第51話 翠祭り②
支度を終えて、薫子と二人でしばらく歩き、みんなとの待ち合わせ場所にやってきた。
「お待たせ。遅くなってごめんね」
「二人は、結構遠いし仕方ないよ」
開口一番、予定より少し遅れたことを謝ると、愛里沙がそう返してくれる。
「あれ、愛里沙だけ?」
「香奈達なら、財布忘れたとかで一回戻ってるみたいだよ」
「あ、そうなんだ」
それもそうなのだが、疑問に思ったのは、二人のことではなく……。
「愛里沙ちゃんのお姉さん今日はいないの? お友達と出かけた?」
私の疑問を薫子が代わりに聞いてくれる。そう美紗さんのことを聞いたつもりだったのだ。
「ああ、お姉ちゃんなら、今年は受験だしパスだって」
「受験……」
そういえば、前にショッピングモールで会ったときに、受験の息抜きがどうとか言ってた気がする。
「そっかー受験かー。何か大変そうだね」
「本当にね。出来れば私は受験したくないなぁ」
「え、高校生って受験しないとなれないんじゃないの? 愛里沙ちゃん高校行かないの?」
「いや、そういう意味じゃないよ? お姉ちゃん見てると、嫌だなぁってなるだけで私だって高校生になる気だよ?」
薫子の天然なのか、わざとなのか分からない言葉を愛里沙が慌てて否定する。
しかし、まだ中学生にもなってないのに高校生になることまで考えてるのかぁ。私の場合は、
「高校生になったらね、私着たい制服あるんだー」
「え、何て高校?」
「名前分からないけど、白っぽい制服で青のラインが入ってて」
「ああ、あそこかぁ。私も可愛いと思うけど、白って汚れそうじゃない?」
私が先のことを考えられる二人を少しだけ羨ましく思っている間も、二人が高校談義を続けている。
そっか、高校ってどこに行くか選べるんだっけ。そういえば、学校によって違ったものを着ているし、おしゃれ好きな子が多い女の子だと、制服も選択理由になるのか。
感心しながら二人の会話を聞いていると、少しして香奈と有華が来た。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「ううん、一度戻ったなら仕方ないよ」
自分が来た時、愛里沙に言われたような返事を、申し訳なさそうにする有華へと返した。
全員集まったので気を取り直して、お祭りに向かう。といっても、分かりやすいように少し手前の場所に集まっただけで、すぐそこだけど。
「香奈は浴衣じゃないんだね」
両サイドに並ぶ屋台を横目に見ながら、この中で一人だけ普段着の香奈にそう問いかける。
私は勿論、みんな浴衣を着ている。薫子は、ピンク色の花柄の浴衣。曰く、隠れニャニャミが描かれているらしいのだが、私にはどこにいるのか分からない。
愛里沙は、黄色に朝顔柄の浴衣を着ているし、有華も紺色に青っぽい花柄のものを着ている。しかし、香奈は白いシャツに短パンという、いつも通りの動きやすそうな格好だ。
「持ってないし、着たくもないし」
「着たくないの?」
「だって動きづらそうじゃん」
「まあ、確かに……」
着物を見ると、涼しそうな印象を受けるが、着てみての感想は動きづらいし、暑い。まだ、少しの距離を歩いてきただけなのに軽く汗をかいているほどである。
「おばさんは毎年、香奈に着ないかって聞いてるみたいだけど、香奈が毎年拒否ってるの」
有華がさらに補足してくれる。この場合のおばさんは香奈のお母さんのことか。
「なるほど……」
自分としても、悠輝のままだったなら、絶対に面倒がって浴衣なんて着ようとは思わなかっただろうし、香奈の言うことも分かる。柚葉が香奈みたいな性格なら、私も素のままでも問題なかったのかもしれない。何となくそんなことを思ってしまう。
そんなことを考えながら、ふと
去年も身に着けた水色に花の柄が入った浴衣姿だ。鏡を見ながら、悠輝として柚葉が着ているのを見たいと思ったりもした。
「こういうのもありか……」
柚葉が同年代の女の子と変わらず、普通の女の子だったのでそれに合わせて生活をしている。だからこそ、悠輝の頃には絶対にしなかったようなことを経験しているわけで。前向きに捉えれば、貴重な経験をしているわけだ。
「何がありなの?」
「え、いや何でも……って、えぇっ!?」
無意識に呟いていた言葉に反応されてしまい、どう誤魔化そうかと声の主である薫子を見ると、その両手が一杯になっていた。
左手には、ニャニャミが描かれた袋入りの綿飴が絵柄違いで3つもあるし、左手にはリンゴ飴二つとパイン、頭にはニャニャミのお面が付いている。
「いつの間に……」
「さっきから、買って戻ってきて繰り返してたよ?」
「えぇ……」
いくら、会話の方に気を取られていたとはいえ、これだけ買ったのを気づかせないとは……。薫子は、ファンアニが絡むとやっぱり別人である。だって、いつものマイペースな薫子が少しの時間の間に買って戻るを繰り返せるとかおかしいし。
「柚葉ちゃんもいる、リンゴ飴?」
薫子がリンゴ飴を一口かじると、聞いてきた。
「え、うん。じゃあ……」
っと言いかけていると私の口とリンゴ飴がぶつかった。明らかに返事を待っていない。突然だったのでリンゴ飴にキスした感じになり、食べることには失敗した。
「美味しい?」
「いや、食べれてな……」
そこであることに気づいた。そして、顔が熱くなる。
「どうかした?」
「えっ、いや何でもない」
てっきり、もう一個のリンゴ飴を差し出してくるのかと思っていたのだ。だが、実際に差し出されたのは、薫子が直前にかじっていたリンゴ飴だ。しかも、かじった側にキスしてしまった。
ちょっえ? えええっ! ええええええええええええええぇ!?
