第48話 変な夢を見た気がする

「どうして悠輝に付きまとうの?」

 通い慣れた小学校の教室で私は、目の前の女の子に向かって尋ねた。

「べ、別に高木さんには関係ないでしょ」

 目の前の女の子――坂間聖羅は少し頬を赤らめながら、そっぽを向く。私はそれを見て無性にイライラした。

「関係ある!」

「……何で?」

 思わず怒鳴った私に坂間聖羅が冷たい目で言い返す。どこか責めるような目だ。

「何でって……だって……」

「だって何?」

「…………」

 言葉が出てこない。言うべきことは、言いたいことは分かっているはずなのに、喉の奥で詰まったかのように出てこない。

「私は、御坂君と仲良くなりたいの。高木さんに止められる理由なんて無い」

「うっ……」

 そう言うと坂間聖羅が教室から出て行こうとする。

「ちょっと待って!」

 私は、慌てて坂間聖羅の袖を掴み、足を止めさせる。

「何?」

「関係なく何てない! 私にとって悠輝は――」



     ◇     ◇     ◇



 重たい瞼を持ち上げると、見慣れた天井が目に入る。いつもの柚葉の部屋だ。

「うーん……」

 変な夢を見ていた気がするが内容が思い出せない。何となく良い夢ではないことが分かるくらいだ。

 寝起きで回らない頭のままベッドからのそのそと起き上がる。今日は、午後から薫子と約束があるので、午前中の間に家事を終わらせておかないといけない。




「柚葉ちゃん、お待たせ! バス一つ逃しちゃって……ごめんね」

 待ち合わせ場所の天衣モール内中央にあるカフェチェーン店で待っていると、薫子がやってきた。

「ううん、待ってないよ」

 約束の時間を少し過ぎているが、気にするほどじゃないだろう。薫子がギリギリで来るのはいつものことである。

「薫子も何か飲む?」

「うーん……今は大丈夫かな。グッズ買うお金減っちゃうし」

「そっか」

 薫子の言葉を聞いて、残っていたアイスコーヒーを飲み干し、立ち上がる。

「じゃあ、行こっか」

「うん」

 二人で一緒にカフェを出て、今日の目的地であるファンアニショップに向かう。

「そういえば、何かキャンペーンやってるんだっけ?」

「うん、1000円以上買うと、好きなキャラクターのクリアファイルが貰えるんだよ」

 クリアファイルか。学校で配られたプリントとかの整理に使うかな?

