第42話 柚葉に似てきた?

「…………」

 鏡の前に立ち、慣れない手つきでそれを胸に着ける。

「こうして…………良いかな?」

 まだまだ慣れないので、鏡を見て調整しないと上手く着けられない。いや、上手く身に着けられるようになったら、それはそれでどうかと思うけど。

 鏡に映った自分を見て問題ないか確認する。柚葉の体とはいえ、ブラジャーを装着した自分を見るのは、中々くるものがあった。

「はぁ……」

 溜息を一つ吐いて着替えを再開する。悩んでどうなるものでもないのだ。今は手を動かす。

 青系のTシャツと膝丈の黒のプリーツスカート。いつもは水色とか白とか薄めの色が多いのだが、今日は濃いめにしてみた。いやー何か薄い色だと透けそうだし……。

 今日の服装に合いそうな濃い青のシュシュを取ってまだまだロングには遠い髪を纏めてポニーテールにする。練習してしいるのだが、中々上手い感じにならない。結ぶだけでこんなに難しいとは……。

「柚葉、まだか?」

「うん、今行く」

 部屋の外から、お兄ちゃんに呼ばれたので、鏡で結んだ髪を確認するのをやめて部屋を出る。

「お待たせ」

「おう、じゃあ行くぞ」

 お兄ちゃんと二人で家を出る。

 今は土曜日のお昼少し前。ママと買い物に行ってから一週間が過ぎていた。お兄ちゃんが一緒にお出かけしてくれると約束してくれていたので、一週間後の今日に出かけることにしたのだ。

 バスに乗って目的地に向かう。お兄ちゃんと二人でお出かけするのは、少し久々かもしれない。

 20分ほどバスに揺られて、天衣駅前のバス停で降りた。

「こっちに来るのも久しぶりだな」

「そうだね」

 お兄ちゃんの言葉に頷く。最近出かけるといえば、だいたい天衣モールで、こっちの方には来ていなかった。

 しかし、今日の目的地は駅ではない。そこから少し歩いたとこにあるデパートだ。

「早く行こう」

 そう言ってお兄ちゃんを急かして二人で歩き出す。

 さすがは土曜日だけあって、たくさんの人がいて歩きづらい。下手をすると人混みに流されてしまうかもしれない。

「柚葉、ほら」

「……?」

 お兄ちゃんが左手を差し出してくる。意味が分からずしばらくその手を凝視する。

「はぐれると悪いから……」

「あーあ……分かった」

 ようやく意図が分かり右手で差し出された手を掴む。確かに捕まっていれば、はぐれる心配はない。

「デパート前までバスで行った方が良かったんじゃないか?」

「そうかも……」

 駅までだと、デパートまでよりも少しだけ料金が安い。今日はお兄ちゃんが出してくれているので、少しの距離だし歩いて安く済まそうとしたのが失敗だった。かえってお兄ちゃんを疲れさせてる気がするし。

 二人で人の間をすり抜けながら歩いて、デパートまでたどり着く。ちょっとの距離のはずなのにどっと疲れてしまった。

「とりあえず、お昼にするか。一息吐きたいし……」

「うん、そうしようか」

 来たばかりだが、とりあえず食事をすることにする。エレベーターの所まで移動し、レストラン街の階を確認。そこまでエレベーターで移動する。

「ああ……その、こういう所高いし、あまり食べ過ぎないでくれると……」

「ママにお昼はこっちで食べるから、食費から二人分使うって言ってあるよ」

「おっおう、そうか……準備良いな」

 さすがにこんなところでお兄ちゃんのお金浪費させたり出来ない。お兄ちゃんのお小遣いって、下手すると家事の手伝いの分多めに貰えてる私より少ないみたいだし。お年玉とかで貯めたのが一瞬で底をついてもおかしくない。

 どんな店があるか確認してから、お蕎麦屋さんに入ることに決めた。

 店員さんに案内して貰って席に着く。人混みの中を歩いてきたので、座るだけで一安心だ。

 二人で同じ天ぷらと蕎麦のセットを注文して、運ばれてくるのを待つ。

「こういうちゃんとした所のだと、家で作るよりも美味しいんだろうね!」

「まあ、お前の作る料理も十分美味しいと思うよ」

「へぇっ!?」

 お兄ちゃんからの予想外の言葉に吃驚する。

「何を急にそんなこと……」

 確か、この前読んだ漫画でこんな台詞が……あっ!?