「柚葉ちゃん?」
薫子がリンゴ飴を差し出し続けたまま、不思議そうにする。
「な、何でもないっ」
顔を少し動かして、まだ薫子が口を付けていない側から一口貰う。それを確認すると薫子は満足そうにリンゴ飴を引っ込めてくれた。
「美味しいよね、リンゴ飴。私お祭りに来ると必ず買うんだー」
「そ、そうなんだ……」
薫子の言葉を聞きながらも、私の頭はそれどころではない。
おお落ち着け、俺っいや私。前にもこんな感じで間接キスみたいになったことくらいあったじゃないか。全然気にする必要はないよ。うん。
しかし、意識しないようにすればするほど、気になってしまう。視線はついつい薫子の口元に……。
いや、今は女の子同士だし! これくらい普通……。
「あ、有華そのトロピカルジュース一口ちょうだい!」
「別に良いけど……ってそこ、私が口付けたところ! 反対側から飲んで!」
そんな有華と香奈の会話が耳に入ってくる。
普通じゃない! やっぱり同性でも気にするって!
思えば、薫子はこういうところにかなり無頓着な気がする。もう少し、気にしてくれないかなぁ……。
「柚葉ちゃんは、何か買わないの?」
「あーうん、じゃあかき氷でも買ってくるよ」
そう答えて、そそくさとその場を離れる。まだ薫子を見ると照れくさいのだ。体は
敢えて、見えた中で一番遠いかき氷の屋台に近づく。戻るまでに赤くなった顔が戻ってると良いなぁ。
屋台のおじさんにお金を払って、ブルーハワイのかき氷を貰う。さて、後はゆっくりとみんなの所に……。
「うん?」
誰かに後ろから袖を引っ張られる。
「おねえちゃ…………ちがう」
「えっ……」
私の袖を引いていたのは、小さな男の子だった。
「どうかしたの?」
「おねえちゃんがどこかにいっちゃった……」
私のことをお姉ちゃんと言いかけていたし、多分お祭り中にはぐれたのだろうか。つまり、迷子?
「えっと……」
どうしよう。ほっとくわけにはいかないが、こういう時どうすれば……。
「デパートとかなら、迷子センターだけど、お祭りだと……」
『迷子のお知らせを致します。ピンクの着物をお召しの3歳くらいの女の子をお預かりしております。お心当たりの方は、神社前、白いテントの迷子預かり所までお願いいたします』
どこにあるのか分からないスピーカーから、そんな放送が聞こえてくる。
あるんだ迷子センター……。
「えっと、近くにお姉ちゃんいないんだよね?」
「……うん」
それなら、今の放送の場所に連れて行くしかないかな。
「じゃあ、お姉ちゃんと一緒にお姉ちゃん探そっか」
「うん」
男の子が頷くの確認してから、はぐれないように手を繋ぐ。
「おーい、柚葉」
「あ、愛里沙ちょうど良かった」
中々戻って来ない私を心配したのか、愛里沙がこっちに向かってきてくれている。
「って、その子どうしたの!?」
私の目の前まで来た愛里沙が目を丸くする。
「迷子みたい。神社の所に迷子を預かってる所あるみたいだから、そこで放送掛けて貰おうと思うんだけど、神社ってどっち?」
「このまま進むと左手に見えてくるはずだけど……」
「じゃあ、そこまで行ってくるね」
「一人で大丈夫?」
「多分、大丈夫」
心配そうな愛里沙の言葉に頷いて返す。初めて来た場所だし少し不安だが、有紗の話通りなら分かりやすい場所だろうし大丈夫だろう。
「じゃあ、私たちも見ながら行くから、神社の所で待ってて。着いたら電話するから」
「分かった」
私の返事を聞くと、愛里沙はみんなの所に戻っていった。
「それじゃあ行こっか。えっと……お名前は?」
「……せい」
「せい君ね。お姉ちゃんは……柚葉だよ。じゃあ、お姉ちゃん見つかるまでよろしくね」
「うん」
私は男の子の手を引いて歩き出す。
柚葉って名乗るのは、一年経っても変な感じがするなぁ。そんなことをふと考えてしまった。
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