第47話 柚葉はそんな性格してない

「はぁ……」

 病室で数時間くらい過ごして、私は帰路についた。

 いつもなら、夕方までいるのだが、今日は一人で居ても落ち着かなかったので、少し早く帰ることにした。

 帰り際、受付を通りかかると、看護師さんがチラチラこっちを見てきた。坂間さんがいたからだろうか。何度も来ているなら知られているだろうし。

「まさか、坂間さんがね……」

 私のことが……ううん、俺のことが、御坂悠輝のことが好きだと彼女は言った。そして、何回もお見舞いに来てくれているとも。

 正直、全く気づいていなかった。たまに話しかけてくるとは思っていたけど、好意があったからだったなんて……。

「うーん…………」

 元々、坂間さんに持っていたイメージは、他の女の子よりも少し話す機会が多いクラスメートくらいのものだった。それも、幼なじみで良く話す柚葉に比べれば、ほとんど話してないようなもので……。

 今日は、派手な服装だったが、クラスではもう少し地味なイメージだ。ダサいとか変とかいうわけじゃないが、今日のものとは正反対のシンプルな服装だし、友達と話していないときは、多分よく本を読んで過ごしている。

 女の子になって、髪を伸ばすようになった今だから思うのは、長い黒髪が凄くさらさらで綺麗だなってことくらい。

 そんなことを考えながら、無意識に自分の髪に手をやる。随分と伸びてきたが、坂間さんと比べればまだまだ短い。

「ちょっと、羨ましいかも……?」

 いやいや、このまま伸ばしていれば坂間さんよりも綺麗なロングになるはずだ。うん。

「それに、顔は柚葉の方が可愛いし、体も悲しくなるくらい日々成長してるし、総合的に勝ってるから……うん」

 知り合いに見られたら、自画自賛してるようにしか聞こえないことを呟く。ここに知ってる人が居なさそうなのが幸いだ。

「…………って何を張り合ってるんだろう」

 病室であってから、ずっともやもやしている。この気持ちは何だろう。

「でも、柚葉と坂間さんって仲悪かったのかな」

 今日のことだけで、あそこまで喧嘩腰で言われる理由はないように思う。いや、単純に短気なだけかもしれないけど。

「まあ、今は考えても仕方ないか。……そうだ、お兄ちゃんに連絡しておかないと」

 今日は病院に行くので、途中まで迎えに来て貰う約束になっていた。しかし、早めに帰っているので、来て貰う必要は無いだろう。必要なくなったとメッセージを送っておこう。

「…………これでよしっと……ってわわ?」

 画面を消して、鞄に片付けようとしたスマホが突然震える。予想外のことに驚いて、変な声を出してしまう。

「……あっ薫子か」

 画面を確認すると薫子からの着信だった。通話にして耳に当てる。

「もしもし」

「あっ柚葉ちゃん今外? 電話大丈夫?」

「うん、大丈夫。今病院から帰ってるところ」

 そう返事をしながら、歩き出しかけていた足を止めて、邪魔にならないところに立ち止まる。ここは人通りが多いので、歩きながら電話をするのは危ないだろう。

「あ、今日、御坂君のところに行くって言ってたっけ」

「そうそう」

 確か、昨日薫子と話した時に教えたはずだ。

「でも、帰るの早いんだね。いつも遅くなるから、お兄さんに迎えに来て貰ってるって、言ってたのに」

「あーうん……色々あって」

「色々?」

 薫子に聞き返されて、返事に困る。これは話して良いのだろうか。いや、でも薫子なら柚葉と坂間さんが仲悪くなった原因を知ってるかもしれないし……。

「その、同じクラスの坂間さんがお見舞いに来てて……」

「え、あの坂間聖羅?」

「う、うん」

 何故、フルネームなのかは分からないけど、そうだ。

「そっかぁ……坂間聖羅って御坂君のこと好きっぽかったしね」

「えっ!? 薫子知ってたの?」

「見てれば、分かるじゃん! それに前から柚葉ちゃんに突っかかって来てたし!」

「ああ……ええ?」

