2章 リベンジサマー

第50話 翠祭り①

 6月も終わりに近づくと、少しは雨の降らない日も増えてきた。とはいえ、まだまだ蒸し暑い。

「柚葉は、今夜空いてる?」

 放課後になり、ランドセルに荷物を詰めていると、愛里沙が元気よく声を掛けてきた。

「今夜……?」

「うん、今夜。家に帰ってから、お祭り行かないかと思って」

 お祭りか……。うん? どこかであったっけ……?

「どこのお祭り?」

翠祭みどりまつりだよ。一昨年、一緒に行ったじゃん」

「お、一昨年……」

 確実に柚葉じゃなかったから、知らないね。でも、何か聞いたことあるような……。

「ごめんごめん。別に大丈夫だよ」

「そっか。じゃあ、夕方待ち合わせで行こう!」

「うん、分かった」

 愛里沙の言葉に頷く。とりあえず帰ったら支度しないといけない。




「えっと、どこしまったかなぁ……」

 家に帰ってきた私は、部屋のクローゼットをあさって、あるものを探していた。そう、浴衣だ。

 去年の夏休みに、柚葉の祖父母に買って貰った物を、持って帰ってきたはずなのだが、どこに片付けたか思い出せない。

「いっそ、普段着で……いやいや、駄目でしょ!」

 諦めそうになる気持ちを首をぶんぶん振って断ち切る。服装面で妥協は良くない。去年の夏くらいに痛感したのだ。水着とか水着とか水着によって。

「あ、そろそろ水着も用意しないとかな。多分、もう売ってるよね……」

 昨年は、着れる水着が学校指定の物しかなく、それを着てプールに行って恥をかいた。今年も行く可能性はあるし、早めに買っておきたい。べ、別に可愛いのが着たいとかいうわけでは断じてない。

「って、こんなこと考えてる場合じゃなかった」

 意識が水着の方へ行って、手が止まっていた。時間に余裕もないし、急がないと。

「でも、うーんありそうな所はだいたい見たしなぁ……」

 もしかして、クローゼットじゃない……?

「えーっと、思い出してみよう」

 確か、去年帰って来て……それから……それから……あっ。

 私は、自分の部屋を出て両親の寝室に向かう。

「確か、でかくて邪魔になるから、こっちにしまうって……」

 収納スペースを端から見ていくと、目当ての物はすぐに見つかった。

「あった!」

 水色に綺麗な花の柄が入った浴衣だ。一緒に巾着も出てきた。

「良かった。無事見つかった」

 見つけたそれを、用意していた紙袋に入れる。

 すぐに着たいところだが、残念ながら浴衣の着方が分からない。というわけで、薫子のお母さんに着付けしてもらうことになっているのだ。

「お兄ちゃんと、ママ達には連絡したし……」

 帰りが遅い時間になりそうなので、ちゃんとメッセージを送っておいた。

「これでよし」

 後は、薫子の家に向かうだけである。

 それにしても、こんな時期にお祭りがあったとは、柚葉が目を覚ましたら一緒に行きたいな。出来れば、元に戻って、浴衣を着た柚葉が隣にいた方が――


――『悠輝、来年一緒に行こうね』――


「ああっ!」

 そうだ思い出した。聞いたことがあると思ったら、柚葉に誘われていたのだ。



     ◇     ◇     ◇



「悠輝、これ」

 夜の9時近くになった頃、柚葉が貸していた漫画を返しにやってきた。隣の部屋なので、こんな時間に来ることもたまにある。

「続き持ってく?」

「うん」

 尋ねると柚葉が頷いたので、本棚から続きの巻を取り出す。

「あ、あとこれおみやげ……」

「おみやげ……?」

 柚葉から受け取って中身を確認する。まだ暖かさの残るぽっぽ焼きだった。

「ありがと。どこかでお祭りやってたっけ?」

「愛里沙の家の辺りで、翠祭りっていうのがやってたんだ。今日までだったみたい」

 渡辺の家がどの辺りかは知らないが、柚葉と一緒に帰っている所を見たことがないし、近くではないだろう。

「来年覚えてたら、行ってみようかな」

 柚葉が行ってきたということは、行けない距離ではないはずだし。

「じゃっじゃあ……」

「?」

 柚葉が何かを言いたそうにしている。少し顔が赤い。何か恥ずかしいことなの?

