第44話 有華の気持ちが分からない
「よし、一章終わり!」
データセーブをしながら、香奈が嬉しそうに言った。
「うん、お疲れ」
とりあえず、香奈が最初に目標にしていた一章まではクリアした。
今は、だいたい14時過ぎ。午前中にやってきて、途中お昼をご馳走になったりしながらプレイしていた。
久しぶりのゲームはやっぱり面白い。スマホでミニゲーム的なものなら、暇なときに遊んでいたが、テレビとコントローラーでやるゲームは、やっぱり全然違う。
「そういえば亮さん達お昼も戻って来なかったね」
私と香奈の後ろに座っている有華がぼそっと呟いた。
「有華そんなにうちのお兄ちゃんと一緒に居たいの?」
「違う! ただちゃんと食べたのか気になっただけで……」
有華の頬がほんのりと赤くなる。視線を逸らして恥ずかしそうにする。
「本当かなぁ」
香奈がにやにやしながら、意味ありげな視線を有華に向ける。
「本当に! もう、香奈しつこい」
「ごふっ」
真っ赤な顔をした有華が座っていた座布団を香奈に投げつける。避け損なった香奈は顔面で受け止めてしまい変な声で呻いた。
「いったぁ……そんなに否定する方が怪しいって」
「ふんっ」
よく分からないが、香奈が有華をからかっているのは分かる。
「…………」
そういえば、前にも有華が香奈のお兄さんのことでからかわれていた。これってやっぱり……。
有華の隣までゆっくりと近づいて、その耳元で囁く。
「有華って、香奈のお兄さんのこと好きなの?」
「ぬぁっ!」
有華は驚いた表情でこっちを見たかと思うと、みるみる顔を真っ赤にした。
「そそっそんなことないから!」
視線を彷徨わせながら噛み噛みで否定する。
「そう……?」
「そうなの! 全く、柚葉まで変なこと言わないでよ!」
うーん違ったのだろうか。てっきり、そうなんだとばかり……。
「そうだ! 私たちも行く?」
それまで私と有華のやり取りを見守っていた香奈が突然大きな声で言った。良いことを思いついたという顔だ。
「行くって?」
「お兄ちゃん達の所。総合体育館!」
私の質問に答えながら香奈が勢いよく立ち上がった。
「えーっとバスケが出来るのは、第二体育館だから……こっちか」
香奈に連れられる形で私たちは総合体育館こと、天衣総合市民体育館にやってきた。
ここは、色々な運動が出来る施設でお金を払えば誰でも使うことが出来る。天衣市民なら料金も割引されて安い。
香奈に先導されて中を進んでいくと、少し先の方でドンドンとボールを突くような音が聞こえてきた。
その部屋の前まで行って、ドアの隙間から中を覗く。私のお兄ちゃんと香奈のお兄さんこと亮さんが向かい合っていた。お兄ちゃんの方がボールを突いている。確か、ドリブルだっけ?
お兄ちゃんが正面の亮さんを躱して、ゴール下まで行く。しかし、すぐに追いついた亮さんがジャンプして、シュートしようとしていたお兄ちゃんのボールを叩き落としてしまう。
「あぁ……」
詳しいルールは分からないが、多分お兄ちゃんの負けだろうか。何かちょっと悲しい。
今度は亮さんがボールを持つ。お兄ちゃんが止めようと構えるが、亮さんは難なく躱してシュートを決めてしまった。
……お兄ちゃん良いとこなし。
一応妹としては、兄が負けっぱなしというのも面白くない。
「わぁ……」
小さな声が聞こえて、そっちを見ると有華がきらきらした目で中を覗いている。少し頬を赤くして、亮さんの頬をじっと見つめている。
やっぱり有華って亮さんのことが好き? しかし、さっきは否定されてしまったし。
照れ隠しかもしれないけど、うーん。
友達の恋なら、応援してあげたい。出来ることがあるならしたいけど、そもそも好きなのかどうかが分からない。
今まで恋なんてしたことないし、持ってる知識も少女漫画受け売りだけだし……。
「ねえ有華……」
もう一度本人に確認してみよう。多分それが一番早い。
「お昼も帰ってこないで何やってんのさ、お兄ちゃん!」
有華に声を掛けようとしたのとほぼ同時に、香奈が勢いよくドアを開け放った。
「うぉっ! 香奈どうしているんだよ」
「休憩もせずに練習してるみたいだったから、様子見に来てあげたんだよ!」
突然の大声に中の二人はその表情を驚愕に変えて、こっちに視線を寄越す。香奈の声だと気づいた亮さんが、すぐに返事をした。
「いや、途中途中で休んでるよ。なあ?」
「ああ」
亮さんの言葉に返事をするお兄ちゃんと目が合う。ばつが悪そうに目線を逸らされた。
もしかして、お兄ちゃんも負けてる所見られて恥ずかしいのかな。まあお兄ちゃんは特別が運動が得意なわけでもないし、相手が運動が得意な香奈のお兄さんなら、仕方がない気もするけど。
「あ、あの……!」
黙っていた有華が少し大きな声を出して一歩前に出る。私を含め、みんなの視線が一斉にそっちへ向いた。
「これ、スポーツドリンクと……サンドイッチ持ってきたので……お二人でどうぞ」
そう言って、亮さんに袋を差し出す。
「あ、うん。ありがとう有華ちゃん」
亮さんが有華の方まで来て袋を受け取る。
「本当にうちの妹と違って気が利くよ」
「え、いえ……」
有華が恥ずかしそうに頬を紅潮させる。そしてもじもじと俯いてしまった。
「別にお兄ちゃんに気を遣ったって仕方ないしー」
香奈はそう言ってむすっとするが、わざわざ様子を見に来る辺り、香奈なりに気遣っているのだろう。
「じゃあ、さっそく頂いて……あっここ食事は駄目だっけ? 一度外出るか」
「そうだな」
亮さんの言葉にお兄ちゃんが頷いて、とりあえずテーブルがあるロビースペースに移動した。ここなら飲食しても大丈夫である。
「じゃあ、今度こそいただきます」
「は、はい……どっどうぞ……」
亮さんが容器の蓋を開ける。
「これってもしかして手作り?」
「は、はい。ハムと卵とレタスのサンドイッチです。簡単なので申し訳ないですけど……」
「いやー有華ちゃん料理上手だからありがたいよ」
そう言って亮さんが一口ぱくり。
「うん、美味しい」
その言葉を聞いて、有華がほっとした表情になる。
香奈がお兄ちゃん達の所に行くと言い出したとき、有華は一度家に戻って用意してきたのだ。いきなりサンドイッチを詰めてきたのは吃驚したが。
それにしても、今日の有華は何というか……らしくない。特に亮さんの前にいる時は別人である。
「…………有華別人みたい」
「本当にねー」
「えっ!?」
気づかず口に出していたらしく、香奈に返事をされてしまった。
「有華、お兄ちゃんの前だとこんな感じだから。昔はそんなでもなかったのに」
「そうなんだ……」
どうして有華は亮さんの前だとこんなに大人しく……まさか!?
