第46話 幼なじみだから
いつものように面会用の受付で名前を書く。ここに来るのは何度目だろう。退院してから数え切れないほど訪れている。
今は土曜のお昼過ぎ。柚葉に昨日のことを話すためにやってきた。昨日のことと言うのは、事故とはいえ柚葉の胸を男子に揉まれてしまったことだ。
別に眠ったままの柚葉に何があったかを話しても意味はないのだが、日々の出来事を病室で話すのは習慣になっているし、何となく聞いてくれているような気がするので続けているのだ。
去年薫子に怒られてからは、毎週日曜日だけ来るようにしていたのだが、今回は内容が内容なのですぐに話しておきたい。そう思うと居ても立っても居られなくなり、土曜日の今日に来てしまったのだ。
いつもと違う曜日に来たせいか、看護師さんが少し驚いた顔をしていた。ちょっと驚きすぎなくらいに。
御坂悠輝の病室の前に立って一度深呼吸をする。ないとは分かっていても、もしかしたら目を覚ましているかもしれない。その期待を込めて落ち着いてから中に入る。これもいつだったかから続けている習慣だ。
「よし」
小さな声で呟いて、ゆっくりとドアを開ける。予想通り期待は裏切られ、ベッドで寝続けている自分の体が目に入る。やっぱり今日も駄目だったらしい。
「はぁ……」
と小さく溜息を吐いて中に入る。いつものようにベッドの脇の椅子に座ろうとすると、そこに誰かが座っていた。
「……っ!?」
背中まで届くさらさらの黒髪の女の子。白と黒のゴスロリっぽい服を着て悠然と座っている。本を読んでいて、それに集中しているのかまだこちらに気づいていない。
勿論お母さんじゃない。しかし、それ以外で病室で会ったことがある女の人は看護師さんくらいだ。
えっ誰? 何、この子!?
「…………」
予想外の状況に混乱する。どうして知らない女の子がこの病室にいるのか。寝ているのは柚葉だが、それを知っているのは私とお兄ちゃんだけ。他の人から見たら寝ているのは御坂悠輝のはずだ。
つまり、ここにいるということは悠輝である自分が知っている人のはずなのだが、誰だか分からない。
「…………あっ」
そうか、きっと病室を間違えたのだ。階を間違えたのだろうか。病室を何となく場所で覚えていてエレベーターを降り間違えて、それで確認せずにこの部屋に入ってしまったのだろう。うん、これだ間違いない。それなら教えてあげないと。
「あのー」
声を掛けてみるが反応がない。部屋に人が入って来ても気づかないくらいだから、よっぽど集中しているのだろう。
「すいません」
今度は、肩を軽く叩いて声をかける。
「……っ!?」
女の子が驚いた顔で勢いよく椅子から立ち上がる。その衝撃で椅子がガタッと倒れてしまう。
驚いた顔の彼女と目が合う。
あれ? よく見ると、どこかで見たことがあるような……。
「……っ! 高木っ……さん」
「えっ……?」
驚いた顔のまま名前を呼ばれる。名前を知っているということは、つまり知り合いなわけだ。
自分の悠輝の頃の知り合いで、柚葉のことも分かる女の子? えっと……誰?
「何、惚けた顔してるのよ……」
「えっと、あのー…………どちらさまですか?」
「……はっ?」
その声は低く、苛立たしげだった。怒らせたということは、知り合いというわけで……。
「ふざけてるの?」
「いやーふざけてるわけじゃなくて……」
見覚えがあるような気がするのだが、誰だか分からないのだ。
「……
「えっ?」
「私の名前! 同じクラスでしょ!」
怒鳴られてしまう。確かに何度も聞くのは失礼だったかもしれない。今日は上手く頭が回らない。この状況のせいでパニックになっているのかもしれない。
さかませいら……さかま……坂間? あっ!
「もしかして坂間さん?」
「さっきからそう言ってるでしょ!」
「ごっごめんなさい……」
坂間聖羅さん、同じクラスの女の子だ。確か竹野さんとかと仲が良い子だ。
柚葉とは、クラスが同じ以外にあまり接点がないので、入れ替わってからは話す機会が全然無かった。
悠輝の頃は、何かと話しかけてくるクラスの女の子といった印象だった。それにしても。
「全然気づかなかったよ。何かイメージ違って……服とか」
学校ではこんなゴスロリみたいな服を着ていなかったはずだ。それに顔も少しメイクでもしているのか、いつもと顔が少し違う。クラスメートの誰ともイメージが合わないので気づけなかった。
「学校でこういうの着ないわよ。汚れるでしょ」
「そ、そうなんだ」
普通に過ごしていれば、そんなに汚れない気がするけど……まあ、人それぞれの考え方があるか。
「坂間さん、わたっ……悠輝のお見舞いに来てくれたの?」
「そうだけど……」
「そっか、ありがとう。クラスの子が来てくれてきっと喜んでるよ」
これは、悠輝本人としての気持ちだ。誰かが自分のためにお見舞いに来てくれるのは嬉しい。入院してから一年近く経って、他に誰も来ないので尚更だ。まあ、特別親しかったわけでもない女の子がこのタイミングで来ているのは謎だけど。
「…………」
「でも、今日はどうしたの?」
何故、今頃になってクラスの女の子が来ているのか分からなかったので、直接尋ねる。一体どうしてこの子が
「どうしたのって何が?」
「えっ?」
質問をしたのに逆に聞き返されてしまう。しかも、声がちょっと怒っている。
「何で高木さんに、どうしたの? なんて聞かれなきゃいけないの?」
「えっと……あのっ、その……」
坂間さんは何を怒っているのか、その言葉は怒気をはらんでいる。
「御坂君の彼女か何かのつもり?」
「彼女っ!? いや、ちが……」
言われて顔が熱くなる。そんな別に付き合ってるわけじゃ……
「別に付き合ってないんでしょ。前に自分でそう言ったじゃない」
「前にって……」
矢継ぎ早に言われて訳が分からない。坂間さんは何が言いたいんだ……。
「わ、私はただ私や悠輝の親以外で人が来てるの初めてだから、不思議に思って聞いただけで……」
「初めてじゃないわ」
「ふぇっ?」
何が初めてじゃないって?
