第52話 翠祭り③

 左手でせい君の右手と手を繋ぎながら、人混みの中歩いて行く。右手で持ったかき氷が少しずつ溶けていくのが気になるが、片手では食べられない。

「せい君のお姉ちゃんは、どんな格好だったの?」

「みずいろのゆかただよ」

 水色の浴衣か。私も水色の浴衣だし、それで間違えたのかな。

「えっと、いくつなの?」

「せいは5さい!」

「そっかーうん、せい君のお姉ちゃんはいくつ?」

「えっと……うーん? あっ6ねんせい」

 6年生なら、私と同じくらいか。同じ学校なら知っている子かもしれない。

 歩きながら、周囲を見回してみるが、水色の浴衣を着た同年代の子は見当たらない。やっぱり、迷子を預かっている所まで行くしかないようだ。

「いつもは、どこかいっても、すぐみつかるのに」

「そうなの?」

「うん、くろっぽくて、ひらひらしてて……みんなとちがうからすぐわかるよ!」

 うーん? 黒っぽくてひらひら? それは、まさかゴスロリ的な……?

「まさかね……」

「?」

 私の呟きにせい君が首を傾げている。その顔をよーく見ると、ある人物に似ている気が、するようなしないような……。

 そんなことを考えてしばらく歩くと、翠華すいか神社じんじゃと掘られた石が左手に見えてきた。

「ここか……」

 放送では、神社前と言っていたが、神社の入り口前にそれらしいものはない。

 もしかしたら目の前という意味ではなく、建物の前に白いテントが設置してあるのかもしれない。

「とりあえず、入ろっか?」

「うん」

 せい君がこくりと頷いてくれたので、石の階段を上って神社の境内へと足を踏み入れる。

 きょろきょろと周囲を確認していると、すぐにそれは見つかった。

「あれかな……?」

 放送にあった通りの白いテント。よく見ると、小さな子供が騒いでいるのが見て取れる。

 私は意を決して、テントの方へと歩を進める。

「す、すいませーん」

 テントの方に声を掛けるが、すぐに返事はない。もしかしたら、他の迷子の相手が忙しくて、手が離せないのだろうか。いや、聞こえていない可能性もある。もう一回声を掛けてみよう。

「すいま――」

「……どうかしましたか?」

「!?」

 テントの奥の方で子供の相手をしている人の気配があったので、返事があるならそっちからだと思っていた。しかし、予想外の方、背後から返事があった。

「きゃっ……!」

 我ながら恥ずかしい声を漏らしながら声のした方から距離をとる。

「あのー……」

「……巫女さん?」

 声の主をよく見ると、巫女服のような物を着ている。いや、神社だからような物ではなく、巫女服であっているとは思うけど……。

「…………えっ?」

 白と赤を基調としたイメージ通りの巫女服は似合っていて、とても綺麗だ。しかし、その子は、自分と年が変わらないか、少し下くらいの女の子だった。

「えっと、まさか迷子の係の人……ですか?」

「? はいそうですけど……?」

 そうだと言われてしまえば、こっちも否定のしようが無い。神社の巫女さんとかって、学生のアルバイトさんとかが多いって聞いたことあるけど、もしかしてこう見えて、結構年上?

