぶしぶ頷いてくれる。

「えっと……じゃあ、これは?」

 さっそく、お兄ちゃんが一つの水着を持ってきてくれた。

「何か、地味じゃない? もっと可愛い方が良いかな」

 お兄ちゃんが選んできた、シンプルなワンピースタイプの水着を断る。

「じゃあ、これは?」

「生地小さすぎ! こんなの妹に着せよう何てお兄ちゃんは変態なの!?」

 お兄ちゃんが持ってきたビキニを突き返す。

「……これは?」

「だから何でビキニなの!? 男子も来るって言ったじゃん! 恥ずかしくて着られないよ!」

 お兄ちゃんが持ってきた、さっきとは違うデザインのビキニを押し返す。

 同じようなやり取りが、その後も何回か続いた。

「…………」

「お、お兄ちゃん?」

 何か、ちょっと怒ってるような……。

「もう、自分で選べっ!」

 あっやっぱり怒ってる。

「俺は、もう帰る!」

「ご、ごめん。ちょっと調子に乗っただけだから」

 慌ててお兄ちゃんにしがみついて引き留める。

「じ、自分で決めるから、せっせめて傍に居てぇ!」

 その後、何とかお兄ちゃんに許して貰って水着を選んだのだった。



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