「有華、亮さんが怖いとか?」
「いやいや、何でそうなるのさー」
香奈に否定されてしまう。違うんだ……。
うーん、有華の気持ちが分からない。やっぱり亮さんが好きとか? でも好きだとこんな風になってしまうのだろうか……。
「それより、私たちも何かしない? せっかく来たんだし」
「何かするって……何するの?」
3人で出来ること? 人数も少ないし奇数だし、出来そうなことが思い当たらない。
「ちょっと待って、今考える!」
香奈が待ったというように手のひらを見せてくる。どうやら、勢いで言っただけで特に考えはないらしい。
「俺、ちょっとトイレ行ってくる」
「おう」
香奈の返事を待っていると、お兄ちゃんが立ち上がってその場を離れしまった。
「……私もちょっとトイレ」
「うーん、うん」
香奈にそう言って、慌ててお兄ちゃんを追いかける。
「お兄ちゃん」
「うおっ柚葉……どうした? 何か用か?」
「いや……その」
何を言えば良いのか……。
「お兄ちゃん、頑張れ」
「……やっぱり、さっきの見てたのか……」
はぁ、とお兄ちゃんが溜息を吐く。
「いや、その……」
「そんなに気を遣わなくて良いよ。別に負けてるのはいつものことだし」
「そうなんだ……」
「そうだよ。亮は一年の頃から上手いし、俺じゃ相手にならないよ」
お兄ちゃん的には亮さんは、負けても仕方が無い相手ってことか。その割には気にしてるような……。
「じゃあなんで気まずそうにしてたの?」
「……恥ずかしいだろ」
「うん? どういうこと?」
「俺からしたら、慕ってくれる年下なんてお前くらいだから、あんまり格好悪いところ見せたくないんだよ!」
そう言うと、お兄ちゃんがそっぽを向いてしまう。何となく顔をのぞき込んでみると、少し顔を赤くしていた。お兄ちゃん的には、口にするだけで恥ずかしい内容だったのか。でも……。
「私からしたらだけど」
お兄ちゃんが首をかしげてこっちを見てくる。視線だけで続きを促された。
「お兄ちゃんが運動音痴でも、格好良いよ。こんな状態の私をいつも気遣ってくれて、本当に感謝してる」
「…………」
あれ、お兄ちゃんが何も言い返してくれない。
冷静に考えてみたら、結構恥ずかしいことを言ってしまったのでは……。そんな気がしてきた……。
あわわわとなりながら、顔を真っ赤にしておろおろとする。ああ、もう言わなきゃ良かったぁ……。
「っはは……何だよそれ。俺別に運動音痴ってほどじゃないからな? 特別運動神経良くもないけど」
「いや、それは分かってるよ!? それは例えというか、何というかぁ……」
恥ずかしい思いをした上に伝わってない? これでは骨折り損である。
「でもまあ、ありがとな。ちょっと元気出た」
「えっ……あ、うん」
気持ちは伝わったのかな? それならまあ……良しとするかな。
「俺はトイレ行ってくるから先に戻ってろよ」
「うん」
返事をしてお兄ちゃんと別れる。別に私は追いかけてきただけで、トイレに用はない。みんなの所に戻ろう。
「……あれ?」
みんなが見える所まで行くと、香奈達の他にも誰かいる。
不思議に思いながら、みんなの方へと小走りで向かう。
「あ、柚葉お帰り」
「ただいま……ってあれ? どうして石井君達もいるの?」
遠くから見えたのは、クラスメートの当麻達男子3人。いずれも悠輝の頃に遊んだりした間柄なのでよく知っているが、どうして一緒にいるのか。
「いや、さっき見つけたからさ。一緒にどうかと思って」
「一緒に……?」
「ほら、3人じゃ出来そうなスポーツないから一緒にやろうって」
さっき香奈が言ってた何かするって話のことか。え、それってつまり……?
「石井君達と一緒に遊ぶってこと?」
まさかね。そんな男子と女子で遊ぶとか……。それに悠輝の頃の友人と一緒に遊ぶとかボロだしそうだし……。
「そう」
「っ!?」
予想外の展開に私はただ驚愕するしかなかった。
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