「柚葉ちゃんだって、いつも怒ってたじゃん。忘れちゃったの?」

 入れ替わってからの1年くらい特にそういうことも無かったから知らなかった。

「えっと……そうだったね」

「何で、私が覚えてて柚葉ちゃんが忘れてるの?」

「いやっ……あはは」

 忘れてると言うより知らないなのだが、薫子にそのことが分かるはずもない。適当に誤魔化すしかないだろう。

「それで何か言われたの?」

「えっ……えーっと……」

 どこまで言おうか。好きだとか言われたのは、あんまり言いふらさない方が良いだろうし……。

「ゆ、悠輝の、かか彼女ぶってる……とか?」

「また、そんなこと言われたんだ……」

 また!? それって前にも言ってたってこと?

「柚葉ちゃんも言ってあげれば良いのに」

「言うって?」

「彼女ぶってるんじゃなくて、彼女だよ。とか?」

「ななな何言ってるの薫子……べ別に私たちは、そそそういう関係じゃ……」

「柚葉ちゃんこそ、何慌ててるの?」

 いや、だって薫子が変なこと言うから……。

「でもそう言っとけば、向こうは何も言えないじゃん」

「それは、そうかもだけど……」

「御坂君だって、そう言われても怒らないよ。多分」

「いや、そうじゃなくて……」

 もし柚葉が当時、そう言っていても、多分私は、恥ずかしかっただろうけど、怒ったりはしなかっただろう。だから、それは良いのだが。

「そうじゃなくて?」

 御坂悠輝の気持ちではなく、柚葉本人の問題だ。勝手に付き合ってることにしたら、何か柚葉に不都合があるかもしれない。

「とにかく駄目なの!」

「そっか……」

 そう言うと、薫子はそれで話をやめてくれた。まあ、無理にそうしろというわけではなく、冗談半分だったのだろう。

「それで、話変わるけど柚葉ちゃん!」

「あ、うん」

 一瞬、静かになったかと思ったのもつかの間薫子が元気よく話し始める。

「明日って空いてる? ファンアニショップでキャンペーンがやっててね……」

 いつもの調子で話し始める薫子の声を聞いて、もやもやとした気持ちが、少しだけ和らいでいく気がした。




「ただいま」

「おう、早かったな」

 家に帰りリビングに入ると、お兄ちゃんがソファに座ってテレビを見ていた。

「病院で何かあったのか?」

「うっ……」

 いつもより早く帰るだけで不思議がられてしまう。薫子といいお兄ちゃんといい、私のことを気にしすぎなのでは……。いや、確かに何かあったんだけどね。

「実は……」

 お兄ちゃんに病院であったことを話す。話の流れで、薫子にも教えなかった好きだと言われたことも伝えてしまった。

「まあ、あれだ。良かったじゃないか」

「どこが?」

 お兄ちゃんが変なことを言うので、すぐに言葉を返す。

「だって、クラスの女子が自分のこと好きだったんだろ? 少しは嬉しいんじゃないか?」

「まあ、それは……」

 そのことだけを言うなら、嬉しくないわけじゃないが……。

「だから、良かったって……」

「でも、だからって柚葉に対して暴言吐いて良い理由にはならないし!」

「お、おう」

 薫子の話から察するに、坂間さんは前から柚葉に対して、ああいう態度を取っていたのだろう。そう思うと、ムカムカして仕方が無かった。

「あんな性格悪そうな子に好かれたって、全然嬉しくない!」

「性格悪いねぇ……」

「何?」

「いや、柚葉の性格からして、その子に何か言ったから、向こうもそんな態度なのかと思ってさ」

「柚葉は、そんな性格してない!」

 お兄ちゃんは、目を見開いてから呆れたような顔をした。

「……本当にお前の中の柚葉のイメージは美化されすぎだと思う」

「そんなことない!」

 兄が妹に対してあんまりなことを言う。私は、イライラとして柚葉いもうとの代わりにお兄ちゃんに文句を言った。



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