第45話 謝られたって許せるものじゃない
「…………」
落ち着いて、状況を整理しよう。
えっと、当麻達と一緒に何かすることになって……。
「バスケで良い? 3対3で」
「別にいいぞ」
香奈が3人に訪ねると雄大が答えた。
ああ、バスケに決まったんだ。細かいルール良く分からないけど、それは香奈とかお兄ちゃんとかに聞くとして……。
「チーム分けどうする?」
「うーん……」
チーム分け? ……え、男女別じゃないの!?
「だ、男女で良いんじゃない……?」
危機感を覚えて香奈に自ら提案する。柚葉になって以来、3人とは全然話せてないのだ。柚葉として、どう接するかも分からないのに、一緒のチームとか絶対無理!
「でも、それだと男子有利じゃない? 有華も柚葉も運度得意な方じゃないし……」
「いや、それは……えっと」
「まあ、香奈が男子並みだし良いんじゃない? 私も男女別で良いと思うし」
良いあぐねていると、いつの間にか亮さんの所から、こっちに来ていた有華が助け船を出してくれる。何故か満足げな表情だ。
「うーん……まあ、いっか。じゃあ、チームは男女別ってことで。あとは……」
香奈が雄大とあれこれ話している。どうやら簡単にルールを決めているらしい。ちゃんとした試合ではないし、分かりやすいルールにしてくれると助かる。
それにしても、当麻たちと一緒かぁ……。えっと、呼ぶときは名字で呼ぶように注意しないと。当麻が石井君で、雄大が麻田君、健太が斉藤君で……。
ああっ、前は名前で呼んでたし、間違う自信しかないよ!
お兄ちゃんとか薫子とか、意識しても最初は言い間違いそうになっていたのだ。不安しかない。
3人の中なら、当麻が一番大丈夫かな……。柚葉になってか少しは話す機会あったし、名字呼びもそこそこ慣れてきたし。
「高木?」
「えっ何、とっ……石井君?」
ああ、もう早速当麻って言いかけた! 全然駄目だった!
やっぱり当麻とか、特に無理でしょ! 小学校低学年からの付き合いだし、半分無意識で名前を呼んでしまう。長年の習慣は、そう簡単に直せないのだ。未だに朝寝ぼけて立ったまま用を足しそうになるし、たまに男子トイレの前まで行っちゃったりするし……。思い返せば、全然駄目だった……。
「高木の兄貴って、バスケ部なのか?」
当麻は少し目線を外しながら、言葉を続ける。柚葉になって以来、当麻と話すときは、いつもこんな感じである。目線をあまり合わせてくれないのは、多分女子と話すのが恥ずかしいのだろう。こっちも悠輝の頃は柚葉以外の女の子と話すのは少し照れくさかったし、気持ちは分かる。
「うん? うん、うちのお兄ちゃんも香奈のお兄ちゃんもバスケ部だよ。私は全然知らないけど」
「そっか」
「もしかしてお兄ちゃんに聞きたいこととかある? バスケ部考えてるとか?」
「いや……ちょっと気になっただけだ。参考になった」
そう言うと、当麻は雄大達の方へ戻っていった。
一体どういう意図の質問だったのだろうか。そして何が参考になったのか。よく分からないけど、まあいいか。
「おーい、柚葉移動するよー」
「あ、うん」
雄大との話が終わったらしい。香奈が楽しそうに呼んできた。バスケできるのが嬉しいのかな。
「じゃあ、お兄ちゃん行ってくる」
「おう」
亮さんと二人で休憩しているお兄ちゃんに声をかけてみんなを追いかける。
さて、ボロ出さないように注意しないと。
「……香奈凄い」
5分での得点勝負が始まって、2分が経った。さっきから香奈の独壇場である。
ハンデということで、女子側のボールから始まったのだが、いきなり3人抜き去ってシュートを決めてしまった。
ボールを突きながらなのに私が走るのと変わらない速度で移動するので、さっきから追いかけるだけで息が上がる。
「うう、さすが運動得意じゃない方な私……」
たまにボールがパスされてくるが、取られないうちに香奈に返す作業になっている。有華がボールを受け取っても同じだ。
元々運動が苦手という訳ではないはずなのだ。当麻達といつも休み時間は走り回っていたし、体育の評価も悪くはなかったし。
ただ、柚葉の体が自分の体と比べると動かしにくいのだ。手足は細くて何か動かしすぎるの怖いし、リハビリか終わって体力が戻っても、自分の体に比べると体力ないし。重い物持つの大変になった気がするし。
男女の差なのか、柚葉だからなのか分からないけど、とにかく悠輝の頃のように動けないのだ。
まあ、結果的に柚葉と変わらない運動能力になっているみたいで、怪しまれずに済むのは良いんだけど。
「せいや!」
よく分からないかけ声をあげながら、香奈がボールをゴールに向かって片手で投げる。綺麗に輪をくぐって床に落ちた。
「やっぱり上手いなぁ」
中学に入ったらバスケ部に入るとか、前に言ってた気がするし、多分普段から練習してるのだろう。
「部活かぁ……」
さっき当麻が聞いてきたのも、中学生になってからのことを考えているからなのだろうか。
あっという間に1年経ったことや、寝たままの柚葉に変化が無いことを考えると、中学生になっても、このままの可能性が高い。うーん、中学生になったらとかイメージ出来ない。部活には入らないと駄目なのだろうか。