「いや、ふと思っただけだって。家のこともほとんど一人でやってるし、良いお嫁さんになるかもな」

 お兄ちゃんがいたずらっぽく笑ってみせる。

「お兄ちゃん、もしかして……」

「?」

 恥ずかしくて顔が赤くなってくる。まさかお兄ちゃんがそんな目で……。

「……口説いてるの?」

「………………はぁ?」

 少しの間を開けて、お兄ちゃんが心底呆れたような顔をした。

「だって、この前読んだので、お前の料理美味しいな、から始まってプロポーズまで……」

「いや、明らかにそうはならないだろ!」

「お嫁さんどうこうとか言ってたし……」

「それはちょっとからかっただけで……」

「駄目だよお兄ちゃん! 今は男女でも兄妹だし……戻ったら男同士だしで、そういう可能性ゼロだから!」

「いや、知ってるよ!」

 全く何を考えてるんだお兄ちゃんは……。

「お前は、何考えてるんだよ……単純に料理上手だって褒めただけだって」

「本当に?」

 じとーっとお兄ちゃんを見る。

「当たり前だろ。お前は柚葉って感じはしないけど、もう別の妹みたいな感じだし」

「もう、弟でもないんだ……」

「うぐっ……揚げ足取らないでくれ」

 まあ、私が勘違いしたってことでいいだろう。冷静に考えれば、妹の見た目で中身男を口説くわけないし。……お兄ちゃんの中で私の男度下がる一方みたいだけど。

 そんな会話をしていると、蕎麦が運ばれてきた。こういうお店だと容器からちゃんとしている。

「いただきます」

 二人で手を合わせて、いただきますをして食べ始める。

 小皿に乗ったわさびとネギを麺汁へ入れる。こういうのは、最初に全部入れる派だ。

 ずるずるっ…………んっ!?