「悠輝、来年一緒に行こうね」

「えと……二人で?」

 柚葉がうんうんと、頭を縦に勢いよく振る。

「うん、分かった。じゃあ、来年一緒に行こう」

「うん、約束だからね!」

 そう言って柚葉は嬉しそうに笑った。



     ◇     ◇     ◇



 ってことがあった。うん。一昨年の今時期だ。どうりで聞き覚えがあると思った。

「あの時の来年って、去年か……」

 確か退院したかどうかって頃だ。柚葉は今もまだ寝たままだし。

「色々あって、すっかり忘れてたなぁ……」

 まさか、柚葉になって薫子達と行くことになるとは、あの頃の自分に教えても信じてくれないだろう。

「これも、柚葉が目を覚ましたら改めてかな」

 柚葉が寝ている間に二人でしたいことが、どんどん増えていく。

 一緒に出かけるその日を思い描いて、少し胸が温かくなった。




「はい、柚葉ちゃんは、これでよし」

「ありがとうございます」

 薫子のママさんに無事浴衣を着せて貰った。鏡の前で左右に回って姿を確認する。うん、やっぱり可愛い。似合ってる。

「これも付けてあげるから、ちょっとじっとしてね」

「あ、はい」

 今度は髪の毛を纏めてねじねじして、何かを付けてくれる。

「これ、かんざしですか?」

 先がお花みたいになっている簪らしき物が髪の毛を纏めている。

「柚葉ちゃん、髪の毛伸びてきたし、纏めた方が可愛いと思って」

「おお……!」

 どうやって付いているのかイマイチ分からないが、確かに浴衣に合ってて良い感じだ。

「薫子、次はあなただから、こっちに来なさい」

「ママ、ちょっと待って!」

 何をやっているのか、薫子は先ほどから、この部屋にいない。

「柚葉ちゃん、ちょっと待っててね」

「はい」

 ママさんが部屋を出て行く。薫子を迎えに行ったんだろう。

「……」

 手持ち無沙汰になってしまったので、また鏡を見て身だしなみを確認する。

 ああ、去年も思ったけど、柚葉って浴衣似合うなぁ。この簪も髪を伸ばしたから付けられるんだろうし、ちゃんと伸ばしてて良かった。

 そんなことを考えながら、軽く簪に触れる。

 もし、自分が悠輝に戻って、待ち合わせ場所に柚葉がこの姿で来たりしたら……。

「これは、絶対に顔が赤くなる。うん」

 だって、可愛いもん。これで照れない男などいるはずがない。うんうん。

「それで、浴衣、似合ってるよ、とか可愛いね、とか言っちゃったりして……」

 鏡の中の柚葉に向かってそんな言葉を掛ける。いざ目の前にしてそんなことを言えるか分からないが。こういった言葉が王道だろう。

「…………柚葉ちゃん……」

「!?」

 いつの間にか、部屋に来ていた薫子が私の名前を呼ぶ。どこか可哀想な物を見るような目をしている。

「いくら御坂君が目を覚まさなくて、反応して貰えないからって、自分で声まねして、鏡に向かって言うのは…………やめた方が良いよ」

「ちっ違っ!」

 柚葉が恥ずかしい妄想してたみたいになってる! いや、ある意味恥ずかしい妄想かもだけど、柚葉じゃなくて、悠輝としての……って言えないし!

「大丈夫だよ。誰にも言わないから……」

 薫子が視線を逸らしながら言う。完全に痛い子扱いだ。

「だから、そうじゃなくてぇぇぇぇぇぇ!」

 その後もしばらく、涙目になりながら否定したが、薫子は多分信じてくれてなかった。



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