「ニャニャミは3種類あるから、3000円以上買わないとなんだ!」

「そうなんだ……」

 相変わらず薫子はお金持ってるなぁ。お小遣いいくらなんだろう……。

 そんな話をしていると、すぐに到着した。

「今日は混んでるね……」

「そう? 日曜はいつもこんな感じだけど」

 日曜はいつも病院に行っていたので、全然知らなかった。

「それより柚葉ちゃん、早く行こう! クリアファイルなくなっちゃうよ!」

「えっ? あ、うん」

 薫子に急かされて、人混みを見て止めてしまっていた足を動かす。突っ立っていては、いつまでも買い物は終わらないだろう。

「うわっ……」

 中に入ってみると、思っていた以上に人が多い。特に、コグマルやニャニャミといった人気キャラのところが。何というか見てるだけで酔いそう。

「じゃあ、私はニャニャミの所見てくるね!」

 そう言うと、薫子が人の間をかき分けて進んでいった。ファンアニが関わると本当に逞しい子である。

「じゃあ、私は……」

 いつも通りアザ太のコーナーに居ればいいか。そうすれば薫子が見つけてくれるだろうし。

 そう決めて、人を躱しながらアザ太のところに向かう。到着すると、その辺りは大分空いていた。

「混んでないのは良いけど……何か複雑……」

 一応は、自分が好きなことになっているキャラクターが不人気なのは、少しだけ悲しい。

「可愛いと思うけどなぁ……」

 適当にアザ太のぬいぐるみを一つ手に持ってみる。

「あっでも、柚葉も好きじゃなかったらどうしよう……」

 柚葉が好きってことになってるし……うーん。

 そんなことを考えながら、商品を物色する。せっかく来たから、クリアファイルを貰って帰ろうと思うが、中々1000円くらいのちょうど良いものがない。

「うーむ……」

「ちょっと通してください」

 突っ立っていたら、通行の邪魔になっていたらしい。一度退いた方が良いだろう。

「あ、すいません……!?」

 謝りながら声の方を見ると、予想外の人物がそこにいた。

「ささ坂間さん!?」

「げっ……高木さん……」

 目を合わせてしまいお互いに黙り込む。

 坂間さんは、昨日と同じようにひらひらふわふわした服装をしている。学校の時以外は、これが基本なんだろうか。

「……通して」

「あ、うん……」

 少しの沈黙の後、そう言ってきた坂間さんに道を譲る。昨日、言い合いみたいになった後だし気まずい。

 私の横を通り過ぎた坂間さんは、アザ太のコーナーの隣にある羊のキャラクターの所で足を止めた。

「……」

「……」

 早くどこか行ってくれないかなぁ。

「…………」

「…………」

 気まずいなぁ……。

「………………」

「………………高木さん、いつまでそこに居るの?」

「ふぇっ!?」

 いきなり声を掛けられて変な声が出る。

「だから、いつまでそこに居るの? 何かの嫌がらせ?」

「わ、私はアザ太が好きだから見てるだけだよ。坂間さんこそ、いつまで居るの?」

「私だって、このメープルさんが好きだから見てるだけよ。私が来る前から居たのにいつまでも、そこに居ないでよ」

「私は、友達待ってるの! 坂間さんこそ早く選んでどこか行ったら?」

 坂間さんは相変わらずムカつく言い方をする。お兄ちゃんは柚葉も悪かったかもしれないとか言ってたが、これは絶対に坂間さんが悪い。

「私も、友達が来るの待ってるのよ……」

「そう……」

「……」

「……」

 再び二人揃って沈黙してしまう。

 何か話題振った方が良いのかな? 坂間さんは何かムカつくけど、これ以上関係悪化させて、元に戻った後に何かあると嫌だし……。

「……坂間さんは、よく来るの?」

「……!?」

 坂間さんが驚愕に満ちた顔でこっちを見てくる。

「何でそんなこと聞くの?」

「え、いや何となく……」

「……たまに来てる」

 ぼそっとした声で返事が返ってきた。

「私は、薫子に誘われていつも来てるんだ」

「一ノ瀬さん、ファンアニ好きみたいだしね」

「え、知ってるの?」

「ファンアニの文房具使ってたり、キーホルダーとか付けてたりするし、見れば分かるでしょ」

「ああ、確かに……」

 言われてみれば、確かにそうだ。

「でも、よく見てるんだね」

「別に……」

 また、会話が途切れてしまう。他に話題は……うーん。

「聖羅、お待たせ」

「……?」

 声のした方を見ると、同じクラスの竹野さんがこっちに向かってきていた。

「あ、高木さんこんにちわ」

「こんにちわ……」

「二人が一緒なんて珍しいね」

 竹野さんは不思議そうに私と坂間さんを見比べる。

「渚、行こう。映画始まっちゃう」

「え、そんなに急がなくても……」

「いいから!」

 そう言いながら、坂間さんは竹野さんを引っ張ってレジの方へと向かう。

「じゃあ、また学校でね。高木さん」

「あ、うん……」

 引っ張られながら、別れの挨拶をしてくる律儀な竹野さんに返事をして、二人を見送る。

「はぁ…………」

 坂間さんと二人っきりという緊張感から解放されて一息吐く。一緒にいるだけでどっと疲れた。

「……薫子まだかなぁ」

 それから、薫子が来るまで、予想以上に時間がかかった。



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