「私、何度も御坂君のお見舞いに来てるから」
「ええっ!?」
何それ、初めて知った。だって一度も見てないのに……。
「去年の12月くらいから、毎週来てるの」
「毎週!?」
そんなに来てるの? 嘘でしょ?
「用事がある時以外は、毎週土曜日にね」
「土曜……」
確か11月くらいからは、毎週日曜日にしか来ないようにしていた。それなら一度も被らなかったのは納得だけど。
「でも、何で坂間さんが? 別に特別仲良かったわけじゃないのに……」
「何で、高木さんが仲良かったわけじゃないなんて分かるの?」
本人だから。と言いたいけど言うわけにはいかない。多分言っても信じてくれない。それなら……。
「幼なじみだから……」
「幼なじみだと分かるの?」
「えっ……うん、その……分かるよ!」
幼なじみだからって相手のことが良く分かってなかったのは、柚葉になってから痛感しているが、今はそれを言っても仕方が無い。
「私、男の子の中で一番御坂君と仲が良かったと思ってるから」
「はい?」
仲良かった? いやいや、たまに話した位で仲が良いなんて言える関係じゃなかったよ?
「何よ、その顔は?」
悠輝として訂正したいところだが、今の私は悠輝ではなく柚葉だ。言っても聞かないだろう。
「じゃあ、仲が良かったからって何で毎週のようにお見舞いに来てくれるの?」
「来てくれる?」
「えっ、いや……来てるの?」
悠輝目線に立って言うと、彼女面をしていると、また文句を言われかねない。仕方が無いので訂正した。
「あなたこそ、何で来てるの?」
「私達は、一緒に事故に遭ったし……それに幼なじみだから……」
そう、幼なじみだから。大切な幼なじみだから。例え、体が入れ替わっていなくても、お見舞いに通っただろう。
「また、それ……」
坂間さんが、うんざりしたように溜息を吐く。幼なじみの何がいけないっていうんだ。
「私は、御坂君が好きだから来てるの」
「…………へっ?」
今なんて言った?
「私は、御坂君が好きって言ったの!」
顔をほんのりと赤らめながら、もう一度繰り返す。
えっ好き? みさかくんがすき……御坂君が、好き!? それって、私が……俺が好きってこと!?
「えっ……えっ!?」
「白々しい。気づいてたくせに」
「いや、全然気づいてなんか……」
いや、柚葉は気づいてた? ……って今はそれは別に良くて。
「えっと、その……ありがとうございます?」
「何、あんたがお礼言ってんのよ! 私は御坂君が好きだって言ったの! あんたのことじゃない」
そうだ、今は柚葉なんだから、返事は出来ないじゃないか。何口走ってるんだ……。
それにしても、坂間さんが、まさか……。
「い、いつから? どこが好きとか……」
「あんたに言う必要ない!」
そうかもしれないけど、本人としては気になるというか……。今は柚葉だから、そう言われるのは仕方が無いんだけど……。
「あっ……」
そこで気づいた。私が柚葉だということは、今は柚葉が悠輝だ。目が覚めてもすぐに戻れる保証はない。慣れない体で苦労している時に坂間さんに告白されたら、柚葉が困るのでは……?
「やっぱり、駄目!」
「は?」
「柚葉っ……じゃなくて、悠輝のことは諦めてください!」
「何で、あんたにそんなこと言われないといけないのよ」
「だって、
そう、きっと柚葉が困ってしまうのだ。せっかく好意を寄せてくれたのに申し訳ないが、今は柚葉の方が大事だ。そんなに仲が良かったわけじゃない女の子より、大切な幼なじみのことを第一に考えたい。
「困るって何よ! 本人でもなのに勝手に決めつけないで!」
「悪いけど、事実だから!」
適当言ってるわけではない。本当のことだ。
「ああ、もうあんたと話してるといつもイライラする……私、今日は帰る!」
そう言って、置いてあった鞄を持って苛立たしげに病室を出て行こうとする。
「もう来ないでね!」
「また、来るわよ!」
私の言葉にそう言い返すと、今度こそ病室を出て行って。
「もう、何なんだよ……勝手なことばっかり言って……」
女の子に好きだなんて言われたのは初めてだ。素直にその気持ちは嬉しい。こんな状況じゃなければ、一度考えてみたかもしれない。でも今は、無理だ。それに……。
坂間さんの好きっていう声を思い出すと、どうしてか胸が苦しくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます