小6編
1章 期待に胸が膨らむ春
第40話 期待に胸が膨らむ春
柚葉として過ごし始めてから随分と時間が経った。
小学5年生だったはずが、気づけば6年生。今年度で卒業である。
卒業といえば、私は卒業できるのだろうか? 柚葉としては出来るだろうけど、悠輝としては……まだ5年生のまま? 考えていると怖くなってくるし、気にしないことにする。
新しい学年になったが、クラスは変わっていない。私達の小学校では、2学年に一度しかクラス替えをしないので5年生の時のままである。というわけで、あまり変わった感じはしないのだ。
始業式から数日経った今日は、健康診断の日である。男女分かれて、体操着に着替え、保健室や機材のある空き教室に移動して行われる。
「………」
今は体操着に着替えている最中である。とはいえ、もう一年近く柚葉として過ごしているのだ。周りを見ないようにしつつ着替えるのにも随分となれた。基本は常に下を見るである。視界には極力
「健康診断って、ちょっと緊張するなぁ……」
友人の愛里沙の声が聞こえてくる。
「そうなの?」
個人的には、毎年の恒例行事くらいの感覚でそんな風に考えたことはない。
「愛里沙は、毎年そう言ってるよね。そして身長測った後に溜息吐いてる」
同じく友人の有華の言葉で愛里沙の言葉の意味が理解出来た。確かに愛里沙は周り……というよりクラスで一番背が低いし、身長にコンプレックスがあるのだろう。
コンプレックスといえば、柚葉は何か気にしてることとかあったのかな? 一年間柚葉やっててもそういうのは感じなかったけど……。
「うーん」
「柚葉ちゃんも何か気になるの……?」
思わず唸ってしまうと、隣の薫子に聞かれてしまう。
「もってことは薫子は何か気になるの?」
「……うん。そのっ……最近お菓子とか食べ過ぎてたから……」
食べすぎってことは体重だろうか……。
「薫子、痩せてるし大丈夫じゃない?」
「……そう言いつつ柚葉ちゃんが下向いてるのは何で……?」
「えっ!?」
別にそういうつもりではなかったのだが、目を背けていると思われたらしい。これは見て言い直した方が良い……? いやでも、まだ着替え途中みたいだし、下手したら下着姿なのでは? それは絶対に見ない方が。
「そんな目を背けるほどなんだ……」
「!?」
駄目だ。ちゃんと見て言わないと納得してもらえない。そろそろ着替え終わってるでしょ。きっと大丈夫。万が一、下着姿でも今は女の子同士だ。うん、私は女の子。そうだ、去年の夏には一緒に温泉にも入ってるし……。
覚悟を決めて目線をあげる。他の子は見ないように、薫子に集中する。
「……どう?」
「…………あぅ」
着替え終わってた。着替え終わってたけど……。
薫子はお腹周りをちゃんと見えるようにするためか、衣服をずらして持ち上げている。お腹以外にも色々と見えるんですけど……ピンク色のブラジャーとか。ってあれ?
「薫子、ぶぶブラジャー着け始めたの……?」
「うん。春休みママと買ったんだよ。さっき着替えてた時は見えなかったの?」
「う、うん気づかなかった……」
正確には全く見てませんでした。そうか薫子もついに……って何で女の子が着けてるかどうか気にしてるんだ……。
「それよりどうなの? やっぱり太って…………見える?」
「えと……」
改めてお腹を確認する。見ても太っているようには全く見えない。毎日見ている柚葉のお腹と全然変わらないだろう。つまり、太ってない。
「全然太ってないよ。それで太ってるなら私もだし」
「私には柚葉ちゃんの方が私より細く見えるけど……」
比較してもそう感じないから、完全に薫子の勘違いである。それとも女の子はそんなに細かい部分まで見るんだろうか……。
「別に薫子は太ってないでしょ、多分。でももし気になるなら一緒に運動する? 付き合うよ」
話を聞いていたのか香奈も会話に入ってくる。良かった他の人も言うなら薫子も納得するだろう。
「運動は良いけど、香奈ちゃんとだと体力保たなそう……」
「毎日運動してれば、体力はすぐにつくよ。朝ランニングとか」
その口ぶりだと自分もやってるのかなランニング。朝はご飯準備とか家事とか忙しいし、私には無理そう。
「柚葉もどう? お兄さんと一緒に来ればいいのに」
「何でお兄ちゃん?」
「知らない? うちのお兄ちゃんとたまにランニングしてるけど」
そういえば、春休み前くらいから、朝出かけることがあった。あれは香奈のお兄さんと一緒にランニングしてたのか。
「私はいいや」
朝は忙しいんです。
「私もいいよー。ランニングとか想像しただけで疲れるし」
薫子が本当に嫌そうな顔で断っていた。
着替え終わって、測定を開始する。手には健康診断カード。毎年これに結果を記入して貰うので去年の内容も分かる。今は身長を測り終えたところ。
おお、柚葉8センチも伸びてる……。寝たきりの自分の体の成長次第じゃ柚葉の方が高いかも……。
成長の話になると自分の体が心配になる。点滴? とかで生きるのに必要な栄養は大丈夫みたいだが、十分な成長には足りてるんだろうか……。嫌だなぁ最終的に柚葉の方が背が高いとかなったら……。男の方が背が伸びるはずになのに……。
「柚葉ちゃんどうしたの暗い顔して?」
「えっいや何でもない」
入れ替わりをしらない薫子に自分の体の成長が気になったとか言えないし。
「ん?」
健康診断カードを眺めていると、ある項目に気づく。
胸囲と書かれた欄がある。胸囲……胸……バスト? えっ、あれ測るの?
今まで測ったことはなかったけど、女の子は測るのかもしれない……。何だろう想像すると恥ずかしい。
ドキドキしながら、身体測定を進めていく。
そして…………特に胸囲は測定することなく終わった。
「何だったんだろうこの項目……」
人のドキドキを返せという気分になる。何この無駄な欄。
「何だったって何が?」
ぶつぶつ言っていると薫子に聞かれてしまった。
「えっいやーこの欄いるのかなーって……」
「あっそれ、昔はあっけど、今はやってない測定のでしょ。カードが昔のままだって前に先生が説明しなかったっけ?」
聞いた記憶がないので女子にだけ説明したのか、自分が関係ないと聞いていなかったかだろう。そっか昔は測ったんだ。
とりあえず、どの測定も問題そうなことはなかった。柚葉の体が健康なのは良いことだろう。
「風呂空いたぞ」
「うん」
お兄ちゃんがお風呂から出てきてそう言った。
柚葉の家のお風呂の順番は、お兄ちゃん、私、両親である。
別に私が先でもいいのだが、部活で汗をかいてきたお兄ちゃんに先を譲っている。両親は、単純に帰りが遅いから。
お兄ちゃんがあがったのなら私も入ろう。そう思い準備をしてお風呂に向かう。
いつも通りにさっと衣服を脱いでしまう。浴室に入り慣れた手つきで体を洗っていく。
さすがに1年近く経てば、柚葉でのお風呂にも随分となれてそうそう困ることはない。まだ女の子の体なのは恥ずかしいし、変な感じがするが。
「はぁ~」
お湯に浸かって息を息を吐き出す。やっぱりお風呂は良い、落ち着く。暖かいお湯に包まれて身も心もぽかぽかしてくる。
「今日はなんか疲れたなぁ。胸のところ測るって勘違いしたせいだけど……」
まあ、結局測らなかったしね。気にしない気にしない。
胸と言えば薫子もブラジャー着ける位には成長してるんだよなぁ。
「柚葉も…………」
「って何考えてるんだ! いくら今は柚葉だからってこんな風にじっと見たりしたら……」
両手を持ち上げて手をわきわきする。ちょっとだけ……少し確認するだけだから……。
「…………いやいや。何考えてるんだ。触るのは駄目……」
邪念を払うために口に出してみたりするが、気になって仕方がない。
「………………」
体の成長を確かめるため……本当にそれだけ……特に邪念はない。うん。
「すーっ…………はーっ」
心を落ち着けるために大きく深呼吸をする。
もし胸が成長してるなら、何か必要なこととかあるかもだし、これは確認のため。柚葉に顔向け出来ないような悪いことじゃない。うん。……うん。
両手を胸の上に置く。
「…………よし」
手を動かして軽く揉んでみる。
「………………うん?」
少しくすぐったい感じがするくらいだ。そもそもちゃんと触ったのは今日が初めてだし、前との違いが分からない。柔らかいけど……女の子の体って男の子に比べて柔らかいって言うし……。
「これ、元々こうなだけでは……?」
少なくともぱっと見では、そんなに膨らんでる感じもしない。
「…………何だろう変な気分」
男の子だったときに胸のところを気にしたこととかないし、触って確認したこともない。それを女の子になって自分の胸部に触れてみているのだ。何とも言えない気持ちになる。
「特に成長してないってことでいいかな…………」
そう呟いてみるが、中々手を離す気になれない。
「もう少しだけ……ちょっと念入りに確認してるだけ……うん」
別に膨らんでいないはずなのに、ずっと触れていたくなる感じがする。
はっ、そうか。男の子は大人になるにつれて、女の子の胸が大好きになると言うし、きっとこれは男の子としての気持ち……良かったまだ男の子だ。最近柚葉でいるのに慣れすぎて、自分で自分のことが不安だった。女の子になってもちゃんと心は男の子として成長してるってことだ。うんうん。
「……っとと、いい加減にしておこう」
ついついじっくりと触れてしまったが、これは柚葉の体である。本当の持ち主でもないのにこんなに触ってたらいけない。……いやそもそも触っちゃいけなかった気もするけど。
「そろそろ上がるかな」
湯船から出て体を拭く。一通り吹き終えてから浴室を出た。
「あら、柚葉。お風呂だったの?」
「……あっママ、そうだよ。お帰りなさい」
ちょうどママが帰ってきたところらしい。我が家はお風呂を出てすぐのところが洗面所なので手でも洗いに来たのだろう。帰宅時の手洗いうがいはとても大事だからね。
パパとかお兄ちゃんなら体を隠した方が良いが、ママなら一応女同士なので気にしない。さっさと服を着よう。
準備しておいた下着に手を伸ばす。
「……柚葉、ちょっと見ない間に大きくなった?」
「うん、去年に比べて8センチだったか大きくなったみたいだよ。成長期だし日々背が伸びてると思うけど、毎日顔合わせてるのにちょっと見ない間はないでしょ」
「ううん、そっちじゃなくて」
そっちじゃないなら、どっち……?
「おっぱい大きくなったかなって」
「!?」
いいいいきなり何言ってるの?
もう一度、自分の目で確認してみる。お風呂場で見たときと変わらない。
「気のせいじゃない……?」
そう言うとママが近づいてきて、じっと私の胸を見る。
「やっぱり膨らんできてる。そろそろ着けてもいいかも」
着けるって……それってまさか……。
「今度のママの休みに一緒に買いに行こっか」
「あっいや……別にまだなくても……」
「でも、柚葉の周り着けてる子多いって聞いたわよ。他の子ももう着けてるんだし、恥ずかしがらずに着けなさい。成長に合わせてちゃんとしたの着けないと駄目」
「えっ、でも……」
「次の土曜日、ママ休みだからそのつもりでいてね」
そう言ってママが洗面所から出て行く。
「……そのつもりって」
ママと一緒に買い物に行って、あっあれを買って、身に着ける!?
「こんなことになるなんて……」
男の子のままなら必要なかったものを身に着ける時が来てしまったという事実に泣きそうだった。
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