「あ、私ここの神主の孫なんです。お祭りの時に色々手伝いしてて」

「あー、なるほど」

 察してくれたのか、偶然なのか女の子の方から疑問に答えてくれた。

「えっと……じゃあ改めて、この子迷子みたいなんです」

「分かりました。えっと、お名前は……」

 そう言って、巫女さんがせい君と視線を合わせようとしゃがみ込むと、せい君は何故か私の後ろに隠れてしまう。

「どうしたの?」

「このおねえちゃんこわい……」

「そう? 怖そうには、見えないけどなぁ」

「ざしきわらしみたい」

「……!?」

 確かにそう言われると、長い黒髪に切りそろえられた前髪から、そう見えなくもないかもしれない。

「ざっざしきっわらし……」

 見ると、巫女さんが涙目になりながら、ぱくぱくと口を開けたり閉じたりしている。

「えっと、ほら座敷童って幸運を呼ぶって言うし」

 二人に対して言ったのだが、せい君は首を振って嫌がり、巫女さんはぷるぷると震えている。

「……あの、話を戻しますが」

「……あ、はい」

 私は咳払いをしてから、巫女さんに向き直る。

「この子はせいって名前みたいです。6年生のお姉ちゃんとはぐれたって言ってました」

「あ、分かりました。放送掛けてきますね」

 巫女さんがすたすたと、テントの中に入っていく。しばらくして、せい君のことを知らせる放送が流れた。これを聞いていれば、せい君のお姉ちゃんが迎えに来てくれるだろう。

「放送してきました。テントの方でお預かりしますね。おいでー」

 巫女さんがおいでおいでするが、せい君は首を左右に振ったまま私の後ろから動かない。

 その様子を確認した巫女さんが、がーんと小さな声で言った。

「迎えが来るまで、私もここに居ますね……」

「……はい、お願いします」

 巫女さんが項垂れたまま返事をした。

「あ、あの……さっきから気になってたんですが……」

「?」

「それ、大分溶けてますよ?」

 巫女さんがそう言って、私の右手を指さす。

「あっ……」

 そういえばかき氷を買ったんだった。山盛りだった氷も大分溶けてしまっている。せい君の方へ意識が向いていて忘れていた。

「さすがに一口も食べずに捨てるのは勿体ないし……」

 まだ、全部が溶けたわけではない。まだ、間に合うのでは?

「あっせい君食べたい?」

「いらない」

 視線を感じので、一応聞いてみたが、拒否られてしまう。まあ、結構溶けてるしね。

「メロンあじがいい」

 あっ味の問題か。でも、今更味は変えられない。

 私は、自分で食べることにする。完全に溶けてしまう前に、一気にかき氷を口に運ぶ。もう飲んでる感じである。

「いっ!?」

 すると、まだ思ったよりも冷たかったかき氷を一気に食べたせいか、頭がきーんとした。

「だ、大丈夫ですか!?」

 頭を押さえていると、巫女さんの心配そうな声が聞こえた。そして額にひんやりとしたものがあたる感じが……。

「うん……? このひんやりしたものは……」

 きーんとした感じが収まってきたので、額に当てられた物を視線を上に向けて確認する。

「手……じゃなくておふだ!?」

「え……あっす、すいません! つい」

 額の所には、巫女さんの手があった。しかし、その手と額の間にお札のような物が見えたのだ。

 私の声に驚いたのか、巫女さんが慌てて飛び退く。

「えっ何、えっ?」

「すいません。頭を押さえてたので具合でも悪いのかと思って……」

 えっそれでお札? えっ?

「その、魂というかが少し変になってたので、てっきりそれが原因かと……」

「いや、かき氷できーんとしただけだけだよ!? それより魂が変って何!?」

 悪霊でも憑いてるの?

「いや、勘違いかもしれないですけど……」

 そう言いながらも、彼女は私の方を見て不思議そうに首を傾げる。

 魂が変? それって体と中身が違うから変ってこと……? この子は霊感か何かがあって、それが分かる?

「あの、もう少し詳しく――」

「せいっ!」

 その時、私の言葉を遮るように入り口の方から、大きな声が聞こえた。

「あ、おねえちゃん!」

 せい君が嬉しそうに、声のした方へと走って行く。

「もう、心配かけて……」

 せい君にお姉ちゃんと呼ばれたその子は、自分の方へ走ってきた弟を安心した様子でぎゅっと抱きしめた。

「………………」

 そんな二人を見ながら、私は頭の中で思ってしまった。何というタイミングの悪さで……。

 せっかく入れ替わりについて聞こうと思ったのに。しかも、せい君のお姉ちゃんはやっぱり……。

「こんばんは、坂間さん」

「えっ……げっ……高木さん」

 せい君のお姉ちゃんは、同じクラスにして悠輝わたしのことが好きな女の子、坂間聖羅である。

 同じような水色の浴衣を身に着けていて、学校の時ともゴスロリの時とも印象が変わる。

「ゆずはおねえちゃんが、おねえちゃんのことさがすの、てつだってくれたんだよ!」

「えっ……高木さんが……」

 坂間さんは、ありえないとでも言いたげな顔でこっちを見てくる。何て失礼な人なんだろうか。

「……せい、行こっ」

「うん! ゆずはおねえちゃん、ばいばい」

「うん、ばいばい!」

 坂間さんに手を引かれながら手を振ってくれるせい君に、私も手を振り返した。

「ふー」

 とりあえず、これで一段落だ。後は。

「あの、さっきの話なんですけど――」

「おーい、柚葉ちゃーん」

「えっ!? 薫子、とみんな」

 巫女さんに話の続きを聞こうとしたところで、薫子達が追いついてきてしまった。

「迷子は、もう大丈夫?」

「うん、大丈夫だけど……」

 それよりも、巫女さんに話を聞かないと。

結菜ゆいなちゃん、こっち手伝ってくれる?」

「あ、はーい。すいません、私はこれで」

「いや、あのっ」

 巫女さんは、テントの中から呼ぶ声に返事をすると、そのまま足早に行ってしまった。

「よし、柚葉ちゃん行こう!」

「のんびりしてると、終わっちゃうぞ」

「……う、うん」

 薫子と有紗に引っ張られながら、私は神社を、後ろ髪を引かれる思いで後にした。結菜と呼ばれていた巫女さんに、また会う機会があることを願いながら。



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