「けほっ……けほっ……!」

「どうした咳き込んで」

「何か味というか……何というか……」

 何だろうつーんとくる感じがきつい。体が受け付けないというか……。

「味は普通だけど……わさび駄目だったか? ほら」

 お兄ちゃんが湯飲みに入ったお茶を取ってくれる。

「別に大丈夫なはずなんだけど……」

 お寿司屋さんでも普通にさびありで食べていた。前は美味しく食べられたはずなのに。

「そういえば、柚葉は苦手だったなわさび。味覚とかって体も関係あるんじゃないのか?」

「ふぇっ?」

 口直しにお茶を飲んでいると、お兄ちゃんが変なことを言ってくる。

「でも、この一年そんな感じはしなかったけど……」

 わさびは口に入れる機会が無かったけどさ。

「気づかなかっただけで違うかもしれないだろ」

「うーん」

 確かにそうなのかもしれない。あまり意識していなかっただけで、実は体に合わせて味の好みも変わっていたとか。

「で、そのまま食べられるのか? 駄目なら替えの麺汁貰えないか聞いてみるけど」

「このまま食べる……」

 柚葉が苦手だったとしても、体に悪い物ではないのだ。気持ちとしては嫌いではないんだし、体に慣らせば克服できるはず。

「はむっ…………んんっ!? んー!?」

「おいおい……」

 私は涙目になりながら必死にお蕎麦を食べるのだった。




「うぅっ……」

「無理するから……」

 昼食を終えてお兄ちゃんと二人でデパートの中を歩く。私は右手を口元に当てていた。

 何とか食べきることは出来たのだが、少し気分が悪い。ちょっと吐きそう……。

「はぁ……大丈夫か?」

「……大丈夫。…………多分」

 元々そんなに好き嫌いはなかったので、こういう感覚は初めてだ。文字通り体が受け付けない感じ。普通の物を食べただけなのに気分が悪くなるとか……。

「その様子じゃ食べ物系は無理だな……」

「いや、食べる!」

 お兄ちゃんの言葉に即座に反応して、否定する。

「だって、顔色悪いし……」

「むしろ口直しした方が良くなる気がする」

 せっかくのおいしいはずのお蕎麦に失礼だが、今はあの味を忘れてしまいたい。

 エレベーターの所まで駆け足で向かう。そしてその脇に張ってある案内を確認する。

 えっと何かデザート系のお店は……あっ!

「お兄ちゃんフォーティーワンアイス食べよう! 約束のはこれでいいから!」

「いや、別に良いけど……本当にすぐに食べるのか……」

 お兄ちゃんの言葉は気にせず、エレベーターに乗り込む。アイスクリーム屋さんは別の階だ。

「どれにしようかなー」

 メニューを見てどれにするか悩む。今日は何となくチョコミントの気分だ。でも、他のも気になる。

「お兄ちゃんダブルでも?」

「別に良いよ」

「やった!」

 許可が下りたので、チョコミントと合わせるもう一つを選ぶ。

 うーん、どれにしよう。やっぱりもう一つはさっぱりしたフルーツ系かなぁ……。

「決まったか?」

「ちょっと待って」

 あっ春限定の味もあるんだ……さくら味……さくら? どんな味だろう。さくらんぼ味とか?

「おい」

「あと少し」

 でも、さっぱりしたのが良いような。さくらってさっぱりしてるのかな? あっでもチョコミントでも十分さっぱりしてるか……。

「……早くしてくれ」

「あっごめん。……決まった、決めました」

 お兄ちゃんの方を見ると既に店員さんが待機している。それで急かしていたのか。

「チョコミントとさくらで……チョコミント下でお願いします」

「じゃあ、俺は……グレープフルーツで」

 お兄ちゃんはダブルにしないらしい。こっちだけ二つなのも悪い気がする。

「お兄ちゃんがシングルなら、私も……」

「いや、もう注文したし良いよ」

 ふむ、それなら仕方ない。お兄ちゃんにも分けてあげればいいか。

「しかし、今日は本当に柚葉みたいだぞ」

「え、何が?」

「わさび駄目なのとか、アイス選んでるときの表情とか仕草とか。あとチョコミントを下で注文するのも」

 何かそれはそれで怖い。自然に柚葉出来てるのは良いとして、細かいところが似てきてるのは……。

「いや、表情は……ほら、顔が同じなんだから勘違いなんじゃない……?」

「まあ、何となくそんな気がしただけだよ」

「そ、そう……」

 何だか釈然としない。

 しかし、柚葉と似てきたかぁ。味の好みは気づかなかっただけだとして、仕草とか表情とか……。

 参考にならないかと、入れ替わり物を色々と読んでたときに、だんだん相手になっていって自分が分からなくなるとかいうホラーみたいなのあったけど……まさか、ね。

「ほら、受け取ってきたぞ」

「ありがとう……」

 考え込んでいる間にアイスが完成したらしい。お兄ちゃんが取ってきてくれた。

「…………」

「どうした? 溶けるぞ」

「な、何でもない」

 アイスクリームに口をつける。さくらアイスは何の味かは分からないけど甘くて美味しかった。

 ふと気づけば、さっきのわさびのダメージがほとんどなくなっている。アイスが上手く口直しになったらしい。

「ふぅ……」

 気分の悪さから解放されてようやく落ち着く。

 さくらアイスを食べ終えて、下の段のチョコミントにたどり着く。それは今まで以上に美味しく感じた気がした。



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