第53話 ただ、そう思っただけだよ
「はぁ……」
思わず溜息が漏れる。
「結局、見つからなかったな……」
そう、見つからなかった。いや、再会出来なかったのだ。
翠祭りの日から2週間ほどが過ぎた。あの結菜って巫女さんは、何度あの神社を訪れても会うことが出来なかった。
冷静に考えてみれば、神社の人の孫とは言っていたが、近くに住んでいるとも言っていなかった。
「また、お手伝いに来そうな時期まで待つしかないのかな……」
神社が忙しそうなのは、初詣の時期とか? うわっまだ半年もある。
やっぱりあの時、薫子達と無理に分かれてでも、話を聞くべきだったか……。
ここ数日、ずっと同じことを頭の中でぐるぐると回し続けている。
そんなことをうだうだ言っていたら、お兄ちゃんに、ちょっと気分転換でもして来いと言われ、また柚葉が入院している病院にやってきたのだ。
いつもなら、毎週日曜日に訪れていたのだが、翠祭りからは土日は神社の辺りで巫女さんを探していたため、2週間くらい来ていなかった。本当なら、今日も神社周辺を駆け回る予定だったのだが、仕方がない。
しかし、入れ替わってから何度も病院に足を運んでいて、今日ほど帰りたいという気持ちでいるのは、初めてである。
理由の一つは、柚葉に良い報告が出来ないことだ。報告と言っても、寝ている相手に対して勝手に話しているだけだが、それでも良い話を聞かせたい。入れ替わりについて何か分かるかもしれなかったけど、チャンスを逃しましたなんて報告したくはない。
そして、もう一つは……。
「やっぱり、いる……」
この病院では、お見舞いに来ると受付で名前などを記入する。名前の他に何号室のお見舞いに来たかとか時間とかを書くのだが、来た順に上から記入するので、少し前に来た人の名前とかがちらっと見えたりする。
現在、13時ちょうどくらい。そのおよそ30分前、記入欄で言うと3つ上にあまり見たくない名前があった。
「いや、うん毎週土曜日に来てるとか言ってたしね……」
残念ながら、今日はいつもの日曜日ではなく、土曜日だ。来るなと言っても結局来ているらしいクラスメートに会うことになっても仕方がない。
「うげっ……」
病室で初めて会った日のことを思い出して、つい声に出して呟くと、受付の人に変な顔をされてしまう。
「あっいえ、失礼します……」
慌てて誤魔化して、病室の方へと向かう。エレベーターに乗って、柚葉のいる階でおり、一歩また一歩と近づくたびに心臓がドクンドクンとうるさく騒ぐ。
「ううっ……」
心臓を押さえ込むように、両手を胸の間に押し当てつつ、病室へと歩を進める。すぐに目的の302号室の前まで来る。
「すー……はー……」
一度深呼吸をしてから、静かに扉を開ける。
「…………」
中には予想通りの光景が広がっている。いつも通り寝むり続ける
「……こほん」
わざとらしく咳払いをするが、やはり反応がない。前回も肩を叩くまで反応がなかった。その集中力には少しだけ関心する。
「……こんにちは。坂間さん」
「……!?」
前回と同じように、こっちを向いて驚いた顔をする坂間さん。しかし、この後の反応は違った。
「…………うげっ」
先ほどの私と同じように、言葉にならない言葉を漏らしながら、坂間さんが見るからに嫌そうな顔をする。
まあ、坂間さんからしても私が土曜に来るのは予想外なのだろう。初めて病室で会ったとき以外、来る曜日が違ったおかげで、バッティングせずに済んでいたのだから。
「高木さん、何でいるの?」
これは、なんで土曜にということだろう。まあ、私がいつお見舞いに来ようが勝ってなのだが、坂間さんからすれば私は土曜には来ない子なのだろう。
「別に、土曜日に来ても良いでしょ……坂間さんこそ何で――」
――来ないでと言ったのに来てるのか。
言いかけて、咄嗟に言葉を切る。これを言ったら確実に揉めるだろうと、予想出来たからだ。
細かいことを置いておけば、一応
「何で……何?」
「何で…………そんなに読書ばっかりしてるの?」
「…………はっ?」
一瞬冷たい色に変わった坂間さんの目が呆気にとられたかのように丸くなる。
「ほら、この前もそこに座って本読んでたし、教室でも読んでること多いし……」
「…………」
一応、話を逸らしつつ、別の話題を振ったつもりなのだが、駄目だったらしい。
「好きなの。物語とかそういうの読むのが……悪い?」
「いや、良いんじゃないかな。うん」
坂間さんに気圧されて、つい適当に返してしまう。これでは、それで話が終わりだ。
「あっ、じゃあ、今は何読んでたの?」
「…………」
坂間さんが気持ち悪い物でも見るような目になって、しばらく黙り込む。
「……高木さん、何かキモい」
「うっ…………」
あまり、仲良く出来てない相手とはいえ、女の子にキモいと言われるのは、男としてはどうにも刺さる。思わず心臓の辺りを押さえてしまった。
「何、その態度は。前は人に二度と来るなとか言っといて……」
「いや、その……出来ればそうして欲しいけど、わざわざお見舞いに来てくれてる子にあの言い方はなかったかなーとか、思って……」
この言い方だと、また彼女面してと返されるかもしれない。そう気づいたときには口から出た後だった。
「…………高木さん、何か変わったよね。前は最初から喧嘩腰だったのに」
「いや、その、この前の病室でのことなら……」
「学校でのこと。図書室で話したでしょ」
そういえば、そんな話を聞いた。柚葉が坂間さんに酷いことを言ったとかいう話だ。
「そのことは……」
入れ替わる前だから、分からないと言っても意味が無いだろう。
「覚えてないんでしょ。何か、都合が良いこと言ってる気がするけど」
確かに坂間さんの立場からすれば、都合良く誤魔化している風に見えるかもしれない。
「あ、えっと……よく覚えてないけど……」
ごめんなさい。そう言おうとしても喉に詰まったかのように言葉が出てこなかった。
謝ってしまっても良いのだろうか。一瞬それらしい光景が頭の中に浮かんだだけで、正確な状況は分からない。坂間さんの言い分は聞いていても、柚葉の話は聞けていないのだ。
本当は理由があって、坂間さんが気づかず柚葉に酷いことをしていて、それで柚葉が言ったことなら、もしそうなら、今柚葉として謝ることは、柚葉が悪かったって決めつけることになってしまうのでは? 柚葉を傷つけることになってしまうのでは?
「……もういい」
「……えっ?」
頭の中でぐるぐると思考をしていると坂間さんが、小さく溜息を吐いてから、そう言った。
「覚えてないなら、それで良いって言ったの! 事故のせいなんでしょ? じゃあ仕方ないから無かったことにしてあげる……」
「あ、うん……ありがとう」
良く分からないが、一応許してくれるということだろうか。下手に謝らずに済むなら、こっちとしてもありがたい所だ。
「それと……」
「?」
坂間さんが、何かを言いかけてやめる。いや、さっきの自分のように言えないでいるのかもしれない。それなら、言いたくないことなのだろうか。
「……ありがとう、ね」
「……何が?」
お礼を言われるようなこと? そんなことあっただろうか。学校でも極力避けていたし、感謝されるようなことがあったとは……。
「弟のこと! あの時は、お礼も言わないでごめんなさい……」
言い終えた坂間さんは顔を少し赤くするとそっぽを向いてしまう。
「あー……」
坂間さんの弟、せい君を迷子から助けてから、既に2週間近く経っている。今更お礼を言うようなことでもないし、
少し恥ずかしそうな坂間さんをじーっと見つめる。
きっと、坂間さんはお礼を言えなかったことを、ずっと気にしていたのだろう。そうでなければ、2週間も前のことを、すぐに思いつけるはずがない。
「…………」
毎週、ただ寝ているだけの相手の所にお見舞いに通ったり、お礼を言えなかったのをわざわざ覚えていたり。
そういえば、せい君を迎えに来た時は、本当に嬉しそうな顔をしていた。せい君も懐いていたし良いお姉ちゃんなんだろう。
図書室で言い合いみたいになったときも、頭を押さえた私を見て心配してくれたりもしたっけ……。
「坂間さんって……」
「……?」
少し赤みが引いてきた顔で坂間さんが私の方を見る。柚葉ほどではないが、整っていて可愛い顔だろう。女の子になってしまった今の自分から見ると、綺麗な長い黒髪が少し羨ましい。
「結構、可愛いよね」
「はっ!? あんた急に何言って……!」
見た目も中身もとても可愛い女の子だ。
「ただ、そう思っただけだよ」
女の子の柚葉としてではなく、男の子の悠輝として、ただ、そう思っただけ。
再び顔を赤くしつつ混乱した様子の坂間さんを見ながら、私は小さく笑った。
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