何か部活に入るとして、この体のままだと運動系はきついかな。でも、運動しない部活って、何があるの? 戻った後のこと考えるなら、柚葉が嫌じゃないのが良いし。うーむ。
「柚葉、パス!」
「わわっ」
考え込んでいたら、香奈から勢いよくボールが飛んできた。何とか、両手で受け止める。勢いがあったせいか手が痛い。
危うく顔面キャッチする所だった。香奈からのボールなんて顔で受けたら柚葉の顔にあざを作ってしまう。危ない危ない。
ボールを香奈に戻そうと、視線を向けると香奈の前に雄大と健太が待機している。香奈の方にボールを投げても、二人に取られてしまうだろう。
「じゃっじゃあ……」
有華にボールを回そうと思ってそっちを見ると、ちょうど有華との間に当麻が……。
「あははは……」
思わず乾いた笑いが出る。柚葉の体の腕の力で当麻を乗り越えて有華まで投げるのは無理だろう。かといって自分でゴールまで向かってシュートするのも……絶対途中で取られる。
悩んでいると、じりじりと当麻が寄ってくる。
このままでは、ボールを取られてしまう。別にそれでも個人的には良いのだが、それだと頑張っている香奈に悪いし。
「…………」
当麻の上を通して有華にボールを渡すことに決める。最悪届かなくても有華が拾ってくれるだろう。
「……よしっ」
覚悟を決めてジャンプしながらボールを投げる。当麻も気づいて手を伸ばしジャンプするが、ボールに触れなかった。有華の少し手前にボールが落ちていく。
「ほっ…………っ!?」
慣れないことをしたせいか、着地に失敗して倒れてしまう。
「いったぁ……むぐっ」
床に体を打ち付けた痛みに、目をつむって呻くいていると、直後に上から何かに押しつぶされる。
何、えっ?
痛みに耐えかねて閉じていた目を開けると、目の前に当麻の顔が合った。
「なっ!?」
ちょっ、えっ? 当麻、
「ってぇ…………って、うわっ」
こっちが混乱していると、当麻も驚いたような声を上げる。
「うわっはこっちの台詞だって! 早くどいてよとっ……石井君!」
「えっあっ悪い高木、今どくか…ら……」
慌てて立ち上がろうとした当麻が私のとある部分に手を突く。
「あっ……いやこれは違っ……」
そう言いながら、顔を真っ赤にして手を動かす。ぞわぞわするような変な感覚に襲われる。状況を理解して私も顔を真っ赤にした。
「どっ、どどこに手を置いてんだよ! 馬鹿っ!」
「悪いっ!」
当麻が今度こそ立ち上がってどいてくれる。
「…………っ!」
触られた。触られた触られた。ゆゆ柚葉のむむ胸を当麻に……男子に触られたぁぁ!
両手で胸を隠して当麻から距離を取る。申し訳なさそうにする当麻をキッと睨み付ける
「変態!」
もっと文句を言いたいのだが、他に言葉が思いつかない。
あああ、ぞわぞわするぅ。胸を揉まれるなんて……。柚葉に顔向け出来ない!
「高木、本当にごめん!」
謝られたって許せるものじゃない。女の子の胸に許可無く触ったんだぞ! 私だって……この体使ってても、なるべく触らないようにしてるってのに!
「ふん」
ムカムカして話をする気にもならず顔を背ける。
「まあまあ柚葉、落ち着いて」
「……香奈」
いつの間にか隣に来ていた香奈が私をなだめるように言う。
「石井もわざとじゃないんだし」
「わざとじゃない……?」
それなら、どうして人の胸を揉むようなことに…… ああ、考えたらますますムカついてきた。
「石井も着地失敗して転んだだけみたいだしさ」
「……そうなの?」
ちらっと当麻の方を確認すると、申し訳なさそうに頷かれる。
「…………」
でも、だからって
「本当に悪かった!」
「うっ……」
当麻が土下座でもしそうな勢いで謝ってくる。かつての友人を追い詰めているようで、少し罪悪感が沸いてきた。
「……もう絶対しないでね……気をつけてね!」
「ああ、分かってる。本当にすまない」
当麻がとぼとぼと他の二人の方へ歩いて行く。
「柚葉大丈夫?」
有華が心配そうに声を掛けてくれる。
「うん……」
しかし、許しはしてもムカつく気持ちは収まらない。大切な幼なじみの体にあんなことを……。
「……ちょっと、トイレ行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
有華に断ってその場を離れる。トイレは体育館の外にしかない。
とりあえず身だしなみを直したい。それに一人になって落ち着きたいし。
「当麻、良かったじゃんか高木の胸触れて」
「俺も女子の胸とか触ってみたいなー」
体育館を出る途中、そんなことを言ってる雄大と健太の声が聞こえてきて、本当にイライラする。
男子は女子の胸が好きって聞いたことあるけど、自分も悠輝のままだったら、そんな風に思ったのだろうか……。
恥ずかしい思いをさせられた女の子がいるのに、そんなことを言えるようになってしまうなら、今は女の子で良かったのかもしれない。そんなことを考えながら、その場を後にした。
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