第49話 柚葉は何て言ったんだろうか

 GWが過ぎて、2週間ほど過ぎた5月の終わり、最近は雨が続いていた。

「最近雨ばかりで嫌だね……」

「そうだね」

 授業の間の短い休み時間、薫子のぼやきに同意する。ここ数日は、ずっと雨が続いていた。

 個人的には、梅雨と言えば6月に入ってからのイメージだが、どうやらもう梅雨入りしたらしい。

「髪の毛も変に広がっちゃうし……」

 言われて、改めて薫子を観察する。そういえば、いつも毛先をカールさせてふわっとした感じになっているのに、今日はぺたっとつぶれていてふわふわ感はなく、ぼさぼさしている感じがする。

「雨だと髪いじるのも大変そうだね」

「うん、せっかく巻いてもすぐに取れちゃうし、気分まで下がっちゃうよー」

 悠輝だった頃なら、雨で嫌なのは外で遊べないとか、通学で濡れることくらいだった。しかし、今は柚葉なわけだし、こういうことも気にした方が良いのかもしれない。

「ふむ……」

 自分の髪の毛を触ってみる。大分伸びて一応縛れる位にはなっているが、普段は下ろしっぱなしで、特に弄っていない。もう少し女の子らしく、おしゃれとかに興味を持った方が良いのかぁ……。

 そんなことを考えていると、先生が教室に入ってきた。薫子との会話をやめて、自分の席に着いた。




 給食が終わって、昼休みになったが、外は変わらず雨が降り続いている。

「柚葉ちゃん、図書室でも行かない?」

 薫子が私の席までやってきて、そう言った。

「うん、別に良いよ」

 私は薫子の誘いに了承し、二人で並んで教室を出た。

「昼休み二人なのも珍しいね」

「そうだね」

 薫子の言うとおり、二人だけなのは随分珍しい。何故かと言えば、香奈が体が動かしたいと、一人体育館に向かい、有紗は先生に呼ばれて、有華は風邪で学校を休んでいるからだ。

 というわけで、今日は薫子と二人だけなのだ。まあ、たまにはこういう日があっても良いだろう。

「それで何か借りたい本でもあるの?」

「いや、本というか……」

 はっきりしない薫子と歩いていると、すぐに図書室に到着した。中に入ると涼しい。

「あれ、涼しい?」

「うん、図書室はこの季節だと除湿冷房つけてるから、蒸し暑くないんだよ」

 つまり、薫子は冷房目当てだったのか。まあ、蒸し暑いし気持ちは分かるけど。

「何か本借りて、座ろうよ」

「うん」

 薫子に促されて、本棚へと向かう。

 二人で料理や手芸などの本があるコーナーに来たのだが、ここの料理系の本は去年、粗方読んでしまったし……。

「ちょっと、あっちの方見てくるね」

 薫子に断って、見ていたのとは反対の棚に向かう。小説とか物語系の本がある棚だ。

「…………」

 しかし、普段こういう本を読まないので、どういうのが良いか分からない。

 聞いたことがあるようなタイトルだと、最初の巻が無かったり、どれから読めば良いか分からなかったり……。

「あっ……」

 見覚えのあるタイトルが目に入り、その本を手に取る。

「これ、去年有紗に借りて読んだ本だ」

 確か、高校生で幼なじみの男女が入れ替わる話だ。読みながら、相手が起きてるだけ良いじゃないかと思った記憶がある。

「図書館にも置いてあったんだ……ん?」

 よく見れば隣に同じようなタイトルの本がある。これは……。

「やっぱり続きだ……」

 でも確か、最後は元に戻ってハッピーエンドって終わりだった気がするのだが。

 手にとってあらすじを確認する。

「えっと……」

 前の入れ替わりから、一ヶ月また二人が入れ替わってしまい……。

「いやいや、そんなころころ入れ替わってたまるか!」

 戻ったり入れ替わったりが簡単に起こるとかおかしいじゃないか。そんなんだったら、よくある現象として、世間で認知されるわ!

「高木さん、ここ図書室だから静かにして」

「えっ?……って、うわっぁ!」

 いつの間にか隣に坂間さんがいる。一体いつから……。

「…………」

「何よ、じろじろ見て」

「えっ、いや……今日は服装地味だなって……」

「学校に来るときに、ああいう格好しないって前に言ったと思うけど? それより邪魔だからどいてくれる?」

 相変わらず、坂間さんは柚葉に対する言い方がキツい。全く柚葉が何したって……。

「あれ、その本って……もしかして、これの続き?」

 坂間さんが持っている本が、この入れ替わり小説と似たようなタイトルをしている。

「そうだけど、何? 読みたいなら、今度にして。私まだ読み終わってないし、今日は返却しないから」

「あっいや、そういうわけじゃ……」

 まさか、さらに続きがあるとは思わなかったので、驚いただけなのだ。もしかして、一巻ごとに入れ替わったり戻ったりしているのだろうか。1年以上戻れないままの身からすると、ちょっと納得いかない。いや、物語なんだから現実に照らし合わせる必要はないのかもしれないけど……。

「じゃあ、何?」

「えっと……」

 簡単に入れ替わったり戻ったりするのは小説でもおかしい! と言いたいところだが、坂間さんに言っても仕方が無い。しかし、話を振ってしまった以上会話を続けないといけない気がする。

「こういう話好きなの?」

「こういう?」

「心が入れ替わったりみたいな……」

 我ながら、何を聞いているんだという感じである。

「別に色々と読むだけで、そういうのが好きなわけじゃないけど」

「そ、そうなんだ。じゃあ、どういうのが好きなの?」

「うーん? ファンタジー系とか割と好きかなぁ…………って何この会話」

 坂間さんが一瞬ハッとした表情になったかと思うと、訝しむような視線をこちらに向ける。

「え、何?」

「どうして、高木さんが私にそんなこと聞いてくるの?」

「うん?」

「私のこと嫌いなんでしょ?」

「えっ?」

 ちょっと待って、そんなこと言ったっけ? いつ? あ、もしかして……。

「病院でのことなら、ただ諦めて欲しいだけで、そういう意味じゃ……」

「違う、もっと前」

「もっと前?」

 病院で会うまで、ほとんど話した記憶もないけど……。あれ、それってつまり……。

「そのっ……私が事故に遭うよりも、前?」

「そうよ。あなたが言ったんじゃない。私のことムカつくし、嫌いだって」

「!?」

 えっ? ええっ!? 柚葉がそんなこと言ったの? 坂間さんに?

 予想していなかった話に頭の中がパニックになる。

「何、驚いた顔してるのよ? まさか覚えてないとでも言うつもり?」

「えっいや……その、どうして……そういうこと言ったんだっけ、私……?」

 落ち着こう。とりあえず落ち着こう。まずは細かく話を聞いて……。

「……本当に覚えてないの?」

「……その、事故のショックで記憶が混乱してて……?」

「何で疑問系なのよ!」

 坂間さんがイライラした様子で怒鳴る。しかし、すぐに口を手で覆って周囲を見回した。図書館では静かにしないといけないということを思い出したのだろう。

「自分の胸に手を当ててよーく考えてみなさい。それじゃあ」

「ちょっと待って――」


――『関係なく何てない! 私にとって悠輝は――』――


「っ!?」

 立ち去ろうとする坂間さんを止めるため袖を掴んだ瞬間、脳裏に身に覚えのない光景が浮かぶ。

「何? 思い出したの?」

「いや……えっ?」

 何だろう今のは……教室で坂間さんと話してた……?

 おかしな感覚に思わず頭を押さえる。

「……大丈夫?」

「う、うん……」

 意外にも心配そうに尋ねてくれる坂間さんに返事をする。

「そう……じゃあ、今度こそ行くから」

「うん……ありがとう」

 私の言葉を聞いた坂間さんは、一瞬変な物でも見るような目をして、そのまま立ち去ってしまった。

「…………今のって」

 もしかしたら、柚葉の記憶なんだろうか? 柚葉はこの時に坂間さんに嫌いって言った?

 一瞬見えた光景も肝心のところが分からない。私にとって悠輝は……?

 あれが、もしも本当の柚葉の記憶だとしたら……。柚葉は何て言ったんだろうか。

 柚葉にとっての自分は……何なんだろう。それが気になって、頭から離れなかった。



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